第6話・つまりこのイベントは色々とめんどくせぇってことだ
導入部分ってこんな大変だったっけ?
若干イラついてきたので時間をほんの少しだけ飛ばしました。
「あの……」
「ん?」
友人のおかげで天使と間違われるほどのイケメンと化した素顔を晒したトライに、エルメラは恐れ多いとばかりに声をかけた。
ジュリアのほうは未だその瞳に映し出されている様々な光の粒子に見とれているのか、呆けた表情のまま棒立ちになっている。
「お名前を、聞いてもよろしいでしょうか?」
「あ、忘れてた」
お互いにまだ名前も知らなかったことをここに至ってようやく気づいたようだ。
「俺の名前はミカ……じゃなかったトライだ。
傭兵やってるってことでいいぜ」
「ミカ……?」
「ありがとうございます。
私も改めて名乗らせていただきますね。
私はグリアディア王国が第二王女、エルメラルダ=フォン=ビオランティア=オリヴィアスロン=アンティアーナと申します」
「すまん、なげぇ、覚えられん」
咄嗟に三神と名乗ろうとしてしまったトライの言葉に反応したジュリアを余所に、トライの許容量を遥かに超えた名乗りをするエルメラ。
ミドルネームを持ったアメリカ人の名前でさえ覚えられないトライに、エルメラのフルネームは厳しかったようだ。
「ではエルメラとお呼びになって下さい。
親しいものは私をそう呼びます」
「ああ、それなら大丈夫だわ」
「エ、エルメラ様。
命の恩人とはいえそのように軽々しく言わせていい呼び方ではございません」
高貴なる身分であるエルメラを、会ってまだほんの少ししか経っていない傭兵にそんな呼び方はまずいと言うのはジュリア。
彼女でさえ「エルメラ様」と呼んでも構わないとされたのは、近衛騎士団でも紋章騎士という称号を賜ってからだ。
一般の人間や階級の低い人間は、普通の会話の中でこそエルメラ様と呼ぶが、本人を前にすれば「王女殿下」や「エルメラルダ様」と呼ぶのが当たり前だ。
それをたかが覚えられないなんて理由だけで軽々しく愛称を呼ばせてしまっては、王家の威厳にすら関わるかもしれない部分だ。
ジュリアとしては王家に、ひいてはエルメラに忠誠を誓った身である以上、王家に悪影響を及ぼすような事態は極力避けたいというのが本音だろう。
「いいのです、あなたもこの方なら大丈夫だと思えるでしょう?」
「しかし……」
「それよりあなたもちゃんと名乗ってちょうだい」
主がいいと言うのであれば、と思わなくはないが、それでもと食い下がろうとするジュリア。
しかしそれよりも先にやることがあるだろうとエルメラに言われたことにより、自分だけがちゃんと名乗っていないということに気づき慌てて自己紹介を始める。
「こ、これは失礼した!
私はグリアディア王国王家直轄近衛騎士団が紋章騎士の一人。
ジュリア=バーロッツと申します、僭越ながら魔法剣士として隊に名を置かせていただいております!」
「すまん、なげぇ、覚えられん」
こちらはエルメラとは違った意味でトライの許容量をオーバーしてしまったようだ。
トライの許容量が小さいわけではなく、興味の無いことが自動でシャットダウンされるというバカ構造になっているので仕方が無い。
「……魔法剣士ジュリアだ、よろしく」
「ああ、それなら大丈夫だわ」
一言一句違わない言葉を吐くトライに、なぜだか溜め息が出てくるジュリア。
たかが自己紹介で苦労するだけでこの有様では、彼女たちの状況を伝えるのも非常に苦労しそうであった。
状況を伝えようとジュリアが考えたところで、不意に自分たちが置かれている状況を彼女は改めて理解してしまった。
今の彼女たちは遭難状態に近い。
ジュリアにはここがどこだかわからない。
エルメラが知っているわけもないし、トライが知らなければ道が全くわからない状態になっている。
一旦引き返して馬車の軌跡を追うということも考えたが、出来ればエルメラにはあの惨状を見させたくはない。
惨状を、と思い出したところで、仲間が全員死んだんだな、ということまでジュリアは思い出してしまった。
「……仲間を……弔ってやれなかったな」
あのまま野晒しにされるか、オーガ達に身包み全て奪われて肉体のほうは食料代わりにされるのか、と思い至ったジュリアは急激に落ち込んでいく。
実力に不安を覚えるメンバーではあったが、その程度の理由で嫌うような者達ではない。
少なくない戦場を共に過ごし、立場上の仲間と呼ぶだけの間柄ではなかった彼ら。
少なくとも死んだからといって、はいそうですかと割り切れる程度の関係では無かっただけに、彼らの死という現実が今更になってジュリアに重く圧し掛かってくる。
ジュリアがただの女性であったのなら、ここで涙を流しても誰も何も言わなかっただろう。
例え騎士だからという理由があったとしても、トライもエルメラも何も言わなかっただろう。
だがそれでも、今泣くことは彼女自身が許せない。
騎士である自分が腑抜けになってしまえば、得体の知れない傭兵に王女を任せることになってしまう。
例え信用できそうな相手であるとしても、彼女にとってそれは泣くことよりも重要なことだった。
だから、泣かない。
まだ、と付けるのが正確ではあるものの、彼女は涙を流さない。
今は、まだ……
パンパンッ
「ム」
「……それは何をやっているんだ?」
その様子から何かを悟ったのか、普段は全く空気が読めないくせに変なところで妙に気がつくトライが隣に立つ。
そして両手を合わせて2度打ち鳴らし、頭を少し下げて目を閉じる。
まるで瞑想でも始めたのかのようなその動きをジュリアが不思議に思っていると、トライが説明をしてくれた。
「オレのトコじゃあよ、こうやって成仏することを祈るんだよ。
遠くに行っちまったりして、すぐにどうこうできねぇときはな」
ちなみに実際2度手を打ち鳴らすのは神社のお参りである。
宗教や地域によって作法は変わるが、大体は音が出ないようにするのが基本なので微妙に間違っている。
この辺はトライの頭の悪さが原因なのでどうしようもない。
「祈り?」
パンパンッ
「ム」
「いやそれは言わんでいい」
二人の後ろからトライと同じように音が響いた。
ジュリアが振り返ってみれば、話を聞いていたらしいエルメラが立ち上がり、トライと同じようにして祈りを捧げているところだった。
そのあとの言葉までしっかりと真似している辺り、微妙に理解していない様子ではあったが。
ついでに言えば腕が肩の高さくらいまで上がってしまっており、微妙にマヌケに見えてしまうのも残念だ。
「……祈り……か」
悲しげだったジュリアの表情が緩み、フッと少しだけ笑う。
気が楽になったのか、祈りという言葉に何かを感じたのか、それは彼女しかわからない。
パンパンッ
「ム」
「だからそれは言わんでいいっての」
こちらもしっかりと腕を肩の高さまであげ、微妙にマヌケな祈りを静かに捧げるジュリアであった。
「ム」と発言するところまでワンセットであると彼女達は思い込んだようだが、トライはめんどくさいので訂正することは無かった。
――――――――――
「さて、改めて状況を整理したいのだが」
何かが吹っ切れた様子のジュリアが、トライに向き直って話し始める。
エルメラも落ち着いているのか心が強いのかはわからないが、穏やかに微笑を浮かべて二人の話を聞いている。
あれだけの惨状を目の当たりにして落ち着いている、ということは、心が強いほうの理由なのかもしれない。
「とりあえずトライ殿、あなたはなぜここにいたのだ?」
「殿とかつけねーでくれ、背中がむずがゆくなっちまう」
「そうなのか?」
「そうなんだ、ついでにお互い敬語無しにしてくれっと助かるわ。
オレ敬語とかできねぇんだよ」
無理に話そうとすれば「~っす」というタメ語(←死語?)になってしまううえ、見た目的に外人の同世代くらいに見える二人が相手では敬語が難しいようだ。
これが明らかに年上で威厳を放っているような相手であれば多少無理してでも使うのであろうが、トライは良くも悪くも感覚で大体のことを実行するので、二人が相手では無理だろう。
「まぁエルメラ様にはできれば使ってほしいんだが、私は問題ないというか助かるが」
「私も構いません、私の話し方はこれが普通ですので気になさらないでください」
「助かるわ。
んで、なんでここにいたかだっけか?」
そこまで言って、トライは空を仰ぎ見る。
どうしてここにいたか、空を落ちてきたからです、と言っても理解されなさそうだ。
しかしトライの頭ではうまい誤魔化しが思いつくような便利脳をしていないので、単純に結果の一部だけを話すことにする。
「あ~……なんつーか、事故?」
「事故?」
「事故ですか?」
まさか突発的なイベントです、と言ってもリアルな対応をするNPCには通じないだろうと考えるトライ。
そのへんは上手く伝えなくてもなんとかなるのがイベントの基本ではあるが、稀にこういった段階で上手い受け答えをしないと先に進まないイベントというのがFGには存在した。
そのときに彼と共に行動していた友人が話していた言葉をなんとか思い出してみる。
「そうそう、え~っと転移魔法の実験に巻き込まれて……だったような?」
「転移魔法……そうか、それは大変だっただろう」
何故か納得されてしまった。
少しは違和感を持つべきではないかと思うが、その理由はエルメラが語ってくれた。
「未だ実用化には程遠いと言われていますが、転移魔法は各地で実験されていますものね。
トライ様はそれで空から落ちてらっしゃったのですね」
「お、おう」
実際には転移魔法どころかログインしたら即落下だったので、なんとか誤魔化せたことに安堵するトライ。
ちなみに転移魔法はFG中だと普通に扱われているのだが、イベントではより高位の転移魔法実験と言う内容があった。
その結果は100パーセント失敗し、その飛んだ先でNPCと会話することで進行する内容になっているものがある。
トライの友人がそのときに言った台詞が今回のものだった。
ちなみにトライはこのとき友人に全てを丸投げしてくっついていってただけなので、内容は戦闘以外ほとんど覚えていない。
「まぁつまりだ、オレはこの辺について何も知らねぇぞ」
「……そう、か」
当たり前といえば当たり前のことなのだが、目に見えて落胆するジュリア。
これはつまり彼女達は見事に遭難したのだということになっていた。
トライがいる限り戦闘で命を落とすことは無いであろうが、それでも凶悪なモンスターが歩き回る森の中だ。
そんな場所で遭難したとなれば、それは普通であれば絶望という状況に違いないだろう。
「困りましたね、私どももこんな森の奥ではどこに向かえばいいのかわかりません」
「エルメラ様、申し訳ありません。
私が不甲斐ないばかりに……」
「ジュリア、今はそんなことを言っている場合ではありません。
なんとか森の出口へと向かいましょう」
さすがイベント用NPCは挙動がリアルだな~、なんて思っているトライ。
知らぬ間に行われたアップデートの結果、もはや現実と大差無いのではないかと感心までしている。
大差ないどころか現実だ、ということにはいつになったら気づくのであろうか。
(とりあえず、町か村に行くのが次のイベント内容か。
飛行装備でちょっくら様子見してくるかねぇ……ってありゃ?)
ジュリアをエルメラが励ましている間、トライは飛行装備を起動させようとする。
しかしいつまで経っても羽が出現する気配はなく、飛行するときの浮遊感も襲ってこない。
不思議に思ってステータスウィンドウを開き、飛行装備の画面を確認してみる。
しかしそこにはきっちりと飛行装備をセットしている画面が映し出されるだけで、残り期限もまだまだ日数があることを表示している。
(バグ……っつーよりイベント中は飛行装備も使えねぇタイプか?
色々めんどくせぇイベントだなぁ)
ウィンドウから目を離してみれば、エルメラとジュリアが真剣な顔つきでどうするかを相談している。
太陽の位置から方角を割り出そうとしているようだが、残念なことにその方法を二人ともわからないようだ。
そもそもどっちの方角に行けばどこに出るのかもよくわからない。
ジュリアは騎士として最低限の地理は把握しているものの、明確な地図のないこの世界ではそれもどれほどの役にもたたないのが現状であった。
「よし、こうしよう」
すっくと立ち上がったトライは、背負っていた大剣を地面に切っ先を向けて立たせる。
といってもそれは「突き刺す」というわけではなく、「置いている」というのが正しい表現だろう。
切っ先が地面に僅かばかりめり込んではいるものの、握っている柄を離せばどこかに向かって倒れてしまうとしか思えない持ち方だ。
そう、どこかに向かって倒れてしまうのだ。
「ほっ、と」
そしてトライは手を離した。
いきなりの行動に怪訝な表情を浮かべている女性二人の前で、それは当然の如く重力に従って地面に倒れる。
ドズンと、FG内にて最大重量を誇っていたトライの武器が倒れる。
その倒れた剣の柄は明後日の方向を向いているが、それを見てトライは確信したとばかりに満足げな笑みを浮かべて、そして言った。
「よし、あっちだ!」
「適当すぎるわっ!」
スパーンとトライの頭に綺麗なツッコミが入ったのであった。
――――――――――
「おっしゃ外だ」
「ば……馬鹿な……」
結局他に指針も無かったので、まずは行動してみようという結論になった三人がひたすら剣の指し示した方向に真っ直ぐ進んだ結果、なんと外に出てしまった。
しかもジュリアが首都までの道程がわかるような場所に、である。
運任せであるのにそれが見事なまでに良い方向を導いてしまった。
本来であれば喜ぶべきその結果なのだが、ジュリアは何故か負けたような気がしてOTZの形に項垂れてしまう。
「まぁ、トライ様さすがです」
エルメラの純粋さが羨ましいと感じるジュリアであった。
やっと森抜けたどーーーっ!
6話つかってやっと抜けたどーーーっ!