第5話・つまりイベント中はログアウトできないわけだ
おかしいな、予定ではもうとっくに森を抜けているはずなんですが……
思ったより進まない話ですが、よければどうぞ。
「よっこらせっと」
親父臭い言い方と共に、近くにあった木の根へ腰を下ろすトライ。
場所は襲撃地点から離れ、血の匂いすら届かなくなる距離を歩いた所。
日が差し込んで明るくなっているその場所で、トライが座ったのを合図にしたように、ジュリアとエルメラも手頃な場所へと腰かける。
「ふぅ……」
「エルメラ様、大丈夫ですか?」
「ええ、私は大丈夫よ。
それよりも……」
エルメラはチラリとトライに目を向ける。
離れることを提案され、ここに来るまで自分達を先導してきた悪魔。
実はこれが罠で、逃げられないように更なる森の奥へと連れてこられたのでは無いかと懸念しているのだ。
その意図を正確に読み取ったジュリアは、こくんと小さく頷き、悪魔のほうへと近づいていく。
今度は上手く交渉してみせる、と心に決めて。
肝心の悪魔のほうは、何もない空間を見つめるようにしてジッとしている。
まるでジュリア達には見えない何かを見ているかのようなその光景は、悪魔にしかわからない何かがあるように見えて、彼女の警戒心を上昇させる結果となっていた。
(やべぇ、ログアウトボタンが無ぇ。
イベント中はログアウトできねぇタイプか?)
まさかステータスウィンドウを開いて気持ち悪いのが収まるまで一旦ログアウトしていよう、なんて考えているという事実をジュリアが知る術は無かった。
「あ、あの」
「……なんだ」
低い声は、脅すような怒気が含まれているような気がした。
最初に聞いた穏やかな声と、声自体は一緒だ。
しかしそこに含まれている感情は、その時とは明らかに変わっている。
何か怒らせるようなことをしたのかもしれない、そう思うとジュリアの心は焦る。
オーガをあっさりと、なんでもないかのように簡単に倒してしまうこの悪魔、それがもし自分達にその力を向けたりすれば……
「す、すまない。
助けていただいて本当に感謝している。
だ、だが、その、申し訳ないのだが……」
言葉の途中で悪魔が片手をスッと持ち上げ、ジュリアの言葉を遮る。
反対側の手を頭に被せ、顔の上半分を押さえるようにして、呆れているか具合が悪い時にする仕草をする。
謝るタイミングを間違え、呆れられてしまったのかと、自分の交渉能力の低さにさらに焦るジュリア。
(むぉー、こうなったら気合いで抑え込むしかねぇ!
治れ、治れーっ!)
まさか具合の悪いほうの意味でやっている、なんて想像さえできない。
返事がぶっきらぼうになってしまったのも、出してはいけないものを気合いで抑え込みながらだった結果、無駄に気合いを込めた声が怒っているように感じられただけに過ぎない。
「怒らせてしまったならすまない……だが」
これはもう、交渉の余地など無いとジュリアは半ば諦める。
だが、と言うのは、まだ道はあるからだ。
真摯に、誠実に、できることとできないことをはっきりと伝えるということだけが、残されたたった1つの手段だと彼女には思えた。
「無事に生き残れたならば、何でもすると約束する。
国と連絡がとれれば金は用意できる、今回のことを功績として騎士になれるようにもできる。
か、体なら……わ、私が、そ、その……」
必死。
ジュリアの様子はまさにそれだった。
さすがに体を差し出すと言うのは抵抗が強かったらしく、顔を赤くしながら最後は俯いてしまったが。
額に手を当てていた悪魔は、ガバッという勢いで立ち上がる。
女性二人が一瞬体を震わせるが、気にした様子も無くずんずんとジュリアへと近寄っていく。
やはり体を求められるのかと思ったジュリアは、逃げ出したい気持ちを抑え体を硬くし、せめてエルメラには見られない場所でとお願いをしようとして――――
「ポーション持ってないか?」
「……は?」
――――話の流れを完全に無視した発言に、体を違う意味で硬くさせるのだった。
――――――――――
「いやー助かったぜ!
気持ち悪いのにもポーションって効くんだな」
乗り物酔いや気分的な酔い、風邪などの病気といったものは状態異常としては扱われないため、トライが持つ特殊効果付きの装備品でも防ぐことはできない。
本来であればポーションでも治すことはできないのだが、この世界はゲームではなく現実だ。
トライは試したことが無かったため、「もしかして状態異常回復ポーションで治んじゃね?」という天の声が聞こえてきた。
さっそく実践してみたところ、上手い具合に現実であるがゆえのゲームとは異なる仕様によって治ってしまった。
ちなみにトライ自身が状態異常回復ポーションを持っていなかったのは、彼の装備品が状態異常を100%無効化してしまうため必要無かったのだ。
普通はそれでも予備的にいくつか持つものだが、残念なことに彼にそんな発想は無かった。
「は、はぁ」
態度が先程までと180度違う男に、ジュリアは曖昧な返事を返すしかない。
どんな無理難題を出されるかと思えばポーションを要求され、しかもケガなどに使う回復ポーションではなく毒や麻痺毒などを解毒するタイプの、外に出るような者なら誰でも持っている物を要求されたのだ。
しかもその理由が解毒ではなく、本気かどうかはともかくとして気持ち悪いのを治したいからなどというのなら、この悪魔は頭のネジが何本か飛んでいると思われる。
まさか「あなたバカなんですか?」など言った日にはそのネジが飛んでいる頭にどう聞こえるか想像もできないので、ジュリアとしては曖昧に答えるしかできなかった。
「で、何の話だっけ?」
ガクッとジュリアは項垂れた。
わずか2〜3個の言葉を交わしただけであるのに、なぜかこの男と真面目に話をすのがバカらしく感じてきたのだ。
「いや、助けてくれてありがとうという話だ」
「おう? 別に礼なんざいいぜ、助けるなんて当たり前だろ。
こっちも助けてもらったしな」
ハッハッハッと笑う男。
先程までの自分の不安と焦りと心配とその他諸々が、何の意味も無かったような気がして脱力していく。
「あの……」
「おう?」
その様子を眺めるだけだったエルメラが、相手がバカではあるが話せる相手だと考えたらしく、ジュリアを通さずに自分で問いかける。
「あなたは、何者なんですか?」
「何者って……何者なんだ? よくわかんねぇ」
高校生と答えても妙にリアルな反応をしてくるNPCには意味がよくわからないだろう、では旅人かと言われれば別に旅をしているつもりも無い。
そもそもこの場にいるのも自分の意思では無い以上、これは旅というより事故と言ったほうが正しい気がする。
では冒険者か? それは微妙なところであろう。
やっていることは大差が無いが、トライのイメージする「冒険者」は未開の秘境や遺跡を探索するイ○ディ・ジョー○ズのような人物が浮かぶ。
ファンタジーを描いたライトノベルなどでは気軽に冒険者≒ハンター=依頼を受けてお金を貰う人、という公式が出来上がっている場合が多いが、トライは活字を5分以上読めないという体質があるためそんな公式など知りもしない。
「強いて言うなら……傭兵?」
一番近い形として、トライが考えているのはその言葉だったらしい。
トライ自身は、自分にできるのは戦うことだけだと思っている。
調べること、探すこと、作り出すこと、考えること。
その全てが自分では難しいだろうと思っている。
トライというキャラクターであれば、作り出すことは出来なくもない、しかしそれも戦いに関係するからという理由がある。
ステータスもほぼ全てが戦闘をするためのものに集中されている。
戦うための存在、理由はその都度変わろうとも、やることは結局戦うこと。
そんな存在に当てはまる言葉は、トライの中では「傭兵」であったようだ。
「よう……へい……」
エルメラが聞きたかった答えは「人間」か「人間以外」か? そのどちらかであった。
しかしトライが放ったその言葉は、聞いた本人のエルメラよりもジュリアのほうに希望を、それと同時に不安をもたらす。
ジュリアの知る傭兵という人間達は、良くも悪くも金とリスクで動く存在だった。
金はあればあるほど、リスクは無ければ無いほどすぐに動く。
そして彼らが何より大事にするのは、地位でも名誉でも国の存続でも、彼らが欲しがる金でも無い。
自らの命。
そしてそれが安心できる場所にある限り、彼らは金とリスクを重視して動く。
例えば裏切りは、リスクの割に金がいい場合が多い。
自分の命が安全だと、または裏切ったほうが安全だと思った傭兵は、実にあっさりと裏切りを実行する。
裏切るために、近づく者だっている。
もちろん裏切るような人物だと周りに知られては生きていくことさえ難しくなりはするが、逆に言えば裏切るような人間だと思われなければいいという結論に至る。
裏切った、そう証言するものが全ていなくなるのであれば、それは簡単に実行されるのだ。
少なくともジュリアはそう考えているし、そういう現実を見てきている。
だから悪魔のような鎧が本当の姿を隠し続けている限り、傭兵だと名乗る彼を最後まで信用してはいけない。
だが同時に、傭兵であるならばなんとかなるかもしれないとも思える。
オーガを瞬殺できるほどの実力があるのなら、リスクなどよほどでない限り感じないだろう。
金の問題であるならば、戦争中とはいえそこは王族のためだ、傭兵一人を満足させる程度なら国がなんとかしてくれるだろう。
「顔を……」
「ん?」
エルメラはジュリアの思考には気づかず、そのまま会話を続ける。
「顔を、見せていただけませんか?」
上手い。
それが故意なのか天然なのかはわからないが、ジュリアはそう思った。
企みがある者ならば、自らの顔を知られることを少なからず嫌がる。
先程まで自分達を襲っていた魔法使いがまさにそれだ。
顔を見られれば、もし企みが失敗した時の危険度は一時的とはいえ一気に跳ね上がる。
もしこの傭兵と名乗る存在が顔を見せることを断れば――――
「おう、わりぃ。
そういや着けっぱだったな」
――――なんてことを考える必要は無かった。
忘れていましたとばかりに軽く返してくる言葉は、顔を隠そうという意思がまるで見られない。
トライは兜に手をかけ、システム的な装備解除ではなく手動での取り外しをする。
システムから装備解除しようとするとステータスウィンドウ→装備ウィンドウ→兜選択→外す、という手順が必要になり、面倒なうえに他人がその光景を見ると結構マヌケに見えるのだ。
もちろん周りが全員やってればそれほど気にはならないが、そんな行動をしたりしないNPCの前でやるのがなんとなく恥ずかしかったようだ。
フェイス部分をずらし、頭にがっちりと固定される謎の力を緩めるような何とも言い難い操作をし、頭の上に持ち上げるようにして兜を外していく。
顔の下半分が露出したあたりで、銀に近い白の長髪がさらさらと兜から流れ落ちる。
兜を完全に外せば、トライの友人が余計なお世話でガッツリとイケメンに設定してくれた顔が現れる。
髪が目に入らないように瞳を閉じたまま、兜を小脇に抱えて軽く頭を左右に振れば、銀のような白髪が揺れて、差し込んでくる光を乱反射しているような錯覚さえ見られた。
「ふぅ」
トライの息を吐いた音に隠れたが、二人の女性からほうと息が漏れた。
間違いなくイケメンだからであろう。
だが同時に、開かれた目を見て二人は息を飲むことになった。
「これでいいか?」
その瞳に煌めくのは星の輝き。
黒目の内側に赤が、青が、黄が散りばめられた瞳。
生物として、ありえない。
ありえないが、ありえないということを証明できる存在はこの世界にはいない。
現代であればカラーコンタクトを入れた厨二病患者であると疑われそうな見た目が、二人の女性には別の言葉を浮かばせた。
「てん……し……?」
「それはねぇわ」
トライが天使(笑)
この程度で二人が惚れたりするようなことはありません。
※2012/9/21
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