第40話・つまりただ遊ぶだけってわけだ
グリアディア王国の東側。
そこは青々とした草原の広がる牧草地帯。
それは自然にそうなった地域ではなく、首都であるこのグリアディアまで敵の軍が到達した場合に、相手側に隠れる場所や隠密行動をさせないために人工的に作り出したもの。
その地平線の向こうまで続いているのではないかというほどの長い草原の先には、遥か向こう側にそびえ立つ山が霞がかって僅かに見えるのみ。
その山を超えた先に、小国でありながら好戦的で、隙あらばグリアディアに戦を仕掛けてくるノモルワ帝国が存在する。
山の手前側がそのノモルワ帝国を抑えている貴族ラウの領地だ。
そのラウ領の遥か手前、王国からいくらも行かない地点に草原を疾走する2つの点が存在した。
「ふううぅぅぬおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
言うまでもないが、片方はトライである。
彼は今全力で疾走しているのだ、草原を、自分の足で。
なぜそんなことをしているのか、それは絶対に負けられない戦いがそこにあるからである。
さすがに自慢の悪魔鎧は全て外しているが。
「はっはっは! どうした悪魔騎士殿! 自慢の脚力はその程度か!」
茶化すかのようにわざとらしい敬語を使うのは、彼のお目付け役でもある私服姿のジュリアだ。
彼女はもちろん自分で走るなんてバカなことはしない、馬より早く移動が可能なランナーバードという鳥である。
見た目はカラフルで胴体がやたら長いダチョウである、首から上が白くグラデーションのように尾までゆっくりと黄色くなっていき、羽から青く長い大きな羽が数本生えているというサンバな鳥である。
鶏冠は情熱的に真っ赤な色で、下半身が白く染まりきらなかった巨大な鶏といったほうがわかりやすいかもしれない。
ちなみにこの生物、時速で言うと40キロくらいの速さを出せる。 これは一般道を走る遅めの自動車と同程度と言えばわかりやすいだろうか。
「て、てめぇ何を言ってくれてやがりますかくらぁ!」
トライの額に青筋が浮かび、ジュリアを睨みつける。
睨みつけた後で、何の気もなく鳥の顔を見てみる、見てしまった。
「フッ」
笑った、確実に笑った。
笑顔という爽やかなものではない、馬鹿にしたような自分より劣っている者を見下すような、ニヤリとした顔でトライを見て笑ったのである。
心なしかその顔も人間臭い表情をしているように見えなくもない。
「テ、テメェ……」
額の青筋がさらに増えた時、再びジュリアの顔が視界に入った。
「フッ」
笑っている、確実に笑っている。
鳥と同じような顔をして、トライを馬鹿にしたニヤリ笑いで見下していた。
「テエエエメエエエらあああああぁぁぁっ!?!?!?」
絶対に負けられない戦いが、そこにあった。
――――――――――
「ゼー、ゼー、ゴフゥ」
息も絶え絶えになりながら、草原を走り抜けた先にある町にトライ達は到着していた。
到着に要した時間は僅か2時間、本来であれば4時間をかけて到達する場所である。
「思い知ったかこのクソ鳥がっ」
「お前の体力は一体どうなっているんだ……」
ちなみに呼吸が乱れているのは主に鳥である、トライは僅かに呼吸が荒くなっている程度だ。
スピードに関してはランナーバードのほうが早かったが、スタミナという点でトライの圧勝であった。
最終的に頭一つ分の差でトライが先に町についたのだが、ランナーバードのスタミナは人間が相手になるようなものではないハズなのである、だからこそ乗り物として活用されているのだ。
また1つ、トライの意味不明な身体能力の謎がジュリアに生まれるのであった。
「クケッ!」
次は負けん! とでも言いたそうな気合の入った顔でトライを睨むランナーバード、ここまで感情のわかりやすい個体は普通いないと注釈はしておくべきだろう。
ちなみにトライがランナーバードに乗らず走ったのもコイツが原因である、ニヤリと馬鹿にした笑みを浮かべて「お前どうせ足遅いんだろ、仕方ねぇから乗せてやるよ」と言いたそうな顔をしたことにトライが反応したのだ。
ちなみにジュリアも面白がって便乗して悪ノリした結果である。
「おお上等だ! 帰りも勝負だぞクラッ!」
そして何故かその言葉を理解するトライであった。
睨み合う二人(一人と一匹?)の間に散る火花は一般人でも見えたことだろう。
「プッ、ククッ」
「あん、なんかおかしいかよ?」
鳥に本気で張り合うという光景は、あまりにも馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいことは、呆れるか笑うかという行動を誘う。
ジュリアは、笑うほうの性格だ。
「い、いやだって、なあ?
フフッ」
「クケー♪」
「なんだよ二人して……」
「アハハ、いや何でもない、何でもないぞ、うん」
「クケッ♪」
トライには笑われている理由がわからない、だが嫌な感情は特に沸かないようだ。
それはトライの人徳がなせることなのか、ジュリアの性格なのか、トライという人物にジュリアが慣れただけなのか。
「しかし、珍しく遊びに行こうなんて言うからついてきたけどよ……」
トライは振り返り、町並みを眺める。
視界に広がるのはそこそこに賑やかな通りと、そこを行き交う人々の姿。
整然と建ち並ぶ一階建ての建物は、街の中心街に向かって段々とその階数と敷地面積を増やしていく。
建物の形状自体は似通ったものばかりだが、少しでも他と差をつけたいという人間が多いためか模様や外壁の化粧に様々なものが用いられている。
単純に青や黄色に塗装しただけのものや、外壁がタイルやレンガらしきものになっているものもある。
中心には凱旋門のような巨大な門がそびえ立っているが、そこに刻まれている模様がただのデザインではなく、何かしらの魔法的な効果を持つものということは少し知識のあるものならばすぐにわかる。
トライに外国の地理や文化の知識が多少でもあったならば、すぐにパリの凱旋門を連想したことだろう。
残念ながらそんな知識は記憶の宇宙で超新星爆発を起こして木っ端微塵だが。
「随分とまあオシャレな町だこと、俺と合わなさそうな感じがするぜ」
「初めて来た冒険者はみんなそう言うらしいな」
トライはどちらかといえば下町系というかガテン系というかそういう感じである、と自分では思っている。
実際にはきちんとしたドレスコードで髪型もキメればそこそこいけるのだが、まあ単独では無理だろう。
そんなトライからしてみれば、お洒落に気を使いまくっているこの町は馴染みづらそうという印象が最初に出てくるのも仕方がないだろう。
「ま、行ってみればわかるさ」
「どこに何があんだ?」
「そうだな、まずはアレからかな」
「アレとかソレとか嫌な予感しかしねー……」
フラグという言葉を咄嗟に思いつくトライであった。
――――――――――
「ふううぅぅぬおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
気合の掛け声と共にトライの視線がある一点に集中する。
その集中力たるや魔王の放った大魔法に対抗してみせた時と同じレベルである。
戦闘に関する能力を使ってはいないし、魔力の暴風も生まれてはいない、ただ集中しているだけである。
極限まで集中した状態が生み出す、ごく狭い僅かな視界に映りこんでいる光景は……
「キタッ!」
銀色に輝く球体が円形のお盆のようなものの中をグルグルと周り、ピアノの鍵盤が円形になったかのように刻まれた白黒の溝に吸い込まれていく。
人を殺せそうなトライの視線をものともせず、銀のボールは黒の溝へと落ちた。
「っしゃ!」
要するにカジノである。
ちなみに日本では未成年のカジノ参加は賭博法違反になる、ここが現代日本であったらトライは今頃警察署にいただろう。
「し、白黒の二択のみとはいえ10連続で当たりを引き当てるとは……」
トライは当然のように当たりで得たチップを全てベットしているので、10連続ともなると相当な量になっていた。
余談だが最初のチップを1枚から始めたとしても倍率2倍だった場合で1024枚にまで跳ね上がる、実に1000倍、ディーラー涙目である。
さらに余談だが、10連続で当たりを引く確率も同じく1024分の1である。
「もう勘弁してください」
ノっている時の雰囲気やオーラというものは、その業界に長く身を置いた者たちには意外と感じ取れるものである。
トライの強運と、明らかにノっているオーラ、そしてチップを迷わず全てベットしていきそうなトライの強行姿勢に、カジノ側は早々に折れた。
こいつをやりたいだけやらせたらこのカジノは潰れる、カジノのオーナーはその判断に迷うことはなかった……
ちなみにジュリアは終始笑いを堪えていた。
「いやー楽しかった、また来てもいいかもな!」
「勘弁してください」
「フフッ」
――――――――――
「おい、見ろトライ」
「ん?」
チップを換金したトライとジュリアが歩く道の先、ジュリアが指をさしたのはある武具店であった。
「反射大砲の弾丸が売っているぞ。
まずいな、もうこんなところまで流通されているのか。
流した工房を突き止めて注意をしなければならんな……」
「そりゃいいけどよ、弾丸だけ売ってたって意味ねぇんだし後でいいだろ。
それよりなんか変わった形状してねえか?」
店に置いてあった弾丸は三角錐に近い形状をしており、先端から螺旋状に切り込みが入っていた。
夢とロマンを忘れない心があればこう叫んだことだろう。
「ドリルだっ!」
「どりる?」
そう、ドリルである。
漢の夢とロマンが詰まった至高の武器、ドリルである。
実際に使ってみるとそれほど掘削できないドリルである。
主に鉄板やアルミの穴あけ加工をするための細長い棒状のものがそう呼ばれるドリルである。
「兄ちゃんこいつに興味があんのかい。
こいつぁ今王国で開発されてる最新鋭の武器でな、その名も『回転ダンガン』って武器さ!
今なら安くしておくぜ」
どうやら情報の伝達は上手くいっていないらしく、弾丸という部品名がそのまま武器名として伝わっていた。
伝言ゲームの恐ろしさというべきか、それとも正規の手順で出荷されていない闇ルート故の情報の曖昧さなのか。
「おいおい、回転ダンガンて」
「か、回転ダンガン、プッ」
だが回転ダンガンという単語から、トライの知識にある碌でもない雑学が回収されてしまうことになる。
拳銃から発射される弾丸にあるライフリング、つまり弾丸を回転させることにより殺傷能力を含めた諸々の性能を向上させるという構造を。
「あ、そうか、回転させりゃいいんだ」
「ん? 実は凄いのか?」
「おう、反射大砲の砲身にだな……」
「回転? 回転させることで威力があがるのか?」
「いやそりゃやってみねぇとわかんねぇけどよ、やってみる価値はあるかもしんねぇな。
ここにこれがあるってこたどっかの工房が開発してんだろ? それを向こうで見つけてだな……」
話題に花を咲かせつつ、何事も無かったかのように歩き出すトライとジュリア。
数奇な運命を辿って闇ルートから流れてきた弾丸を偶然入手しただけの店主は、当然ながら話題に全くついていけない。
「お、おーい兄ちゃん達、買っていかないのかい……行っちまった。
あーあ、やっぱりパチもん掴まされたかなぁ」
この日この場所でトライがこの弾丸を見かけなければ、この弾丸を開発した工房は摘発されてしまい、トライ達が回転する弾丸に辿り着くことは無かっただろう。
いつかはどこかの工房が自力で開発したかもしれないが、この日発見されたことにより反射大砲の性能向上は加速することになる。
「いや確か回転させんのは本体側の機能だったような……」
「弾丸だけじゃなくて剣術・体術にも応用できるかもしれんな、例えば……」
「はぁ……不良在庫行きかな」
だが、そんなことをこの三人が知るはずは無い。
――――――――――
「誰か! 泥棒よーーー!」
「へへっ、ざまぁ!」
大通りを駆け抜ける一陣の風―――
「あでっ」
―――になりかけた泥棒がいた。
彼は今日、実に運が悪かった。
もし朝のニュース番組があって占いに最下位の結果が出ていれば、今日の『仕事』はもう少し慎重に行っていただろう。
壁のような何かにぶつかったスリの男が目の前を見上げる。
そこにいたのは、逆光で顔の見えない男と女。
当然だが、トライとジュリアである。
「俺たちの目の前で盗みを働くたぁ根性あるじゃねぇか」
ポキポキと手の指を鳴らすトライ。
「同情しよう、君は運が悪かった」
半端ではない威圧感を放つジュリア。
二人の背後には、きっとゴゴゴという擬音が見えただろう。
「ヒッ、ヒーーーッ!?」
(※フルボッコ中)
「あ、あのっ、ありがとうございました!」
「いーっていーって」
「仕事だ」
礼もろくに受け付けず、名も名乗らぬ男女二人に惜しみない拍手が送られていた。
騒ぎを聞いて駆けつけた衛兵が来るころには、二人の姿は消えていた。
主に事情聴取なんてされてせっかくの休みの貴重な時間が潰されたくはない、という二人の意思である。
――――――――――
その後も二人は他愛のないことをして過ごす。
「うめぇ、これすげぇうめぇ!」
「クセになりそうだな」
人気の定食屋に入って料理を堪能してみたり。
「さあ誰かこの力自慢に腕相撲を挑もうってヤツはいないか!」
「ッシャーーーンナラーッ!」
「ギャー腕がっ、腕が変な方向にぃーーーっ!?」
金をかけた腕相撲勝負にトライが圧勝してみたり。
(※対戦相手の腕はジュリアが責任を持ってポーションをあげました)
「これはいい武器だ……」
「うむ、これはいいもんだ」
目に付いた武器屋で珍しい物を見つけてみたり。
ちなみにジュリアはレイピアのような実用性の高い剣を見ているが、トライは実用性の全く無いカッコイイだけの兜を見ていた。
「嬢ちゃんそんなゴツイやつらより俺らと一緒に遊ぼうぜ~」
「お前らも大差ねぇだろうがゴルァァァッ!」
「人間並の顔になってから来い!」
「ぶへあっ!?」
ジュリアの見た目だけを見てナンパしてきたゴロツキっぽいやつらを倒したり。
穏やかとはとても言えないが、間違っても言えないが、トラブルのほうが多い気もするが、そんな一日を過ごす二人。
楽しい時間は早く過ぎ行くもの、気が付けば太陽は傾き、地平線に向かってその身を赤くさせながら沈み行く時間になっていた。
夕焼けが照らす町並みは赤く染められ、あちこちの煙突から煙があがり、夕飯の支度をしていると思わせるいい香りが漂っている。
町並みを歩く人は仕事帰りであろう人物達が多くなり、ある者は自宅であろう方向へゆっくりと、ある者は酒場のある地域へ足早に、ある者は子供の手を引いて笑いながら歩く。
日常という光景が、そこに広がっていた。
日常を背に、赤く染まった草原を再び走る一人と一匹。
トライのスタミナの無尽蔵さにはもはや呆れているのか、ランナーバードは普通よりちょっと早い程度の速度をキープしている。
「トライがいれば夜の移動も苦労しなくてよさそうだからな、もう少し早くしてもいいんだぞ?」
とはジュリアがランナーバードにかけた言葉、どうやら負けたことを意外と気にしていたようだ。
実際問題として日が暮れた後の移動というのは色々と危険なものなのだが、今回は見晴らしのいい草原があるだけということと、何かあっても超人的な身体能力を持つトライがいることでジュリアはあまり気にしていない。
何より二人での移動という少数で、しかもお互いがこの辺に出現するモンスター程度では相手にならない強さであるので尚更心配無用だ。
そういった事情を理解した上で今回の遊びを計画したわけではあるが。
「おいおい、せっかくいい気分なんだからよ。
帰り道くれぇはゆっくり行こうぜ」
「クケー」
ゆっくりどころではなく大分早いのだが、行きの速さが尋常ではなかったのでゆっくりに見えるという不思議状態である。
「フフ、確かにいい気分だ。
今日は楽しかったな」
「おお、また遊びに行きてぇもんだ」
「……そう、だな、また行きたいものだ」
「……?」
楽しいことをもう一度、それは誰もが思うこと。
子供も大人も関係ない、もう一度、それは誰もが何度でも思うもの。
だからこそ、その言葉はすぐに口に出てくる。
口にするだけであれば、簡単にできるから。
誰もが簡単に言うから、ジュリアの口からも簡単に出てくる。
「また……」
例え、それが無理だということを理解していたとしても。
数日後。
ジュリア=バーロッツの婚約、という情報がトライに届いた。




