第39話・つまり人の口に戸は建てられねぇってことだ
反射大砲のお披露目実験から2週間、各地では様々な事態が推移していた。
世界の流れが動き出し、様々な者達が停滞から変化へと向かい始めている。
動き出した理由は、様々な憶測を含めた情報が大量に広まったことが原因だ。
中でも世界中の人間達が注目し、重点的に広まった情報は3つ。
1つ、魔族領にて『魔王』らしき存在が確認された。
2つ、グリアディア王国に、その『魔王』に対抗できる存在がいる。
これは言わずもがな、トライの所属するグリアディア王国と魔族との戦闘が発端となった情報である。
噂による伝言ゲームでは尾ヒレがついてかなり誇張された話になるものである。
だが今回の場合、あまりにも壮絶な戦闘を人々が正確に言葉で伝えきることができず、尾ヒレがついてもまだ情報不足という事態になっていた。
そのため人々の注目はそれよりも、むしろ3つ目の情報に偏ることとなる。
その3つ目の情報とは……
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時は若干の日を遡る。
聖王国ランドバルトにそびえ立つ豪華絢爛な王城。
実用性という言葉に真正面からケンカを売っているような装飾が施された城内にある、同様に豪華な装飾と調度品が並ぶ廊下を超え、一際豪華な部屋の中での出来事。
「一体どういうおつもりですか?」
「……元老院の決定だ、ワシ一人で覆すことはできん」
一際豪華な部屋の一番奥、匠の職人技よりも素材の高級感に頼り切った椅子に座る、やはり豪華な服装をした男。
聖王国ランドバルトの国王である、この国の場合グリアディアと差別化するために『聖王』と呼ばれているが。
相対する男は……
「それに、いくら『賢者』と呼ばれているとはいえ御主は客人。
国の恩人とはいえ、政治に口出しできる立場ではなかろう」
賢者と呼ばれ、この国に到達しようとしていた異形の驚異を退けた若者である。
彼の言葉は言い方こそ穏便であったものの、表情や雰囲気から怒りの感情を読み取るのは容易い。
何か、彼の逆鱗に触れる事柄があったことは明白であった。
「私は以前より忠告していました、『勇者召喚』などという馬鹿げたことはするな、と。
何も知らない異世界の人間に全ての責任を押し付けると、元老院はそれを実行すると言っているのですよ」
怒り、という感情をチラつかせる賢者に対し、聖王はため息を一つ吐き、言葉を返した。
「魔族と、グリアディアが衝突した戦の話は聞いているかね?」
「……ええ、魔王らしき存在と、それに対抗できる強力な戦士がいる、というところまでは」
聖王は机に肘をつき、顔の前で両手を組む。
そして鋭い視線を賢者へと向けて、続きを話し始める。
それは何かを決めた、覚悟を持った者の表情になっている。
「私もね、必ずしも反対している、というわけではない」
「……なぜ、ですか」
「……戦は切り札の出し合い、という面が無いわけではない。
ランドバルトはかつてより中立という立場をとっているからこそ、大きな戦を仕掛けられることもなく、あったとしても他国に救援を要請できる立場にあった。
実際に救援を要請すればどこかには属さねばならなかっただろうが、攻めてきた国が滅んで他の国が得をするようなことはどの国家も避けたい、故に今までは本格的に攻めてくることはなかった。
……だが」
賢者とは、賢い者。
王の言葉を途中まで聞いただけで、賢者は理解した。
そして、人の心というものがどう考えるものか、よく理解していた。
「……魔族領には魔王が、グリアディアにはそれに対抗できる戦士という切り札が生まれたのだ。
それに対して我が国にあるのは、自らの意に反すれば離れると公言している賢者という『盾』があるのみ。
……欲しいのだよ、我が国にとっての剣が、我らが掴んでいる限り振るうことのできる戦力が」
そしてあわよくば、剣と盾を持って他国に攻め入る。
言葉にこそしないが、賢者の男にはそこまで想定しているということを簡単に理解できた。
事実、魔族とグリアディアの衝突から拾える情報を集める限り、誇張されている面があるにしてもそれぞれの『切り札』は強力だ。
そして賢者だけが知る情報から、彼の予想通りの人物たちが衝突したのであれば、それでもまだ情報のほうが下回っているとさえ考えている。
それらは一致団結こそしないであろうが、もしランドバルトに攻め入るようなことがあれば周辺国家の助けがあったとしても対抗できるかどうかはわからない。
それどころか、唯一のアドバンテージとも言える魔法攻撃を主体とした国軍でさえ、魔王が持つ圧倒的な攻撃魔法の前には役に立つかどうかさえ怪しいのだ。
更にそれに対抗できるほどの戦力がグリアディアにあるとなれば、いつ中立の立場を無視してランドバルトに攻め入るかもわからない。
それが元老院の、そして聖王の判断ということなのだろう。
その結果、人間の思考として安易な考えに、即ち外部の存在に救いを求めるという手段に至ったのであろう。
それを実行できるだけの用意があるとなれば、尚更だ。
「覆らないし、覆すつもりも無い、ということですね」
「……元老院の決定に逆らえるほどの権力は、もはや聖王という立場には無い。
王とは名ばかりよ、実際には教会の言いなりになっている奴隷にも等しいものだからな」
「……私は、ここを去ります」
「……それがよかろう、盾が無ければ元老院も二の足を踏む。
奴らは戦に関しては素人もいいところだ、基本に忠実に、盾で自らを守れる状況になければ、剣を向けることさえためらうであろう」
賢者は、言葉を返さずに踵を返す。
蝶番の軋む音さえ聞かせないドアを開き、片足を部屋の外へと出す。
「すまん」
それは国王の呟きであったのか。
聞こえた時には賢者はすでに外に出ていた。
賢者が振り返った時には、護衛の兵が閉じた扉が豪華な装飾を輝かせているだけだった。
賢者の去った部屋の中で、聖王は一人呟き続ける。
「もっと力が、権力があれば……」
王という立場だというのに、何もすることのできない自分に苦悩する。
その姿を僅かな影の暗闇から見つめる何かがいたことに、誰も気づいてはいなかった。
――――――――――
「……で、どうしてあなたがついてくるので?」
「監視だそうです」
手早く旅の用意を整えた賢者は、誰に何を言うでもなくランドバルトの城下町を歩いていた。
城内で着ていた服はしまい、格好だけを見ればまるで冒険者のような革製の軽鎧に身を包んでいる。
それに付かず離れずの距離をピッタリ歩いている神官姿の茶髪の女性のほうが、よほど賢者と呼ばれそうな雰囲気を出していた。
「随分堂々とバラしますね」
「下手な尾行をつけて逃げられるくらいなら、堂々とバラしてついていけと聖王から命じられています」
あのタヌキ爺い、と心の内に吐き出す賢者であった。
顔は笑顔の鉄仮面である。
「それに、私は聖王国に仕えていたつもりはありませんので。
個人的に賢者様へ恩を返すつもりでお世話をさせていただいていたのです、あなたが去るというのであれば、私もそれについていくつもりでした」
淡々とした表情と言葉遣いで、感情が無いかのように話す。
その何も感じることのできない、と思ってしまいそうな表情が、逆に彼女が真面目に話しているということだと賢者は知っていた。
だから、逆に困ってしまう。
「……参りましたね、そんなことを言われたら連れて行くしかないじゃないですか」
「恐れ入ります」
フッと笑う、微笑み。
もしそれを目撃した男性がいれば、彼女に一目惚れをしてしまっていただろう。
雑多な街中でそれを目撃できたのは、奇しくも賢者の男性だけであったが。
「ちなみに元老院は、あなたのことを『世直しの旅に出た』と公表するとのことです」
「あのジジイ共は……聖王は何か言っていましたか?」
「……まあ、間違ってはいないな、とだけ」
「いや、まあ間違ってはいないけどね、確かにそうなんだけどね。
……どうかしました?」
会話の中で、女性が不意に賢者の顔をジッと見つめていた。
さすがにそれに気づかないほどの鈍感男ではない、というかむしろ敏いほうだという自負を持っている。
「いえ、賢者様もそんな風に話すのだなと思っただけです」
「ああ、嫌ですか?」
「今までが丁寧でしたので、違和感はあります。
ですが、私は今の方が好きですね」
「……」
「どうしました?」
「……名前。
賢者はこの国の人たちが勝手に言っていただけですので、今後は名前で呼んでもらえませんか?」
「わかりました、それでは名前を教えていただけますか?」
「私の名前は……」
賢者がランドバルクから世直しの旅に出た。
その噂は聖王国の国民に少なからず衝撃を与えた。
――――――――――
その頃のトライ達。
「ぬおっ、おおっ、おわぁっ!?」
トライが何かを避けると、その直後にトライのいた地点に噴煙が立ち上る。
1発ではなく、若干の間をおいて2発、3発とそれが続く。
「なるほど、弾倉を回転式にして3発装填できるようにしたのか、画期的だな」
「オッス、他の工房さんが先端の尖った弾丸を開発してくれたおかげッス!
おかげで弾丸自体を小型軽量化できたんで、部品は増えましたけど重量に大差は無く、しかも威力と速度はあがってるッス!」
着々と反射大砲の改造が進んでいた。
リボルバーのギミックは当然トライの何気ない一言から追加されたものである。
製造部門の偉い人とテッドはその性能に関する議論に華を咲かせている。
ちなみに言葉使いに関してはテッドが諦め始めている。
「おい、次はうちの工房が開発した魔法の発動する弾丸を試してくれよ!」
「馬鹿野郎! ウチの爆発する弾丸が先だ!」
「おいお前ら、俺らが誇る大量の小弾丸に分裂する弾丸を試してから言いやがれ!」
製造部門の偉い人が実施した分業制は、現時点で弾丸のみが依頼されている……ハズだった。
何がどこでどう間違ったのか、画期的な装備品の一部ということで各工房の職人魂に火がつきまくってしまい、現時点で様々な種類の弾丸が開発されてしまっていた。
「おいコラ!
避けるのは俺だってわかってんのか!?
いくら俺でもそのうち死ぬぞこれ!」
ちなみに何故か毎回トライが的として参加させられているのだが、今のところ死にそうなダメージを負わせたことは無い。
ある意味でそれが職人達のプライドを傷つけ、さらなる改良に打ち込む原動力になっている、ということはトライ本人だけが知らない事実であった。
仕掛け人はもちろん偉い人である。