第37話・つまりハッキリ言うヤツがいるってことだ
「さて……」
グリアディア王国の会議室、城壁の形を模したように三箇所が欠けた円卓の上座、テーブルの形が街をイメージするのなら城にあたる方向に座る人物、グリアディア国王が厳かな雰囲気と共に口を開いた。
「始めよ」
「はっ!」
開始の言葉のみを放ち、勢いよく返答をした司会役の者に後は任せるとでも言いそうな面持ちで、並ぶ椅子の中でも一際仕立ての良い椅子にどっしりと座り直す。
「まずは先日起こった魔族との戦闘からご報告をさせていただきます。
近衛騎士団団長殿、報告をお願いいたします」
司会役の男が視線を向けた先には、茶髪を角刈りにしてモジャモジャの髭をした岩男がいる。
どう見ても岩男で、岩に近衛騎士団の服を着せたほうがまだ騎士だと信じられそうな見た目ではあるが、この男が間違いなく近衛騎士団の長を務める人物である。
近衛団長はゆっくりと立ち上がり、全員の顔を見た後で国王にしっかりと目線を合わせ、口を開いた。
「まず、此度の戦に於いては幾つものご報告すべき事態があり、ご説明が長くなってしまうことをお許し願いたい」
様式美、というものは意外に大事にされる。
特にこういった王族や貴族の前というのは、建前でもやらなければならないことはいくつもあるものだ。
「うむ、許そう。
他の者にも等しく同じことを許す。
なお、この場はワシに陳述をする場では無く、此度の結果を元に今後のことを議論する場である。
故にこの場に限り、例えワシの言葉であっても反論し、意見をすることを許そう」
例えば「許可がある」ということを明確に言葉にしてもらう、というのもそんな様式美の1つ。
本来であればこの円環のようなテーブルがある部屋は会議室、それも重役会議に使われるような部屋なので、この場に集まるということがそもそも議論をするためのハズなのだ。
しかし「許可されていない」にも関わらず、そういった行動を取ることは王を軽んじている、つまりは不敬であると言われてしまうことに繋がってしまう。
そんな些細なことでさえ揚げ足を取り、誰かを失脚させようとするような輩はどんな場にもいるものだ。
もちろんこの場であっても、それはいる。
だからこその儀式のようなものであり、例え全員がそれをわかっていてもこういったことを欠かすわけにはいかない。
そんな儀式を終え、正式に発言の許可を得た近衛団長は改めて口を開いた。
「それでは……
まずは死傷者などの被害についてですが、此度の戦での死者は0名、重症者は20名ほど。
重症者は全て一般兵とのことですので、戦力に大きな減少はございません」
ちなみにこの死者0名という数字、リアルな世界だとあり得ない話ではあるのだが、回復魔法という超常現象があるこの世界では珍しいことではなかったりする。
流石に四肢欠損などは治しきれない場合がほとんどだが、生きたままで回収さえされれば少なくとも生存が可能だ。
同じ理由で軽傷などもとっとと回復させられてしまうので、こういった報告の場では特殊な状況でない限り死者と戦闘行為が不可能と判断される重症者の数のみが報告されることになっている。
「魔族側の被害に関しては、あがってきている報告を数えただけでも30以上の殺害報告がございます。
加えて例の『悪魔騎士』の功績により、精神的な被害を相当与えられたと推測しており……」
「一体そいつは何者なのだね」
様式美の1つには、他人の発言に割り込まない、というものもある。
別段この場に限った話ではなく、現代に生きる社会人であれば当たり前の話でではあるのだが、この世界でもそれは通用する常識だ。
その常識を破ってまで話に割り込んだ男は、環状の円卓において東側、ノモルワ帝国と接する領地を持ち、いわばこのグリアディア王国において最も戦争しているラウという名の領主である。
ラウ自身は1人の貴族に過ぎないが、小さいとはいえ好戦的で常に戦争を仕掛けようとしてくる帝国を時に武力で、時に計略で、時に直接交渉で宥めすかしてやんわりじんわりしっかりばっちりと抑え続けてきた王国の盾の1枚である。
残念なのはその功績が戦ではなく交渉が主であるために目に見え難く、国王を含めた事実を正しく把握している者以外から評価を得られていないことだろう。
能力的には国の重役に付いても問題が無いにも関わらず、その辺が原因で未だにただの貴族留まりという不憫な人物だ。
この重役会議に参加しているのは、功績を正しく把握している者達からの正しい評価によってのもの。
しかしその戦争大好き国家を相手に鍛えたトークテクニックは、はっきり言ってしまえば不敬罪のオンパレードである。
どうやって帝国を抑えているのか疑問に思われるほどなのだが、言っていることは正論なうえに何度注意しようと止める気配が無い。
そのため国王を含め、最早誰も注意しようとはしなくなっている。
ちなみに帝国の相手に忙しいため、王国内の事情には疎いこともある、というところまで全員が納得済みである。
「聞いた話では単独で魔族軍の突撃隊を蹴散らし、炎魔将軍ロンドを返り討ちにし、果ては魔王が放ったと思わしき魔法に対抗して見せたと聞いている」
ラウの発言に、同じく事情に疎い人物達が驚きの表情を見せる。
近衛団長はその発言に眉をひそめこそしたものの、特に表情を変えること無く返答をする。
「仰る通り、全て悪魔騎士の功績です。
まあ、本人は相手の生死を確認していないとのことですので、報告上の戦果は無しですが」
この世界では監視や計測関係の魔法はかなり未発達のため、戦における戦果は自己申告制だったりする。
それ自体は現代でも割と最近までそうだったので、別段不思議なことでは無いが、戦果を確認する専用の兵団という存在は今のところ無い。
「聞いている限り、人間に……それも単独でできるとは思えない事柄ばかりだと思うのだがね。
果たしてその悪魔騎士とやらは本当に人間なのかね」
鋭い眼光と共に言葉を近衛団長に投げつけるラウだが、似たような視線をしているのは他にもいる。
魔族の突撃隊を蹴散らすことも、炎魔将軍ロンドを返り討ちにすることも、前代ではあるが魔王の攻撃に対抗することも、できないわけではない。
実際に過去にそれぞれが行われたことは何度もあるし、全てが同時に起こったことも実際にある。
しかし、その全ては複数の人間が協力しあってできたことであり、単独でそれをやってのけた存在などいなかった。
戦場に出て直接見た者たちであるならばともかくとして、書類での報告だけされた者たちにはとても信じられる内容では無いのだ。
「少なくとも……」
報告用の書類をテーブルに置き、少しだけ息を吐いてから近衛団長は話し始める。
「聖水や銀などに反応している素振りはありませんし、聖属性の攻撃に弱いといったこともありません。
見た目と性格はちょっとアレですが、まあアレというかバカですが、バカが人間の皮を被ってると言われればその通りではありますが。
戦闘能力を除けば、とりあえず今のところ『人間ではない』と判断できる要素はありませんな」
その戦闘能力が問題なのだが、そればっかりはそういうものだからと思うしか無い。
どうやってそれほどの強さを手に入れたのか、という点に関しては本人が「命懸けの戦いが多かったから」としか答えない。
実際にはその言葉の前に「ゲーム内で」と付けなければならないのだが、この世界の人間には意味がわからないだろうとトライが省略している。
人間である、と答えた近衛団長に対し、ラウは鋭い視線のままでさらに言葉を重ねる。
「人間であるかどうか、という点に関しては納得しよう。
納得できない部分もあるが、問題はそこではないと思っている」
ラウの視線は近衛団長からゆっくりと隣の人物へ移り、さらに隣へ、さらにその隣へ、やがて国王のところまで移り、そこでやっと口を開く。
「それほどの強力な……強力すぎる存在が、我が国にいる危険性を皆は理解しておるのかね。
魔王に対抗できるほどの力を、近衛団長の言葉を信じるのであればただの『人間』が持っているのだ。
何か1つ間違えただけで国が滅びる可能性があるのだぞ」
自分の言葉に熱くなってきたのか、ラウはとうとう椅子から立ち上がる。
テーブルに両手のひらを乗せ、若干前かがみになって、国王へ真剣な眼差しを向けている。
「そんな危うい存在の情報が、今の時点でわかっている事実が、『恐らく人間であろう』ということのみ!
どこから来たのかも、どうしてここにいるのかも、何故我々に味方をしているのかもよくわからぬ!
何故ヤツの存在を軽く見ているのか納得できんとワシは言いたいのだ!」
ラウの言葉に返事をできるものはいない。
誰も何もしていないわけでは無い、様々な人物・組織がそれぞれの手段を使ってトライの素性を調査している。
しかし結果は芳しくない。
まさか異世界から来た存在だ等という可能性を思いつくはずもなく、「何故か突然現れた凄く強い人間」以上の情報が集められていない。
「……その話をする前に、少し報告を続けさせていただきたいのですが」
近衛団長がラウの熱を冷ますように、どこまでも冷静に淡々とした口調で言葉を続ける。
再び書類を手に持っているあたり、事務的な対応をすることに決めたようだ。
「聞こう。
ラウよ、気持ちはわからないでもないが今は座るがよい」
さすがに国王直々の言葉とあっては逆らうわけにもいかず、ラウは大人しく座る。
その表情は不満がたっぷりと乗っているが。
「それでは」
ラウが座ったのを確認し、近衛団長はまるで岩になったかのように……まあ前から岩のような男ではあったが、さらに硬くなって話し始める。
まるで岩から音だけが聞こえてくるような不気味なほどに直立不動になった近衛団長は、淡々と報告を続ける。
「まず今回の戦闘で注目すべき点は3つ。
炎魔将軍ロンドによる、単体での第6階位魔法の行使。
魔王によるものと思われる広範囲殲滅魔法の確認。
同じく、長距離における単体攻撃魔法の連続発動。
どれも急ぎ対策が必要と思われる案件ではありますが、魔王による攻撃は過去にも事例がありますので保留とさせていただきます」
ちなみに過去に存在したどの魔王も、滅多なことでは前線に出てこなかった。
出てきたとして巨大な広範囲魔法を1発打って、長大なインターバルを置いて再度放つといった固定砲台のような役割でしかない。
確かに危険は危険なのだが、対処法はいくらか編み出されているのでそれほど急ぎの案件とは思っていないのがこの場の共通認識だ。
「目下最大の問題は炎魔将軍ロンドによる第6階位魔法の行使でしょう。
第6階位以上の魔法が使われた場合、セイントキャッスルは確実に破壊されます。
今回は例の『悪魔騎士』が対抗してくれたためになんとかなりましたが……」
ちょっとでも頭が回る者達ならば、近衛団長が言いたいことはすぐにわかっただろう。
悪魔騎士がいない間に魔族に攻め込まれた場合、セイントキャッスルという切り札が無くなった砦は簡単に突破されてしまうということだ。
この時点で悪魔騎士の存在は、王国側にとって重要な位置に急上昇しているのである。
セイントキャッスルが破壊されるという事実に、驚愕の表情を浮かべているものも何人かいる。
しかしそういった者達は戦場の情報に疎いだけであり、ほとんどの者は近衛団長の言葉を真剣に受け止めている。
「対策として、魔族領との境界砦に悪魔騎士の常駐が簡単ですが……」
そこで近衛団長は言葉を切り、今にも暴言を吐き出しそうなラウを見る。
わかっている、と言わんばかりの表情に、ラウも開きかけた口を閉じる。
「ラウ殿の仰る通り、素性のよくわからない人間に王国の『盾』を任せるわけにはまいりません。
悪魔騎士は、いざとなれば捨てることのできる『剣』の立場であるべきでしょう。
そこで、次の案件としてこちらの提案なのですが……」
近衛団長は自分だけが持っていた紙を持ち、左右に複数枚を渡す。
渡された人物は自分の分をとり、残りを隣の人物に渡していく。
ちなみに国王の分だけは近衛団長が直接持っていく、この辺も様式美の1つである。
「……なんだこれは?」
一番最初に声を出したのは、国王でもラウでもなく、武器の管理・製造を担当している部署の統括だった。
その提案書に書かれている内容と絵を見て、一目でそれが『武器』であると判断できたのは彼だけだったのだ。
「……こんな、こんなものが本当に武器になるのか?
いやしかし実際に製造できたとしたらこれは……」
提案書にのっている絵には、細長い筒のようなものが描かれている。
細長いとは言ったが、絵に描かれている注釈の通りであれば成人男性の半分程度の長さはあることになっている。
太さに至っては、寸法を読む限りであれば脇に丸太を抱えるほどの大きさで、攻城戦で使われる破砕鎚を個人用に小さくしましたと言われたほうが納得できそうなサイズになっている。
真正面らしきところに空いている穴からそれこそ杭が飛び出すのであれば、そこそこ強そうな武器だな、程度が他の人物達の認識であった。
「この武器は例の反射盾を持ち込んだ工房からの提案品です」
悪魔騎士が関わっているらしいとされる工房の言葉に、国王と補佐官は誰にも気付かれないように呆れた溜息を吐いた。
「この武器の名は『反射大砲』と言います。
これは投石器より遠くへ、弓矢よりも巨大な質量を、魔力を持たない一般兵でも打ち出せる兵器です」
とんでもない技術革新の話をしているにも関わらず、近衛団長は変わらず淡々と話続ける。
ラウの驚愕に彩られた表情が見えていないかのように。
「……そしてこの兵器は、悪魔騎士の発想を元に製作されたとのことです」
身元も素性もわからない、しかし持っている情報は宝の山。
それがこの場に集まった人物達が揃って思いついた悪魔騎士へのイメージだった。
おまけで強力な戦闘能力を持っている、となれば答えは簡単だった。
(((情報を取れるだけ取っておかねば!)))
ちなみに国王と補佐官はというと――――
((またアイツか……))
半ば諦めの境地に達しかけていた。
頑張れ国王、負けるな補佐官、この国の平和は(割とマジで)君たちの腕にかかっている。