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第36話・つまり努力・友情・勝利が大事ってわけだ

タイトルは週間少年ジャンプから(笑)

版権とか地味にまずいかな?

 深い深い森の中。

 少ない栄養素を奪い合い、足りない分を魔力という不思議成分で補った木々は無意味に巨大な体となり、歪に曲がった枝はその見た目とは裏腹に風程度では揺れること無くそこに佇んでいる。

 そんな魔の森とでも呼ぶべき深い深い森の中を移動する軍団は、森の異様に相応しい魔に属する種族の者達であった。


 そんな中、ランドリザードと呼ばれる大型のトカゲに縛り付けられるようにして運ばれていた筋骨粒々の男がゆっくりと目を覚ます。

 炎魔将軍の二つ名を持つその男の名はロンド。

 全力の攻撃を放った上で、それをさらに上回る力に打ち破られ、敗北した男である。


「……負けた、か」


「あら、起きたの?」


 誰にともなく呟いた独り言は、魔の森を進む魔の軍の中にあって、いっそ場違いとも思えるほど可憐な声の持ち主に届いていたようだ。


「なんだ、来ていたのか小娘」


 いつの間にか並走していたランドリザードに、両足を片側に揃えて所謂女の子乗りしていた女性は、やれやれといった様子で肩を竦める。


「変わらないわねぇ。

 私のことを未だに『小娘』なんて呼ぶのはあんたくらいよ」


 ロンドが呼ぶ『小娘』が肩を竦めたのと同じ動作を、今度はロンドが縛られた姿勢のままでしてみせる。


「魔族領まで来るほどの壮絶な方向音痴など『小娘』で十分だろうに。

 それとも心にも無い敬意を表して『魔王様』とでも呼んでやろうか?」


「あんた私がその呼ばれ方嫌いなのわかってて言ってるでしょ。

 あーやだやだ、そんなんだから負けるのよ」


 両手で見られてもいないのに胸を隠し、寒くもないのに体を震わせ、口をイーッとしながら首をふる。

 女性として成熟しきっていない学生のような仕草をする彼女こそが、魔法の王たる『魔王』その人である。


「……お前が参戦したのに、負けたのだな……」


 魔王たる彼女がここにいる、それは魔王の力を持ってしても砦を突破できなかったということだと思ったロンドは、目に見えて落胆する。

 その言葉を否定するのは、当然ながら目の前にいる魔王その人だ。


「強かったわよ。

 あんたが戦った相手も、戦わなかった人間も」


 魔王は語る、ロンドが気絶している間に起こった出来事を。



 ――――――――――



「うぬうおおらあっしゃあああならあああ!」


 魔法で生み出された火の矢を両手を使った剣を振り上げることで弾き、水の矢を上に向けて蹴り上げる。

 風の矢を剣から話した手の裏券で殴って霧散させ、土の矢は片手で振り上げた剣を返して振り下ろすことで両断する。

 無数に飛び出してくる魔法の矢は終わりを見せず、トライは必死になってそれを弾き続けていた。


(一発一発の威力はたいしたもんじゃねぇ……が)


 属性を一通り把握したあたりから繰り返し作業(ルーティンワーク)と化しているため、若干ではあるが思考に余裕が生まれている。

 そのわずかな余裕でこの魔法の嵐を冷静に分析した結果は、トライにとっては肝を冷やす状況だ。

 思考のわずかな隙間に飛んできた雷の矢、それを動物並みの反射神経によって、剣の腹を滑らせるように後方上空へと受け流す。

 流れた雷の矢はトライからわずかに角度を変えて飛んでいき、雷属性特有の超高速移動によってほぼ一瞬で砦へと、その直前に展開する『セイントキャッスル』の魔法へと到達する。


 ゲーム時代、レベル6以上の魔法が範囲内に到達すると無条件で効果が消えていた攻勢防壁魔法『セイントキャッスル』

 しかしそれは逆を言えば、レベル5以下の魔法は範囲内に入ったところで何の影響も受けずに発動するのだ。

 そして魔法の矢は最も基本的な魔法で、設定された魔法レベルは1。

 当然の如くセイントキャッスルを貫通する……誰もがそう考えていた。


 幸か不幸か、雷の矢はセイントキャッスルに「衝突」した。

 雷が落ちたかのような轟音が響き、開放された電気エネルギーが周囲を真っ白に染め上げる。

 それを目撃した兵士達の視界が白から色を帯びた通常状態に戻ったとき、セイントキャッスルと魔法の矢が衝突した地点は――――


「……そんな……セイントキャッスルが……」


 ――――消滅していた。


 衝突地点を中心にして円形に、その周囲も割れたガラスのようにヒビが入り、ボロボロと崩れて魔力へと還元されていっている。

 穴の大きさはトライが縦横に3人並んでも余裕を持って通れそうなほどに大きな穴だ。

 かつて絶対防御を誇っていた王国側の切り札は、消滅地点の周囲と同じように、その立場をボロボロに破壊されていた。


(……俺にとって、って言わねぇとダメみてぇだな、こりゃ)


 兵士達は結果が起こる前にトライが撃破したために知る由も無いのだが、ロンドが放った『イグニートストーム』

 そして今現在飛んできている魔法の矢の嵐。

 この2つの存在によって、王国の魔族領に対する防御手段が大きく削られたことになる。

 それが今後にどんな影響を及ぼすのか、兵士達はもちろん近衛騎士団のメンバー達はそのことに大いに頭を悩ませることになる。


「だらっしゃっ!」


 ……が、トライにそんなことは関係ない。

 というかそんなことを考えていて手が鈍りでもしようものなら、この砦そのものがこの場で破壊されかねない。

 そういうのは頭を使う人間がやること、自分がやるのはとにかく現場で動くこと、トライはそう考え(というか常にそう考えているが)、まずは行動することにする。

 セイントキャッスルと魔法の矢の衝突だけではどのくらいのダメージが出ているのか判断しかねるが、切り札と言われていたことから相当な防御力があったのだろう。

 それが破壊されてしまったのだから、恐らく兵士達は一発当たっただけでも致命傷だろう。

 おまけに現実化した影響で、余波や副次効果である爆風などもかなりの威力を持っていると思ったほうがいいだろう。

 なぜかトライに当たるときはそういったものがやたらと少ないことには気づいていたが、恐らくはガードアタックで相殺しているからだろうとは予想している。


 となれば、やることははっきりしている。

 全て弾き、最低でも影響の出ない方向に受け流す。

 割とあっさりその結論を導き出したわけではあるのだが……


「数! が! 多! すぎ! んだ! よ!」


 現実的に、トライの身体能力をもってしても数の暴力は強かった。

 今のところ、「なんとか」という言葉をつけなければならないものの、兵士達に被害は出ていない。

 しかし徐々にトライの集中力、そして残りのMPが際どくなってきている。

 何よりどれだけやれば終わるのかがわからないという、ゴールの見えないマラソン状態が精神的負担を大きくしていた。

 そしてまた1発、炎の矢を捌ききれず、僅かに軌道を逸らしただけでトライの横をすり抜けていく。


「しまっ……ぬおぉっ!?」


 しかしトライがそれを追いかけ、対応する暇も与えられることは無い。

 トライの後方から爆音が響き、セイントキャッスルの膜が破壊されたのだろう、ガラスがハンマーで思い切り砕かれたような破砕音が響く。

 幸いにして、セイントキャッスルはすぐに消滅するようなことはなく、一発限りの防御手段としてその場に留まっている。

 しかし雷の矢と、炎の矢で2箇所も穴を開けられ、どちらかから兵士達のいる場所へと入り込んでしまう可能性は高い。


 ゴールの見えないマラソン、一発でも当たれば死んでしまう味方、それを防ぐことができるのは自分だけ。

 精神的負担はどんどん上昇していくにも関わらず、魔法の矢は途切れることなく飛んでくる。

 そしてまた一発、一瞬だけ途切れた集中力の隙をつくようにして、炎の矢がトライの目の前……いや、顔の前にまで近寄っていた。


「こん、のおおぉぉぉっ!」


 ガードアタックの青い光を意識せずに頭に纏い、頭突きで無理矢理に破壊する。

 だが完全には相殺しきれず、僅かではあるものの爆発が発生する。

 噴き出す炎と衝撃波、空気中の炭素を燃焼させたことで発生した黒い煙。

 それが一瞬だけ、トライの視界を塞ぐ。


「だぁあっクソっ!」


 その一瞬を抜け、晴れた視界に移りこんだのは2本の矢。

 放っている光や形状からして、恐らくは風と光の2種類。

 トライの両肩から少し外側をほぼ同時に迫る魔法の矢は、タイミング的に同時に捌くことが難しい。

 咄嗟に左手で光の矢を殴りつけ、消し飛ばすことには成功した。

 だが風の矢を持つ右手側は、剣という巨大な獲物を持っていたために僅かに反応が遅れ、その軌道を若干変化させるだけに留まった。

 剣の腹を流れ、変化した軌道が描く先にあるのは……雷の矢によって開けられたセイントキャッスルの穴だった。


 雷ほどではないが、風の魔法も総じて移動速度が速い。

 今からではトライがどう動いても間に合わない。

 間に合ったとして、その間に次々と飛来する魔法の矢によって甚大な被害が出るのは目に見えている。

 動くことはできない、それを理解した上で、トライが見た魔法の矢の先。

 そこにいたのは一般兵士達、率先して撤退を促し、殿を務めている勇気ある者たちの姿であった。


(ちくしょうがあああぁぁっ!)


 手を出せない、助けに向かうことができない。

 自らの不甲斐なさをに苛立ちを覚え、勇気ある人間から死んでいく現実に心が傷つきそうになった時。

 トライの視界に、それが見えた。


 それは今日まで、一緒に訓練をしてきてくれた戦友。

 出会いからすぐに覗きに誘うという変態ではあるものの、その実力は折り紙つきの精鋭。


 反射盾(リフレクター)を2つ手にした、ブライアンがそこにいた。


「おおおおおぉぉっ!」


 高く飛び上がり、殴りつけるようにして風の矢にリフレクターをぶつける。

 リフレクターは与えられた衝撃により、正しくその効果を発揮して全てを弾き飛ばす魔法の力を解放する。

 放たれた魔力は風の矢に別方向へのベクトルを与え、相殺こそできなかったものの砦の上方へと向きを変化させた。


 リフレクターの反動と、風の矢にぶつかった衝撃で空中から弾かれるように地面に向かうブライアン。

 しかしそこは国王とのリアル鬼ごっこ……もとい訓練によって鍛え上げられた身体能力と反射神経と危機察知能力。

 空中で見事にくるりと回転し、力の方向を分散させながら体勢を整え、着地――――


「あだーーーっ!?」


 できなかった。

 回転したものの思ったより上手くいかず、漫画みたいな体の真正面から地面に抱きつくという、ある意味見事な着地……いや落下を決めた。


「何をやっているんだ……」


 呆れた様子でブライアンに近づくジュリアの手には、1つだけではあるがブライアンと同じくリフレクターが握られていた。


「……で、どうだ?」


 何が、と聞くことはしないが、それがブライアンの行った行為と関係していることは明らかであった。

 そしてリフレクターの持ち手部分を確認しながら握りなおす仕草は、その答えが何であれやることを決めているという意志から来るものだろう。

 聞きたい答えは、「できるかできないか」ではなく、「何回できるのか」ということなのだろう。


「いってー、俺カッコ悪っ。

 とりあえずは見てのとおり問題ないかと、ただ思ってた通りに半端じゃない衝撃が来るからなぁ。

 この試作品じゃもって5回、俺が使えば10回はなんとか、って感じですかね」


 実際に受け止めた盾を見せながらブライアンが説明する。

 盾の表面には削り取られたかのような無数の細かい傷があり、放たれた魔法の強さを物語っていた。


「失敗して盾以外の部分に当たったら即退場、という条件付きか。

 なかなか難しい条件だな」


 ジュリアはニヤリと笑みを浮かべる、緊張を紛らわすためのものかもしれないが、それでも彼女は笑った。

 その笑顔につられたのか、ブライアンも同じような種類の笑顔を浮かべた。


「まあ」

「だが」


 二人は同時にトライを見上げた。


「後輩にばっかりカッコイイことさせてちゃねぇ」


 2つの盾を握りなおし、体の前に構えるブライアン。


「フッ、全くだ」


 盾を構えたまま、もう炎の矢によって開けられた穴のほうへと歩き始めるジュリア。


 二人が笑ったのは、きっとそういうことなのだろう。

 小さな、どうでもいいと鼻で笑われてしまうような、ほんの少しの誇り(プライド)がそうさせたのだろう。

 そこにどれだけの力や、装備や、技術の差があるかなど関係ない。

 ただ先輩として、同じ騎士として生きる者として、共に訓練をこなした仲として。


((負けてられるか!))


 二人は、そんな小さな見栄だけで、死ぬかもしれない戦場へと向かうのだ。

 そこで戦っている戦友に近づくために、追いつくために、追い越すために……


「そこの二人!」


 ジュリアとブライアンが戦列から飛び出そうとしていた時、砦のほうから野太い声が響く。


「げ、団長」


 そこにいたのは、一般的に見た目麗しい人物が多いとされる近衛騎士団にあって一際異質な顔の男。

 角刈りの茶髪にモジャモジャの髭を構え、騎士というよりも堅気の職人のようながっちりした岩男……のような人間だった。


「勝手に行動しようとするとはな、命令違反で軍法会議ものだぞ」


 ちなみにこんな岩男ではあるが、国内屈指の魔法の使い手である。

 セイントキャッスルの魔法も彼か、彼が直接指導した副団長がいなければ発動が難しい。

 もちろん魔法が得意というだけで、肉体が示す通りに白兵戦も強いのだが。


「いやー、ハハハ。

 見逃してくれませんかね?」


 頬をポリポリとかきながら、苦笑いを浮かべるブライアン。

 それに対して、なぜ今更近衛団長が出てきたのかすでに理解している様子のジュリアは涼しげな顔で近衛団長を見ている。


「やるわけないだろう馬鹿が」


 ちょっとナヨナヨしたブライアンの態度にイラついたのか、声のトーンを下げて所謂ドスの利いた声を出す近衛団長。

 見るからにガッカリした様子を見せつつ、ブライアンはどうやって抜け出そうかを考えていた。


「だから……」


(どうすっかなー、軍法会議とか正直どうでもいいけど、牢屋は勘弁だよなー、風呂場遠いんだよなぁ……)


 先ほどまでのカッコイイ姿はなんだったのかと問い詰めたくなるほど情けないことを考えるブライアンは、近衛団長が続きを話そうとしていることに気づかなかった。

 どうでもいいが、牢屋から脱獄することは彼の中ではすでに決まっているらしい。 何気に破天荒な人物のようだ、顔と違って。


「……命令だ、その新型リフレクターを持って」


(5番の牢屋ってどうやって抜け道開けるんだっけ、確か角の石と部屋の真ん中の石を同時に押す……、そりゃ3番か)


「あの新人を助けて……って聞けやこの変態騎士がっ!」


「あだっ!?

 え、何? 俺なんで今叩かれたの!?」


 自分の考えに没頭していたブライアンは近衛団長の言葉を全く聞いていなかった。

 遠いお空の彼方を見つめながら「5番……真ん中……3番か」と、はっきりと口に出してしまっていたブライアンが叩かれるのは当たり前であろう。

 ジュリアは笑いを堪えてブライアンから顔を背けている。


 やはり聞いていなかったことを確認しつつ、近衛団長は周囲にいる者にも聞こえるように大声で叫び始めた。


「命令だ! 新型リフレクターを持つ者は全てあの新人を助けに行け!

 持たないものは全力で後方支援、防御魔法も支援魔法もありったけ使え!

 魔法が使えないものは怪我人の回収を急げ!」


 一息で言い切った騎士団長は、言い終わった後でふうとため息をつく。

 再びジュリアとブライアンに向き直り、そして少しだけ言葉をかけた。


「お前らは俺の命令で動いたんだ、いいな?」


 岩男の口らしき部分に、意地の悪そうな笑顔が張り付く。


「団長……」


 細やかな気配りができる、こういうところは意外と評価されやすいものだ。

 方向性がどこに向いているかの違いはあれども、騎士団であれ近衛騎士団であれそういうことが自然にできる者が人の上に立つのであろう。


「とっとと行かんか、あんなぽっと出の若いのにおいしいとこ全部持っていかれてたまるか!」


 話は終わりだとばかりにしっしっと手を振り、追い出すような仕草をする。

 ジュリアはその時点で近衛団長に一礼し、走り去っていった。

 そしてブライアンは――――


「うっす! あぶばぁっ!?」


 ――――吹き飛んでいた。

 何があったかと言えば、景気付けに両手に持った盾同士をぶつけあっただけである。

 よくやる光景だが、問題は手に持っているのがリフレクターたどいうことだ。

 両方が作動して両方が衝撃波を放ち、それがびっくりするくらい正確にブライアンの全身を襲った。

 結果両腕は外側に向けて弾かれ、ブライアンは真正面からリフレクター2つ分の衝撃を受けて吹っ飛んでしまうのだった。


「何をやっとるんだ……、不安になってきたな」


 騎士団長の不安も最もなものであった。


 そしてそれぞれが配置に着いたと思われた時、ジュリアの声が戦場に響いた。

 大して大きくも無いはずのその声は、トライだけではなく、戦線にいた者たちによく聞こえたという。


「トライ! 我々にも見せ場をよこせーっ!」


「見せ場って何の話じゃボケェーーーッ!」


 必死な状況でも律儀に返すトライの声に、その場にいた者達は「確かに」と言いながら深く頷いていたという。



 ――――――――――



「……で、そこからは騎士団も参加してガンガン弾かれたわけよ。

 大魔法はダメ、ガトリングスペルもダメじゃ攻めきれないわ~」


 魔王は離れていたとはいえ、見えていた事実をロンドに聞かせる。

 もちろん会話は一切聞こえていないが、一般騎士らしき人物が魔法を弾いたことからリフレクターだろうと予想はしている。

 消滅や破壊ではなく、「弾く」という行為だったからこそ気づいたというのもあるが。


「リフレクターか、なるほど。

 奥の手を用意していたのはこちらだけでは無かったということか」


 神妙な顔で魔王の話を聞いていたロンドは、冷静に戦力を予想する。

 体のほうはすでに回復しているようで、縛り付けるようにしていたロープはすでに解いてランドリザードに跨っている。


「まあ別に手が無いわけじゃ無かったけど……

 私の目的は戦争の中止であって、王国に攻めることじゃなかったしね。

 撤退も上手くいってたからとっとと逃げてきたってわけよ」


 魔王は両手のひらを上に向け、やれやれといった様子で緩く首を振る。

 とぼけた顔をしてはいるが、その目が笑っていないことにロンドは気づいた。


「……」


 じっと魔王の目を見るロンドに、魔王はフッと笑って問いかける。


「で、あんたの感想は?」


 ロンドの感想は、決まっている。

 自分は強いと思っていたし、事実として魔族の中ではかなりの上位に位置する。

 魔王を除けば、自分よりも上にいる相手は決して手が届かないレベルではない。

 いくらかの努力と時間さえあれば、魔族のナンバー2を名実共に名乗ることはできるだろう。

 少なくともロンドが知る魔族であれば、その程度の実力しかない。


 だが、「あれ」はそんなレベルではなかった。

 魔王と同じ、次元が違う。

 魔王が「魔法の王」だとするのならば、あれは「戦士の王」とでも呼ぶべき存在だ。

 圧倒的な武力、圧倒的な身体能力。

 何より、戦闘の中にあって自らの可能性を見出し、成長するという戦闘センス。

 人間や魔族という括りで見てはいけない存在、「あいつ」は「あいつ」なのだ。


 見てみたい、あいつの本気を。

 戦いたい、全力のあいつと。

 勝ちたい、戦士の王たるあいつに。


 故に、ロンドが導き出す結論。


「俺は、弱かった」


 ランドリザードはやがて森を抜ける。

 広がるのは、カサついた風が通る荒れた大地、そこを照りつける眩い太陽の光。

 遥か遠くに霞むように見えるのは、隣で目を伏せたまま薄く笑う魔王が住む魔王城。


「……強くなりたい、あいつに勝てるくらいに」


 それはほとんど全ての魔族が持つ願望。

 求めるのは最強という2文字。

 ほとんどの魔族がそれを求め、足掻き、叶うことなく死んでいく。


 だが、ほとんどの者が叶うことがなかったのは、彼らは理由なく本能に従ってそれを目指していたからに過ぎない。

 理由のある者だけが、上位へと進み、最強の2文字に近づくことができる。


 魔族の中で最強、今のロンドにとってそれは小さいとさえ感じてしまう。


 世界最強。


 目標は、その目で見てきた。


 後は、鍛えるだけだ。


 照りつける太陽を睨み、決意を新たにしたロンドは再びランドリザードを走らせはじめた……




「……しっかし」


 部下、というよりも仲間に近い感覚をロンドに持っていた魔王は、その覚悟の変化を機敏に察していた。

 さすが魔王、空気を読めるので邪魔しないように黙っていたのだ。

 しかしそんなロンドの様子とは別に、気になっていることがある。

 まさにロンドに覚悟を決めさせた、例の「謎の騎士」についてだ。


「スキルレベルを下げて使ったとはいえ、グラヴィティプレスを打ち破る。

 おまけにガトリング十三重起動のほとんどを一人で捌ききるなんて……どんな身体能力なのよ。

 そんなこと『アイツ』にだって……」


 ふと、抜けた森のさらに向こう。

 まさに戦場となった砦の方向へと視線を向ける。


「……まさか、ね」


 何かを思い出すように顔を伏せるも、すぐに顔を上げて魔王城の方へと顔を向ける。


「ま、何にしても今は保留かな。

 ちょっと挨拶に、ってわけにもいかなそうだし」


 再戦に向けてギラギラとした瞳をしたロンドを見て、魔王は軽くため息を吐いた。

 これから鍛えてくれとか、魔法の使い方を教えてくれとか、結婚してくれとか、訓練方法を教えてくれとか煩く言ってくるのだろう。

 ただでさえ魔族領は資源に乏しく、食料の問題等も解決するのに時間がかかる。

 他の誰かに任せて自由に行動できるようになるまで、後どれくらいかかるのかもわからない。


 だが。


「もし『アイツ』だったら、とりあえず一発ぶん殴る」


 変な決意を心に秘め、魔王達の軍は魔王城へと向けて進むのだった。



 ――――――――――



「へっぶひょん!」


「汚ねぇ!?」


 そのころ、トライは盛大にくしゃみをかましていた。

 ブライアンの顔面めがけて。

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