第32話・つまり不利な状況ってわけだ、色々と
「よっ、ほっ、はっと」
トントントン、と軽快な音をたて、トライは空中を連続で「跳んで」いた。
何も知らぬものが見れば奇怪なことこの上ないその光景は、種を明かせばスキル「ダンシングウェポン」によってトライの周囲を浮いている剣を足場代わりにしているのだった。
といってもトライの武器防具を含めた超重量の全てを支えることはできないようで、勢いをつけて向かってきた剣一本で一瞬踏ん張りが利く程度の効果しか発揮できていないようではあるが。
(疲れんなぁこれ……)
何も意識をしなければオートで付近の敵を攻撃するようになっている「ダンシングウェポン」、それを意識して全て操作するというのは中々に集中力のいる作業のようだ。
普段から頭を使うことの少ないトライの頭脳では、工事現場の資材を運ぶバイトよりも重労働として体感できていることだろう。
普段から頭を使わないとこうなるという良い例……ではないが、とにかく疲れるようだ。
動きのほうにもその影響が顕著に出ており、訓練時とは違ってフルメイン装備に身を包んでいるとは思えないほど動きに精細を欠いている。
彼本来の動きを知っている人物がそれを見れば、「今なら勝つる!」と言うだろう。
「その程度かぁっ、悪魔騎士ぃっ!」
燃える車輪を持ったバイクのサイドカーのような乗り物に乗ったロンドが、空中を走りながらトライに迫る。
手に持った巨大で黒いハルバートが熱せられたように赤く変色し、その斧部分から炎を噴き出す。
薙ぎ払う動作をすることで、その炎はロンドから放射状に広がりトライへと迫る。
「やかましい、こんな空中戦なんざ慣れてねぇんだよ!」
剣を蹴って飛び上がり、炎に真っ向から立ち向かっていったトライは自らの愛剣「ベルセルクブレード」に武器強化をする。
淡い白色の光が剣身を包み、先端部分が通常の1.5倍ほどの長さとなる。
さらにもはや無意識に近い状態で使えるようになっている「ガードアタック」のスキルを発動させ、本来であれば対応することの難しい炎という「攻撃」に対抗するため、剣を振るう。
「うらっ!」
白から青へと変化した光は炎を切り裂き、身を焦がすほどの熱量を持った炎の壁は煙を吹き飛ばすかの如く空中に霧散していく。
しかし集中力の大部分をダンシングウェポンの操作に使用しているせいか、平地で行うそれよりあらゆる要素が出力不足になっていた。
例えば武器強化は2倍を軽く超えるほどまで範囲を広げられたはずだし、その後の行動もすぐに対応できていたはずだ。
「はっはぁっ!」
「ぬぐっ!?」
例えばロンドが体当たりに近い勢いで接近していたとしても、普段であれば簡単に対応できていた。
黒いハルバートは今だに炎を噴き出し、単純な突きという攻撃に「熱」という要素を付加してきている。
人は頭で理解はしていても、咄嗟の時は条件反射でやってしまうという行動がいくつもある。
例えば急速に接近する物体があれば、自分とその物体の間に手や持っているものを挟むようにして構えてしまうとか。
例えば熱を近くに感じたら咄嗟に距離をとろうと離れてしまうとか。
例えばその両方が同時に来たならば、持っているものを間に挟みながら上半身はそこから離そうとしてしまうとか。
反射神経が人よりも優れているトライでも、集中を欠く状態では反射的にそんな「普通」の行動をとってしまうのも仕方がないだろう。
振り切った剣をなんとか引き戻し、ロンドの突きを間一髪といったところで擦るようにして弾く。
しかし熱源から離れようとした上半身は体の重心を大きく傾かせ、トライの体は不安定な状態で無防備な状態になってしまっていた。
当然、そんな隙を見逃すロンドではない。
そのまま乗り物ごと体当たりしてくる。
「ぐっ、ぐうぅぅ」
体の側面から自分より大きな質量の物体を押し付けられる形になったトライはすぐに行動することができないでいた。
そのまま下から掬い上げるようにして、ロンドはさらに高所へとトライを押し上げていく。
トライがなんとか対応ができそうになった瞬間、ハルバートから片手を離したロンドはトライの顔に向けて掌を向ける。
「死ね」
ロンドの口角が、獲物を見つけた猛獣の如き獰猛な笑みを浮かべる。
直後に起こるのは爆発。
ハルバートから噴出する炎とは比べ物にならないほどの巨大な炎の塊。
一瞬にして大量の熱量が出現し、急速に膨張した空気が弾け飛ぶ。
掌がまるで壁になっているかのように、トライ側にだけ指向性を持って放たれた爆発はトライを大きく吹き飛ばした。
「ぬぅあっ!」
吹き飛ばされつつも大したダメージになっていないことを即座に理解したトライは、ダンシングウェポンに再び意識を向けて6本全てを呼び寄せる。
全ての剣が3本ずつ横に並び、それが2段になることで即席の足場となった剣の上に着地する。
それでもトライの重量を支えるには不十分だったらしく、着地した瞬間にガクンと大きく下方向にブレ、ゆっくりとではあるが落下を開始していた。
そこまでの行動をしている間に、ロンドは大きく離れてトライの周囲をグルグルと回っていた。
ヒットアンドアウェイを繰り返すつもりのようだ。
(威力はそこまででもねぇが……やりずれぇ……)
トライの戦闘スタイルは、真っ向からぶつかり合うパワーファイターだ。
遠距離も中距離も攻撃手段が無いわけではないが、それは近距離戦に持ち込むための布石であったり、同じ近接戦闘スタイルの相手を僅かでも削っておくためや、遠距離から攻撃してくるが防御が弱いという相手に対して使うものだ。
それがロンドのように、近接戦闘を主としながらも高速で移動する手段を持ち、ヒットアンドアウェイを繰り返すような相手となると相性が非常に悪い。
攻撃力と防御力を兼ね備え、さらに高機動力、そしてこの戦法で戦う以上、攻撃のタイミングは常にロンドが握っていると言える。
それは先ほどのように、中距離から近距離、そして零距離での攻撃と、ロンド側が一方的に攻撃する展開を容易に作り出せることを意味している。
唯一の救いは、トライ自身のステータスとフル装備が、この世界の基準では高性能の一言では収まらないほどの超防御力を誇っていることであろう。
トライは「そこまでの威力はない」と思っている先ほどの爆発攻撃も、普通の人間であれば即死してもおかしくない威力を持っているのだから。
その攻撃を当てたロンド自身が一番困惑していた。
(なんなんだアイツは)
剣の足場に着地するまでの間、追撃しようと思えば追撃できたタイミングでロンドが踏みとどまったのはもちろん理由がある。
(俺の突きをあんな不安定な体勢で受けたにも関わらず全く体勢が崩れない。
おまけに目の前で魔法を当てたのに、致命傷どころか多少の焦げ跡がついただけ……)
トライの圧倒的なパワーと、その超防御力をあの一合で見抜いていた。
追撃をするのは簡単だったが、もしヤケクソになって反撃されていたら、何かの間違いでその反撃が当たっていたら。
ロンドは自分の体が両断されるという嫌なイメージが脳裏に浮かび、追撃することをためらったのだ。
有利な状況にいるはずのロンドは、背中をひんやりとしたものが伝う感覚に不快感を覚えていた。
(……だけどよ)
トライはその不利な状況だというのに、思ってしまう。
(……だが)
ロンドは嫌な汗が背中を伝っているというのに、考えてしまう。
(面白ぇ!)
(面白い!)
片や純粋に「勝つ」ことを求め、自分に有利な状況を作り出し、それを維持する戦闘の経験に。
片や純粋に「強さ」を鍛え上げ、不利な状況であるにも関わらず身の危険を感じさせる圧倒的な力に。
お互いにお互いの持っていない「力」を認め、そしてそれと戦うことに喜びを覚えていた。
(こいつは……)
(あいつは……)
二人はほんの数秒だけ睨み合い、お互いが同時に同じことを思った瞬間、弾かれたように飛び出した。
((俺が倒す!))
戦場の空に、再び爆発が起こるのだった。
――――――――――
戦場という血生臭いことが当たり前に行われる場所にあって、似つかわしくないピュウという口笛の音が響く。
「トライのヤツ派手にやってんなぁ」
「派手すぎだろう」
魔族が突き出した鉄の槍を、左手に持った盾で下から持ち上げ軌道をずらすようにして避けながらブライアンは軽口をたたく。
腕を伸ばしきった状態で脇腹が無防備になったところを、ジュリアが剣を突き刺しながらブライアンに答えた。
倒された魔族の後ろから別の魔族が飛び、空中からジュリアを狙って剣を突き刺そうと落下してくる。
「まあでも、ロンドを抑えてくれてるのは助かりますね」
ブライアンは空中にいる魔族がジュリアに近づくより早く、裏拳の要領で右手に持っていた盾を腹にぶち当てる。
その瞬間に盾はその身に仕込んだ本来の効果を発揮する。
盾の下にあるもう一枚の盾が、「反射」の名を冠するその存在が、その力を解放した。
一瞬にして物理エネルギーを開放した盾により、落下していたはずの魔族は逆に空中へと吹き飛ばされる。
目眩のようなものを起こしながらも、自分が空中に押し上げられたことを理解した魔族は空中で姿勢を立て直そうとして、それとほぼ同時に首に何かが絡みついたことを認識した。
「確かに、な」
ジュリアのもう片方の手には剣の柄だけが握られており、何かの欠片のようなものを所々に残しながら紐のようなものが上空へと昇っていた。
それは上へ、上空にいる魔族の首へと向かっている。
そして、それを無造作に振り下ろした。
一瞬の後、かつて魔族という生き物だった肉塊が落下してくるのだった。
「劣勢のように見えるが……
できればロンドを早く倒してこちらの制圧に参加してもらいたいな」
ジュリアとブライアンの後方にいた魔法使い達が、ブライアンとジュリアによって空いた空間に向けて魔法を放つ。
それを護衛するようにして展開している一般兵達は、近衛騎士団の強さに呆然としている。
「はっはっは、ジュリアさん、そりゃ高望みってもんですぜ。
近衛の団長とタイマン張れるロンドを抑えてられるんだ、あいつがこっちに向かってきてたらヤバかったんだし、抑えてるだけでも御の字ってもんですぜ」
「そう……なんだがな」
ジュリアの脳裏に甦るのは、トライと初めて会った日のこと。
戦闘能力の高いオーガを、まるで小枝を折るかのように軽々と切り裂いた光景。
一瞬にしてジュリアとエルメラの目の前に移動し、魔法を切り裂いた力。
近衛騎士団の団長でさえ、そこまで圧倒的な勝利をすることはできない。
だから期待してしまう、なんとかできるのではないかと。
ロンドを相手に苦戦しているのも、苦戦しているフリをしているだけなのではないかと疑ってしまう。
この戦場でさえも、トライ一人でなんとかすることだってできたのではないかと。
あまりに出会いが衝撃的すぎて、美化されていたのかもしれない。
ジュリアがそう考え、再び戦場へと意識を向けようとした時だった。
空が、炎に埋め尽くされた。
――――――――――
「や、や~っと追いついた……」
魔族領側にある森の終わり際、小高い丘によって領域を明確化されたような場所に、肩で息をする女性が膝に手をついて俯いていた。
その脇にいる人間を丸呑みできそうなほど巨大なトカゲも、二足歩行していれば同じような姿勢をしていただろうと思われるほど荒い息をしている。
「待ってくださいよぉ~」
荒い呼吸を整えようとしている一人と一匹の後方から、やはりトカゲに乗った魔族が現れる。
葉っぱのような形の髪型をした幼女と、腕の一部が黒く変色した糸目の青年が、やはりトカゲに乗って森の中から現れる。
トカゲも二人の魔族も荒い呼吸で疲れているのが目に見えていた。
「う~、ちょっと気持ち悪い……かも。
ランドリザードって確かに速度は出るんだけども、この乗り心地だけはどうにか改善したいわ」
ランドリザードと呼ばれたトカゲは、女性の言葉にちょっぴりシュンとなる。
どうやらその巨大さに見合うだけの頭脳があるようで、人間の言葉を理解しているようだ。
シュンとしたランドリザードに気がついたのか、女性はトカゲの頭を撫でる。
「ま、おかげでなんとか最悪の状況になる前に間に合ったみたいね。
あなたのおかげよ、ありがとね?」
その言葉を聞いた瞬間……
いや、正確にはトカゲの頭を撫でるために前屈みになったせいで見えた女性の巨大な双子山が生み出すグランドキャニオンばりの渓谷がトカゲの視界に入った瞬間。
キリッという擬音が聞こえそうなほど姿勢を正し、言葉を話す器官が備わっていれば「どういたしまして!」とでも言いそうな表情になる。
どうやらエロトカゲなようである。
「しっかし……」
女性は再び戦場に視線を向け、体ごとそちらに向ける。
その瞬間にトカゲが物凄く残念そうな表情になったことはあえて説明しておこう。
女性が見た光景は、上空に恐らくロンドなのだろうなと思われる黒い点を中心にして、そこから少し離れた位置にいる別の黒い点に向けて強力な魔法を放とうとしている瞬間だった。
その魔法は彼女自身がロンドに教え、そして彼が切り札として使っているものだった。
「ロンドが『イグニートストーム』まで使うなんて……
相手はそんなに強いのかしら」
上空を大量の炎が舞い、それがロンドの後方に渦を巻いて収束していく。
彼女の教えを正しく実行するのであれば、その炎は竜巻となって荒れ狂うことになるだろう。
「むぅ~、ロンドさんがあれを使う相手なんて、王国の近衛騎士団団長クラスですよ~?」
「本人って可能性もあるわね……って」
正にその近衛騎士団団長が出てきたのかと思い、戦場をじっと見つめなおす女性は何かに気づいたようだ。
「……後方で大規模魔法が構築中じゃない。
これって噂の対魔族用攻勢防壁ってヤツじゃないの?」
女性に言われて葉っぱの髪型をした植物型の幼女魔族は、親指と人差し指でわっかを作り眼鏡のようにして目の周りに当てる。
子供のような仕草というかまんま子供の仕草ではあるが、これで100歳を超えているというのだから魔族恐るべしである、色んな意味で。
「おぉ~、そうですそうですぅ。
あれに何度悔しい思いをしたことか……ってあれぇ?
あの魔法って確かぁ、近衛騎士団団長とぉ、副団長とぉ、あと魔法部隊が合同で発動するんだったような?」
言いながら後方にいた糸目の魔族に顔を向ける幼女。
無言の問いかけに糸目は、やはり無言でコクリと一度頷くだけで返答する。
「……ってことは『イグニートストーム』を向けてる相手は、少なくとも近衛の団長さんって可能性は低いわけね」
段々と視線がきつくなってきたことを自覚していない女性は、睨むような目でじっと戦場の上空を見つめていた。
恐らくロンドであろう黒い点と、それが矛先を向けている黒い点。
ここからでは距離がありすぎて、その姿がどんなものかは全くわからない。
「ま、いっか」
女性は唐突にキツくなっていた目を緩め、気の抜けた……というよりも優しさの感じられるような目へと変化させる。
「私の目的は戦争の中止であって、勝利じゃないんだし。
お互いに戦闘不能にしちゃえば問題ないわよね」
にっこりと笑いながら怖いことを言っているのだが、本人はそのつもりは全く無いようだ。
表情の見えていなかった二人の魔族と、なんとかして女性に近寄ろうとしていたエロトカゲがその言葉にビクッと体を震わせた。
「え、えっとぉ……両方殺しちゃうんですかぁ……?」
恐る恐る、幼女は体をプルプルと震わせながらそれだけをなんとか口に出した。
それを聞いて女性は戦場に体を向けたまま、がっくりと肩を落とすのだった。
「あのねぇ……なんであんたたちは戦闘不能が殺害に聞こえるのよ。
戦闘不能は戦闘ができなくなる状態のことを言うのよ、わ・か・る・か・な・!・?」
「はっ、はいぃっ、すいませんわかりましたぁっ!」
戦闘不能と言った時よりもよほど恐ろしい気配が発せられ、本当はわかっていないけどわかりましたと即答してしまう幼女であった。
「さて、と」
改めて意識を切り替えたらしい女性は、両手を若干持ち上げる。
目をつぶり、魔力を全身で感じることに集中する。
魔力が風となり、彼女の周囲に柔らかな動きを生み出していた。
「魔王なんて呼ばれる私の力……どこの誰だか知らないけれど、あなたは耐えられるかしら?」
戦場からあまりに離れたその場所で、この戦いが一発で終わらされてしまうほどの大魔法が構築されつつある。
その事実に気づくことができたものは、戦場には誰もいなかった……