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第31話・つまり戦いが始まったわけだ

 魔族とグリアディアとの戦闘が開始される数日前のこと。


「ああ、実はな……」


 城内にある訓練場にて、トライが魔力の間欠泉をぶっ放した日のこと。

 騎士団長はその前日に、やはりトライによって捕らえられた(※運良く生き残った)魔族を尋問していたらしい、徹夜で。

 そこで得た情報により、魔族が「悪魔」を救出すべく動き出しているとの情報を入手していた。


「その悪魔ってもしかして……」


 そう言いつつジュリアはトライのほうを見てみる。

 見られた側はなぜ見られているのか見当もついていないようで、何か用かと言わんばかりの表情で首を傾げている。


 本人に全く自覚が無いことに呆れのため息を深く、深~~~く吐きながら、騎士団長はハッキリと伝えてあげることにした。


「うむ、間違いなくトライのせいだ」


「え、なんで俺?」


 やっぱり、と呟きながらジュリアは肩をがっくりと落とす。

 先日起こった「悪魔が民家の屋根を飛び回っている」という噂が、1ヶ月という期間を経て紆余曲折をしまくった状態で魔族に伝わったのだろう。

 通信系の魔道具が一般に普及していないこの世界では、どう頑張っても噂は伝言ゲームになってしまう。

 少しずつ情報がズレていった結果、魔族に伝わるころには「王国が悪魔を捕らえた」となってしまったのだろうと容易に想像できることだった。


 人間が神を無条件で信じることができるように、魔族は悪魔を無条件で信じることができる文化がある。

 彼らの視点で見てみれば、敵が自分達の神の如き存在を捕らえた不届き者にしか思えないという寸法だ。

 それに加えて、悪魔は神と違って実体化することがそれなりの頻度である。

 歴史上でも度々降臨しており、人間の国のど真ん中に出現する例も珍しいことではない。

 何より魔族の頭が決して良くないということはよく知られている事実であるため、噂程度の情報でも信じ込んでしまう者がいる。

 そしてそんな理由で戦争を仕掛けてくる、というのも魔族であればありえるかも、というのが怖いところだったりする。


「ともかく、だ。

 魔族がすでに侵攻を開始しているというのは間違い無いだろう。

 前回同様に、全ての戦力を割くことはできんが騎士団を動かすことになった。

 当然だがトライも現場に行くことになってる」


 ちなみに全軍を行動させられない理由としては、防衛という意味もあるが別の理由が大きい。


 現在グリアディア王国の周辺は、北にランドバルト聖王国、東にはランドバルト聖王国とも隣接する魔族領、西にノモルワ帝国、南からぐるっと帝国の裏側まで円弧を描くようにジルア大森林、そしてそれぞれの境界線上にポツポツと小国家がいくつも存在するという配置になっている。

 残念なことに、全ての国家間が非友好的な状況となっている。

 特に王国と帝国は戦争状態にあり、今でこそ戦線は膠着状態となってはいるものの、スキを見せれば即座に攻め入ってくるのは目に見えている。

 周辺の小国をいくつも吸収し、支配という形で大国家に成り上がっていった帝国。

 支配ではなく対等な立場として融和を目指している王国。

 二つの組織が相容れることができるはずもなく、主に帝国側が理由ではあるが戦争状態となるのは自然な流れであった。

 国の規模から言えば単純に2倍の国土を持つ王国ではあったが、東からは魔族が度々侵攻してくるため疎かにするわけにはいかない。

 聖王国は表面上は友好的な態度ではいるものの、人間至上主義を掲げているため王国の「有能なら種族問わず」の風潮を嫌っている、状況次第では平気で裏切られそうな気配を常に持っている。

 獣人達は基本的に我関せずの姿勢を一貫している、むしろたまに変なのが沸いて王国にちょっかいを出してくるのでむしろ邪魔というのが王国側の意見だったり。


 ……というように、ある意味四面楚歌のような状況になっているのだった。

 そのため帝国だけに戦力を集中させることができず、結果として互角の勝負を繰り広げているというのが王国と帝国の状況だ。

 そんな状況でも城下町にはほとんどその影響が見られないというのだから、国王の政治手腕は推して知るべし、といったところであろうか。


「うぇ~い」


 ちなみにここまでの説明は騎士団長とジュリアの頭の中には入っている情報ではある。

 なのだが、それをトライに説明したところで絶対に理解できない、と即座に判断したためトライにはろくな説明をするつもりは無かったり。

 トライもそれをわかっているのか、気の抜けた返事をするだけで了承するのだった。


「出発はいつごろですか?」


 状況の説明はともかく、準備だけはしっかりしておいたほうがいいだろうとジュリアが確認してくる。

 騎士団長は「騎士団を」と言っていたので近衛騎士であるジュリアは出撃しないだろうが、自分が聞かなかったらトライは聞かないままになりそうな気配がしたようだ。


「あー、それなんだけどな……」


 ばつが悪そうな顔をして、騎士団長は申し訳なさそうに口を開いた。


「魔族はもう砦の近くまで来てるみたいでな。

 騎士団が実質的に動けるのは今日命令が出たとしても明日、そこから移動に数日。

 砦に到着するころには陥落してる可能性が高い」


 砦の近くまで来ているという話を聞いたジュリアは驚きの表情を浮かべた。


「な……それでは昨日の魔族連中はもしや……」


 魔族であれば、砦をやり過ごして王国まで潜入するのは決して難しいことではない。

 今までは戦争で武勲を挙げたヤツが一番偉い、という魔族の風習があったため、戦闘の機会が増えるとあって砦は必ず攻撃されてきていた。


 しかし今回は目的が違う。

 魔族の目的は「悪魔を解放すること」であり、つまり「王国に到達すること」が目的である。


「砦を突破した後のことを考えて、だろうな。

 ヤツら、恐らく砦の常駐戦力なら容易に突破できるくらいの戦力を持ってきたんだろう」


 ちなみに普段であれば、わざわざ宣戦布告をしてきて砦に王国からの応援が到達するようなタイミングを見計らって侵攻してくる。

 良くも悪くも魔族側の風習に甘えてきたツケが回ってきたような状況になってしまっていた。


「封印されている悪魔を発見して、あわよくばその場で解放……ってところだろう」


 まあそもそも悪魔なんていないので発見できるわけがないのだが、そんなことを魔族が知っているはずも無い。


「つまり、だ。

 先発隊を送る必要がある。

 それも少数でも数日間は持たせられるような実力者の揃った、な」


 その言葉と共に、騎士団長は申し訳なさそうな顔でトライとジュリアを交互に見つめる。


「……と、言うわけで頼んだ『悪魔』さんと近衛騎士さん」


 妙に軽いノリで、苦笑いを浮かべながら話す騎士団長であった。


 この直後、国王に近衛騎士団を動かす申請を行った結果、わりかしすんなりと申請が通ったそうだ。



 ――――――――――



(……で、今に至ると)


 開かれた砦の城門を通り抜け、トライを先頭にした近衛騎士団と共に走りながら、トライはここまでの流れを思い出していた。

 よくよく考えると似ている鎧を着ているというだけで、「悪魔」と言うには無理があるよなぁなんて暢気に考えていたりする。


 しかしトライの超視力によれば、トライを見た瞬間に魔族は硬直してしまっている。

 どうやら遠目で判断がつきにくいらしい。

 これで相手が少しでも怯んでくれれば、と考えるのは都合が良すぎたようだ。


「馬鹿どもがっ!

 あれは悪魔ではない! 悪魔のような鎧を着ただけの人間だ!

 我らが悪魔を侮辱する輩など叩き潰してやれっ!」


 敵陣の中央付近、宙に浮いている燃える車輪のついたバイクのサイドカーのようなものに仁王立ちしている魔族が声を荒げた。

 その言葉に魔族はハッとしたようで、緩んでいた速度を再び加速させて突っ込んでくる。


 都合良くはいかないかと思いながら、愛剣のベルセルクブレード持ち直して戦闘用に意識を切り替えていく。

 その最中に、彼の隣のほうからピュウと口笛を吹く音が聞こえてきたので、顔だけそちらに向けてみる。

 そこにいたのは覗きの時と似たような、平凡な顔を緊張感なく緩ませたブライアンがいた。


「さすが炎魔将軍ロンド、お前さんを一発で人間と見抜くたぁやるねぇ」


「炎魔将軍て……」


 なんだか痛そうな二つ名を聞いて、せっかく切り替えていた意識が再び平常モードに戻ってくる感じがしてしまう。

 だがそんな感覚も、唐突に真剣になったブライアンの表情と声で再び切り替わることになる。


「気をつけろよ。

 あいつは頭はいいが、基本は脳味噌筋肉のうきんだから強いヤツと戦いたがる。

 この戦いでは間違いなく、お前のところに来るハズだ」


「ふむ……」


 言われてみて、改めてロンドという魔族をよく見てみる。

 重量のありそうな鎧とハルバート、それを支えるのに十分すぎるほどの筋肉、何よりその好戦的な笑みを浮かべた顔。

 トライと同じ、パワーで押すタイプの戦士に見える。


 悪魔のような兜の奥で、トライはニヤリと笑みを作る。


「上等ぉ、返り討ちにして……」


 一瞬だけ、夢で見た光景がトライの脳裏に浮かぶ。

 たくさんの死を飲み込むと、そう宣言した瞬間に出てきた光景を。




『私の死も……』




 ジュリアが、口から血を垂らしている。

 彼女の腹部には……




「コラッ! ボーっとしてるんじゃない!」


 ブライアンと反対側からかかった声に、トライはハッとして意識を戻した。

 そこには同じように武器を構えたままで走っているジュリアがいる。


「大体トライの速度ならもっと速く到達できるだろう!?

 こんなところでボサッとしていないで暴れて来い!」


 フラッシュバックした光景は、彼女の元気そうな振る舞いで一瞬にして霧散してしまう。

 なぜかその姿にとても安心している自分が不思議で、トライは彼女の顔をジッと見つめてしまった。


「……なんだ? 死相でも出てるか?」


「へっ、縁起でもねぇこと言うんじゃねぇ」


「だったらどうかしたのか?」


「……なんでもねぇ、なんでもねぇよ」


 不思議そうな表情をするジュリアの顔を直視できず、魔族側の先頭へと視線を向ける。

 恐らくあと数十秒も走ればぶつかるだろう距離まで迫っていた。


「わかってると思うが、我々は近衛騎士団長率いる魔法部隊が大規模魔法を構築するまでの時間稼ぎだ。

 深入りする必要は無いが、可能な限り後方に敵を回さないようにするんだぞ」


「そうそう、最前線は俺とジュリアさん含めた紋章騎士数人と近衛騎士団。

 さらに後ろにゃ常駐騎士団が控えてるからな。

 お前さんは遠慮せずに最前線を引っ掻き回してきな!」


 ブライアンの言葉通り、大分離れてはいるがトライ達に併走するようにして近衛騎士の鎧を身につけた騎士が数人走っていた。

 その後ろに部隊員であろうメンバーを引き連れ、さらにその後方に一般兵らしき騎士達が追従する形になっている。


 ゲーム時代には、せいぜい数人でしかイベントをこなしたことは無かった。

 これだけの多くの人間がバックアップしてくれる場面など無かった。

 自由に戦えなくなったのは、そういえばいつからであっただろうか。

 自然に役割ができて、自然にその役割をこなすようになっていた。

 それが嫌だと思ったことは無い。


 それでも、だからこそ。


 自由に戦え、そう言われたことがトライは嬉しく感じられるのだった。


「……そんじゃ、一丁暴れてきますかね」


 意識を完全に切り替えたトライは、この日初めて「本気」で体を動かした。

 次の瞬間には、トライの姿は一瞬にして魔族の先頭集団へと到達しているのだった。


「うるあああぁぁぁっ!!」


 眩い輝きがトライから噴出し、戦争が始まった。



 ――――――――――



「ハ、ハハハ、アッハッハッハッハッ」


 炎魔将軍ロンドは、飛行能力を持った魔族と共に空中でその光景を見ていた。

 同じ光景を目の当たりにしたほかの魔族が呆然としている中で、ロンドだけは声をあげて笑っている。


 悪魔のような鎧を着たあの男こそが、霊魂を斬ったあの男だろうと予想していた。

 その実力を見極めようと、ジッと見ていたというのに一瞬だけとはいえ「見失った」のだ。

 次の瞬間には、ぶつかり合うまでまだ10秒以上は余裕がありそうだと踏んでいた距離が無くなっていた。

 さらには、その男が武器強化らしき光を放ったのだが、その光の大きさは武器強化という枠を軽く超えていた。


 まるでドラゴンの尻尾が振るわれたかのように、巨大な武器強化の光が男の周囲を薙ぎ払い、最前線の魔族をいきなり戦闘不能に追い込んだ。

 扇状に10メートル以上を薙ぎ払ってくれたその攻撃のおかげで、前線部隊は混乱してしまっている。

 ここに後続が到達すれば、そのまま押し返されてしまう可能性もあるだろう。


 たった一人、たった一撃、たった一瞬。

 魔族の戦線は、そのたった一人の人間のせいで、いきなり劣勢にたたされてしまっていた。


 乗り物の燃える車輪を高速回転させ、ロンドは大声で指示を出しながら突撃を開始する。


「あいつの相手は俺がする!

 空中部隊は各隊への指示を任せる!

 後方は雑魚だ、最前線を集中して狙え!」


 威圧感のある声で我に返った空中部隊は、急ぎ各隊の上空へと向かい散開していく。

 その光景を視界の端で確認しながら、ガラガラと音を立てて回る車輪の勢いをさらに上げる。


(強い! アイツは強い!

 今まで会った誰よりも! 今まで戦った誰よりも!

 もしかすれば、我らが魔王よりも!)


 心の中でそう言うたび、ロンドの笑みは深くなっていく。

 強い相手がいる、強い相手と戦える、強い相手と殺し合いができる。

 力を求め、力を手に入れ、さらなる高みへと登ろうとしているロンドにとって、それは何よりも大事なこと。


 相手を倒せる倒せないはどうでもいい。

 強い相手がいるのならば、それに挑むのが自分の生き方。


 だからロンドは、迷うことなくトライへと向かう。

 未だ若干の距離があるせいか、こちらにはまだ気づいていない。

 2発目の武器強化をした攻撃を放ち、後続と追いついてきたので気が緩んでいる様子だった。


 迷うことなく乗り物で掬い上げるように突撃しながら、頭を狙ってハルバートを振るう。

 不意打ちを取ったような形にはなったが、それで終わるなんて微塵も思っていない。

 その予想を裏切ることなく、トライは巨大な両手剣の腹でハルバートの柄を抑え、乗り物に足をかけて攻撃を防いでいた。


 ロンドの気分はさらに高揚する。

 咄嗟に刃先ではなく、より体に近い柄の部分を抑えることで力の入り難い状態にしたこと。

 足を乗り物にかけて、いつでも自分の力で離れられるようにしていること。


 ギラついた戦意の篭った瞳が、兜の奥からこちらを睨みつけていること。


 こいつは強い。

 ロンドは確信した。


 力があるだけの凡人などではない。

 悪魔の力を何かしらの方法で奪った、急造の超人間でもない。

 ただひたすらに、ただ単純に、ただ己を鍛え上げた人間だ。


 強い人間と戦える喜びに、ロンドの気分は最高潮まで一瞬で到達した。


 相手の兜に頭突きを入れ、ほとんど密着した状態でロンドは叫ぶ。


「わが名は炎魔将軍ロンド!

 悪魔の騎士よ、お相手願おうか!」


 兜の奥から覗くギラついた瞳が、一際強く輝いた。


「上等ぉっ!

 悪魔騎士トライ、てめぇをブッ飛ばす!」

トライ君、自分で「悪魔騎士」って認めちゃったよ……


っていうのは嘘で、事前にそう名乗れと騎士団長から命令されてます。

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