第29話・つまりオレに魔法の才能は無えが……ってことだ
「グワーっとやって……」
全身の筋肉を強張らせ、体の中心に向かって力が流れるようなイメージで体を硬くする。
気とかが出そうなオーラは漂っていないが、両手を腰あたりにそえた左右対称の構えは何かが出そうだ。
その姿勢から体を右側にひき、右手をストレートパンチを繰り出そうとした時のようなモーションをとる。
そしてその直後、実際に右ストレートを繰り出すのとほぼ同じ動作で右手を突き出した。
違うのはその手が握り拳ではなく、指を開いた力士の押し出しのような状態であることだろう。
「バーっと!」
内側に溜められていた力を突き出した腕を通し、掌に溜まって溢れ出すようなイメージで力を流す。
これこそがトライが今習得した必殺技、その名も魔力弾だ。
トライが内包する魔力が形となって掌から飛び出し、決して早いとは言えないがしっかりとした形を持って空中を舞う。
その見た目たるやトライのアバターを表現するかのごとく、天使が纏うかのような神々しい白色をした塊だった。
ゴクリとジュリアが生唾を飲み込んでしまったのも仕方がないであろう。
なぜならば、あまりにも異常なその光景は彼女の常識という領域を問答無用で通過していったのだ。
そのあまりにも異常な光景を見た彼女は、思わずといった風に言葉を漏らす。
「……な、なぜだ」
それは自分の知識にない状態だから、疑問という形で口から出てしまったのだろう。
「なぜ、なぜそんなに……」
神々しい白色をした光の塊、あまりにも異常なその光と、決して早いとは言えないがその速さは明らかに常識の範囲外だった。
そんな現象が起こる理由もわからなければ、そんな光景を目にしたのも始めてだ。
彼女にとって、その光景は「異常」以外の言葉で説明することができない。
「なぜ、そんなに小さい魔力弾しか出ないんだっ!?」
そう、小さかった。 異常に小さかったのだ。
トライの掌から出てきたのは、親指と人差し指で輪を作ったようなサイズの光だった。
それがまるで風に運ばれる綿毛のごとく、ふわふわと頼りないというか人が歩くよりも遥かに遅い速度でゆっくりと空中を漂っている。
神々しい白色というのは間違いではないが、ぶっちゃけ誰がやろうとこの色になるので関係ない。
ジュリアの常識から考えて、肉体の強さに対してあまりにも弱すぎる魔力弾がそこに浮かんでいるのであった。
「んなこと言われてもなぁ。
オレに魔法の才能ねーってことじゃねぇか?」
「才能がどうとか言えるサイズではないぞ……」
ちなみにこのサイズは魔法使いの家系に生まれて、幼いころから魔法の使い方を理解している子供が出すようなレベルである。
この世界の存在は成長するに従って、何もしていないくとも内包する魔力は大きくなっていくのが普通だ。
従って魔法に関係のない生活をしてきた者であっても、魔法を覚えるような立場になるころにはそれなりの魔力を保持している。
何も意識せずに使えば保有魔力の大きさに比例してそれなりの大きさで、それなりの速さで出現する。 そこに技術や能力などはあまり関係しない。
むしろ出力を小さくしたり微調整したりといった使い方のほうが難しい。
結論から言えば、トライの魔法の才能は子供並か、内包する魔力が絶対的に少ないかということになる。
「魔力が無いわけではないと思うんだがな。
スキルを使うにも魔力を使うわけだし」
「おう、スキルなら問題なく使えるぜ?」
そう言いながらスキル「ダンシングウェポン」を起動させるトライ。
周囲に6本の奇妙な形をした剣が出現し、翼に見えるような半円を描くような配置に移動する。
はっきり言ってスキルの無駄使いである。
「……何をやっとるんだお前らは」
呆れ顔で登場したのは騎士団長だ。
「おはようございます騎士団長殿」
「おざーっす(おはようございます)」
「うむ、それで何をやっていたんだ?」
ちなみに騎士団長のほうが近衛騎士団より当たり前に立場が上だ。
命令系統が違うので直接命令をしたりすることはできないが、それでも目上の立場に当たるのでジュリアはちゃんと挨拶する。
むしろ慣れたサービス業の店員みたいな挨拶をするトライがおかしい。 おかしいのだが、初日からこの調子なので騎士団長も諦めている。
「魔法の練習っす。
感覚は掴めたんスけど、放出するとこが苦手みたいで」
「ふむ……」
先ほどのジュリアと同じように、顎に手をあてて少し考え始める騎士団長。
今度こそまともなアドバイスが来るように、と若干の期待を込めて言葉を待つトライだった。
「申し訳ありません、自分の教え方が下手なようでして……」
「ふむ? ちなみにどんな教え方をしたんだ」
「こうグワーっとやってバーって感じで、と教えたのですが」
「ジュリア……本当にそれで伝わると思ったのか?」
呆れ顔をしてジュリアを見つめる騎士団長。
トライはその表情を見て「よく言ってくれた!」と言わんばかりの顔をしている。
実際これでわかったらどこの脳味噌筋肉だという話だ。 トライだったら伝わりそうではあるのだが、今回は残念ながら伝わらなかった。
「まったく、いいか? 魔法を使う感覚はな……」
騎士団長のしっかりとした説明が聞けると思い、若干前のめりになって騎士団長を見つめるトライ。
ジュリアも騎士団長ほどの立場であるならば、その言葉から何か自分に吸収できるかもしれないと思っているのか、言葉が出てくるのを待っている状態だ。
そして騎士団長から、ありがたーい説明がされることになる。
「グワーっとやったらグッと溜めてキューっとしたあとにバーっと出すんだ。
ここまでちゃんと言ってやらんとわからんだろう」
「なるほど、さすがです騎士団長殿」
まさかの脳味噌筋肉であった。
ジュリアの説明に追加の擬音ができただけで、理解のしやすさという意味ではむしろ悪化している気がする。
なぜかジュリアはその言葉の意味を正確に理解できているようだが、当たり前にトライには伝わるわけが無かった。
「頼むから……人間の言葉で説明してくれ……」
言葉って偉大なんだな、と再認識したトラいであった。
――――――――――
「グワーっとやって……」
再び同じように体に力を溜めるトライ。
先ほどと違うのは、ここに別の行動を擬音から推測できる限りなく近いであろう行動をすることだ。
あくまでも感覚的なものというかインスピレーションから導き出したものなので、正解かどうかは言った本人でさえわからないだろう。
「グッと溜めて……」
一瞬だけ体の筋肉をさらに硬直させる。
これによって無駄に拡散していた体内の魔力が一箇所に集中したような感覚を覚えた。
どうやら間違いではなかったようだ。
「キューっとして……」
細長い風船を捻って空気のブロックを分けるような感覚で、魔力の塊を使う分だけ分裂させるような流れを作り出す。
やはりインスピレーションからの(略)だ。
しかしこれもどうやら正解であったらしく、先ほどよりもずっとスムーズに魔力塊が手に向かって流れていく。
ここまでくれば後は放出するだけだ。
トライは掌を突き出し、魔力弾を生成した。
「バーっと!」
そして生まれる魔力弾。
そうやって生み出された魔力弾は、やはりというか異常な光景を生み出した。
圧倒的な身体能力と、その内に秘めた魔力が神々しい白い光となって――――
「「小さっ」」
――――特に変わったところの無い魔力弾を生み出した。
どうやらトライに魔法の才能は全く無いようである。
ポシューっと空気の抜けるような音がして、トライから1メートルも離れないうちにに魔力弾は消滅していった。
「なんか負けた気がする」
再び両手と両足を地面について項垂れるトライの図が展開される。
ジュリアと騎士団長はもはや苦笑いしか浮かべることができず、笑って誤魔化してこの場を乗り切ろうとするのであった。
――――――――――
「なんていうかダメ、もう全然ダメ!
才能が無いとしか言いようが無い!」
で、色々頑張ってアドバイスという名の意味不明な擬音の羅列を二人がし続け、トライが感覚でそれに従って訓練をし続けた結果、出した結論は「才能が無い」の一言だった。
残念なことに何をどう頑張っても、体勢を変えてみたり姿勢から変えてみたりグッとやるところをムッてしてみたりグワーをどぅぁしゃーに変えてみたりしたが、出てくるのは全て同じ魔力弾だった。
ある意味ここまで全く同じ低威力の魔力弾を生成できるのは凄いのだが、実践的な面では何の役にも立たないので無視である。
「呪いとかの類でないのであれば。ここまで全く使えないというのも珍しい。
いっそのこと魔力の放出は諦めて、武器強化なんかに限定したほうがいいかもしれんな」
「武器強化ぁ?」
ゲーム時代に聞いたことのないMPの使い方に首を傾げるトライ。
スキルとして武器を強化したり、属性を付与したりすることをそう呼ぶことはあったが、自身の魔力だけでどうこうできるという話は聞いたことがない。
「しかし騎士団長、魔力の放出は最低限の技術ではないですか。
それすらまともにできないのに武器強化などできるわけが無いと思うのですが」
ジュリアのまともな言葉に、騎士団長は確かにと頷く。
しかしそのすぐ後に、とても残念そうな表情をしながら武器強化を言い出した理由を言う。
呆れたような表情をしながら――――
「ほら、トライだからな。
常識で考えても色々無駄かなと……」
――――という何故か異常に説得力のある理由だった。
ジュリアなど苦笑いを浮かべているが、その表情はどこか納得してしまっているという器用な表情だった。
と、いうわけでさっそく武器強化をレクチャーする二人。
もちろん大量の擬音というアドバイスで、だ。
軽く一部を抜粋させていただくと……
「武器にブワーっとやるんだ、ブワーっと」
「防具にもできるぞ。
ただしブワーじゃなくてじわ~って感じで、それをギュッとするんだ」
「武器にブワーってしたあとはググ~っとやる感じで使うといいぞ。
私のようにシャシャッとやれば鞭のような武器でも思い通りに動かせるしな」
非常に残念だった。
これで理解できる人間はかなりの脳筋だろう。
当たり前のように理解できるハズの無いトライであったが、とりあえずものは試しとやってみる。
グワーっと体に力を溜めて、それをグッと抑えつけ、キューっと分裂させて、ブワーっと放出する。
ただし今回は掌から放出するのではなく、手に持った支給品の片手剣に流すようなイメージで。
「あ、できた」
結果から言えば、あっさりと成功してしまうのだった。
理解したわけではないのだが、できてしまうあたりトライも中々の脳筋のようだ。
トライの持っていた何の変哲もない片手剣は、うっすらと淡い光を放っている。
それはまさに先ほどまで放っていた神々しい白色の光が薄くなったようなもので、鎧を着ていないので天使のような顔のトライと相まって中々素晴らしい光景だ。
塀の向こう側から差し込む朝日、神々しい光を放つ騎士の剣、天使のような美しい顔のトライ。
ここに画家がいたならば、きっとこの光景を絵にして売り物にすることができただろう。
タイトルは「グワーっとやってバーっとした天使」で間違いない。
「ジュリア、この場合はやっぱりって言うべきだと思うか?」
「騎士団長殿、自分はもうなんか色々とどうでもよくなってきました」
ちなみにこの技術、魔力放出なんかより遥かにレベルが高い。
理屈はよくわかっていないのだが、というかわかっていないから感覚でしか伝えることができないのだが。
ともかく、物質に自分の魔力を通すというのは非常に難しい。
これができるようになるためには、剣がまるで自分の一部であるかのように自然に扱えるほどの実力が必要だ。
魔力を扱うだけではこの技術を習得することはできず、魔法使いに分類される人間達はそのほとんどがこの技術を使えない。
武器を扱う戦士であるからこそできる技術なのだ。
逆にこの技術さえ習得できていれば、システム的なものではない「魔法剣士」や「魔法戦士」と名乗っても問題ないとされている。
ただしこの技術を習得できているということは、魔力弾が最低でも「普通」に扱えるということになる。
つまり状況をまとめると、子供並の魔法の才能しかない熟練の魔法剣士、という意味がわからないものになるのだった。
しかしトライ本人がそんなことに気づくはずもなく、おもちゃを見つけた子供のように光を纏った剣をブンブン振り回している。
(軽っ、ってかなんか斬っちゃいけねぇもん斬ってる感覚がする!)
ブンブンと振り回しているのだが、不思議なことに風が普段よりも少ない量しか発生していない。
発生している風も剣の周囲から、というよりは剣を振っている体が巻き起こしているのではないかというほどだ。
つまり風を斬る、という達人の領域にあるような斬撃が軽々と生み出されているのであった。
実際に、この技術を持って振るわれた剣は実体の無いものにも有効とされている。
その効果は実体を斬った時や魔法に比べれば大したものではないが、他に攻撃手段を持たない前衛職には唯一と言っていい攻撃手段だ。
この技術の習得が上級と中級を分ける境目とも言われており、例えどんなに魔力が少ないものでも危険に身を置くのであれば身に着けたい技術なのだ。
ただし魔法の習得からして難易度が高く、強化まで習得できている人物は世界レベルで見てもそんなに多くは無い。
そのうえ性能という意味では個人の修練具合、ゲーム時代で言うならば熟練度のようなものによって性能が大きく違うため、使えるだけという人物は非常に多かったりする。
トライのように「風を斬る」ようなレベルの使い手となれば、使い手を上から数えたほうが早いくらいの人数しかいないのだ。
風の音などからそのことを理解したらしいジュリアと騎士団長は、なぜか遠い目をしてその光景を眺めていた。
遊ぶように剣を振り回していたトライが、その動きをピタッと止める。
何か思うところがあったのか、淡く光る剣をじっと見つめ始めた。
(……飛ばせる)
先ほどまでとは明らかに違う感覚がトライの中で感じられていた。
それは魔力の流れといえばそれまでで、先ほどまで掌から放出しようと訓練していたその感覚だ。
ただし今回は先ほどとは明らかに違う。
予感ではなく、確信。 次は、必ず成功する。
その感覚がどうしてするのかはわからない。 わからないが、それは言葉にできないだけだ。
「ふぅ~~~……」
大きく息を吐き、姿勢を整える。
やること自体はさっきと変わらない。
変わったのは手に剣を持っていることと、それを振るために体の右下に構えていることくらい。
グワーっとやってグッとしてキューっとして武器にブワーっと流す。
流れた魔力が剣の許容量を超えているのか、淡い光の色が濃くなって溢れ出すほどに輝いている。
溢れ出た魔力が空気中に霧散していくような感覚がするが、それを気にすることもなく魔力を流し続ける。
「ううううるおおおらあああぁぁぁ!!!」
気合の掛け声と共に、さらに大量の魔力を剣へと流し込む。
流すというよりも、塊となった魔力をぶつけるといったほうが表現としては近い。
大量の魔力が剣をさらに輝かせ、受け止められなかった魔力が光となって周囲を明るくする。
その全てを、上空へと向けて解き放つように、トライは剣を思い切り振り上げた。
「っ!?」
「なっ!?」
光の奔流とも言うべき、魔力の噴水がトライの剣から生み出された。
間欠泉から噴出した水のような、人間5~6人は軽く飲み込めそうな魔力の攻撃。
魔力弾などとは間違っても呼べないようなその光景に、二人の騎士は呆気にとられて硬直してしまうのだった。
「うほー、いい感じじゃねぇか!」
子供のように嬉しそうな表情を浮かべるトライだけが、純粋にその光景を喜んでいた。