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第27話・つまり一時休戦するわけだ

 地を蹴り、宙を舞う三人の魔族。

 それぞれの手にはナイフのように巨大化した鋭利な爪、蛇のように波打った形状をしている毒の塗られたナイフ、小型の矢が飛び出す仕組みになっている篭手がある。

 どれも一撃で致命傷を与えるような武器ではないが、全てが同時に迫れば全て避けるのは非常に困難なタイプの装備だ。

 どれかしらは当たる、例え反撃されたとしても死ぬのは誰か一人が限界だろう、そしてそれが当たるのは自分ではない。

 そんな傲慢とも油断とも言える思考で飛び掛った三人の魔族。


「うらぁっ!」


 そんな彼らには、後悔をするという時間さえ与えられることは無かった。

 圧倒的な身体能力によって振るわれたトライの片手剣。 まるで新幹線が目の前を通過したかのような風と共に振るわれたそれは、三人の魔族を問答無用で同時に切り裂いた。

 巻き起こされた風と、あまりにも強すぎる力によって切り裂かれた上半身と下半身は逆方向に回転しながら、訓練場の壁に激突することでやっと回転を止めた。


「……は?」


 そんな戦力を見せ付けられ、魔族達は硬直してしまっていた。

 たかが人間が、魔族よりも低いとされる能力しか持ち合わせていないはずの存在が、名前も知らないただの騎士らしき男が、魔族三人を同時に殺した。

 それも人間とは思えないほどのパワーで、総じて屈強な肉体を持つ魔族を。

 例え刃が当たろうとも、肉か骨で止まるはずの肉体を、まるで木片を叩き割ったかのように軽く断ち切った。

 はっきり言って、彼らの常識では考えられない光景だ。

 その考えられない光景に、彼らは硬直してしまっていた。


「ッ!?」

「カッ、カヒュ」


 その硬直してしまった一瞬で、さらに二人の魔族が倒れることになる。

 一人は頭に、もう一人は喉に黒塗りのナイフが突き刺さっている。

 一瞬の硬直を見逃すことなく、カインの投げたナイフが二人の魔族を仕留めたのだった。


(……暗殺者としての能力は低そうだな)


 気配の隠し方といい、ぞろぞろと人数が出てきたことといい、カインは彼らに対してあまり錬度の高くない集団だと考えているようだ。

 きっと彼らは自分達の肉体の強さと、個体特有の特殊能力を過信していたのだろう。

 それはきっとカイン一人であったならば、確かに強力なアドバンテージであった。

 この状況を事前に察知できていたとしても、未然にこうなることを防げたかと言われたら微妙なところだろう。

 それくらいに魔族の身体能力と、特殊能力は厄介なものだ。


 今の状況では、それはアドバンテージであることは間違いない。

 しかしカインには、その程度ならばハンデにすらならない、そんな思考さえ浮かぶほどに余裕ができていた。

 その原因は、彼の視界に移っている怒り狂った悪魔が原因だ。


 今また一人、その怒りから感じられる恐怖にかられた魔族が飛び掛り、両手に持っていた短めの双剣ごと真っ二つに切り裂かれて命を散らした。


(しかしなぜ魔族がこんなところに……?

 ヤツらは正面からぶつかりあって蹂躙するほうが好みのはず……)


 魔族との戦争になった場合、諜報や情報収集などこそ魔族はしてくるが暗殺という手段を用いることはほとんど無い。

 それは種族的に脳味噌筋肉のうきんが多いということもあるが、単純に暗殺という手段が魔族の中ではあまり評価されないことが理由だ。

 力があるものが偉いという風潮がある魔族では、単純な個体能力はもちろんだが戦争によってどれだけ活躍したかというのが最も評価されやすい。

 戦争で活躍するために、強い相手を倒すために、相手の策略を正面から打ち破ったとアピールするために、彼らは暗殺という手段を用いない。

 そこら辺が理由で負けることも少なくは無いのだが、良くも悪くも自信家が多い魔族のこの姿勢は変わることが少ない。


 逆に言えば、「暗殺」でなければこういった行動をとる場合もあるということだ。


 その考えに至ったカインは、原因となりそうな情報を思い出そうとしてトライを見てみる。


(……悪魔、か)


 トライがこの国に来た日、街中に流れた噂を思い出す。

 カイン自身、事前情報が無ければ鎧の禍々しさもあって悪魔が降臨したと思えたかもしれない。

 もしあの噂が魔族達にまで伝わっていたのであれば、悪魔を神の如く扱う魔族なら理由になるかもしれない。


 つまり、悪魔を迎えに来たのだ。


(降臨した悪魔が王国によって捕らえられ、封印でもされているとでも思っているのか?

 それを救い出すために城内に潜入、ついでに邪魔な騎士を殺しておこう、と。 まずいな)


 何がまずいと感じるのか。

 それは実際問題として悪魔などいないことだ。

 悪魔=トライという状況であるわけで、城内に封印された存在などいない。

 それは魔族達が城内をくまなく探し回るということになり、結果として城内での戦闘が非常に多くなることとなる。

 この場合、彼らの目的は悪魔を連れ帰ることが最も評価される結果となり、その過程で出会う騎士達には何の価値も存在しない。

 価値が無い兵士相手など、邪魔になるから程度の理由で暗殺してしまうことを彼らは躊躇わないだろう。

 運悪く就寝中の兵士宿舎などに入り込まれてしまえば、その被害はかなりのものだ。


(こいつらは、ここで全員殺す必要があるな。

 逃せば逃しただけ、こちらの被害が広がる……)


 恐らくこの魔族達は、例え最後の一人になったとしても悪魔を探そうとするだろう。

 神の如き悪魔の力を借りることができれば、城内からの脱出など造作も無い。 きっと彼らはそう考えるはずだ。

 今はトライとカインに意識が向いているから問題ないだろうが、対抗できないと判断されて悪魔の捜索に人数を割かれてしまうのは厄介だ。

 だから、今まで殺し合いをしていた相手に、カインは声をかけた。


「……一時休戦、だ。

 まずはこいつらを始末する」


 怒りから来る強烈な気配を放つトライに、それを言うだけでも喉が渇き、汗が出てきた。

 声をかけた瞬間に、持っている片手剣が自分に向けて振るわれるような気さえした。

 カインが驚くほどに微動だにしなかったトライは、顔も向けずに言葉を返してくる。


「今だけだぞ」


 暗に「次はお前だ」と言われているような気がしてくる。

 先ほどまでの殺し合いをしていた相手だけに、お互いに戦闘中に背中からブスリなんてことだって有り得る。

 それでも、なぜかそんなことはしないと思えたカイン。


「……当然だ」


 そんなことをする必要は、トライには無い。

 正面から立ち向かおうが、奇襲をかけようが、どさくさにまぎれようが、カインにはトライを殺せるイメージが沸かない。

 何をどうイメージしたところで、斬られて地面に倒れている自分の姿しか想像することができない。

 きっとこの戦いの中で攻撃を仕掛けたとしても、悪魔のような笑みを浮かべたまま自分を真っ二つに両断してくるだろう。

 今しがた殺された魔族の無残な姿が、それをさらに強くイメージさせるのだった。


 風が吹く。


 血の匂いが混じった、戦場の風が。


 二人の人間は、血の匂いさえ無ければ爽やかとも言えるその風と同時に、魔族に向かって突撃していったのだった。



 ――――――――――



「うらあああ!」


 一瞬で加速したトライが、トンファーの刃物版のような武器を持った魔族に切りかかる。

 咄嗟に両手をクロスさせ、武器で防ごうとするが、先ほどの魔族と同じように武器ごと真っ二つに切り裂かれた。

 近くにいた二人の魔族がそのことに気づき、それぞれが持つ武器を構えてトライに攻撃をしようとしてくる。


「『分身アザーセルフ』」


 しかし、武器がトライに届く前に二人は防御に切り替えた。

 トライの後ろから二人に分かれたカインが出現し、それぞれが持っているナイフが急所めがけて突き出されていたからだ。

 咄嗟に防御に切り替え、男を突き出してきていた手ごと切り裂こうとする。

 そしてそれは見事に成功し、手と首を切り裂いて殺したかのように見えた。


 切り裂かれた瞬間、その男は軽くボンと弾けて光の粒子へと変わる。


 フェイクだ、そう気づいた時にはもう手遅れだった。

 二人の目の前には奇妙な形をした剣が3本ずつ、自分達を狙って突進してきているところだった。

 防御のためにそれぞれの獲物を振り切っていた魔族は、再び防御するために獲物を引き戻そうとする。

 引き戻そうとしたところで、彼らは体を貫かれてその意識を手放した。


 その直後に、空気を斬るようなシュッという音が鳴る。

 トライの真上にあたる上空から、カイン本体が地面に向けてナイフを投げた音だ。

 それがトライの真下、地面の中に隠れていて今まさに襲撃しようと飛び出した直後の魔族に当たる。

 見事に頭に突き刺さった魔族は、上半身だけを土から出した状態で仰向けに倒れていく。


 倒れていく魔族を無視して急に反転するトライ。

 その先にいるのは、両腕が翼になっているハーピーのような魔族だ。

 背後から奇襲しようとしていたらしいその魔族は、反転した勢いのまま振られた片手剣によって両断される。


 空中から落下してきたカインは、その手に持ったナイフを逆手に構え、何も無いように見える空間に落下していた。

 しかしその姿勢は着地しようとしているわけではなく、何も無いように見えるその場所に何かがいるとわかっているかのようであった。

 そして着地する瞬間、その何かに乗るような形で空中着地をしたカインは、何も無い空間に向けてナイフを突き刺す。

 刃先が突然消えるという怪奇現象が発生した直後、ナイフを引き抜かれた場所から血が噴出する。

 透明になる特殊能力を持っていたその魔族は、絶命したことによってカメレオンのような姿を現し、ゆっくりと倒れていった。


 光と影のように。


 派手に動き回り、光のように目立つトライに魔族の意識が集中する。

 その派手な光によって生み出された濃い影の中を、存在しているかさえ疑いたくなるような薄い気配のカインが次々と暗殺していく。

 魔族達が、追い込まれているのは自分達だと気づくころには、残る魔族は数人というレベルにまで減少してからだった。



 ――――――――――



 次々と倒れていく魔族の仲間達を見て、透明になる能力を持ったカメレオン型の魔族がふと人数を確認する。

 この時点で、彼を含めた魔族は五人ほどしか残っていなかった。


 彼は手柄に執着するタイプであったため、この場合はこの人間を放置して悪魔を探すほうが優先すべきだと気づく。

 幸いにして仲間も敵も戦闘に意識が集中しているようだし、仮に仲間が全滅でもすれば手柄を独占できる、彼はそう考えた。

 そして自らの能力を使って透明になり、誰にも気づかれぬように移動を開始する。


 ここまでのことをするのに、残りの魔族はさらに二人が殺されていた。


 誰も自分に気づいていないことを確認し、城内への扉へと向けて移動を開始するカメレオン。


 彼の間違いは、この瞬間に「ある考え」をもってしまったことである。

 それが自分の命を散らす最悪のキーワードであることなんて想像さえすることなく……


(最悪でも「王女」あたりを人質にすれば逃げられるだろ。

 何ならその後たっぷりかわいがって……)


 そんな最悪の思考をしながら、城内への扉へと手をかけようとした時だった。


 木板を並べ、鉄板でつなぎとめてある人間四人ほどが並んで通れる大きさの扉。

 その扉の木板、その隙間から光が漏れている。

 さすがに不審に思ったカメレオンが一歩下がろうとした瞬間……




 扉が、消失した。




 扉の内側から光が物凄い勢いで飛び出し、まるでビームのようにカメレオンを飲み込んでいく。

 真っ白な光に視界を埋め尽くした、そう理解したころには、彼の意識は深い闇の中へと消えるのであった。


 さすがにその光景に驚いた戦闘中のトライ達は、何があったのかと扉のほうを一斉に振り返る。

 そこに残されていたのは、丸く円形にくり貫かれた扉と、大型の魔物に食いちぎられたかのように残っている魔族らしきものの膝から下の部分。

 そしてその扉の向こう側で、口から煙を吐き出しながら目を物理的に光らせている――――


「わ~るいごはいねがぁ~」


 ――――国王が立っていた……


 ある意味トライ以上に戦慄できるその光景に、さらに減って二人になっていた魔族も怯える。

 さすがにこれはもう色々と無理だと判断したその二人は、トライと国王から放たれる殺気に恐怖して一目散に逃げ出そうとした。


「逃がさん」


 二人が後ろを振り向いた瞬間。

 虫のような透明な羽を展開し、空中に逃げようとした魔族の首に何かが巻きつく。

 そして魔力を流されたことにより、赤い水晶のような刃が出現する。

 それだけで首に傷をつけられた魔族であったが、一気にそれを引かれて首をズタズタに切り裂かれることになった。


 首の部分が無残な状況となり、自由落下する魔族。

 それがもう一人の羊のような頭をした魔族の目の前に落下する。

 無残な状況の前に、思わず足を止めてしまう。


 死体の向こう側から、悠然と歩いてくるその光景を生み出した存在は、女だった。


「大人しくするんだな。

 隠れていた他の魔族も全員捕らえた、逃げ場など無いぞ」


 自分より弱い人間という種族。

 そんな常識では考えられないほどに強い存在が四人。

 おまけに他の仲間も全員捕らえられたとあっては、絶望しか感じられない。

 何もすることはできないと悟った羊型の魔族は、膝から地面に崩れ落ちることで降伏することを示すのだった。



 ――――――――――



「済まないな、街中に潜伏している魔族を捕らえるのに時間がかかった。

 まさか今日のうちに城内まで潜入してくるとは思わなかったが……おかげで助かったよ」


 ジュリアのすぐ後に続いて出てきた他の近衛らしき騎士達に魔族を任せ、ジュリアはすぐにトライに駆け寄ってきた。

 どうやら彼女達は早い段階で魔族の侵入を察知していたようだ。

 トライがそれを知らなかったのは、恐らく近衛騎士団に先んじて命令が出されたからなのだろう。 トライの立場は現時点では通常の騎士であり、近衛ではないために命令がまだ来ていなかったのだろう。

 近衛は通常の騎士団と違い、国王ひいては王族の直轄部隊となる。 そのため王族からの命令のみで動くことが可能であるため、その対応は王が優秀であれば非常に早い。

 逆に言えば騎士団は少なくない手順を踏んでからの出撃となるため、突発的な事態における対応スピードはどうしても遅くなってしまう。


「城内の潜入を防げたのはトライと……ええと貴方のおかげだ。

 礼を言わせていただこう」


「俺は当たり前じゃねーか?」


「当たり前だが、形式上だ。

 それよりもそちらの……」


 ジュリアは見たこともない、なぜかこの訓練場にいた一般人のような顔の男に目を向ける。

 特徴がないことが特徴のような男だが、身に着けている服や体の動かし方など、一般人でないことだけはわかる。

 わかるが、あまりにも希薄なその気配の前にそれらが霞んで見えてしまうという奇妙な男を。


「……気にするな。

 それよりも」


 カインは、ジュリアの訝しげな視線を気にした様子もなく、トライの顔をじっと見つめる。

 そして、フッと笑って言葉を投げつけた。


「……勝負はお預けだ」


「できんなら次が無ぇほうが嬉しいんだけどな」


「それは無理だな」


 クルッと反転し、トライとジュリアに背を向けるカイン。

 訓練場を囲む塀のほうへと向かうが、そちらは町の方向でこそあるが出入り口のようなものは何も無い。

 その行動を不審に思ったトライではあったが、次のカインの言葉でそんなことは忘れてしまう。


「……お前は、俺が殺す」


 顔を横に向け、片方の目だけでトライを睨むカイン。

 物騒な発言だったが、トライはその目に宿る明確な「意思」を感じ取っていた。


 トライはニヤリと笑う。


「上等だ、何回だってぶっ飛ばしてやる」


 その瞳に宿っていたのは、諦めでも残念というものでもない。

 生きる意志と、明確な目的を持った存在の覚悟が定まった強い意思。

 運命に、人生に、逆らうことができないように見える何かに、抵抗することを選んだ人間特有の意思。

 それが、カインの瞳に宿っていた。


 フッと再び小さく笑うカインだった。


「次に会う時は……」


「トライ様ーーーっ!」


 場に似合わないほんわかした声が聞こえ、その場にいた全員が一斉にそちらを振り向いた。

 国王がくりぬいた扉の丸い円を乗り越え、小走りでこちらに向かってくるエルメラが彼らの視界に入る。


「ご無事ですか?」


「おう、大丈夫だぜ。

 なあ……ん?」


 エルメラからカインに向き直り、カインがいた場所を見る。


 そこには、戦場の風が吹いているだけだった。


 カインが立っていた場所には、足跡さえも残ることなく何もかもが消え去っていた。

 まるでカインという男が幻であったかのように……


「どうしました?」


 そこに誰かがいたことにさえ気づいていない様子のエルメラが聞く。

 彼女にとってはトライが振り向いたことさえ意味がわからないようだ。


「いや……」


 確かにいたことを確認しているジュリアは、それだけで男が何者かわかった様子だった。

 しかしエルメラに言うことでもないと思っているのか、カインが向かったであろう街の方向を睨むだけだ。


「なんでもねぇ、うん。

 なんでもねぇよ」




 血の匂いを含ませた戦場の風だけが、彼と共に夜を駆け抜けるのだった。

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