第26話・つまり乱入者登場ってわけだ
軽くスランプ中です
木の葉が地面に落ちた瞬間、二人は同時に動いた。
背後に浮かぶ6本の剣を置き去りにするほどの速さで飛び出すトライ。
それに合わせるようにして、同様に体当たりにも近い勢いで突進するカイン。
二人がぶつかり合う直前。
直線だった動きを先に変化させたのはカインのほうだった。
「『分身』」
「おらあっ!」
真っ直ぐに上段から振り下ろされたトライの片手剣。
まるでそれに切り裂かれたかのように、左右に分かれるカイン。
だがそれはトライに斬られたから、ではない。
分身の名がつくそのスキル名の通りに、彼は自分とスキルによって生み出された分身とで左右に分かれただけだ。
片方は地面スレスレから胸を狙うように突き上げてこようとしてきている。
もう片方は軽く飛び上がり、首を後ろ側から突き刺そうと逆手に持ったナイフを振り上げているところだった。
どちらが本体か、この時点でトライには判別がつくはずなど無い。
二体のカインが、トライの体にナイフを突きたてようとする直前。
空気の詰まった袋を突き破ったようなボッという音が響く。
トライが展開していた6本の剣が、3本ずつに分かれて二体のカインの頭・胸・腹を正確に貫いていた。
動きから考えて、どちらかが本体であったはず。
ならばこの攻撃で両方倒したことで、本体も倒したはずであった。
しかし剣が突き刺さった二体のカインは、まるで風船が破裂したかのように軽く弾けて光の粒子となって消えていく。
「チッ、両方分身かよっ!?」
「……誰が分身は一体だけだと言った?」
カインの声は、「上」から聞こえてきた。
人間が飛び上がることができるとは思えないほど高く、3メートル近い上空位置にカインはいた。
そしてその手には、バタフライナイフのような折りたたみ式のナイフが刃を展開し、片手に4本、合計8本を指と指の間に挟んでいる。
その両手はそれぞれ反対側の肩のあたりにくるようにして、手をクロスさせて構えている。
もはや投げる直前、そして当然のようにそれは投げられる。
広範囲に投げられた8本のナイフ。
普段のトライであれば、鎧の圧倒的な防御力にものを言わせて受け止めるところだ。
しかし今は訓練中であったため、鎧は装備していない。
鎧がなくとも、ゲームであったときの最高レベルを達成しているトライであれば致命傷になったりはしない。
それでも、現実という事実を理解しはじめているトライには、この光景は回避すべき「危険」として判断された。
危険を認識したトライの意識が急速に研ぎ澄まされていく。
それは最高レベルによって強化されたステータスによるものも確かにある。
しかしそれだけではない。
トライよりもずっと身近に「死」の恐怖を感じながら生きてきたこの国の騎士達。
彼らが長年の経験と蓄積により編み出し、昇華させてきた技術、そしてその訓練方法。
そしてそれを、わずか1ヶ月とは言え共に学んできたトライ。
その経験が、高いステータスという恩恵を受け、この一瞬だけ開花した。
トライの視界から色が抜け落ちる。
まるで超高速で動けるようになるスキル「ブーストアクション」を使った時のように。
白と黒とグレーによって構成された色の無い世界は、自分の体も含めて全てがゆっくりと動いているかのように感じられる。
ナイフの1本1本が、どんな軌道を描き、どこら辺に当たるかが理解できる。
そのナイフが、バタフライナイフのような折りたたみ機構が存在していることまでトライには見えた。
そしてそのナイフが、ゲーム時代に見た特殊アイテムとそっくりである記憶を掘り起こすことまで、この瞬間に行うことができた。
そのナイフの特徴は――――
(ボンバーナイフ!)
――――何かに当たった瞬間に爆発する、というものだった。
このナイフの厄介なところは、爆発自体の範囲は狭いものの、相手の防御力を無視したダメージを与えるということだ。
上位の同系列アイテムを使えば、例えボスモンスターであろうとも容易くダメージを与えられる有用なアイテム。
その性能のおかげでゲーム時代には「ボンバーマン」という愛称で呼ばれる、ボンバーナイフ専門プレイヤーまで存在したほどである。
研ぎ澄まされた感覚の中で、トライが考え出した対処法は何か。
剣の1本が、確実にトライに当たるであろうボンバーナイフを防ぐ。
同じようにして、残りの5本も次々とナイフを防いでいく。
そしてその特性によって爆発していくナイフ達。
防ぎきれなかった2本はトライに直接当たらないため、多少のダメージは必要経費として割り切ったのだろう。
ナイフ自体は直接当たらなかったものの、ナイフの効果によって発生した爆風が一斉にトライへと迫ってくる。
そんな中、トライは退くでもなく、防ぐ素振りを見せるでもなく。
持っていた片手剣を体の右下に構え、切り上げるための体勢をしていた。
その剣に、攻撃を攻撃することができるようになるスキル「ガードアタック」の青い光は宿っていない。
「っっっらぁ!!!」
思い切り振り上げた剣は、トライ自身の高ステータスによって「風」を巻き起こした。
一瞬だけ、しかしとても力強い風。
トライ自身を表すかのごとく、技術も魔力も特殊なことなんて何1つ加えられていないもの。
しかしそれは、だからこそと言うべきなのか。
とても、とても強い風となって爆風に立ち向かっていった。
爆風は、風とぶつかりあう。
ぶつかった結果、爆風の方向はトライの頭上へと流される結果となるのだった。
爆風の余波によって、空中にいたカインは無理矢理距離をとらされることになっていた。
衝撃を殺すために体のバネを使って着地するものの、その音は暗殺者としては失格と言われてしまうほどに大きな音をたてている。
しかし彼は、目の前でおこった出来事に焦ってそんなところまで気を使うことはできなかった。
「……奥の手、だったんだがな」
このボンバーナイフこそが、彼が個人で動く場合の切り札であったのだろう。
ゲーム時代ならばともかく、現実であるこの世界であれば、確かにこの手段は非常に有効であっただろう。
見た目はただの折りたたみ式ナイフに過ぎないそれが、避けるならともかく防いだ瞬間に爆発すれば誰であろうと怯む。
しかもそれがトライのように、鎧の頑丈さを過信して受け止めるような相手であれば尚更効果的に効いたはずだ。
それを8本も消費した。
1本でもこの世界ではかなりの高額で、それでもその金額なりの価値はある武器。
絶対の一撃と言ってもよかったはずのその攻撃を受けて、相手は軽症。
しかもその特性まで見切られてしまった以上、同じ手が通用するとは考えにくい。
「『デッド』……」
爆発のダメージでその場に留まっているうちに体勢を立て直そうと考えていたカイン。
しかしトライは確かにダメージこそ負っているものの、それは攻撃ができないということではなかった。
攻撃の気配を察知したカインは、咄嗟に左側へと移動する。
「『ライン』!!」
爆発の煙を吹き飛ばしながら、トライから斬撃の軌道をそのまま形にしたような衝撃波が飛んでくる。
その効果だけを見れば、トライにかつて立ち向かった時にカインの部下が使ったものと同じだ。
だがその巨大さは、桁が違った。
せいぜいが人間の胴体部分程度サイズで、刃以上の太さを持つことの無かった部下のスキル。
しかし今トライが放ったものは、どれだけ小さく見積もっても2階建ての一般住宅ほど、横幅に至っては成人男性の肩幅ほどもある。
何より放たれてから到達するまでの速度が、ありえないほどに速い。
気配を察知して事前に避けていなければ、とてもではないがカインが避けられるような速度では無かった。
「すー……ふぅ~……」
煙の晴れた爆発の中心地点から、トライがゆっくりと歩き出す。
全ての煙が吹き飛んだわけではなかったようで、トライの姿を朧月のように部分的に隠している。
顔の部分に煙がかかり、その向こう側に見える暗い影だけとなったトライの顔。
カインは、そこに悪魔の顔を見たような気がした。
「……本当に、化け物だな」
再び両手をクロスさせ、カインはトライへと立ち向かっていく。
死んでいたような諦めを浮かばせていたその瞳は、今はまるで子供のように輝いている。
それにカイン自身が気づくことは無かった。
――――――――――
暴風とも呼べるほどに風を撒き散らし、6本の剣と共に踊るような斬撃の嵐。
まさに嵐とも呼べそうなほどに力強く、荒々しく、トライは攻めていた。
その強大な力を前に、流されこそすれ千切れることなくひらひらと舞う木の葉。
カインはその嵐のような攻めを前にして、未だに攻撃をくらうことなく避け続けていた。
強大な力の奔流と、相対する弱小な力。
二つの力のぶつかり合いは、圧倒的すぎる力の差が原因となり、決着をつけることが困難になっていた。
(……流れを読み、逆らわない。
流れに乗ることがそのまま避けることにつながる、か。
こんな戦い方もあったとはな)
それはカインが今まで行ってきたこととは違うこと。
どちらかと言えば、カインは流れを作り出す側だった。
奇襲により流れを決めておき、相手がその流れに乗る前に相手を飲み込む。
それがカインのやり方であったし、彼らを暗殺者という職業に育て上げた人間の方針であった。
暗殺者としては、それはきっと間違いではない。正解であるかと言われればそれはわからないが、数ある答えの中でも優秀なほうであろう。
それが相手の流れにのり、相手に流れを作らせる。
今までのカインからすれば、真逆にも等しい行為。
それはカインがトライと出会わなければ知らなかったことだったかもしれないし、それを知るころのは死の直前に立った時だったかもしれない。
避けられぬ死を理解し、次の命令にいく前に死んでもいいかもしれない。
そんな覚悟を決めて挑んだこの勝負が、皮肉にも彼を生かす戦い方を理解する切欠となってしまった。
皮肉、カインの頭にはそんな言葉が浮かぶ。
この戦いは、きっと自分を成長させてくれる。根拠は無いが、カインはそんな感覚がしている。
この成長が、きっと自分を更なる高みへと昇らせてくれる。
例え残りわずかな生涯だとしても、残りの生はきっと今までの自分の中で最高の時間になる。その中でもきっと、今のこの瞬間が最も輝かしい瞬間になる。
なぜと聞かれても理由は答えられない、自分が一番わかっていないのだから。
ただの直感でしかない、戦闘の昂揚感がそう思い込ませているだけかもしれない。それでも、この戦いを続けたい。
このままずっと、戦っていたい。
生きたい
それが、カインの出した答えだった。
自分で出した答え、それに自分で驚いたカインは、一瞬だけ気をとられる。
ほんの一瞬、まばたき1つで終わるような、そんな瞬間の気の緩み。
だが、勝負事に置いて明暗を分けるのは、得てしてそんな一瞬の出来事が原因であったりするものだ。
気がついた時には、カインの目の前にトライが持つ剣の先端が迫っていた。
カインがこの瞬間に考えたことは、諦めでも、悔しいでも、驚きでさえ無い。
この戦いを終わらせることになってしまった自分の気の緩みに対する、怒りだった……
(終わり、か。
せめて、せめてあと一撃だけ……あれはっ!?)
剣先がゆっくりと迫ってくるように見えるほどに引き伸ばされた体感時間の中、カインはその剣の向こう側、そこにいるトライのさらに向こう側。
3メートルほどはある訓練場の塀の上、そこにいる「いてはならない存在」の姿を見た。
そしてその存在が、見慣れた行動をしているところまでしっかりと確認できてしまった。
まるで共に戦ってきた仲間たちのそれのような、何度も何度も見てきた光景を。
その存在が、奇襲の意味を兼ねた武器を渡すための、ナイフを投げた動作をしていることに。
(……無粋な真似を)
怒りという感情を抱えていた彼は、自分でも思わぬ行動に出る。
トライへ最後の一撃だけでもと構えていた両手のナイフを、投げるためにわずかに肘を引く。
もはや剣が自分に当たるまでの時間に猶予は無い。最小限の動きで、最低限の威力しか出せなくても、今の状況でできる最大限の効果を発揮させなければならない。
僅かに引いた腕を同じ分だけ振り、わずかとはいえ力を掌に伝える。伝わった力を利用し、手首のスナップでその力を加速させる。
加速された力をナイフに伝え、そのまま投げつける。
狙いは、トライではない。
(するんじゃないっ!)
片方は、ナイフを投げた動作をしている何かに向けて放つ。
しかしもう片方は空中へ、何も無いように見える空間に向けて放つ。
何も無いように見えても、彼には見える。自分の投げたナイフの延長線上に、夜の闇で見えずらくなっている黒いナイフがあることを。
それが、素材自体が毒をもったものでできている特殊なものだということを。
自分が使うそれと、同じ素材を使ったものであることを。
「邪魔すんじゃねえええぇぇっ!」
自分のナイフが確実に相手のナイフと当たる。そう確信を持った瞬間だった。
トライはカインの頭を狙っていたはずの剣を、急遽力で無理矢理に軌道変更させたのだ。
といってもそれは、いきなり反転するようなものではなく、カインの頭数センチのところを通り過ぎてその後ろに向けてというものだが。
「グェッ!」
「ギャッ」
カインのナイフと黒いナイフが空中でぶつかり、妙に澄んだ金属音を響かせるのと同時にそんな声が別々の方向から聞こえた。
カインは自分が出した声にしては随分と掠れた声だな、などとどこか見当違いなことを考えてしまう。
だが落ち着きを取り戻す前に、トライの怒声が響き渡ってさらに混乱してしまう。
「てめぇら!
こそこそしてねぇで出てきやがれ!」
言いながら、トライは何かを突き刺したままの剣を持ち上げ、そこにいた何かをナイフを投げた存在のいたあたりの塀へ投げつけた。
その投げ捨てられた存在を見て、その存在の体を見て、その独特なモグラのような形状を見て、カインは気づく。
カインがナイフを投げつけた相手も、まるで翼は無かったが蝙蝠のような顔をしていた。
それはつまり――――
「……魔族」
そう、彼らは魔族だった。
その呟きが聞こえていたかのように、タイミングよく他の魔族達が姿を現し始める。
あるものはトライに突き刺されたものと同じように土の中から。あるものは何も無かったはずの空間から染み出すように。あるものをは他の魔族の影の中から這い出るように。
彼らは魔族の中でも、潜入に有利な能力を持った者達なのだろう。
「てめぇら……」
潜入に特化しているとはいえ、城内にまで侵入を許した。
この時点でカインとしては失態であり、目に見える範囲だけでも十人以上、未だに隠れている者も考えれば二十人はいるだろう。
魔族が二十人も城内に侵入してしまえば、生まれる被害は間違いなく甚大なものになる。
国王やエルメラに危険が及ぶとは思えないが、それでも大きな被害が出るのは間違いない。
暗部とはいえ、国のために存在する部隊の、それも隊長という立場の彼にとって、それは様々な理由で恐るべき事態であった。
しかし――――
「男の勝負に手ぇ出しやがって……」
――――今のカインには、そんなことは頭に浮かばない。浮かべていられるだけの余裕が無い。
何故なら、魔族二十人よりもよっぽど恐ろしい気配がもっと近くから発せられているのだから。
今まで生きてきたどんな強者よりも、どんな強力な魔物よりも、よほど恐ろしい気配が。
それを感じ始めてから冷や汗が止まらない、震えてこそいないが足が言うことをきいてくれない。
目を合わせてもいないのに、真正面から睨まれているような錯覚さえしてくる、首筋に刃物を押し付けられてもこんな恐怖は感じない。
そんな恐怖が、トライから発せられている。
「覚悟はっ、できてんだろうなぁっ!?」
その声でさえ、ただの空気の振動ではない「何か」が乗せられているような気がしてくる。
まるで衝撃波のような何かが、トライを中心にして広がったような錯覚さえできる。
その何かを身に受けた瞬間から、まるでドラゴンの口の中に放り込まれたような気がしてくる。
本気なんかじゃ、無かった。
今の今までも、全力で戦ってなんかいなかった。
この一ヶ月間続けてきた観察してきたが、全力なんて欠片も出していなかったんだ。
こいつは、本当の意味で、「化け物」だ。
カインは、本能で、そう感じ取っていた。
むぅ……早めにスランプ脱出したいなぁ。