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第25話・つまりシリアスモードってわけだ

「ふぅ〜……」


 日はすでに落ち、人工的な光によって視界を確保しなくてはならない、夜という闇が広がる時間。


 蛍光灯のような、目に痛いほど明るい光を放つ不思議な石が取り付けられた灯台。

 それによって照らし出される騎士団の訓練場に、トライは一人で訓練をしていた。


 持っているのはいつもの大剣ではなく、ジュリアが使っているものと似た細身の片手剣。

 トライの体格と、普段その身を包む禍々しい見た目のゴツい鎧から比べれば、若干頼りない印象をうけるものだ。

 とはいえ、今はその鎧を脱いでゆったりめの黒いTシャツのようなものを着ているだけ。

 筋肉質ではあるがムキムキマッスルというほどの体格でもないので、今の状況であれば似合っていなくもない。


 トライはその剣を使って、何かを狙っているのか時折空を切るように振っている。

 そしてまた、剣が1度振られる。


 風切り音がするほどに豪快で力強く振るわれたその剣は、空気を巻き込んで風を起こす。

 風に巻き込まれて、地へ向かっていた木の葉がヒラリと舞い上がった。


 ……トライが狙った木の葉が。


「むぅ……」


 そう、トライはジュリアの訓練を真似していたのだ。

 実際にやってみるとわかるのだが、落ちている最中の木の葉に何かを当てる、というのはとんでもなく難しい。

 特に剣を含めた近接攻撃はさらに難易度が高い。

 今のトライとまでは言わないものの、物が動けば少なからずその周囲の空気も動かされる。

 それは微弱ではあるものの風となり、武器よりも先に風が木の葉にぶつかるため、ヒラヒラと逃げられるように動いてしまうのだ。


 それを成功させるためには、小さな的を狙う技術だけではなく、風を可能な限り生み出さないような動き。

 まるで風さえも切り裂くかのような、繊細で精密な動き方が必要になるのだ。


 要するにトライとは真逆の能力が必要になるわけである。


「ま、一ヶ月程度で出来るようになってたらみんな紋章騎士だよな」


 自分への言い訳をするように呟く。

 そこで諦めて投げ出していれば、年配の方に「最近の若いヤツは……」なんて言われてしまうような現代っ子だったのであろうが、トライはいろいろと真面目だった。

 バカであるので、どうして当てられないのかはよくわかっていないが、とりあえず黙々と木の葉当てにチャレンジし続けるのであった。



 ――――――――――



「……」


 木の葉当てに夢中になっているトライを、闇とも表現できそうなほどに暗い影の部分から覗く人物がいた。

 あまりに暗いその場所では、男の輪郭さえも闇に溶けて視認することができない。

 気配さえも薄く、そこに誰かがいる、ということを理解していなければ気づくことはできないだろう。


 当然ながら、トライが気づく様子は欠片も無い。


(気づいていない……フリか)


 木の葉当てに集中しているトライだが、舞い落ちる全ての木の葉を狙っているわけではない。

 ジュリアならともかく、トライには全てを狙えるだけの技量はまだない。

 そうなれば当然として、狙うのは都合の良さそうなものだけという行動になる。


 しかしそのタイミングが良いのか悪いのか、彼が動こうと決めた瞬間にトライは剣を降る。

 風切り音は威嚇しているかのように、わざとらしいほど大きな音をたて、それによって巻き起こる風に乗った木の葉は必ずと言っていいほどに彼のほうへと舞い落ちる。


 普通であれば、そんな気がするとも思わないような些細なことに過ぎない。

 彼が普通の人間で、普通に生きているだけの人物であれば考えもしない。


 彼が、暗殺者でなければ。


 そう、彼はかつてトライに挑み、そして敗れた男だ。

 彼自身は直接戦ったわけではない。

 仲間を向かわせ、戦わせた。

 そして、死なせた。


 あの時の本音を言えば、一目見た瞬間からマズイと考えていた。

 それが許されるのであれば、すぐにでも撤退すべきだった。

 それでも自分達ならなんとかなるかもしれないと、慢心していた。


 実力を確かめるだけなら、他にやりようがあった。

 それこそエルメラがいる時に手を出していれば、もっと有利にことを運ぶことができた。

 それでもやらなかったのは、些細な事実を慢心というフィルターが遮り、色々なことを見逃していたからだ。


 自分達なら、相手を殺せると。

 相手を殺せるのなら、後処理がしやすいほうがいいと。

 後処理をしやすくするなら、一人の時を狙えばいいと。


 その結果、敗北した。


 だから、今の彼はもう慢心したりはしない。

 常に最悪を考えて、最善を選択する。

 最悪を想像するために、最善を理解するために、周囲のどんな些細なことも見逃すわけにはいかない。


 闇の中から、例え目の前に立ったとしても感じ取れなくなってしまうほどに気配を薄くしながら、彼は最善の手段を考えていく。


 投げナイフ。

 目の前で投げない限り、当たるイメージが全く浮かばない。


 気づかれないように近づいて襲撃。

 すでに気づかれているので意味がない。


 加速する魔法を使って一気に近づく。

 相手はすでに戦闘体制をとっているようなものだ、まともに戦って勝てるわけがない。


 二手、三手、隠しの四手まで考えていくが、彼は突然フッと小さく笑う。


(気づかれている時点であれこれ考えても仕方が無い。

 暗殺者らしくは無いが、正面から行くしか無いな)


 そして彼は決断する。

 上司からの「負けてもいい」という特殊な命令を思い出しながら。



 ――――――――――



「負けてもいい、ですか」


「そうだ」


 かつて報告をしたときと同じ場所、同じ時間。

 夕日が差し込む大きな窓を背にした椅子に座り、顔が影になって見えなくなっている人物と彼は向かい合っていた。


「騎士団長を倒したとあってはな、お前たちでは手に余るだろう。

 まったく、忌々しいヤツだ」


 ギリッと歯を食いしばるような音が影の中から聞こえる。

 その行動は無意識だったのだろう、影は再び言葉を投げ始めた。


「お前はとりあえずヤツの強さを調べろ。

 殺せるなら殺してしまえ、殺せるとは思っていないがな。

 貴様への命令はこっちが本命だ」


 影は机に置いてあった書類の束を片手で持ち上げ、投げるようにして男に渡す。

 相当苛立っているのか、その投げ方はどうでもいいと言わんばかりのものだ。


 投げられた書類を何事も無かったかのように空中で掴み、その厚さに若干の驚きながらも書類に目を通し始める。


「……これは」


「ふん、ヤツらめ。

 体よくワシを利用しようとしておる」


「……ブレイブブレイド、ベルセルクブレード、エクスキューショナー……

 どれもこれも伝説や伝承の中にしか登場しない武器ばかりですね」


 書類はどうやら1つの報告書などではなく、複数の書類を一纏めにしていたもののようだった。

 そしてそこに記載されている情報は、伝説や伝承の中でのみ存在が確認されている武器の一覧。

 冒険者であればそれを捜し求め、手に入れるために一生を捧げることもあるかもしれない、そんな程度の信憑性が低いものに関する情報だ。


「お前への最大の命令で、そして恐らく最後の命令だ」


 そして影は、椅子の背もたれにどっしりと座りなおし、呆れたような感情を隠そうともせずに言葉を続けた。


「部隊長カイン、特別任務だ。

 その情報を元に、ヤツを殺せる武器を探してこい」



 ――――――――――



(……バカな命令だ)


 カインは影に隠れることをやめ、それと同時に響く威嚇するような風切り音と共に舞う木の葉の中を歩きだす。

 気配は一応消しているが、それに何の意味も無いだろうなと思っている。

 この仕事についてからずっとそうしてきたせいでついてしまった癖のようなものだ。


(あるかどうかもわからない伝説の武器を探す。

 見つかったとしても、それでアイツを殺せるとは思えないんだがな……)


 以前のような特徴の無い服装ではなく、左右の腰の部分が伸びた黒い軍服のようなものを着ている。

 その伸びた部分に何本もの投げナイフを入れてあるのだが、不思議とその格好に違和感を感じることはできない。


(全てが上手くいって、万に一つの可能性を上手く掴めたとしても……

 見つかった武器は相手に持っていかれ、俺はその詳細を知る都合の悪い存在として始末される、か。

 ……結局、この命令が下った時点で俺の死は決まっているわけか)


 ならば、例えここで命を散らすことになっても結果は同じだ。

 カインの思考がそこに至ると同時に、投げナイフの有効射程圏内に入る。

 しかしここで投げて当たるというイメージが全く沸かないカインは、立ち止まることなくさらにトライへと近づいていった。


(どうせなら、一度くらいまともに会話をしてみたかったよ。

 お前とも、あの人とも……)


 一瞬だけ脳裏に浮かぶ、憧れの存在。

 立場故に、どれだけ近くに寄ろうとも話しかけることはできなかった人物。

 話しかけることはおろか、自分の存在を知られることさえ許されなかった。

 それでもよかった、少し前まではそう思えていたのだろう。

 しかしそれが、存在を知られないままで消えていく運命を辿ろうとしているこの時になって、少しだけ彼の感情を揺さぶった。


 ほんの少しだけ、彼の揺れた感情が影響を与える。

 自嘲のような笑顔を浮かべた瞬間、抑えていた気配が一瞬だけ漏れる。


 木の葉に攻撃を当てるために神経を研ぎ澄ませていたトライが気づくには、その一瞬だけで十分だった。


「……っ!?」


 トライが焦ったように振り返る。

 そこにいるのは当然、カインだ。

 間違いなくカインはそこにいたし、いきなり消えていたりするようなことは無かった。


 しかし、その格好は何かを投げたかのように、腕を振り切った後だった。


「ぬっ!?」


 トライが気づいた時には、今すぐ何か対応をしなければならないようなそんな状況だった。

 目の前とは言わないまでも、すぐ近くにナイフが白刃を煌かせて迫ってきていたのだ。


 頭ではなく、体が先に反応するトライ。

 以前の彼ならば、何も考えずに体を大きく動かしたり持っている剣で思い切り弾き飛ばしたりしていたのだろう。

 しかし長い訓練のおかげなのか、手に持っていた剣を最小限の動き、鍔の部分で殴るようにして弾き、剣自体は胸の前で待機させておく。


 そんな動きで弾いたのは、もちろん理由がある。

 それは例えば――――


「っと」


 ――――次の攻撃に備えるためだったり。


 一本目の目立つ攻撃に隠すようにして、二本目のナイフを投げる。

 これはカインに限った話ではなく、投げナイフという技術を使って戦うタイプには多い戦法だ。


 トライは剣の柄を使い、黒塗りにされたナイフを上から叩くようにして弾く。

 胸の前に構えていたからこそ、早く正確に叩き落すことができたのだ。

 小気味いい金属音が響き、ナイフが地面に落ちる。


「……誰かと思えばおめぇか」


 気配が限りなく薄くなったカインの顔を見て、トライは相手が誰だったかを正確に思い出す。

 薄くなりすぎた気配が逆に彼の特徴を際立たせ、トライの印象に強く残っていたようだ。


「久しぶり……というのも変な気がするな」


「できんなら会いたくなかったけどな」


「……それはお互い様だ」


 カインは軽く、友人に話すような感じで軽く笑いながらそう語る。

 もはや彼は気配を消すことさえ忘れているようで、先ほどまでの薄い気配ではなくなっていた。


 それに気づいたトライが、改めてカインの顔を真正面から見る。


「……てめぇ、何しに来たんだよ」


「何を?

 暗殺者がやることなんて暗殺以外に何があるんだ」


 気配が強くなり、無表情であったかつての顔に浮かぶようになった感情。

 その感情をはっきりと読み取ったトライは、その感情に対してなぜか苛立ちを感じていた。


「そんな腑抜けたツラで俺を殺せるとでも思ってんのかよ」


 そこにあったのは、諦めと悲しみ。

 残念とは、「念」が「残る」と書く。

 念とはすなわち思いであり、つまりそれは思い残すことがあるということだ。


 トライがカインから感じ取ったのは、まさに残念という感情。


「戦う前からそんなツラしやがって。

 殺気も何もねぇじゃねぇか」


 戦うことを諦めている。

 生きることを諦めている。

 死ぬことを受け入れている。


 それが、トライには許せなかった。


 表情に出るほどに、思い残したことがある。

 それがわかっているのに、それに抵抗しようとしていない。

 残した思いが何なのかはわからない、それでもそれは、残したままにしてはいけないもののような気がする。

 それでも、この男は戦おうとしている。

 それはきっと、彼にはどうしようもないことなのかもしれない。

 だがそれでも、人は抗うことくらいはできるはずだ。

 それをせずに、死ぬことが決まっているかのような諦めの感情が彼から伝わってくる。


 トライは、それに対して苛立ちを感じずにはいられなかった。


 どうして彼にそんな感情がするのかはわからない。

 自分を殺そうとしてきた相手だ、同情なんてする必要は無い。

 例えトライの知らないところで何かがあったのだとしても、それを理解してやれるなんて傲慢なことは絶対に言えない。


 それでも、抗ってほしかった。


 抗いたくても、抗うだけの力が無かった経験がトライにはある。

 それは力なんて身につけられるハズが無い子供時代のことかもしれない。

 ただ筋肉があれば強いんだと思っていた小学生時代のことかもしれない。

 ケンカに勝てれば強いんだと思っていた中学生時代のことかもしれない。


 トライは、弱い自分という事実に、抗って生きてきた。


 だから、カインの態度が気に食わなかったのかもしれない。


「……貴様に」


 カインの気配は、もう隠す気もないかのように強く、騎士でさえも上回るほどの強者のそれを放つ。

 イラついているのは彼も同じだったのかもしれない。


「貴様にっ!

 貴様に何がわかる!」


 国に来たばかりで、何も知らない相手。

 そんな相手に、何もかもわかっているかのような言われ方をされる。


 トライが知るはずの無い、過酷な時代を。

 子供のころからそうあるべきと、洗脳に近い調教をされてきたことを。

 敵であるはずのモンスターではなく、同じ種族である人間を狙う特異な存在として忌み嫌われている現状を。

 死ねと言われたも同然の、決して逆らえない命令を下されていることを。

 その上司が唱える呪文1つで、自分の体が弾け飛ぶ呪いがかけられていることを。


 何も知らない部外者が、偉そうに指摘をしてくる。

 それは感情を捨てるように調教されてきた彼の心を、なぜか再び沸騰させるのだった。


「……わかんねぇよ、人の気持ちなんざ今も昔も1つもわかったことなんかねぇよ」


 ナイフを両手に1本ずつ持ち、顔の前でクロスさせるカイン。

 それが戦闘の合図だとわかっているのか、トライも細身の片手剣を両手で持ち直し、剣道のように真正面に切っ先をカインに向けて構える。


「わかってんのは……」


 ゆっくりと、少しだけ瞼を閉じる。

 視界が無くなり、スキだらけと言っていいはずのその状態だったが、カインはそこに飛び込んでいったりはしなかった。

 それは彼が持つ特殊なスキルの存在を理解していたからだ。


「……てめぇの、そのツラが気にくわねぇってことだけだ!」


 一瞬、空気が震える。

 それと同時にトライの周囲には、細長い六角形という形状の剣が6本出現する。


 閉じた時と同じように、ゆっくりと目を開けるトライ。


 完全に戦闘準備を整えた二人は、お互いが動くタイミングを図って睨み合っている。

 広がるのは無音という名の静寂。


 二人が動き出す切欠になったのは――――




 ――――ヒラヒラと風に舞っていた木の葉が、地面に落ちた瞬間だった。

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