第24話・つまり技術革新ってわけだ
半分戦闘回です。
前話とは話が繋がっておりません。
ただこの話をやっておかないと支障が出るのです……
まだ日も昇りきらない早朝。
光は周囲を見渡す分には十分ではあるが、それでも薄暗く、日光による暖かい日差しという恩恵を受けられない時間。
まだ肌寒いその空気は体を引き締め、心まで引き締めてくれるような気分にさせてくれる。
そんな朝に、騎士団の訓練所には3つの人影があった。
そのうち二人は騎士団ではなく、近衛騎士団の鎧を身にまとっている。
近衛騎士団には専用の訓練所があるため、騎士団用の訓練所に来ることは滅多にない。
それでも近衛であるその二人がこちらに来ているのは、もう一人の人物がそこにいることが原因であった。
その人物は、何も知らない人物が見れば悪魔かと勘違いしそうな鎧を身にまとった男だった。
言うまでもないがトライである。
「っらぁ!」
下段から斜めに切り上げ、相対する人物に向けて割りと本気で剣を振る。
手に持っているのは巨大ではあるが、ただの木剣のように見えるもの。
ただしその実態は、内部に大量の重りを入れてさらに重量が増加する魔法まで刻まれた特注品だ。
あまりに増えすぎたその重量は、もはや木剣の域どころか鉄の剣でさえ超えている。
それを軽々と振り回せるのであれば、中途半端な鉄の剣を使うよりもよっぽどの凶器だ。
当然、当たれば打撲程度の軽症で済むような生易しいものではない。
それでもトライは手加減などほとんどしないまま、その木剣を振る。
それは相手を殺しても構わないと思っているからではなく、相手はそれでも避けるとわかっているからである。
何故なら、彼の前に立っているのは……
「(国王に比べたら)わかりやすいんだよっ」
王国の盾、と呼ばれるほど防御に特化した人物、ブライアンだからである。
ブライアンは木製ではなく、鉄の輝きをした盾を持ってトライの木剣に立ち向かう。
下から迫る木剣に対し、それを沈み込むように体勢を低くしていく。
さらに木剣に大して下から殴るような勢いで盾をぶつけ、木剣を明後日の方向に弾き飛ばそうとする。
もちろんただ殴るような衝撃が加わった程度でトライが剣を離すハズは無い。
普段であれば、ただ避けられたというそれだけで、そのために剣を盾で殴りつける必要はなかった。
しかし今回は違う、盾で殴りつける必要があったのだ。
剣に盾がぶつかった瞬間、盾に仕込まれた特殊能力が発動する。
「ぬあっ……」
ぶつかった瞬間に、盾は腕に向かって一瞬だけ沈み込むような動きを見せた。
その直後に盾の裏側が黄色く発光し、何かの魔法が発動する前兆を見せる。
それがどんな効果をもたらすか、それをトライが考えた瞬間に、効果は発揮された。
盾がハンマーで思い切り叩いた時のような金属音を放ち、沈んでいた状態から一瞬だけ浮き上がる。
それと同時に黄色い光が盾から放たれ、銃口から出るマズルフラッシュのようなものを放った。
それは衝撃波。
リフレクターと呼ばれる物質が、刻まれた魔法紋様により正しく機能した場合に放たれるもの。
そしてその効果は、あらゆるものを「弾き飛ばす」という効果を生み出す。
生み出された効果は正しく作用し、トライの持つ剣を本来の軌道から大きく外れさせる。
そのまま斜め上方へと流れるはずであった木剣は真上へ、トライの頭上を越えて後ろへと弾き飛ばした。
ここで手を離してしまっていれば、トライは負けていただろう。
普通であれば手放してしまうような、それほどに強い衝撃が木剣に与えられたのだから。
しかしトライには、圧倒的な、強すぎるほどの身体能力がある。
それは木剣を握る手の力であっても同じことだ。
彼は確かに剣を頭上にまで弾かれたものの、その手を離すことだけはしなかった。
と、言うよりも。
そうなるであろうことを理解していた。
だから弾かれることを前提にして、握る力を強くしていた。
例え知らなかったとしても離すことはなかったであろうが、予測していたかしていなかったかではその後の対応が大きく異なる。
予測していたのであれば、今の状況は彼にとってどうなるか。
頭上に剣を持っていかれた。
逆に言えば、それは振り下ろすだけで攻撃になる状況になっているということだ。
それならば、当たり前の行動としてトライは振り下ろすという行動に移ろうとする。
「……あああらっしゃあぁっ!」
弾かれた時に思わず出てしまった言葉のまま、続きがあったと言わんばかりにそのまま気合の掛け声へと変化させる。
左足を一歩踏み込み、重心が下がった関係で左右への動きを取りづらくなっているブライアンへ向けて剣を振り下ろそうと力を込める。
「っ!?」
だが、トライが剣を振り下ろすことはしなかった。
突然体を反転させ、特に上半身を仰け反るようにして何かを避けるような行動をする。
そしてその行動の直後、トライの頭があった部分を剣のようなものが通過していった。
剣にしては随分と妙な形の、ぶつ切りにされた剣が紐のようなもので繋げられたようなものが。
「フッ」
それを振った誰かは、体を前に出すと同時に持ち手をさらに前に出し、微妙な加減でさらに力を加える。
それによって僅かに変化したぶつ切りの剣のベクトルは、アンバランスなその構造によって剣ではありえない軌道の変化を起こす。
まるで蛇がかま首をもたげたかのように、剣先が180度転換したのだ。
急な軌道の変化は、剣という戦いに慣れた人物では避けることができなかっただろう。
だがトライは、避けられる。
それは彼がこの戦いに慣れているから。
この特殊な軌道を描く剣を扱う人物と、何度も戦っているから。
それは普段から一緒にいて、どんな風に戦う人物なのかをよく知っているから。
トライは一気にしゃがみこみ、体を思い切り回転させて横薙ぎの姿勢に入る。
体だけが先に回転を終え、再び正面に立つブライアンを睨む。
そしてその直後に、ブライアンを挟んで剣と反対側にいる人物を見る。
黄緑色の髪をポニーテールにした、ジュリアという女性の騎士を。
そして彼女が、蛇のように動く剣とは別の手に、普通の木剣を持っていることに気づく。
それがすでに突きのモーションをとっていることにも気づく。
まずい。
それがトライの率直な感想だ。
このまま剣を振り切っても、ジュリアに届くことは決してないだろう。
なぜなら二人の間には、ブライアンという絶対とも言える盾が存在するのだ。
ブライアンごと吹き飛ばす、というイメージがトライに浮かぶことはない。
それほどにこの人物の技術は卓越している。
攻撃を上に弾かれることは予想していた。
だから振り下ろすという行動に転化するために、あらかじめ手に力を込めていた。
振り下ろす前に攻撃が来ることも予想していた。
だから振り下ろすと見せかけて、体ごと回転させた横薙ぎをする予定だった。
次の行動を起こすために行動する、ということを実践したつもりだった。
だが、予想していたのはそこまでだ。
その先、ブライアンを盾にして、いやもはや壁と判断して、防御を捨てたジュリアが仕掛けて来るとは思っていなかった。
このまま攻撃してしまえば、攻撃を受け止めるか逸らされるかして隙を晒した瞬間にジュリアの攻撃が自分にぶつかるだろう。
それで傷がつくほど弱い防具を身につけているわけではないが、それはきっと勝負に負けたことになる。
勝つためには、このまま続行するわけにはいかない。
しかしトライの頭では、この状況を理論的に打破できる手段が思いつかない。
ならばここは余計なことを考えず、本能に従って最善の行動をとったほうがマシだ。
トライの本能は何を考えたのか、それはきっと彼自身でさえちゃんとした言葉にすることはできないだろう。
「ぬぅぐううあっ!」
振り始まっていた木剣を力に任せて無理矢理にその動きを止める。
ブライアンまであと数十センチというところで急停止した剣に対して、ブライアンは防御のために両手で盾を構えたままだ。
しかしそれは停止しただけにすぎない、打開策をとったというわけではない。
ジュリアはそう理解しているのか、手に持つ木剣を止めずに突きを放つ。
そしてトライは、剣に向かって突っ込んだ。
「なっ!?」
頭を僅かに傾けることで、直撃するはずだった木剣は兜を擦るような当たり方をする。
結果的にジュリアの内側、体の真正面へと潜り込んだトライは、そのまま肩から体当たりをするようにさらに突っ込む。
以前のトライであれば、この先を考えたりはしない。
振り返った状況を見て、その場その場で同じように本能によって状況を判断し、行動していく。
しかし今のトライには、明確なヴィジョンがある。
恐らくジュリアはこの体当たりを避けるであろうことを。
避けた後は、恐らくジュリアとブライアンの同時攻撃が来る。
そのためには体当たりが終わるころに、一度木剣を振り回して距離を無理矢理に離させて仕切りなおしをする必要がある。
そこまでは、考えていた。
「……なんちゃって」
残念ながら、そこまで予想しているだろうということを予想されていた。
トライは見落としていたのだ、ジュリアが鞭剣をいつの間にか捨てていることに。
捨てることで空いたその手に、ブライアンが持っているものと同じ盾があることに。
「やべっ……」
盾をトライの体当たりにぶつけながら、ジュリア自身はその動きに合わせるようにして後方に若干下がる。
勢いのついた体当たりという攻撃を、それだけで全て防ぐことは本来であれば不可能だ。
しかし彼女の持つ盾は、ブライアンのものと同じ。
それはつまり、正しくその能力が発揮されればどうなるか。
「ぐっ!」
再び金属を叩いたような音が鳴り響き、マズルフラッシュのような黄色い光が放たれる。
それはトライでさえも弾き、体当たりという行動を強制的にストップさせることに成功した。
前方向へと突き進む予定であったトライは、無理矢理に行動を止められたことで流れまで完全に止められてしまう。
当然の如く、そんな隙だらけな瞬間を見逃すような二人ではなかった。
トライの目の前に、2本の木剣が突き出される。
ブライアンでさえも攻撃に出た、ということは、完全に攻撃のタイミングだったという意味であることをトライは知っている。
それはつまり、彼が負けたということを意味する瞬間であった。
「残念だが、今日も俺たちの勝ちだな」
ニヤリと凡人スマイルを浮かべるブライアンの笑顔に、トライは悔しげな表情でむぅと唸るのであった。
――――――――――
「まーた負けかよ……」
トライが騎士団に入ってから一ヶ月という月日がたとうとしている。
その間にトライは騎士団流の剣術を学び、一般兵に混じって訓練を行っていた。
ただし騎士団含め王国での正式装備は片手剣、もしくは馬上や中距離での戦いを前提にした槍であった。
そのため剣術における行動の意味をジュリアがとてつもなく噛み砕いてわかりやすく懇切丁寧に教え、それをトライの大剣に合わせて変化させるという途轍もなく地味な作業だったが。
あまりに地味すぎる上に大した事件も起こらなかったのでざっくりカットされるほどに地味な作業であった。
しかしこういった地味な作業を行い、基礎という部分を補強していくことは、強さという部分に与える影響が大きい。
元々あった高い身体能力もあり、トライは一ヶ月という短い期間でメキメキと実力をあげていった。
技術のみで戦う模擬線をした場合、最初のほうこそ騎士団の一般兵でもまともな戦いができたのだが、3日もすれば騎士団の上位といい勝負をするようになった。
一週間もたったころには近衛騎士団でなければ相手にならなくなり、二週間ほどがたてば騎士団長か近衛騎士団の中でも実力者である紋章騎士達でなければ勝てないほどになってしまった。
一ヶ月がたった現在では、紋章騎士の中でも上位であるブライアンでさえ容易に勝つことはできなくなっている。
と言っても、すぐに決着がつかなくなったというだけで、トライは未だにブライアンには勝てていないのだが。
しかしさすがに模擬戦の相手に毎回騎士団長・近衛騎士団長クラスや、近衛騎士団の中でも精鋭である精霊騎士達を呼び出していては、彼らは書類という別の意味で戦場に行かねばならないため業務に支障をきたしかねない。
そこでお目付け役であるジュリアと、紋章騎士の中でも実力は上位だが性格に問題があるせいで割りと暇なブライアンがタッグを組み、2対1という状況で模擬戦を繰り返すということに落ち着いた。
防御のブライアンと攻撃のジュリアというタッグが上手くハマったらしく、どちらか単体であれば容易とはいかないまでも相手にできる今のトライにとっては、まさに最適な訓練相手となっていた。
そしてこの早朝訓練も、もはやいつもの光景の1つである。
「ふふ、今日もメシ代はトライ持ちだな。
よろしく頼むぞ新人君」
と、ブライアンが凡人スマイルで語りかけてくる。
新人君とは当たり前にトライのことだ。
「えーえー、わかってますよー。
せ・ん・ぱ・い」
ちなみにこの模擬戦、いつの間にか昼飯代を賭けることになっていた。
別に騎士団の食堂に行けば無料で食べられるのだが、パトロールという名目で外に食べに行く騎士は非常に多い。
彼らもその例に漏れず、よほどのことが無い限り街で食べることのほうが多かった。
ちなみに今のところトライの全敗であるため、彼のお給料はガリガリと削られていっている。
本人は上手い飯が食えるとあって別段気にしていないようだが。
「オッス!
ゴチになるッス!」
そしてしれっと会話に混ざってくる人物がいた。
「テッドの分もかよ!?」
「オッス!
トライさんあざっす!」
誰と言われても分かりづらいので改めて説明するが、鍛冶屋のおっさんのところで働いているテッド君である。
トライとはリフレクターの実験で吹き飛ばされた時が最初の出会いという、なんとも幸薄そうな青年だ。
赤い髪をベリーショート(つまりほぼ坊主)にして、ツナギのような服装をした男としては若干小柄な青年。
体育会系のノリではあるが、意外と気配りというかよく気がつく彼は、メシの気配に敏感に反応してきた。
ありがとうございます、とまで言われてしまっては引くに引けないトライ。
仕方ないと言いつつ四人でお昼の約束をするのであった。
「で、使い勝手はどうッスか?」
もちろん彼はタダ飯をもらうためにこの場に来ていたわけではない。
装備の納品と、感想を聞くために来ているのだ。
納品した装備品とは、もちろん「反射盾」である。
「いや、これはさすがに驚いたよ。
トライの剣を弾くだけではなく、体当たりを止めるほどとは思わなかった。
勢いが弱まればブライアンが攻撃してくれる程度にしか思っていなかっただけにな」
そしてその効果によって、今まさに勝利をしたジュリアが率直な感想を述べる。
彼女としては、トライの体当たりによって後ろに吹き飛ばされるくらいのことは想定していたようだ。
「おお、確かにビビッたぜ。
おかげで迂闊な体当たりができなくなっちまったい」
そして身をもって体験したトライも感想を述べる。
軽く言っているが、あれがトライでなければ逆に吹き飛ばされていてもおかしくないのだが、トライはそんなことに気づけるほど頭が回ったりはしない。
「しかもこれ魔法も弾けるんだよな?
上手く運用したら戦略が変わるんじゃないかこれ」
そしてその重要性に一番気づいているのはブライアンだ。
彼は性格と平凡な顔以外は非常に素晴らしい。
魔法以外では軽減はできても防げない、弾けないとされている魔法。
それに対抗することができて、しかも運用が容易い盾、さらに普通の盾としても使えるとあれば、その可能性は計り知れないものがある。
「オッス!
なんでしばらくは国外流出を避けるために、騎士団以外には卸さない予定らしいッス。
騎士団でも最初は近衛さんか、精鋭クラスだけに限定するって話ッス」
つまり大量生産をしない、限定品ということだ。
確かに大量生産されれば利益は計り知れないものが生まれるのであろうが、それは当然国外に流出する可能性は高まるということだ。
それが原因で他国に研究され、実践レベルで運用されてしまえば戦略の幅は広がってしまう。
結果として、そのせいで自分達の国が負けるようなことになってしまうのは本末転倒といったところであろう。
あの鍛冶屋は、そんなことに気が回るくらいには頭がいいらしい。
うっかり話してしまったトライにも見習ってほしいくらいである。
実はリフレクターそのものは、前回トライがバネという存在を意図せず伝えたあの日から1週間ほどで完成していた。
店主はそこからさらに試行錯誤を繰り返し、ついに運用可能なレベルでこのリフレクターを完成させたのである。
しかし軍の装備品というものは、人の命に、ひいては国の戦力に直結するため、強い「らしい」ですよ程度の情報で運用開始することはできない。
軍の偉い人に実際に使ってもらったり、その構造を説明するなどをして利点を説明し、今日になってやっと実験導入ということになったのだ。
正式な運用試験はまた後で行われることになっているが、その前に朝一で訓練しているトライ達に実際に使い心地を試してもらおうということでこの状況になったのだった。
そしてどうやら、その効果は教えた本人でさえ驚くようなレベルの代物となっていたらしい。
そんな時代が変わるような状況の中、トライは爆弾発言をしてしまう。
「こりゃあのおっさんなら反射大砲とか作っちまうかもな」
「「「……え?」」」
そして、さらっと再びゲーム内装備の話をしてしまうトライ。
火薬のいらない大砲というゲーム内でも後期に発見された、持ち運びが可能な対大型モンスター用装備。
どうやらグリアディアの技術革新はまだまだ続くようである。
「トライさん、ちょっと詳しくッス!」
「お、おう?」
相変わらずバカなトライは、自分の発言の危険性を全く理解していなかった。
リフレクター・キャノンはモン○ンのヘビーボウガン系をイメージしていただければ大丈夫かと。
ちなみにリフレクターは、ジュリアのものはプレゼントとして鍛冶屋から渡されたものです。
ブライアンが使っているものが試験導入用のものですので、この後テッド君によって回収されます。
渡されたのはこの早朝訓練の直前ですので、使うのは二人とも初めてになります。
ジュリアは以前身をもって効果を体験しているので、こんな思い切った行動がとれたわけですな。