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第23話・つまり世界が動き出したわけだ

お待たせいたしました。

今回は視点が切り替わりまくりです。

ちょっと長いですがどうぞ。

 時は流れ、トライが騎士になってから1ヶ月ほどが経とうとしていたある日のこと。


「……あーっ!!!」


 分厚い雲が空に浮かび、青空に迷路ゲームができそうな模様を描く空の下。

 そこには紺色の不思議な色合いをした石を積み上げた、ゲームで言うなら魔王城とでも名付けられそうな禍々しい見た目の巨大な城が建っている。


 そんな魔王城に相応しい見た目の城の中から聞こえた叫び声は、恐怖や苦痛からくる悲しみの悲鳴――――


「もういやっ!

 なんでこんなに脳味噌筋肉のうきんばっかりなのよ!

 疲れた! 私はつ〜か〜れ〜た〜っ!」


 ――――ではなく、怒りから来るものだった。

 悲鳴をあげた本人はどうやら女性のようであるが、魔王城のようなこの空間にあって少しも怯えた様子は無い。

 むしろ怯えているのは、その怒りを真正面から受け止めている同じ部屋にいる二人の存在だ。


 彼らは人間のような体形をしていながらも、体の一部が人間と明らかに違う部分が存在している。


 片方の男は青い髪をした細目のクール系イケメン、だが特徴的なのはその腕。

 境目がわからない黒のグラデーションが二の腕から始まり、肘から先はまるでゴキ……もといカブトムシやクワガタなどの甲殻に似た色合いをしている。

 せっかくのイケメンなのだが、今は恐怖に顔を引きつらせて歪んでしまっているのが残念だ。


 もう片方は擬音で表すなら「ぴょこん」だ!異論は認めない!と思わず叫んでしまいたくなるような黄色い髪の上に緑の葉っぱのような形をした髪が乗っている幼女。

 背中に植物型のモンスターが持つような、うねうねと動く触手が生えていなければ頬ずりしたくなるような美幼女だ。

 こちらはもはやパニックになっているのか、目をぐるぐると回してあたふたとしている。


 つまるところ、彼らは魔族だ。


「気に食わないヤツがいるから軍を出せ!

 食料を奪いに行くから軍を出せ!

 何かあったら軍を出せ!

 何もなくても軍を出せ!

 どんだけ戦争したいのよあんたらはーっ!」


 バンと執務用の机に怒りを叩きつける女性。

 音と同時に魔族の二人もビクリと体を震わせる。


「大体なんなのよこの大雑把すぎる内容は!」


 怒りながら女性は一枚の紙を取り、額に青筋を浮かべながら内容を読み上げる。


「何が『グリアディア王国に悪魔が降臨したらしいから迎えに軍を出してください』よ!

 軽いわっ! せめて裏とってきなさいよっ!

 らしい程度の情報で軍を動かしてたらあっという間に備蓄が無くなるでしょーがっ!」


 紙を机に叩きつけ、苛立ちを隠そうともしない女性はさらに机をバンバンと叩く。

 あまり上等なものではないのか、机はミシミシと悲鳴をあげている。


「あ、あのぅ~、魔王さまぁ~」


 触手幼女が涙を必死に堪えながら、ぷるぷると震える体で口を開く。

 生まれたての子鹿のような姿は非常に愛らしいのだが……


「魔王言うな!

 100歳超えてんのにロリッ娘すんな!

 そんな見た目で脳味噌筋肉のうきんになるなーーーっ!」


「はうっ、ヒドイ!?」


 ……実は年齢が非常に高かった。

 合法ロリである。


 余談だが、魔族は年齢を重ねても衰弱こそするが、見た目はあまり変わらないことが多い。

 これは犬や猫、昆虫などが死ぬまでほとんど変わらない姿を保っているのと似たような理由らしい。

 詳しい原理はわかっていないし、女性の台詞からもわかるように脳味噌筋肉のうきん……もとい本能に従うまま動く者が多い魔族では、調べようとする者さえ現れない。


「で! なに!?」


 鋭い視線がロリババア、もとい美幼女風の見た目をした植物タイプの魔族に突き刺さる。

 現代日本人が見たら大人気ないと溜息を吐けそうな光景だ。


「あ、あのぅ~、そのぅ~……」


 体をもじもじとさせ、中身を知らなければ萌えとか言えそうな仕草でロリバ……幼女型魔族が話そうとする。

 しかし言い辛い内容なのか、その口からは中々ことばが出てこない。


「はっきり、きっちり、さっさと、簡潔に、話す、わかった?」


 魔王と呼ばれた女性は、顔だけは笑いながらそう語りかける。

 しかし幼女型魔族のその態度から、ろくな報告ではないとわかっているのだろう。

 わかる人にはわかる、彼女の周囲に異常なほど濃い魔力が渦巻いていることを。

 それが全て魔法に使用されれば、この部屋どころか付近の部屋も通路も纏めて吹き飛ぶだろうということも。


 ちなみに、二人の魔族はそれがわかるタイプだった。


「ふ、ふぇ!?

 いいい一部の魔族がっ、か、か、勝手に行っちゃったみたいですぅっ!」


 だから速攻で話す。

 言われた通りにはっきり、きっちり、さっさと、簡潔に。


 ブチッと何かが切れた音がしたあたりで、幼女型魔族は泣き出した。


 しかし女性は魔力は魔法に変化させることはしなかった。

 魔力をは急速に収まっていき、先ほどまでの暴風のような魔力の渦はそよ風の如く弱いものしか感じられない。


 静かすぎるそれは、むしろ嵐の前の静けさのようである。


 女性は背後にあった窓の近くへと歩き、静かに窓を開けた。

 カランと小気味のいい音を響かせ、両開きの大きな窓は何の抵抗もなく全開になる。


「……なにを」


 ぽつりと、女性が呟く。


「勝手にしてんのよあんたらはーーーっっっ!!!」


 呟きが叫びへ変わると同時に窓の外に、突然巨大な魔法陣が出現した。

 直径で10メートル近くあるその魔法陣は、六芒星を中心とし、陣内を複雑な模様がほとんど隙間なくびっしりと埋めている。


 わかる人にはわかる。

 それがとんでもなく高等な魔法で、下手をすれば周囲の部屋どころか城ごと崩壊させられるような威力をもった魔法だということを。


 わかるタイプの魔族二人は、もはや人生を諦めたような遠くを見る目をして放心している。


 まさに嵐の前の静けさだったのだ。

 魔力の暴風がなくなったのは、あの一瞬でこの魔法陣を組み上げたためだ。

 組み上げた魔法陣を、これまたとんでもなく高度な技術によって一時的に体内に収納し、待機状態にしたために収まったように見えただけなのだ。


 展開された魔法陣は眩い光を放ち始め、その破壊エネルギーが解き放たれるのを今か今かと待ち構えている。


 そして、解放の名が呼ばれる。


「『ギガブラスタアアアァァッッ!!!』」


 窓から天へと向けて光の柱が立ち昇る。

 魔法陣の巨大さに合わせるような太さをもった真っ白な光が、天を貫き、空を切り裂く。

 膨大な熱量によって急激に温度が上昇した空気は一気に膨張し、空気の振動となってその勢いを周囲に知らしめる。

 ドカーンとかズバーッとかビカーッなんてレベルの音ではない。

 もはや擬音で表現するのが難しいレベルの爆音が響き渡る。

 あえて例えるなら映画館のスピーカーに近い場所で大爆発のシーンが告知映像も無くいきなり大音量で流されたかのような、耳がおかしくなりそうなほどの音だ。


 光が収まった時、空にあった雲は魔王城の周辺だけぽっかりと円形に消え去っていた。


「はーっ、はーっ」


 しかしこれほどの大魔法とも呼べるものは、魔王と呼ばれた彼女をもってしてもやはり負担であったようだ。

 肩で息をする女性は、窓枠に手をついて苦しそうに呼吸を整えている。


 それも一瞬のことであったが。


「行くわよ!」


 背後にいた二人に視線を合わせようともせずに、窓の外をキッと睨んで女性は宣言する。

 唐突な発言に、放心状態であった魔族二人は何を言われたのか気づいていない。


「ボサッとしない、勝手に行ったヤツらを止めるわよ。

 どこのバカか知らないけど、魔族領はそんなバカの手も借りたいくらい人手不足なんだから。

 勝手に死んでもらっちゃ困るのよ!」


「ま、魔王さまぁ……」


 見捨てる、という選択肢もあったのだろう。

 魔がつくとはいえ、仮にも王と呼ばれる彼女は恐らく高い立場の存在だ。

 命令を無視したバカな連中は、むしろ邪魔だと判断して無視することもできた。

 むしろ王という立場であれば、労力に対する効果を得られないと判断したのなら、切り捨てるほうが正しい判断とも言える。


 だが彼女は、そんなことを考える素振りさえ見せずに止めに行くと言う。

 きっと彼女が魔王と呼ばれているのは、自ら望んだからではない。

 彼女はこうやって、色んな魔族を救ってきたのだろう。

 それがいくつも重なり、周囲の者達が自然に魔王と言っているのだろう。

 その証拠に、止めに行くと行った彼女を尊敬と感激の表情で見つめる二人の魔族。

 どうやら彼女の人望はかなり厚いようだ。


 ……ただし。


「魔王言うな!」


 本人は魔王と呼ばれることが不満のようだが。


「わかりました魔王様っ!」


「わかってなーーーい!」



 ――――――――――



「……あれは」


 場所は変わり、グリアディアの北に位置する聖王国ランドバルト。

 その都市内にあるビカビカでゴテゴテで実用性という言葉に真正面からケンカを売っているような、細部にいたるまで細やかな装飾や細工がされている見た目だけは最高な城。

 そんな城の中の、大量にある部屋のうちの1つ。

 城と同じくらいに細かな装飾がされ、金額を知りたくも無いような調度品の数々が並べられている部屋。

 同じように細かな装飾のされた窓が全開にされ、テラスから遥か遠くに見えた光の柱を眺める人物がいた。


「あの方向は……魔族領か」


 男は睨むようにして光の出現した方向を眺めていたが、誰かが廊下を静かに近づいてくる気配を感じとった。

 彼はそれに気づきながらも、光が消えるまで見逃すまいとじっとしたまま動こうとはしない。


 やがて気配は彼のいる部屋の前で止まり、ノックもせずに静かに、音もたてることなく扉が開け放たれる。

 無礼であることは承知しているのか、開けた本人の言葉は謝罪から始まった。


「申し訳ありません、緊急ですのでご無礼をお許しください」


 そこにいたのは茶髪を肩までかかるロングにした女性。

 無口で無表情、体系はスレンダーというクールビューティーをそのまま人間にしたかのような雰囲気をしている。

 ウエストや胸の辺りがピッタリとした神官が着るような服装が、妙に色気を生み出している。


「構いません。

 あれについて、ですね?」


 見知った顔だからなのか、やはり男は振り返ることさえせずに言葉を返す。


「はい、賢者様はあれが何かご存知ですか?」


 だが女性は、ある意味で失礼とも言えるその態度に嫌悪感を示すこともなく、むしろ敬うような態度で彼に接してくる。

 賢者という呼ばれ方から考えても、恐らく彼はかなり高い立場か、丁重にもてなすべきお客様なのだろう。


「……わかりません」


 わからない。

 男は普通の意見を述べただけだ。

 しかし女性にとっては意外だったらしく、無表情だった顔の目を大きくする。


「賢者様でもわからないことがあるのですね」


 賢い者、と書いてけんじゃと読む。

 ただ知識があるだけで、ただ頭の回転が早いだけではそう呼ばれたりはしない。

 知識もあり、頭の回転も早く、無理難題と思われるものを解決できるから賢者と呼ばれるのだ。


 時として、それは何でも知っている人物であると錯覚される時がある。

 賢者であれば、この世のことを全て知っている。

 そう思われる時がある。


 彼女も彼に対して、そんな錯覚を抱いていたのだろう。

 全てを、とまではいかなくとも、何かしらは知っているハズだと、そう思っていたのだろう。

 だから、何もわからないという彼の言葉に驚いたのだ。


「たくさんありますよ。

 例えば、私はどうしてここにいるのか、とかね」


「……申し訳ありません。

 私はあまり学が無いものですので、そういった哲学的なお話にはお答えすることが出来ません」


「ふふ、哲学的ですか」


 少しだけ、賢者と呼ばれた男は暗い表情をする。

 哲学的とも言えるこのやりとりに、彼は何か思うことがあったようだ。


「それはともかく。

 あれが何かはわかりませんが、方向から考えても魔族領でしょう。

 魔族達に何かがあったのかもしれません」


 例えば、魔王が誕生したとか。


 男は可能性として考えてはいるものの、それを言葉にしたりはしない。

 今、彼は賢者と呼ばれている。

 その賢者があれは魔王が誕生したことを意味するの「かも」しれない、などと言った日には、「かも」の部分は伝言ゲームよろしく削除され、賢者が魔王復活と言っていた、とだけ伝わるだろう。

 しかもそれが彼の知る範囲だけではなく、国内に、下手をすれば世界中に伝わる可能性があるのだ。

 それによって早とちりした連中が何を仕出かすかわからない以上、彼は迂闊に発言したりはしない。


「緊急の伝達事項は、そのことについてです」


 再び無表情を取り戻した彼女は、本当に緊急事態なのか疑わしくなるほどに淡々とした口調で報告を続ける。


「あの光に先んじて、グリアディアにて悪魔の存在が確認されていたそうです。

 それを察知した魔族軍が動き出しているという情報も入っております」


「……そこにこの現象ですか」


 さすがは賢者と呼ばれるだけはあるのだろう。

 まだ全容を伝えていないにも関わらず、彼は彼女が何を言いたいのかを理解したようだ。


「はい、勇者派の動きが活発化すると思われます。

 元老院で承認さえされてしまえば、彼らはすぐにでも動き出すかと……」


 女性が全てを言い終わる前に、男はテラスの先へと歩き出した。

 手摺りのある端の部分まで行き、そこで止まる……かと思いきや、彼は手摺りに足を乗せて飛んだ。


「けんっ……っ!?」


 軽く、本当に軽く。

 ちょっとした段差を乗り越えるかのように、彼はあっさりとテラスから飛んだ。

 自殺以外の何物でも無いようなその行為は、彼女の目にはまさしく自殺のように見えたのだろう。


 だが、それは飛んだ本人にとっては、本当に軽く飛び出す程度のことだったのだろう。

 段差を乗り越えるのと同じ程度の、自然に体が動くようなそんな行動なのだろう。


 その証拠に、彼は飛び出した先の空中に「浮いて」いたのだから。


 天使の羽のようなものがいつのまにか背中に出現しており、キラキラと輝く光を僅かに放っている。

 まるでそこに床がある、そんな錯覚を覚えそうなほど、男はテラスから数歩分の位置で浮いていた。


「浄化の光よ……『サンクチュアリ』」


 そして彼は唱える。

 祈りにも似た、片手を胸の前で握る仕草をしながら。


 言葉と同時に、天使の羽から放たれていた光はその量を急激に増やし、それ自体が羽のような形を作り出して巨大化してゆく。

 テラスの大きさを超え、部屋の大きさを超え、どんどん大きくなっていく光の羽。

 やがてそれが城の横幅を超え、国内にいる誰もがその光景を見ることができるほどの大きさを超えたあたりで、やっと巨大化は止まった。

 巨大化が止まると、今度は男を中心として淡い光のヴェールがドーム状に広がって行く。

 優しく包み込むような光は、あっという間に羽の大きさを超えて広がっていき、国内の全てを包み込むほどに巨大なドームを作り出した。


「これは……広域回復神聖術?」


 それを目の前で目撃していた彼女は、この現象がどれだけ高等な技術によるものなのかを理解して唖然としていた。


 回復魔法は神の力、人間はその力を借りているにすぎない。

 それが彼女達にとっての常識。

 しかしこの世界の神は、使い方まで教えてくれるほど優しい存在ではない。

 借りた力をどんな風に使い、どんな技術をもって運用するかは使う者が考えなければならない。


 そして今、男が使ったものは、本来であれば十数人という使い手が集まって、それぞれがきちんと役割分担を決めた上でしか使うことのできないようなモノだ。


 それを、一人で使う。


 魔力の量も、それを扱う技術も、レベルが違いすぎる。


「……これで、もう少しは抑えられるでしょう。

 少なくとも守りに関しては手段がある、とわかれば慎重な対応をしてくれるでしょう」


「では、私は何を伝えればよろしいですか?」


「……実行するようであれば、私はこの国を去る、と」


「……かしこまりました」


 美しく飾り立てられた城と同じように、飾り立てられたと言いたくなるような街並みを男は眺め、ぼそりと呟く。


「……哲学的な意味じゃないんだけどな」


 その言葉が彼の口から出た時には、女性はもう部屋を出た後だった。



 ――――――――――



「うわー、これは凄い光景ですねー」


 ジルア大森林、そう呼ばれる領域がある。

 あまりに広く、あまりに深く、あまりにも強いモンスターが多い領域。


 激しい生存競争が行われた結果、人間という種は敗れ、動物という種が生き残るために二足歩行という進化を遂げ、獣人という存在になった場所。

 故に冒険者や、獣人の客でない限り人間という種がいないはずのジルア大森林。


 そこで周囲の木よりもずっと高く、ずっと太い木の頂上に登り、そこから見える魔族領と聖王国ランドバルトの異変を観察している人間の女性がいた。


「姉御はあれが見えるんですかい?

 俺っちにはぼーんやりとしか見えねーっすけど」


 見えるとは言ったが、それは彼女にとって、とつけなくてはならない。

 軽い言葉使いで話しかけてきた青毛の狼男のように、普通はぼんやりとしたものが見えれば目が良いと言われるような光景だ。

 日本人が都内から富士山を見た時に、モヤがかかって見えづらい時の状況に似ている。


「見えますけど、見えるだけですね。

 何があったかはさっぱりです」


「見えるだけ大したもんでしょうよ。

 魔族領と聖王国になんかあったってわかるだけでもマシってもんでさぁ。

 ほんじゃ俺は族長に話してきやすんで、なんかあったら呼んでくだせえ」


 エセヤクザのような、軽い言葉使いを残し、狼男はさっさと木を降りていった。

 それと入れ替わるようにして、木の枝が密集して影を作り出している部分から、ギラリと鋭い目が2組現れる。


『主、気づいているか?』


 片方の目があるあたりから、獣の唸り声のような響きが放たれる。

 普通の人間であればそれ以上の意味を理解できないハズなのだが、彼女はそれを当たり前のように「言葉」として意味を理解していた。


「うん、大っきい気配が2つ、3つ?

 うーん、これは4つ……かな?」


『正解は5つ、だぜ。

 2つは同じ場所にいるみてーだからわかりずれーけど』


 問いかけたほうとは別の目から、随分と砕けた雰囲気の意味の唸り声が聞こえてくる。

 残念ながらその違いを理解できるのは、それを聞いている女性だけだが。


『1つの大国に1つの気配。

 戦争になるかもしれんな……』


 力があること。

 それはいいことだと思う人間は多い。

 何かあった時に、何もできないよりはできることがあったほうがいいと。

 だが時に、力はただそこに存在するだけで、例え力が意思を持っていようがいまいが関係なく、争いの火種となる時がある。


「関係ないよ」


 不意に、冷たい気配が彼女から放たれる。

 普段の彼女を知る者からは、信じられないほど静かで冷たい気配が。


「どんな理由があったとしても、私はここを守る、それだけよ」


 冷たい気配と共に放たれる言葉は、心に突き刺すような強い力が込められていた。

 なんてことのない、普通に意思表明をしただけにも関わらず、彼女の言葉には言葉以上の意味が込められている。


『例え、人間を殺すことになっても、か?』


 砕けた言葉使いの目が彼女から視線を逸らしている間に、もう片方の目はさらに問いかける。


「……それはちょっと考えさせて」


 恥ずかしがるようにして、苦笑いを女性は浮かべる。

 カッコつけたセリフをカッコつけて言っただけに、そんな覚悟はありません、とはとても言えなかったのだろう。

 ほとんど言っているようなものだが。


 影から覗く瞳は、片方が呆れたような、もう片方がニヤけたような表情をした時の形になっていた。


『主よ……その甘さはもうちょっとなんとかならんのか』


「無理っ、無理無理!

 こっちはみんなと違って普通の現代っ子だったんだからねっ。

 殺すとかそんな覚悟なんてできませんっ」


『ウハハハハ!

 無理だって、散々言ったじゃねーか。

 言ってこれなんだから主はぜってー無理だって』


『むぅ……』


『ま、そんな主だから俺らは気に入ってるんだけどな』


「なんか私バカにされてる?」


 まるで友達のように影に潜む存在と会話をする女性であったが、不意にその気配を再び鋭く、冷たいものへと変化させる。


「まあ、甘いのは否定しないけど……ねっ!」


 ゆっくりと振り返り、森の中ほどにあるなんの変哲もない場所を睨む。

 そして何処からともなく出現した大型の弓を構え、矢をつがえるような姿勢をとった。

 矢を持たないままで。


 最後の言葉を掛け声代りに、見えない矢でも持っているかのように弓の弦を引き、睨んだ地点に向けて放つような仕草をする。


 放つものなど何もなかったはずの弓は、空中に光の矢を放った。

 それはすぐに2つに分かれ、2つがさらに2つに分かれて4つになる。

 そのままねずみ算式にいくつにも分かれていき、数えるのが面倒になったあたりで分裂は止まった。

 大量に分裂した光の矢は雨となり、女性が睨んでいた地点に降り注ぐ。


『まーったく、わざわざ死なない威力になるまで分裂させんだから、主は甘いよなー』


「うるさいなっ、殺しちゃったら伝える人がいなくなっちゃうじゃない。

 ここにはとっても強い守護者がいるんですよーって伝えてもらわないと、でしょ?」


『ふぅ、主がそう言うならそういうことにしておいてやろう。

 冒険者のようであるし、適当に脅しておけば大人しく退くだろう』


 言葉と同時に、片方の瞳はさらに影の中へと移動し、木の中の影が濃い部分を選んで走り抜けていった。


『ウハハ!

 そんじゃ俺らも脅しに行きますかね。

 適当に、な』


 もう片方の瞳も、すぐに移動し始める。

 影の中に消えるようにしてすぐに、その気配は高速で遠ざかっていくのを彼女は感じていた。

 2つの気配が自分の声を聞き取れないくらいに遠くに行ったのを確認して、彼女は一人呟く。


「……早く、会いたいな」


 その言葉が風に乗り、森の梢に掻き消されるころには、彼女の姿は消えていた。



 ――――――――――



「フッ、ハハッ。

 アハハハハ!」


 どこという名も決まっていない、どこにあるのかも知られていない、そこが人の認識できる領域であるのかさえわからない。

 暗く、暗く、ただひたすらに暗い場所。

 この世にある負の側面が集まった場所だと説明されれば、そこに住むモノ以外はそれを信じてしまう。

 そんな暗い場所で、その場に似つかわしくない美しい声が響いていた。


「やっと、やっと手に入れた……

 これで、自由だわ」


 暗い闇の中、何があるかもわからないその場所で、その声は歌うように言葉を繋げる。

 何があるのかわからない、自分がどこにいるのかもわからない、自分の体が本当にそこにあるのかさえ疑いたくなる。

 それほどに暗いその場所で、歌うようにして何かは笑い続けていた。



 ――――――――――



「フッ、ハハッ。

 アハハハハ!」


 笑い声が響く、まるで子供が玩具を手に入れた時のような、高笑いが。

 周囲はまだ暗い、朝日が昇るまでは、夜という長い時間を過ごさなければならないほどに。

 そんな暗い場所で、その場に似つかわしくない欲望に染まった声が響いていた。


「やっと、やっと手に入れた……

 これで、自由だ」


 暗い闇の中、ランプの光さえ点いていないその場所で、その声は欲望のままに言葉を繋げる。

 何があるのか、月明かりさえ雲に隠れたその場所では、そこに何があるのかもわからない。

 それほどに暗いその場所で、欲望に塗れた声は笑っていた。


「……これで明日から買い物ができるっ!」


 初給料をもらったトライが笑っていた。


 余談だが、相場が崩れるという理由でトライは自前の資金を使うことを禁止されていた。

 ジュリアとの約束により、給料が出るたびに給料+給料以下の金額の自前資金を使う約束になっていたのだ。


 つまり、初の給料日であった今日まで、お金はあるのに買い物ができないという禁欲生活を送っていたのだった。

 これから思う存分買い物ができると、買いたいものを頭に浮かべて笑っているという気持ち悪い状態が現在のトライであった。


「フハハハハッ!

 な~にから買おっか「うるさい! 早く寝ろ!」へぶぅっ!?」


 気持ち悪い笑い声が聞こえる、という多数の苦情をもらってお怒りのジュリアが枕を投げつけに来るまで笑い続けたのだった。

どれが誰だかわかるかなっ?


バレバレですか、サーセン。

ぜ、前作を知らない人のための配慮なんだからねっ、勘違いしないでよねっ!


……なんかすいません。

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