第21話・つまり試験結果なわけだ
お待たせいたしました。
第三章「騎士」編スタートです。
バカが騎士になったらどうなるのっ!?
こーなるっ!
って感じで描いていきたいと思ってます。
城内の演習場で炎が立ち昇り、周囲に熱という見えない暴力を叩きつけている。
その暴力をわずか数メートル離れた位置で受け止め、この現象を起こした本人は汗を流してその光景を見守っていた。
ただし、汗を流しているのは炎の熱さが原因ではない。
「はあっ、はあっ……」
呼吸は乱れ、体に疲れが溜まっている。
息を整え、体力を回復させるために全身から力を抜くべきだ。
身体はそれを理解し、すぐにでも実行しようとしている。
だが、頭がその行動を否定する。
その行動は油断だと、そのわずかな油断でさえも危険だと。
経験が、知識が、相手の強さがそのことを勘という形で強く意識させる。
その勘を信じて生きてきた、その勘が今まで自分を生かしてくれた、その勘のおかげで騎士団長という立場まで上り詰めた。
今回も、その勘を信じて油断しない。
しかし、彼の勘は経験からくるもの。
かつて体験してきたことから、似たような行動を予測するだけにすぎない。
それはつまり、似たような経験がない事態になれば、対応能力は格段に落ちるということだ。
例えば――――
「うううおおおりゃあああっ!」
「なっ!?」
――――相手が、炎を無視して突っ込んでくるとか。
「くっ、負けるかーーーっ!!!」
苦し紛れに剣を突き出す。
苦し紛れとはいえ、正確に顔を狙った一撃。
例え模擬戦でも、使っている武器はお互いに普段と同じもの。
当たり方が悪ければ死んでもおかしくはない、むしろ死ぬ確立のほうが高い。
それがわかっていれば、普通なら避けようとして怯むか、踏みとどまる。
そう、「普通」なら。
だが、相手は怯まない。
炎の中から飛び出した悪魔のような鎧を着たこの男は、それでも踏みとどまることはない。
例え炎が燃え移り、身体のあちこちに火がついたままになろうとも。
いま正に、剣が自分の頭に迫っていようとも。
トライと呼ばれる男は、止まらない。
トライはわずかに顔を傾け、ほんの少しだけ剣の軌道から頭の位置をズラす。
意味が無いように見えるその行動は、剣と兜が「ぶつかる」ことを避け、攻撃を「受け流す」ことに切り換える。
鉄と鉄がこすれ合う嫌な音を響かせるが、それは攻撃が失敗したことを証明する響き。
「っ!?」
トライが巨大な両手剣を片手で、大きく横薙ぎをするために身体の後方で持ち上げる。
しかしそれに反応できないほど騎士団長は鈍い男ではない。
彼の圧倒的パワーの前ではどれほどの意味があるかはわからない、だからといって何もしないでやられるつもりも無い。
あと一手、せめてあと一手だけでも攻撃のチャンスを作り出す。
そのためにとった防御という選択肢。
それは相手がトライでなければ、きっと最善の選択であっただろう。
剣を突き出し、反対側の手は攻撃に備えて身体の横に出す。
それは、身体の正面がガラ空きになる姿勢。
そしてトライは、自分の武器を「片手」で持ち上げていた。
トライは後ろに剣を構えたまま、それを振ろうとはせずにさらに踏み込む。
もはや完全に適切な間合いの内側だ。
今剣を振っても腕が当たるだけ。
しかしそれは、剣の間合いとしては悪い場所でも、攻撃の間合いとしては決して悪い場所ではなかった。
「しま……っ!?」
トライは反対側の手を突き出し、騎士団長の頭を掴む。
完全に剣へと意識を向けていた騎士団長にとっては不意打ちに近い。
「おおおぉぉぉるあぁぁっ!!!」
「うおあああぁっ!?」
掴んだ頭をそのままに、極振りという高STRに任せた腕力のみでラリアットをするように身体を捻じるトライ。
一瞬、騎士団長の体は浮き上がり、踏ん張りの効かなくなった体はトライの力にされるがままだ。
後頭部から地面に叩きつけられる。
背後にある炎の揺らめきによって、影が揺らめくトライの姿。
騎士団長の死体 (死んでいないが)を前に立ち上がり、悪魔が笑っているように見える凶悪なデザインの兜をかぶったトライ。
国内有数の強さを持つ相手を、圧倒的なパワーをもって倒した人とは思えないその強さ。
グリアディア王国に悪魔が降臨した。
そんな噂になりそうな、それはそれは恐ろしい光景がこの場に広がっていた。
――――――――――
「「参りました」」
騎士団長が復活し、同じく演習場の中心でトライと向き合う。
一瞬後に発せられたのは、二人とも全く同じ言葉だった。
「ん? 負けたのは私だぞ?」
騎士団長は当たり前の話をする。
結果を見れば、確かにトライが勝ったように見える。
それがトライからそんな言葉が出てくるのは騎士団長でなくとも意外の一言だろう。
「いやなんつーか、試合に負けて勝負に負けたみてーな……」
「落ち着け、両方負けてるぞ」
バカである。
ジュリアの的確なツッコミがそろそろ板についてきたようだ、反応速度が素早い。
「……まあ、トライの言いたいことはわからんでも無いんだが」
続けて話すジュリア。
これは一度自分が相手をしているだけに、同じ理由からだろうと察しているからだろう。
「近衛騎士のジュリア、だな。
すまんが説明してもらえないだろうか?」
ちなみに騎士団と近衛騎士団は別部隊の扱いだ。
国の軍部に所属するのが騎士団で、近衛は王族直轄。
そのため表面上は繋がりが無く、二つの組織の連携は薄い。
とはいえ騎士団の中から近衛が選ばれることがほとんどのため、本当に連携が薄いかと言うと現実にはそんなことは無いのだが。
ちなみにジュリアは数ある例外の1つで、武を重んじる家系出身なうえに入隊の時点でかなりの実力があったため、いきなり近衛からスタートした所謂エリート組である。
二十歳以下のメンバーが非常に少ない(いなくはない)近衛の中にあって珍しいケースだ。
そのため騎士団長はジュリアを含め、近衛の中には面識のないメンバーがそれなりの人数がいたりする。
「それでは失礼ながら。
騎士団長殿は最初のほうは優勢でしたね?」
「……かなり必死だったが、周りにはそう見えていただろうな」
戦闘開始直後、トライは何も考えずに突撃していった。
それなりに、というか結構本気で。
他の騎士であればそこで戦闘終了となってもおかしくはなかったが、そこは流石騎士団長である。
力を逸らし、受け流し、圧倒的な身体能力のみで戦っていることを即座に理解して、トライの行動を制限するようにして、戦いをコントロールすることに成功していたのだ。
しかしその身体能力の差は想定していた以上に大きく、コントロールするのに精一杯で攻撃にまわる余裕はほとんどなかった。
防御に必死だったと本人は思っているが、周りから見ればそれは余裕をもってあしらっているように見えていたのだ。
もちろん直接相手をしていたトライには、その印象はさらに強く感じられただろう。
「実際、何回も打ち込まれるようなタイミングがあったぜ。
実戦だったらって考えると冷や汗もんだ……いや、もんだったですぜ」
微妙な言葉使いを注意してやるべきか悩むジュリア。
とりあえず小物臭がする話し方よりも、説明を済ませてしまおうとこの場は判断する。
そんなことをしていてはキリがなさそうという理由もあるが。
「騎士団長がした最初の攻撃、結果的に負ける流れとなった一撃ですが、お見事でした。
相手がトライでなければ、あの一撃で間違い無く倒せていたでしょう」
戦闘開始から数分して、ようやく流れをコントロールされていることにトライは気づいた。
そのまま戦い続けても、負けることは無かったであろう。
しかしトライが思ったのは、勝利云々とは別のことだ。
つまり、これは自分らしい戦い方では無いと。
トライはその瞬間に、戦い方を切り替えた。
例えどれだけ攻撃を受けようとも、最後に立っていたほうが勝ちだと。
やられる前にやる、を実戦しようとしたのだ。
防御を捨て、攻撃を当てることだけを考える。
考えるのは、自分の防御ではなく、相手の防御。
ゲームである、と信じているからできる捨て身の行動。
だが、騎士団長はその切り替えに瞬時に気づいた。
トライの攻撃に合わせて、攻撃をしかけて見事にトライの胴体を突いたのだ。
正確に、真っ直ぐに、体の中心を。
普通であれば鎧ごと貫くような一撃だったが、相手が、そして身につけている鎧が悪すぎた。
トライの身につけている鎧には、僅かな傷さえつくことがなかったのだ。
それが焦りとなり、さらに攻撃態勢へと移行したトライの猛攻によって騎士団長はすぐに追い込まれてしまう。
防御が手薄に、というかほぼ捨てた状態だったおかげで何度か同じように有効打を打ち込むものの、その全てが鎧に傷一つつけることは出来ず、焦った騎士団長は炎の壁を出現させる『ブレイズウォール』の魔法を放ち、戦いを振り出しに戻そうとした。
ここまでが冒頭に繋がる流れである。
「強力な装備だとは思っていたが、まさか傷もつけられないとは思わなかったよ。
いままでそういった相手とも戦ってきただけに、さすがに焦ったぞ」
「だから、ですよ」
ため息を吐きながら、ジュリアはさらに説明を続ける。
ため息の原因は、もはや自分で説明する気を放棄しているトライが視界に映ったからだ。
腕を組んでうんうんと頭を振っている、説明する気というか、やる気を疑えそうだ。
「例えばトライが鎧を着ていなければ、例えば騎士団長の剣が鎧を貫通していれば、例えばトライと騎士団長の身体能力が同じであったならば、負けていたのは間違い無くトライだったでしょう。
だからトライは、負けましたと言いたいのだと思います。
……で、合ってるか?」
「うむ、何一つ違わん!」
なんとなく正座になっていたトライは、上半身だけ偉そうに腕を組んで頷く。
なんとなくその頭を殴りたくなるジュリアではあったが、まだ兜をかぶったままなのでやめておく。
「なるほど、な」
つまり、トライの言いたかったことそのままである。
試合に勝って、勝負に負けた。
たまたまトライのほうがレベルが上だった。
たまたまトライのほうがいい装備を持っていた。
たまたま試合形式が実戦に近いものだった。
そのどれかが違っていただけで、結果は180度変わってしまっていた。
勝ち負けをつけるための戦いでは無い、だからこそ、トライは素直に自分が負けたことを認めた。
今回の勝利は、自分に都合のいい条件が揃っていたからからこその勝利であるとわかっているから。
それを理解できるくらいには、彼の頭脳は機能しているようだ。
……それを言葉にできる能力が無いのが致命的なのだが。
「ふむ、となると試験は合格と言いたいところなのだが……」
「だが?」
「何か不安要素でもあるのですか?」
身体能力は問題なし。
性格もこの対応からして問題はなさそうだ。
むしろバカっぽい言動から違う意味で危ない気がするが、誰か指導役がいれば大丈夫だろう。
これが国に入り込むための演技という可能性はない、そこまで高度な演技ができるほどの頭脳はなさそうだ。
それが騎士団長の判断である。
「不安要素というかだな、入団は別に問題ないと思うんだが……」
だが、と続く言葉の先を言わないのは、きっと彼の面子の問題だ。
真剣な表情で考える騎士団長の顔は、本気で悩んでいるのが誰にでもわかるほどだ。
「もったいぶらねーで教えてくれよ、治せるとこは治すように頑張るぜ?」
もはや敬語なんて空の彼方に飛んでいったトライ。
焦らされるのは好きではないようだ。
「いや、単純な話だ」
あごに手をあて、足元を見る騎士団長。
眉間と顎にシワがよる。
「……練習相手になるヤツいんのかなぁ、って思ってな」
……
…………
………………
空気が、止まった。
妙に静かになった空間に違和感を感じたジュリアが周囲を見回してみる。
すると先ほどまでは騎士団長の戦いが見れると、チラホラと遠巻きに見ていた騎士達が全員「消えて」いた。
遠くで恐ろしいほどにキチンと整列して、必死に剣を振っている集団があるだけだ。
ちょっとひいてしまうくらい必死に振っている。
練習なんだから気を抜いているメンバーがいそうなものであるが、一人として気合の抜けた振りをしている者はいない。
何なら掛け声も超がつくほど気合が入っている。
運悪く、逃げ遅れた(?)騎士の一人が隊列に加わろうと近くを通り抜けようとしていたので、ジュリアが軽く声をかけてみる。
「おい、そこの君」
「申し訳ありませんっ!
自分は己を鍛え上げるので手一杯でありましてっ! 他の方の練習に付き合う暇はございませんっ!
ではっ!!!」
まだ何も言っていないのにダッシュで隊列に加わる騎士。
その動きはとても早かった、ジュリアが待てと声をかけるのも間に合わないくらいに早かった。
騎士団長はもはや苦笑いを浮かべるしかない。
それもある意味では仕方が無いだろう。
騎士団長として実力がある人間を倒す存在。
それも技術があるとか、奇抜な剣術を使うとかではない。
単純にパワーが桁違いだという、それだけで勝ってしまうような男。
その練習相手なんてした日には、よくて骨折、悪ければ死んでしまうという想像は容易につく。
しかも騎士団長が頭から叩きつけられた地面は、小規模なクレーター状になっているのだ。
それを見てしまえば、一般兵ではそこに血の華が咲く光景を嫌でも想像してしまう。
「……マジか」
ガックリと肩を落とすトライ。
まさかステータスが高すぎるせいで逆にダメとは、ゲーム時代からは発想できない展開だ。
これが現実化した影響か、とトライが考えたあたりで、ジュリアから鶴の一声がかけられる。
「まあ、最初は型の練習とかでいいんじゃないか?
練習相手は心当たりが無いわけでは無いから、そのうち連れてこよう」
非常に不本意だが、と続けて呟いたジュリアの言葉は、誰にも聞こえることは無かった。
「では、正式に言っておこうか」
騎士団長は剣を体の前に持ってきて、剣先を空に向けて構える。
「騎士団長権限を持って、傭兵トライをグリアディア騎士団に入団することを許可する!
今、この瞬間から、お前は傭兵ではなく、騎士だ!
騎士トライよ、今後の活躍に期待する!」
威厳のある、儀礼用としての態度で話す騎士団長。
その姿はまさしく立派という言葉がぴったりであり、人の上に立つものが放つ独特のオーラを纏っている。
その姿に感化されたのか、トライも騎士団長と同じようにして剣を空へと向けて構える。
「おう、任されたぜ!」
儀礼用の態度なんて知りもしないが、胸を張って堂々と答える。
何の飾り気も誤魔化しもない、とても不恰好な返答だ。
だからこそ、その答えが嘘偽りの無い、心からの答えであると信用できる。
信用できるだけの気持ちが込められているのを、わかる人間には感じ取れる。
不恰好で、礼儀も何も無いその返答に、騎士団長とジュリアは頬を緩めて少しだけ笑うのだった。
「これからよろしくな、騎士トライ」
「改めて、よろしく頼むぞ」
トライは両手剣を持ち上げ、肩に担ぐようにして構えなおす。
「おう、よろしくな」
後に「悪魔騎士」と呼ばれる存在が誕生した瞬間が、いまこの時だ。
しかしこの場の雰囲気は、そんな物騒な名前がつけられるなんて予想もできないような、穏やかな空気に包まれていた。
――――――――――
「ほう、合格か」
「ハッ、本日付けで正式に任命いたしました」
それから少し後、国王の執務室で騎士団長は国王と話していた。
当然、補佐官も近くで話を聞いている。
「感想を聞かせてくれ。
できれば騎士団長としての意見よりも、個人的に感じたことを」
「では、遠慮なく……」
騎士団長は片膝をついて頭を下げていた姿勢から立ち上がり、溜め息を吐きながら語り始める。
「色々な意味で危険です。
力はありますが、感覚だけで振り回しているようです。
能力は高く、最低限の教養も備えているようですので荒くれ者とは間違っても言えません。
しかし自分の力の危険性を把握しきれておらず、頭のほうはほぼ全てが戦闘に使っている状態です。
恐らく簡単な罠でもひっかかりそうですし、謀略などは仕掛けたほうが驚くくらいにひっかかるでしょう。
はっきり言ってしまえば、戦闘以外はまるでダメ、という評価です」
むしろ言いすぎだろとツッコミを入れたくなるような評価に、苦笑いを浮かべるしかない国王と補佐官。
バカだとは謁見のときから思ってはいたが、バカすぎてもはや手のつけようが無い。
ただ一度の戦いからここまで判断できるあたり、戦えばわかると言った騎士団長の実力はさすがではあるのだが。
「結論としては、お目付け役が必要です。
常に、とまでは言いませんが、基本的に共に行動する誰かがいる必要があるかと。
できれば戦闘能力よりも頭脳面でサポートできて、純粋な信頼関係を築けるような誰かが……」
そこまで言って、騎士団長はもう余計なこと言うのはやめようと判断する。
そんな人物の心当たりなんて一人しかいない。
国王も補佐官も同じ人物を思い浮かべているようだし、余計なことを言って話をこじらせるよりはもう言ってしまったほうが早い。
「つまり……」
「「「ジュリアか」」」
こうして、後日ジュリアは正式にトライの指導役という名目の、バカな行動をしないようにするお目付け役の任務が下るのだった。
ちなみに王命なのでジュリアに拒否権は無い。
というわけでジュリアさん貧乏くじ(笑)
今後ともよろしくお願いいたします。