第2話・つまり異世界転生って言えばテンプレ展開だよねって話なわけだ
初日なので2話投稿してみました。
あらすじに書いた通り更新ペースは週に1話程度でいく予定です。
狂戦士三神。
そう呼ばれる男がいた。
その男は地元の高校に通う普通とは少し違う高校生。
普通の高校生よりちょっとだけ喧嘩が強く、ちょっとした相手なら大体勝ってしまうような強さの持ち主だ。
その「ちょっとした」の範囲が、銃を持ったヤ○ザな怖いおじ様を相手にして普通に勝ってしまうところまでをカバーしてしまうのだが。
そんな彼は通称「FG」と呼ばれているVRMMOゲームにハマり、そのちょっと良い反射神経と判断能力のおかげでそれなりの強さを手に入れていた。
今日も当たり前のようにゲームを起動させ、三神という一人の人間から「トライ」という名のアバターへと変わり、いつものようにログインを行った。
そして今、彼がどうなっているかと言えば―――
「ぬぉおおおおっ!?」
―――落下中だった。
いつもなら地面に立っている状態でスタートするはずだ。
しかしなぜか今日に限っては空中の、それもちょっと高いなんてレベルではなく、雲が浮かんでいるような遥か上空からのスタートである。
ちなみに雲の高さというのは状況によって全然変わるのだが、一般的に地上から300m以上の高さにあるものが雲として認識されることが多い。
東京タ○ーの展望室が稀に真っ白になって何も見えなくなることがあるが、これはその300m付近に雲が滞留している場合に発生する現象だ。
しかし晴天の日の雲となると一般的なもので地上から2,000m程度、場合によっては10,000以上の高さに存在するものもある。
雨雲や雷雲などは周囲に無いが、雲を突き抜けて落下してきている以上、その程度の高さから落下しているということになる。
つまりそれがどういうことかと言うと。
「ぬおーーーっ」
声に先ほどまでの緊張感が若干抜けるトライ、さすがにずっと叫んでいられるほど喉が強いわけではないようだ。
「ぬおぉ……」
段々と叫び声に気合がなくなっていく、それもある意味では仕方が無い。
なぜなら、スカイダイビング中の彼にとってはその滞空時間が意外と長く感じられているのだ。
真っ当なスカイダイビングなら高度2000mほどから飛んで10秒ほどでパラシュートを開く。
しかしレベル150という最大レベルを達成しているトライの誇る高AGIが、周囲の状況把握を恐ろしいスピードで収集して把握していく。
結果トライの体感時間は10秒よりも遥かに長く感じられている状態になっていた。
「お?」
意味もなく強く握り締めていた手のひらを広げてみる。
すると若干ではあるが、減速したような気がした。
ものは試しと今度は全身を大きく広げ、両手両足を伸ばして思い切り空気抵抗を全身に受けてみる。
すると今度は「気がする」レベルではなく、明らかに減速したことが感じられた。
「おお」
だったら逆に加速してみようと考えたトライは、体を一直線になるようにしてみる。
「おお〜」
すると自然と頭が地面のほうへと下がり、加速しているとわかるほどに風の当たり方が強くなった。
ちなみにこの姿勢になると、何もしなければ普通は体が回転し始めてくる。
「おお!?」
回転状態で突き進むトライ。
風の当たり方から判断するに、かなり加速されているようだとわかったようだ。
面白くなってきたのか、回転を止めるどころかさらに加速するように体を捻ってみる。
「おおおぉぉぉ!?」
するととんでもない勢いで高速回転が始まり、グングン加速しているように感じ始めてきた。
ちなみにこれ普通の人がなると制御不能状態になるので絶対にやっちゃいけないことだったりする。
スカイダイビングの経験どころか自分がやるなんて思ってもいなかったトライがそんなことを知るわけが無いのだが。
しかしなぜか制御不能になることのなかったトライは、回転をゆっくりと止めて体を広げる。
先ほどまでは楽しさで悲鳴を上げていたというのに、今の顔は何かを我慢しているような苦しげな表情になっていた。
「き……気持ち悪っ……」
残念なことに、彼は頭がよろしくなかった、バカなのである。
しかし空中ゲロなんてした日には、末代までの恥である。
いや恥であるならまだマシかもしれない、方法はわからないが着地した瞬間、彼のところにその吐いたゲロが避けられないほどの広範囲に拡散して飛び散ってくる可能性があるのだ。
なんとなくなんとかなるとバカ思考で考えているトライとしては、一番避けなくてはならないのは地上との激熱キスを回避する方法ではなく、自分のゲロが自分にかかるかもしれない危機的状況を避けることであった。
というわけでなんとか気合を出して、気合以外は出ないようにしてなんとか耐える。
ゴクンッと喉が鳴り、なんとか回避に成功したようだった。
「うぇ……なんか前にもこんなことあったような、あ」
ふと、何かを思い出したように気づくトライ。
もうあと数秒もしたら地上との激突という地点にいるにも関わらず、もう安心だと言わんばかりの表情に変化した。
「飛行装備~~~」
四次元的なアイテムインベントリを持つ国民的青狸(耳無し)の真似をしているのか、なぜかダミ声にしてわざわざ声に出すトライ。
どこかでテレレッテレ~ン♪という効果音が聞こえたような気がした。
普段なら光の粒子が出現し、それが羽の形となって謎の力で背中の衣類や鎧などを貫通して生えてくる悪魔のような羽。
なぜか今回は光の粒子ではなく、黒い闇のような渦が出現したのだが、トライは顔を地面へと向けていたため気づくことは無かった。
いつもの通り、まるで自分の鳥になったように思うがままの動きが出来る、はずだった。
「ん~、なんか上手く使えねぇ……
まっすぐ落ちんのが限界だなこりゃ」
なぜかいつもと違い、思ったように動いてくれない飛行装備に違和感を覚える。
しかしもう地上は目前まで迫っており、このまま死なない程度の勢いで地上に着地するくらいしかできそうになかった。
このまま行けば、降り立つ場所は端が見えないほどに広い森の中だ。
「落下からスタートするマップは無かったと思うんだがな……
なんか新しいイベントでも始まったのかねぇ?」
突発的なイベントで、ログインと同時にスタートするような仕組みになっているイベント、というのは実は稀にある。
FGではゲーム内で必ず告知され、事実としてトライも1度だけではあるが体験したことはあった。
残念ながら、トライはそういった類を驚くほど見ないので、そのときも突然始まったように感じられたのだが。
つまり前科があるため、この流れもまたそういったイベントだろうと思っているようだ。
「うし、こんくれーならもう死なねーだろ」
気づけば地面はもうすぐそこであり、森の少し高い木の先端がトライと同じ高さになる程度まで来ていた。
飛行装備も若干慣れてきたため、非常にゆっくりとした速度で着地ができそうになっている。
「……?」
ゆっくりと落下していく中で、思考に余裕ができたせいで違和感に気づく。
トライは奇妙なまでに「リアル」な感覚に襲われていた。
木々から緑の匂いがする。
森特有の土の香りが上ってくる。
風に吹かれた葉が揺れる、その葉が擦れる音が聞こえてくる。
FGは所詮ゲームである。
ゲームである以上、再現しようと思えばいくらでも再現できるのかもしれないが、それを行えば不要な情報がいっぱいになってしまう。
不要な情報が多ければ多いほど、周辺機器やシステムにかかる負荷は大きいものとなり、こんな部分を再現していたらまともにゲームが起動するかどうかも怪しい。
それを理解しているわけではないのだが、これは明らかにいつもと違う状況だった。
「……まさかこいつぁ」
違和感の正体、それに思い当たるフシがあったのか、トライは誰にでもなくその理由を呟く。
「俺の知らない間にアップデートされてたのかっ!?」
残念なのは、彼はバカであったということだろう。
システムの負荷が~と説明したが、そんなことが理解できるわけがないほどに彼はバカなのだ。
なんなら「最近のゲームはすげぇんだなぁ」などとほざいてしまっているので、自力で今の状況に気づくことは不可能そうだ。
「……むぉっ!?」
突然ガクンッと体勢を崩す。
飛行装備が再び制御が効かなくなり、余裕を持って着地できるはずだった速度が一気に加速される。
「ぬおぉ!? マジか!?」
制御しようにも、先ほどまでと違って今度は地面が近すぎた。
この距離では、制御をするよりも着地の体勢を整えたほうが早いだろうと思える程度でしかない。
実際その通り、彼はすぐに着地できるように意識を地面へと向けた。
彼と地面の間にあった枝はバキバキと音をたてて折られていくが、それが逆に落下のスピードをほんの少しだけ減速させてくれる。
それがトライにほんの少しだけ、考える時間と言葉を放つ時間を与えてくれた。
「(金取った飛行装備の分際で! こんの……)大人しくしろっ!」
バキンッと一際大きい音を立てて折れた枝を最後に、トライと地面の間を遮るものは無くなった。
遮る「もの」は、と言う必要はあるのだが。
開けた状態になっているその場所にチラリと生物の影がいくつも映ったような気がするが、それよりもまずは着地を決めなければならない。
地面へ真っ直ぐに落下していくトライ。
着地する直前に少しだけ足を伸ばし、地面と接触するのに合わせて足を曲げていき、衝撃を足から全身に吸収させていく。
それでもそれなりの高さがあったこともあり、着地と同時にズドンと結構な音がして、地面に亀裂が入る。
片膝だけを地面につけるようにし、見えた生物の影がモンスターだった時のために、もう片方の足は地面をしっかりと踏みしめてすぐに動けるようにしておく。
すぐに襲い掛かってくる様子は無かったが、念のためにアイテムインベントリから彼の愛剣「ベルセルクブレード」を取り出そうとして、彼の手に黒い渦が集まっていく。
その光景に違和感を覚えはしたが、立ち上がって状況を確認してみれば、どうも状況的に一旦保留にしたほうがよさそうだと感じたようだ。
「どういう状況だ?」
トライが見た光景。
それは大量の汚らしい茶色い筋肉隆々なモンスター「オーガ」に囲まれ、唖然とした表情でトライを見つめている二人の女性。
片方はFG内では中級にあたるフルプレートメイルから二の腕、腹、太もも部分をとっぱらったような鉄色の鎧を装備した前衛っぽい感じがする黄緑色ポニーテールをしている女性。
もう片方はトライからすれば「よほど気に入ってるんだな」と思ってしまう動き辛そうな「お姫様ファッション装備」をした金髪のツインテールただし縦ロールの女性だった。
よく見れば近くに倒れてグシャグシャになっている馬車と、首を切り落とされて体を現在進行形で食われている2匹の馬。
さらにはすでに息絶えているであろう数人の鎧を着た男たちが血を流して地面に倒れている、
つまりテンプレ的なわかりやすいピンチだった。
「……ハッ!
す、すまないが手を貸してくれ!」
なんとか再起動を果たしたポニテ女性が声を掛けるが、その声は藁にもすがりたいという状況だとわかるような声の出し方だった。
唖然としていた表情が、すぐに事態を再確認して焦っているような表情に変化している。
「なるほど、つまり助けるのがイベントってわけだな?」
金髪女性のほうはガタガタと震え、前衛らしき女性にしがみつくようにしている。
FGでは意味がわからないほど高性能なAIが搭載されている、とわかっているので、その光景に違和感を感じたりはしない。
「い……いべんと?」
「こっちの話だ」
そういえばこういうところも妙にリアルだったな、と苦笑いをするトライ。
残念なのは、今の彼は「三神」というちょっとケンカが強いだけの一般人ではなく、「トライ」という名の超がつく高性能装備で身を固めた、一人の戦士であった。
それの何が残念なのかというと、その装備している兜が顔全体を覆うフルフェイスタイプで表情が見えないということだ。
つまり結果として、ポニテ女性は何か怒らせるようなことを言ってしまったのかと勘違いしてしまう。
「す、すまない!
礼なら必ずする! だから今は助けてくれないか!」
「少し黙ってろ」
トライとしては、すでにやることは決まっている。
選択肢で「YES」を選んだのに、何度も同じ選択肢を出されているようなものだ。
FGのNPCは、その程度には融通を利かせてくれるくらいに高性能だということもわかっている。
だから、これ以上「YES」を選ぶ必要は無かった。
女性は勘違いしまくっている、ということに気づかないまま。
「さぁ、イベントスタートだ」
トライは未だ気づいていない。
すでにこの世界はゲームではないということに。
ここはVRというシステムが生み出した、電子の世界ではないということに。
この世界は、地球という名ではないということに。
彼は気づいていなかった。
この日、この場所から、この「フラン・グリア」という世界で。
トライという男の伝説は幕を開けた。
ちなみに外伝にも1話追加してあります。
しかしこっちはネタバレをがっつり含んでいますので、それが嫌な方はこの文章を見なかったことにしてください。
それではこれからよろしくお願いいたします。
※2012/9/18
誤字修正
周囲に雨雲や雷雲などは周囲には無いが
↓
雨雲や雷雲などは周囲に無いが