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第14話・つまりのんびりするのも必要ってわけだ

なーんも進みません

 場所は再び移り、今度は若干の時間を遡る。

 時間はトライがジュリア・エルメラと別れた直後、女性二人が城内に足を踏み入れた瞬間からのことである。


 だが始まる場所は、二人がいる城門ではない。

 城内にて国王が仕事をする執務室、そこに仕事をするために置いてある机と椅子、つまりはそこに座る人物。


 現国王が書類片手にそこにいた。


「むっ!」


 キュピーンという擬音が聞こえてきそうな顔で空中を睨みつけ、持っていた書類を一旦置く。


「どうかなされましたか?」


 国王の近くで別の仕事をしていた補佐官らしき中年の男がその行動に気づく。

 気づいて声をかけてみたものの、その表情はこれから言い出すことをなんとなく察しているかのようだった。

 なぜならこの国王、こんな動作をしたあとは必ず――――


「エルメラが危ない気がする!」


 ――――と言い出すからだ。


 恐ろしいことにこの言葉が間違っていた試しがないのだから、例え今ごろは国内にいない予定であろうとも本当のことなのだろう。

 少なくともこの補佐官はそうなんだろうなと思えるくらいには慣れているようだ。


「ということは帰ってきたのですな。

 国外逃亡は失敗ということですか……っていねーし」


 国王は早かった、エルメラのことに関してはかなり早かった。

 この補佐官はこういった行動を見るたびに「その早さで仕事してくれたらなぁ……」と思っているのだが、相手が相手であるだけに何も言えないのだった。



 ――――――――――



「エールーメーラーーーッ!!!」


「お父様っ!」


 そしてやっと場所は女性二人のところへと戻る。


 グリアディア城の構造は、城門を抜けて入り口を潜ると巨大なエントランスらしき広場がある。

 その四隅が階段になっており、2階部分のエントランスをぐるりと回遊できるようになっていて、左右の棟へと移動するようになっている。

 中央に謁見の間へとつながる大階段が存在するが、これは回遊式の2階通路とは連結していない。

 非常に緩やかな傾斜で段差の蹴上げ(高さのこと)が低く、踏み面(横幅のこと)が長くなっている。

 そのままゆっくりと2階相当の高さまで上がったところでやっと謁見の間の扉にたどり着くわけだ。

 扇状に広がる大階段は、そこに敷かれた絨毯の鮮やかな赤と金の刺繍、壁際に置かれた装飾品や絵画の数々によって、豪奢でありつつ厳格な雰囲気を醸し出している。


 だがこの構造、実はデザイン的な設計というわけではない。

 2階の回遊式通路を常に誰かはいるような形で兵士が巡回しているし、1階は門番のことも考えて兵士の待機部屋が出入り口のすぐ近くに配置されている。

 つまり狼藉者がいた場合、こちら側に逃げた場合には隠れることできる場所がないため、兵士が待ち構えているとわかっているこの大階段を出来るだけ早く駆け抜ける以外の逃亡手段が無いということになるのだ。

 さらに大階段の踏み面は走って降りようとするとちょうど段差の部分辺りに足が着くように計算されており、こける可能性が非常に高い。

 そう、こける可能性が非常に高いのだ。


 そして国王の執務室は、謁見の間の後ろ側に続く城内で働くものしか通れない通路の先にある。

 つまり国王は当たり前のようにそこを通り、今まさに狼藉者の如く大階段をダッシュで駆け下りてくるところであった。


 しかしそこはさすが国王、この城に長年住むだけのことはある。

 微妙に踏み幅をずらし、的確に段差を避け、時には無理矢理1段飛ばして勢いを殺さず駆け下りて――――


 ズルッ


「あっ」


「あっ」


「あ゛っ」


 ――――これなかった。

 盛大にコケた国王は走った勢いで加速がついており、コケた拍子に横に倒れてしまう。

 階段で横向きになり、勢いがついた状態となれば後は語らずとも想像できるであろう。

 まるで樽を転がしたかのように勢いよくゴロゴロと階段を下っていき、回遊式の2階通路の下を潜り抜け、勢いそのままに女性二人の近くまで転がってくる。


 が、ある地点で国王は片足を立て、地面をしっかりと踏む!

 そして勢いを利用して一気に立ち上がり、立ち上がったままくるくると回転しながらさらに二人に近寄ってきた。


 あと少しで衝突するかと思われる地点で唐突に停止し、回転していた勢いを殺すようにズザッと足を滑らせて立ち止まる。


 右の膝を突き、左手は胸に添え、右手はエルメラへと向けて伸ばし、顔は若干上のほうを向けてポーズを決める。

 背後に星がキラキラと舞っている気がするのは気のせいではないだろう。


「パパ!参!上!」


 ビシィッ!


 ………………


 …………


 ……


 どこかでひゅ~と風が吹いたような気がした。


「お父様っ!」


 飛びつくようにして国王に抱きつくエルメラ。

 どうやら(笑)と付けなければならない衝撃の登場シーンは無かったことにしたようだ。


 エルメラにとってはこの程度の登場は日常茶飯事に近いので今更驚いたりはしない。


「おお、エルメラ。

 戻ってきたということは妨害されたのじゃな?

 ケガは無いか?痛むところは無いか?疲れは大丈夫か?」


 国王もさも当然のように会話を始める。

 いまだ再起動を果たしていないのは慣れておらず、王族相手にツッコミを入れていいものかどうか悩んでいるジュリアだけであった。


「お父様、怖かったです、私怖かったですわ!」


 ここに来て初めて、エルメラは目じりに涙を浮かべた。

 今この場にいるのはエルメラルダという名の王女ではなく、エルメラという一人の女性にすぎなかったのだ。


「おおおおぉぉ、エルメラよ、泣くでない。

 パパが来たからにはもう安心じゃ、エルメラを泣かすようなヤツはぶっ殺して土に埋めてやるからのぅ!」


 途中までは良かったのに後半の言い方が物騒になる国王、その言葉使いに頬をひきつらせるジュリアであった。

 この姿だけを見ていたらこの人が国王だとは誰も信じなかったかもしれない。


「ジュリア=バーロッツだな?」


 二人が感動(?)の再開をしている場面を頬を引きつらせて眺めていたジュリアに声がかかる。

 振り向いてみれば、そこにいたのは先ほど執務室で国王と共に仕事をしていた補佐官の男であった。


「何があったか簡潔に報告してもらいたいのだが、ああもちろん報告書は後で読むがな。

 ……口頭でしか言えんこともあるだろう?」


 最後のほうはジュリアにだけ聞こえるように、呟くようにして補佐官は話した。

 緩んだ表情を硬くさせ、仕事モードに切り替えたジュリアは素早く補佐官に近寄る。


「ハッ、結果から申しますと、内通者がいる可能性が高いかと思われます」


「……続けろ」


「ハッ、オーガ達が生息する森に差し掛かった時に魔法による襲撃をされました。

 出発からさほど時間もかからぬ場所でしたので、事前に国外逃亡を察知していたとしか思えません。

 今回は運良く冒険者……いや、通りすがりの傭兵が助太刀してくれましたので助かりましたが、彼がいなければ全滅していたかもしれません」


 ふぅむ、と大きく息を吐く補佐官。

 二人が帰ってきた時点で、何者かに襲撃されて逃亡が失敗したのだとは予想できてはいた。

 しかしその「何者か」とは「オーガ」であり、予想していたのはそれが多数出現した場合のことである。

 まさか「人間」から襲撃されるとは思っていなかったようだ。


「なるほど、ご苦労。

 生存者はお主らとその傭兵とやらだけか?」


「ハッ……残念ながら、全員名誉の戦死をいたしました……」


 言いながら、ジュリアはグッと拳を握り締める。

 深い仲ではなかったとはいえ、仲間であった彼らを救えなかったこと、ちゃんと弔ってやれなかったこと。

 それが彼女の心に影を作り出していた。


「……そうか。

 王女を守って死んだのだ、名誉の戦死であろう。

 日を改めて、亡骸の無いものではあるが葬儀の手配をしよう」


「ありがとう……ございます」


 暗い雰囲気に飲み込まれそうになっていくジュリア。

 彼女にとって仲間とは、決して軽く扱えるようなものでは無かったようだ。

 そのまま落ち込んでいきそうな気配を察した補佐官がフォローの言葉をかけようとするが――――


「そうですわっ!

 お父様トライさんなんです! トライさんが恩人の悪魔な私達が傭兵さんです!」


 ――――突然空気を読んだのか、弾かれたように立ち上がるエルメラ。

 ただし言っていることは滅茶苦茶で、その言い方では自分達が傭兵になってしまっている。


「お、落ち着け」


 さすがの国王もこれには驚いたようで、奇人変人だったはずの国王が普通の対応をしてしまった。

 いやエルメラ関連以外のときは割りとまともな人物なので、どちらかといえばこちらが素なのであろうが。


「ふむ? その傭兵とやらの名はトライと言うのか。

 どんな人物なのだね、というかなんで来ておらんのだ」


 未だに意味不明な言葉を並べているエルメラと、すっかり普通に戻ってしまった国王をよそに、補佐官は冷静にジュリアに問いかける。


「だからお父様! ズバン! なんです!

 バァンってズババーって! そしてオーガが――――」


 その光景と、彼の登場シーンを思い出して頬を再びひきつらせるジュリア。


「えーと、トライで間違いありません。

 来ていないのは内通者の部隊と思われる集団が街中で尾行してきたため、現在そちらの対応をしております。

 えー、どんな人物かと言うのは、えー、非常に申し上げにくいのですが――――」


「でもですね、彼の一番凄いのはですね、聞いてますかお父様?

 そんなに凄い方なのに、なんとですね――――」


「「バカなんです」」


 ぴったりと重なった二人の声に、国王も補佐官も口をポカンとあけることしかできなかった。



 ――――――――――



「へぶしっ!」


「うぉ、きたねっ!?

 商品汚さねぇでくれよ」


「おう、悪ぃな。

 誰かが俺の噂してるらしいぜ」


「なんじゃそりゃ」


 そのころトライは、無事に大通りへと到達することに成功していた。

 さすがに中央に近づいてくると2階建て、3階建ての建物も多くなってきたのと、さすがに屋根の上を移動し続けるのも文化人としてどうなんだろうと考えた結果である。


 ついでに大通りの店をゆっくりと見学して、おっさんの言っていた「現実だと思って行動する」のを実践しようと思ったのもあるようだ。

 要するにひやかしである。

 ちなみに今は出店のような布と木で組んだ簡易店舗のようなスペースに、武器や防具を並べている店を見ていた。

 特に見るべきものも無かったので、くしゃみを切欠にその場を立ち去ったが。


「しかし現実ねぇ、現実現実……

 現実だったら金も手渡しか? 金って具現化できたっけかな?」


 ゲーム時代はNPCと取引する際には、専用のウィンドウが出現していた。

 妙にリアルに作ってあったゲームではあったが、そこだけは不思議とどのNPCも共通し、認識していた。

 そのためお金を具現化するということが一切無かったのだ。


 ちなみに現在、トライの所持金はゲーム時代としてはかなり少ない所持金になっている。

 これはトライが所持金のほとんどを装備品の強化に当てるか、消耗品の補充などに使っていたためである。

 特に装備品の強化は一回分のお金が溜まったら、すぐに使ってしまうような使い方をしていた。


「1枚だけ取り出し……あ、出来た」


 そしてあっさりと成功した。

 相変わらず黒い渦を伴っていたが、手のひらに1枚の金色に輝くコインが出現していた。


「なんか買ってみっかねぇ。

 食べ歩きときたら、リンゴか肉だな」


 初の買い物は食べ物と決めた瞬間、トライの高ステータスによって周囲の情報が一気に集積・解読され、必要な情報だけを抜き取っていく。

 はっきり言ってステータスの無駄使いである。


「この匂いは、肉だっ!」


 そして抜き取られた情報は、甘いタレのついた肉が焼けるような匂いであった。

 匂いの元を辿ってみれば見事にそのとおり、まさに串に刺した肉を焼き鳥よろしく店頭で焼き上げている店が目に入る。


「うぉーい、おっちゃん、一本くれー」


「あいよ……うぉっ! お、おう、ちょっと待ってな!」


 威勢のいい頭に鉢巻きをした店員は、トライの悪魔のような鎧姿を見て一瞬怯むが、そこはさすが商売人であろう、すぐに普段と同じ態度に戻る。

 そして注文と同時に串焼きを火にかけて温めはじめる、よく見ると、その肉は結構な大きさがあるようだ。

 焼き鳥というよりはから揚げ棒のようなサイズの肉が突き刺さっていた。


「へいお待ちっ!」


「おう、いくらだ?」


「一本10ジェニーだよっ!」


「10ジェニーね、よっと」


 そして再び手にコインを具現化するトライ。

 その手に握られているのは当然、金色に輝くコインが10枚。


「ほいよ。

 ほんじゃ、いただきまーっす」


「へい毎度っ!

 ……っておい兄ちゃん!? こんなに受け取れね―――― 何やってんだい兄ちゃん……?」


「いやなんか上手く食えねぇなと思ってよ」


 受け取った金貨を見た店員が慌ててトライに声をかけると、そこには変な行動をしているトライがいた。

 どこがどう変な行動かと言うと、「メガネメガネ」と言いながら頭に掛けたメガネを探している老人くらい変な行動である。


「そりゃ当たり前だぜ兄ちゃん。

 兜被ったままで食えるわきゃねぇじゃねぇか……」


「おお!」


 そう、兜を被ったままで、口があるあたりに向けて串焼きをカツカツとぶつけていたのだ。

 あまりにもずっと身に付けていたため、自分の一部になったかのように錯覚していたのが原因であろう。

 普通はそれでも気づくものだが、あまりにも自然すぎて気づいていなかったようだ。


「そりゃ食えるわけねぇな! よっと」


 そしてトライは兜を外していく。

 銀色をしたサラサラの髪の毛が兜から零れだし、太陽の光を受けてキラキラと光っているように見える。

 完全に兜を外した時には、肩までかかるほどの長いその髪が顔を覆い隠す。

 兜を肩部分にある専用のひっかけに吊り下げ、肉を持つ手と反対側で髪をかきあげる。

 その美しい銀髪の中から現れたのは、異常なまでに整った顔の、天使かと間違えるほどの美男子だった。


「「「……」」」


 それを目撃した周囲の人間全員が、そのあまりの美しさに呆けてしまった。

 残念ながらトライはそんな事態に気づいたりせず、「よし、これで食える」と満面の笑みを浮かべて肉を見ていたのだが。


「ありがとよおっちゃん」


 そしてすぐに立ち去ろうとするが、ハッと気づいた店員が止めようと声をかけた。


「お、おい兄ちゃん!

 こんなにもらえねぇよ!」


 その声はトライに届き、トライは自分が間違えて多く渡したかなと考えてみる。

 そういえば最初に1枚具現化したままだったなぁと思い出し、10枚渡すはずが11枚渡してしまったんだなと気づいた。

 しかしたかが1枚を気にするほど所持金が無いわけでもないので、まぁいいかと思い、振り向きもせずに片手を持ち上げて返事を返した。


「釣りはいらねぇよ、とっときな」


 決まった。

 人生で1度は言ってみたい台詞の上位に食い込む台詞を見事に決めた。

 トライが心の内でガッツポーズを決めていることなど、周囲の誰にもわからなかったのだが。


「はは……なんなんだあの兄ちゃんは」


 店員はその手に受け取った金貨をじっと見つめる。

 トライがきっちりと渡した10枚の「金貨」を。


「これじゃあ1日分の売り上げだぜ……」


 トライは知らない。

 トライが持つ金貨1枚がどれほどの価値を持っているのかを。

 この時代の1ジェニーは、金ではなく、銀を使ったものだということを。

 金貨1枚は、銀貨100枚分もの価値があるのだということも。

 トライが渡した金額は、1000ジェニーにもなるということを。


 トライは知らなかった。




「お、この肉うめぇ」

進みませんが、後々影響してくるんですねこれが。


ちなみに銀貨の下に銅貨があります、同じく100枚で銀貨1枚。

単位が切り替わって「ジュニー」になりますが、この設定二度と出てきません。

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