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第13話・つまり迷子ってのは割と簡単な解決方法があるわけだ

お待たせーーーしやしたっ!

「……やべぇ」


 首都グリアディア。

 その街の構造上、王城から離れれば離れるほど治安が悪化していく都市。

 無法地帯と呼べるほどの領域は形成されていないあたり、現在の王が統治に力を入れているのはさすがではあるが、それでも目が、手が届かない領域は必ず存在する。


 例えば今、トライが何かまずいと感じている場所がその領域だ。

 彼は非常にまずい状況になっている。

 もちろん治安が悪かろうがゴロツキが多かろうが、レベル150という最高レベルを誇っている彼にとって戦闘的な要因でまずい状況というのはほとんど無い。

 それこそゲーム時代のボスモンスターあたりが出てこない限り、「やべぇ」なんて単語を彼が口にすることはないだろう。

 そもそも街中でボスモンスターが出現なんてしたらゲーム時代でも大騒ぎだろう。


 戦闘的な要因でないのであれば、彼にとって何が「まずい」のか。

 その理由は非常に簡単で、トライであるから納得できてしまう理由であった。


「迷った……」


 つまり迷子だった。


 だがある意味それは仕方ないことだ。

 前述した通り、彼がいる領域は治安の悪い場所だ。

 それも首都内では最悪に、と付け加える必要があるほどの。

 そんな場所で建物がきちんと整備されているわけがなく、そこにいる者たちが勝手に家のようなものを作って住んでいるだけにすぎない。

 当然そんな家のようなものが乱立する場所では、わかりやすい道などできているわけがない。

 歩けば行き止まりなんてまだマシなほうで、緩やかな傾斜が続いたと思ったら民家の屋根を歩いていたり、その屋根から他の家の屋根へと木板が敷いてあって通路になっていたり。

 あげくの果てにはどう見ても家の中ではないか?という通路を突っ切っていくしかない道もあったりした。


 行きはよいよい帰りはこわい、という歌があるが、今のトライはまさにその状態であった。

 土地勘も無く、そもそも来るときは道順よりも気になるものがあったので全く覚えていない。

 見覚えの無い道を行ったり来たりして、彼が出した結論がつまり「迷子」だった。


「やっべー、どうすっか」


 途方にくれる、とまではいかないものの、このままイベントを終わらせないままでは夜中までログアウトできなさそうだと変な心配をするトライ。

 誰かに話しかけて聞いてみようかと思いはしたのだが、見た目が悪魔な鎧に身を包んだトライにビビッて誰も近づこうとしてくれない状況だった。


『……(ザー)……イくん……(ザー)……聞こ……か……』


「ん?」


 この際壁から何から全て破壊して一直線に進んでみようかと、物騒な思考をトライがし始めた時だった。

 今は無き(ある所にはあるが)ブラウン管テレビが映し出す砂嵐の時のようなノイズが混じる音声、それがトライの耳に聞こえてきたのだ。


『(ザー)……ぬる……(ザー)……っぽい(ザー)……』


「なんだぁ?」


 ゲーム時代の遠距離会話機能のような感覚がするが、本来なら相手側の承諾が必要な機能である。

 トライは承諾画面さえ出なかったことに違和感を覚えたが、聞こえてきた声が知った声であったことで納得してしまった。


「……がっ……るか? (ザザザ)がってるか? (ザ)こえるか? トラ(ザー)ん!?」


「うッス、聞こえてるっすよ」


 聞こえてきたのは、FGというゲームの開発側の人間であった。

 ゲーム時代に妙な流れで知り合った仲なのだが、なんとトライは未だに名前を知らないという不思議な知り合いである。

 なので単純に「おっさん」としか覚えていないし、本人もそれで良いと言っているので「おっさん」としか言えない。

 実はFGの開発・管理する集団の中でもそれなりに偉い人物だったりするのだが、トライがそんなことを知るはずもない。


 ちなみにトライも一応は現代人である。

 それも現代を生きる学生という年齢だ。

 つまり現実では携帯片手に通学するような日常を送っていた。

 つまりこういう状況になったとき、この音声の雑音の原因が「自分のいる場所」だと思ってしまうのは仕方なかっただろう。


 トライは周囲をキョロキョロと見渡し始め、少しでも電波のよさそうな場所へと移動を始める。

 実際には電波の「で」の字も出ていないのだが。


『聞こえるんだな!? 無事か!?』


「うす、ちょっと電波わりーみてーだけど聞こえるッス」


『電 (ザー)? いやそれより体のほうはなん(ザー)無いのか?』


「体のほうは大丈夫っすけど、このイベントはログアウトできねぇからきついッス。

 アップデートの内容もすげぇっすけど、あれ再現しすぎでグロいっす」


『よし、色々と良くないが無事ならとりあえずよし』


 この人物は、普段はもっと穏やかで飄々(ひょうひょう)とした感じの掴み所が無い人物なのだが、この時ばかりは何かを焦っているような話し方をしていた。

 普段は空気が読めないくせに変なところで勘の鋭いトライが、機敏にその気配を察知して口を開く。


「……どうしたんすか? なんかトラブルっぽい話し方っすけど……」


 その言葉を聞いた瞬間、顔の見えないおっさんが息を飲んだような気配がした。


『……実は、話さなければならないことが(ザー)てな』


(電波わりぃなぁ、どっかいいとこねぇかな)


 電波など出ていない、そう説明してくれる人も、電波という存在そのものを理解している人もトライの周りにはいなかった。

 仕方がないのでトライは当ても無く、周囲をキョロキョロし、時々空き地のありそうな方向をジッと見つめたりしながらフラフラと歩き始める。


『今の君の状況は、はっきり言って私達の責任だ。

 君には非常に申し訳ないと思 (ザー)る』


「……どういうことっすか?」


『うむ、その、非常に言いにくいんだが『部長! ヤバいッス! バグった!』なんだとっ!?』


「バグった?

 もしかしてこれってバグってんすか?」


 普段であれば遠距離会話中に他者の声が入り込むということはあり得ない現象だった。

 しかし残念ながら今のトライは電波のいい場所を探すのに必死で、そんなことに気づく余裕は無かった。


『いやバグっては……いる! そうバグってるんだ!

 すまんがこちらの手違いでログアウトボタンが消失している状態なんだ!

 復旧するのにどれだけ時間がかかるかわからんが、とにかくそれまでなんとか我慢してくれ』


 バグっては←この辺で何か閃いた様子のおっさんが、取り繕ったかのように説明を始める。


「あー、バグっすか。

 出来るだけ早く復旧してくんねーと俺学校あるんすけど……」


 真面目に学業の心配をするあたり真面目なトライではあった。

 現実にはそんなことを言っている場合ではないのだが、知らないとはある意味幸せなことかもしれない。


『あー……そこは心配しないでくれると……

 えーっと、あれだ、あの、なんだっけ『オーバークロック』そう! オーバークロックってのがあってだな!

 簡単に言うとゲーム内の1日が現実の1分くらいだから!』


「マジすか! すげぇっすね!?」


 ちなみにオーバークロックとは、ざっくり言うとパソコンの様々な機器の負担を大きくする代わりに処理能力を向上させることを言う。

 VRMMOなどでは「ゲーム内時間を現実より長くする」システムという意味でも使われることがある。

 つまりおっさんが語ったように1時間が2時間に、1分が1日にというようなことになるのだ。

 現実には様々な問題があり、導入されているVRシステムは極少数に限られている。

 実際に1分で1日を体験すると、脳のエネルギーが1日分とは言わないまでも、1分で多大な消費をすることになり、脳死状態になるのではないかと指摘されていたりする。


『そうだろう!?

 だが忘れないでくれ、その世界はバグってるんだ。

 限りなく現実に近い状況だと思ってくれ、いいね、現実だと思って行動するんだ』


「現実……ッスか?」


『そう、現実だ。

 腹も減るし、眠くもなる、トイレだって行きたくなるんだ。

 ……なにより』


 と、そこでトライの視界に小さな影が映りこんだ。


「きゃっ」


 小さな影は、トライの脇を抜けようとしていたのだろう。

 だがそれは道端の小さな段差に躓き、トライの方へと真っ直ぐに倒れてくる。


 小さな果物ナイフを手に持って。


『本当に、死ぬ』


 小さな影の手を離れ、宙を舞うナイフ。

 その側面が反射した夕日が、トライの視界に「死」という単語を連想させた。

 そしてその先にいる小さな影の正体である少女がいた、躓いたことで驚いた表情のまま、地面へとゆっくり傾いていくのが見える。


 死と、少女が、近づいていく。


「危ねぇっ!」


 トライは咄嗟に、少女の体の前に差し込むようにして手を伸ばす。


 ナイフはそのまま宙を舞い、トライが体を前に出したことによってグンと近づく。

 その切っ先が、トライの悪魔のような鎧とぶつかる。


 ゲーム時代に聞きなれた、装甲値によって攻撃が無効化される音が響いた。


 ただ宙を舞ったナイフがぶつかったにしてはやけに大きい音が。


『NPCも、君もだ。

 一度死んだら、元には戻せない、現実と同じなんだ』


「あ……」


 トライの片腕に支えられた少女は、自分がどうなったかを思い出し、バッと顔をあげる。

 自分が何をしてしまったのか、危うく人を殺めるところであったと気づいたような顔をし、申し訳なさそうな目でトライを見つめてきた。


「死なねぇ」


「……え?」


『……そうか』


「俺は、死なねぇ。

 何があっても、絶対に」


 現実ではなく、ゲームだと思っていた。

 しかしナイフが宙を舞った時に感じた「死」の気配、そこから感じた死への「恐怖」

 かつて現実で感じたことのあるその感触は、例えゲームだと思っていても、無視できるものでは無かった。


『すまない、ゆっくり話している時間が無いようだ。

 回線はこちらからしか開けないが、できるだけ早くまた連絡しよう』


「あ、あの……私っ、その、すいません!」


「おう、またな」


 残念ながら、二つの会話を同時にこなすだけの能力が無かったトライは、少女の言葉がまるで耳に入っていなかった。

 重要なことを聞くために、むしろ少女に迷子だと気づかれないために背中を向けて再び歩き始める。


「ところで聞きたいんすけども」


『手短に頼む』


「街中で迷子になったらどうすりゃいいんすかね?」


『高いとこ登ればいんじゃね?』


 あ、その手があった、といった感じでポンと手を叩くトライ。

 この時点で少女のことなどすっかり忘れ、とりあえず空を見上げて目的地を探してキョロキョロとし始めた。


『大丈夫そうかい?』


「うっす、助かりました」


『ああ、それじゃあまた』


「うす、またっす」


 ブツン、と会話が切れたような音がすると同時に、トライは若干屈み、次の瞬間には建物の屋根に飛び移った。




 その日、首都の南地区を飛び回る悪魔が目撃され、騎士団に通報があったとかなんとか……



 ――――――――――



 場所は変わり、時も少しだけ流れる。


 そこはどこともわからないうす暗い部屋。


 あるのは職人の技術を駆使した立派な椅子と、書類の重なったテーブル。

 椅子の後ろには人間と同じ高さ・横幅の大きな窓。

 窓から差し込む夕日の光が、椅子に座る人物の正面を影で包み込み、黒という何も見えない存在へと姿を変えさせていた。


「……報告を聞こうか」


「……はっ」


 テーブルの向かい側に立つ男は、先ほどトライと一戦交えたフードの男だった。

 男はトライと相対したときと何も変わらず、淡々と結果を報告する。


「十五名で包囲し、奇襲を含めた連携行動を実行しましたが……」


「簡潔に言え、どうなってどれだけの損失が出たんだ」


「……八名の死者を出したため、撤退しました」


「チッ、役立たずどもめ。

 予備はどうした」


 優秀な暗殺者は、第一手ではなく第二手、第三手にこそ重きを置くものだ。

 撤退したとはいえ、そこで全てを打ち切るようでは彼らが優秀と言われることは無い。

 当たり前のように人員を残し、隙あらば暗殺する。

 そしてその成功率は、決して低くは無い。


 今回も当然、人員を残してきていた。


「投入しましたが、こちらの動きに気づかれていたようです。

 メンバーの待機場所を正確に察知していたようで、迂闊に行動を起こせなかったと」


 だが、彼らから見たトライの動きは、それさえもお見通しだと言わんばかりの行動だった。

 周囲を見渡し、彼らが待機している場所を探り当て、行動を起こそうものなら即刻切り捨てると言わんばかりに睨みつけてくる。

 まさか電波探してるなんて彼らが気づけるわけもなかった。


「切り札はどうした」


 第二手もお見通し、しかし第三手がある。

 そこでダメであれば、すぐに逃げる。

 優秀とは、引き際も弁えていなければそう呼ばれることは無い。


「……察知されたようで」


「チッ、もういい。

 最後だ、率直な感想を聞かせろ」


 黒一色に染まった男の顔は何も見えないが、その影の中にあった表情はひどく歪んでいただろう。

 彼の声には、その顔が見えてきそうなほどに怒りという感情が込められていた。


 だがしかし、彼の目の前にいるフードを被った男は、焦るでもなくただ淡々と言葉を続ける。


「あれは……」


 ふと、彼は窓から差し込む夕日を眺める。

 目が痛くなりそうなほどに、眩く輝く夕日。

 その赤い光は、どこか悲しく、なぜか激しく、常に冷静であるように「教育」された彼の心を熱くした。


「あれは、化け物です」


 部屋の茶色の高級な絨毯。

 それが夕日に染められ、まるで血の海のようにも見えるその場所で、彼は「死の恐怖」というものを自らに感じさせた存在の姿を思い出していた。


(本当に、次が無いことを願いたいな)


 彼は、その言葉を口にすることは無かった……

そして話がそれほど進まないっ!


※2012/11/06

きっちいッス→きついッス に修正

ご指摘ありがとうございました。

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