第10話・つまり何が起こっていたかって話なわけだ
第一章はこれにて終わりです。
なんとかアップできてよかった……
カンテラのようなものから出ている蛍光灯のような不思議な明るい光が照らす部屋。
あまり大きくないその部屋に置かれているのは円形のテーブル、そしてそこに等間隔で並べられたそこそこ仕立てのいい椅子が15個ほど。
部屋のサイズに対して大きいと感じられるようなテーブルは、一番壁と近くなる部分など誰かが椅子に座ってしまったら人一人分が通れるか通れないか程度のスペースしか無くなってしまうほどだ。
いい体格の人物がそんな場所に座ってしまったならば、いろんな意味で通りづらくなってしまうだろう。
しかしそれでもその部屋を狭いと感じないのは、テーブルがテーブルとしての最低限の機能を発揮できる程度の幅だけを残し、真ん中部分が綺麗さっぱり切り落とされており、円形というよりも円環のような形状をしているからであろう。
そしてその円環が、まるでグリアディアの首都のように左右と入り口に近い場所の3箇所が間を空けられ、人が通れるようになっていた。
そう、首都グリアディアを模したようなこのテーブルが置かれたこの場所こそ、この国を治める王が住むグリアディア城の会議室であった。
この会議室は所謂重役会議のために使用されるための場所で、緊急事態でもない限り滅多に使用されることのない場所だ。
使用されたとしても何かしらの理由で一人か二人は欠席するのが常であるのだが、今この時に限っては、一人の欠席者も出すことなく全ての椅子が埋まっていた。
王城の位置を示すかの如く、一際立派な椅子が入り口から最も離れた場所に置かれている。
位置関係上で「城」を意味するその場所にいるのは、当然この国を治める国王その人である。
「報告をまとめよ」
意外なほどに落ち着いた声で国王は話した。
敵対し、いずれは首都にまで来るだろうと予測していた魔族軍。
その魔族軍をたった1日で壊滅させるような「何か」が起こったのであれば、次の矛先が自分たちへ向くかもしれないと普通は考える。
むしろその程度を考えないような人物であるならば、国王という立場を続けることは不可能であろう。
しかし国王の声からはそんな危機などありえないとでも言わんばかりの感情が伝わってくる。
それはこの人物が無知だから、というわけではなく、彼が先んじて受けた報告から事態を理解しているからにすぎない。
この場に集まった人物達と情報共有のために、あえて報告させるという行動をとっているからこその落ち着きなのだ。
「ハッ」
ガタンと音を立て、入り口に近い場所にいた男が椅子から立ち上がる。
国の重役が集まるこの場において、帯剣こそしていないものの鎧を着けたままというある種の失礼にあたる姿。
誰もそのことについて言及しないのは、その男が騎士団という立場で、それを纏め上げる騎士団長という位につく人物だからだ。
貫禄を感じさせる立ち姿に、戦う者だけが持つ戦士の気配、圧力と言ってもいいほどに濃密なその気配を纏いながら、その男は報告を開始した。
「まずは発生した現象についてです。
この度は我らグリアディア王国と魔族との国境付近にて、魔族側の軍が展開し戦争の準備を行っておりました。
本日中に戦線が開かれるかと思われておりましたが、ここに突然大型の魔獣と思われる存在が出現、魔族軍を壊滅させました」
騎士団長がそこまで報告した時点で、国王から3つ隣にいた年老いた人物が声を出した。
「すまんのだが……」
その年老いた男は、しわくちゃの顔に長い白髪とやはり長い髭を伸ばし、ゆったりとしたローブに身を包んだ魔法使いのような姿をしている男だった。
実は魔法使いの「ような」ではなく、この場に並ぶことを、それも王が座る大テーブル側に座ることを許されたまさに魔法使いであり、この国で最も強力な魔法使いと言われる人物である。
「年寄りなせいであまり耳がよくなくての、今回のことをあまり把握しておらんのじゃ。
よければその魔獣とやらの見た目も教えていただきたいんじゃがの」
腕を組んだまま片手で髭をなでながらそう語る老人。
その姿はただ髭の長い年老いた人物にしか見えないが、瞳に宿る光はギラギラとしていて、未だ現役であることを目だけで語っているかのようだった。
「ハッ、失礼いたしました。
魔獣の特徴は一言で言えば醜悪そのものとのことです、紫色をした肉の塊に目がついており、いくらかの触手のようなものが生えていると報告を受けています。
攻撃方法は現段階でわかっている限り、触手を使った攻撃と、我がグリアディアが誇る城壁にも匹敵するほどの巨体を利用した突進、目から黒い光線のようなものも出したとのこと。
さらに魔族軍が壊滅した直接の原因である最大の攻撃で、黒い壁のようなものが周囲に展開していく攻撃を行うとのことです」
「ふむ……黒い光とな?」
「はい、恐らく命を吸い取るようなものではないか、とのことです」
「詳細は聞いておるかの?」
「報告によれば、黒い光に触れた魔族に外傷らしきものは特に無く、リッチやヴァンパイアなどが使う生命吸収によく似た死に方をしていたとのことです。
目から放たれた光も同様だったようですが、生命力が高いと思われる個体は生存していたらしいので、間違いないかと思われます」
ふむ、と一声出して天井を見上げる老人。
まだ確定してはいないものの、状況から見てほぼ間違いないであろう事実に少しだけ落胆する。
生命吸収系の攻撃は非常に厄介だ。
これはそういった行動に対する防御能力が無い限り、通常の防具では意味が薄いことが理由になる。
さらにほとんどの場合こういった攻撃は魔法的な要素が絡んでくるため、魔法関係に対する基本性能が高くない前衛系では対処がしづらい。
通常であれば数を持って相対することでなんとかなるのだが、範囲で攻撃されたということは数でどうにかなる相手ではないということを意味していた。
どこまで対処すればいいのかは不明瞭ではあるものの、少なくともこの魔獣を相手にするためには少数精鋭、それも生命吸収の対策をした存在が必要だということだ。
生命吸収系への対策は基本的に高価であったり希少な素材を使うので、数を揃えることは中々難しいことも少数精鋭に思い至った理由の1つだ。
「現状はどうなっている」
しかしそんな老人の杞憂など知らぬとばかりに、報告の続きを促す国王。
老人はその姿勢に何か違和感を感じたらしく、片眉を吊り上げて国王を一瞥する。
この人物が自分と同じことを思わぬわけがない、と感じてはいるようだが、その落ち着き払った態度にまずは報告を聞くべきであると察したようだ。
「ハッ、現在魔獣は……その、報告が正しければ、ですが……」
突然言いよどむ騎士団長に、老人はますます違和感を感じて今度は眉間に皺を寄せる。
「撃破……されています」
撃破されている。
魔族軍を壊滅させるような存在が、さっきの今ですでに撃破されている。
その情報に老人の頭は混乱が始まっていた。
強力な攻撃能力を持つ存在は、強力な防御能力も持っている場合が多い。
例外などいくらでもあるが、1つの軍の中に突如現れて壊滅させるような存在が防御はざるでした、なんて考えは少なくとも老人には浮かばない。
彼と同様に、あまり情報を入手していないらしい他の人物も怪訝な表情を浮かべていた。
「真に信じがたい話なのですが……空から巨大な炎を纏った石が落下してきたそうで、魔獣はそれに押しつぶされたそうです。
現在は肉片すら残っておらず、周囲一帯が草木も生えぬ荒野と化しているそうです……」
初めてその情報を聞いたらしい一同は、口をぽかんと開けて何を馬鹿なことを言っているんだと言わんばかりの表情をする。
石を作り出す魔法は存在するし、やり方によっては炎を纏わせることも不可能ではない。
しかし彼らが知る魔法に、10メートルにも及ぶ巨体を押しつぶし、挙句周囲を荒野に変えるような強力な魔法は存在していない。
報告した人物があまりの恐怖に幻でも見たのではないかと疑ってしまいそうな報告に、中には呆れている人物までいた。
「……メテオストライク……?」
老人は、遥か古代に使い手の失われた魔法の名を呟き、違う意味で呆けていた。
ボソボソと口の中だけにしか響かないような大きさで呟いた声は、誰にも届くことは無かった。
「……それで?」
国王だけは、全てを知っていたかのように変わらぬ態度で話し続ける。
続きを促すその言葉は、他にもあるということを周囲に知らせる結果となった。
「ハッ……
実はほぼ同時刻、北の聖王国ランドバルト、及び獣人の領域であるジルア大森林にて同様の固体が出現していたとのことです」
ガタンッバンッ
椅子が勢いよく押しのけられ、後ろに下がる際にうまく床を滑ることができず、背もたれから床に倒れる。
そんな勢いで立ち上がった貴族の悪いイメージをそのまま人間にしたような小太りの男が、声を荒げて言葉を放った。
「バカなっ! 魔族軍を壊滅させられるような魔獣が2体も出現していただとっ!?
私はそんな話は聞いていないぞっ!」
実はこの男、聖王国ランドバルトに近い場所に領地を持つ人物だ。
ランドバルトは魔法や神への信仰から来る独特の魔法などを持つ、魔法国家と言っていい国だ。
しかし魔法に特化したその成り立ちから、肉体的な強さを持つ兵が他国に比べて非常に少ない。
戦になれば遠距離からの魔法攻撃は脅威の一言ではあるが、接近してしまえば1対2になってもグリアディアの兵ならば負けることは無いとして、総合的な戦力としては弱い部類というのが彼らの認識だ。
今回のような魔獣が出た場合、下手をすれば何もできないまま壊滅してしまうというのも珍しいとは思えない。
状況によっては自分の領地にその魔獣が侵入してくるかもしれない、彼としてはそういう判断だったのかもしれない。
「落ち着いてください、私も先ほど報告があがってきたばかりですので、詳細はわかりません。
しかし……その、これもまた不可解な現象によって、2体とも撃破されているそうです」
「なんだ、まさかまた巨大な炎と岩でも降ってきたのか?
それとも今度は槍でも降ってきたのか?」
撃破されている、という言葉を聞いて見るからに安堵の表情を浮かべる貴族の男。
王国の危機である、という話をされていても大して取り乱さなかったにも関わらず、自分の領地に関係しそうな話になった途端にこの態度。
彼はつまり、自分の利しか考えないタイプの大人なのであった。
「ランドバルトの出現場所は聖都のすぐ近くだったらしく、もう少しで城門にぶつかるかどうかといったところで撃破されたそうです」
「詳細は?」
内容を聞いてくるのはやはり老人であった。
聖都での撃破、となれば、それはなんらかの魔法的な手段での撃破ということになる。
魔法に精通する身としては、その部分がやはり一番気になるのであろう。
「その……これも真に報告しづらいのですが……
聖都を含む周囲一帯を全て包み込むほどの浄化の光が、大教会を中心に展開され、魔獣を一瞬で消し去ったとのことです」
「……ジルア大森林は?」
「……恐らくは炎熱と冷気だと思われる2つの光、さらには光の雨のようなものが魔獣を貫き、あっという間に撃破されたとのことです」
頬をぴくぴくと痙攣させ、笑いのようなものを浮かべる老人。
浄化魔法というのは確かに存在するし、異形の存在にはそれ自体が攻撃となることは確かにある。
今回の魔獣も恐らくは異形に分類されるのであろうから、それで撃破されたというのも一応は納得できる。
しかしその展開できる範囲は、どんなに強力な使い手でも半径で言えば10メートル程度が限界だ。
しかも距離によって効果が減衰してくため、10メートルでもしっかりと効果を維持できるかは難しいところだ。
それが付近一帯をカバーしつつ、しかも魔獣を消滅させるほどの能力を維持したまま展開された。
はっきり言って彼らの常識を逸している。
具体的なイメージが沸く浄化という攻撃だからこそ、逆にそのありえなさがはっきりと理解できてしまった。
ジルア大森林もこれはこれで常軌を逸している。
炎熱と冷気が強力になりすぎると、まるでビームのような白い光になるというのは、彼らにとって知識としては存在する。
しかしそれはそれぞれの属性を持ったドラゴンのような生物の、それもかなり強力な固体によってのみ放たれる攻撃だ。
光の雨というのも、ドラゴンの中における高位の存在である光属性を持ったドラゴンであれば、放ってくる「かもしれない」程度には思える。
しかしその3つが同時に発生したということは、ジルア大森林には高位のドラゴンか、それに類する強力な存在がいるということになる。
まさか3つを1つの固体が扱った、なんてことは考えつかないし、考えたくもない。
なので彼らの認識では、森にはドラゴンが3体いる、という結論を導き出すこととなるのだ。
「ハハ……ハ……」
叫んでいた貴族の男は、もはや理解がついていかずに苦笑いを浮かべることしかできない。
それはこの場にいた全員が同様だったようで、ここまで報告を聞いて、さぁ対策を考えよう! などと言い出す人物は誰もいなかった。
「一体何が起こっている……?」
国王だけが、世界の異変を見透かそうと虚空に視線を合わせていた。
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その頃、トライは何をしていたかというと
「ふんっぬるぉおおあああああっ!!!」
ズゴゴゴゴゴッ
「「「……(ポカーン)」」」
高さ5メートル、横幅10メートルほどもある巨大な木製の内開き扉を力任せに押して開けていた。
「え、えっと……え? なんすかこの人?
内側の開閉装置使って5人がかりでやっと開けられる城門を、なんで一人で開けてんすか?
しかも、え? あれ? 装置も何も使ってないですよね? あれ……?」
「……うん、まぁなんていうか……」
「気にしたら負け、ですよ」
凄まじく地味に、普通ではありえない現象を起こして、極一部の人間に理解を超えた行動を見せ付けていた。
え? 誰が倒したかって? 思っても口に出してはいけまs……あ、バレバレっすか、そうっすか(笑)
次回から第二章です。