表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

伝言

   9 


家が、転がっている。

あのガラスは、透き通っている。

まぶしい光が通過して、

私の体に、突き刺さる。


「ほら、もう花が、咲き乱れて――」

君は指差す。


吹きすさぶ風の、通り道に、

黄色いコスモスの群生が、

自然の内の幸福を一身に受けて、

揺らいでいる。この場所の暗鬱と、

混ざり合いながら。


   10


轟音の跡、

目覚めた死者達の、無言の驚き。

「我らの家が増えた」と、

死者達はさまよう。


もはや、ずいぶんと肉の剥げた死者達に、

新たな死者―湿った風―は、

あわて、嘆き、自画像を探す。

必死に、舞えるだけ舞い、

吹けるだけ吹いて。


吹きだまり、渦の中心。

生活の中の、特別なやりとりを。

荒野の生者と、若い死者達と、

もう少し深い周波数で。


   11


揺れる、廃屋の破れたカーテン、

風達の仕業、しかし、

それは、ひとつの風が、

ずっと遊んでいる。


何かに気が付くと、一瞬止まる。

「あれは」かきたてられ、走ろうとするが、

動けない。


戸惑い、怯え、

カーテンを揺らす。

戦いの終わりを、誰か告げてやらねば――

そこは居場所ではないのだと、

あの風に、ささやいてやらねば――


風は見回す。

不安な動きで。


   12


君は腕を伸ばす。

風が集まり、駆け抜ける。


この地から、

全ての風が蒸発するのは、

まだ先だとして、

荒野の光と煌めきを、せめて君は、

宇宙に返してやらないのか。


振り向いて、微笑む―肯定―

「ゆっくりと、時間がいるのよ」

受け止めている。君は、全ての風を。

全ての光、全ての煌めきを。


優しく抱き抱え、熟れるのを待っている。

君のまなざしは、

永遠の成熟からきた。

全てのものが、そこへと向かう。


   13


恐ろしいもの、

果実の中の、過去と未来。

「今」は奪われ、止まっている。


生者の声を、風は、聴こうとしている。

君は、私に話しかける。そして、

私はいくらかの風に話しかける。


恋人達の逢瀬のように、

しっとりと、風は待っている。

激情を抑えられず、舞うように疾駆して。


「何も――」君の呟き、そして―肯定―

夜を恐れる風、自らが、

光となれ。


   14


ここに差別はない。

生者も、死者も、

命も、物も。


忘れもの、一冊のアルバム、それは、

私のために、置かれていたのだ。

湿った会話が、ぽつぽつと浮かぶ。


「行き過ぎる」生者はいない。しかし、

風はどこまでもついていくだろう。

私は通過する。ただの通過を。


風は望んで いる。四散し、息衝き、

宇宙を満たし、

大地に静かな雨を満たし、

一瞬を、いずれ、ずぶぬれにする。


   15


君を見失う。しかし、

君は、私の側に、

いつも、いてくれる。


強大な力が、通り過ぎた跡、

ここは広すぎる。

充満させていく私、しかし、

あまりに希薄な私となる。


君はそんなにも大きい ―過不足なく―

風の隙間に、潮があり、

その隙間に、光の断片がある。


生者の声に満たされた風を、

君は焼き尽くす。

広大で、圧倒的な、湿度の中で。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ