伝言
9
家が、転がっている。
あのガラスは、透き通っている。
まぶしい光が通過して、
私の体に、突き刺さる。
「ほら、もう花が、咲き乱れて――」
君は指差す。
吹きすさぶ風の、通り道に、
黄色いコスモスの群生が、
自然の内の幸福を一身に受けて、
揺らいでいる。この場所の暗鬱と、
混ざり合いながら。
10
轟音の跡、
目覚めた死者達の、無言の驚き。
「我らの家が増えた」と、
死者達はさまよう。
もはや、ずいぶんと肉の剥げた死者達に、
新たな死者―湿った風―は、
あわて、嘆き、自画像を探す。
必死に、舞えるだけ舞い、
吹けるだけ吹いて。
吹きだまり、渦の中心。
生活の中の、特別なやりとりを。
荒野の生者と、若い死者達と、
もう少し深い周波数で。
11
揺れる、廃屋の破れたカーテン、
風達の仕業、しかし、
それは、ひとつの風が、
ずっと遊んでいる。
何かに気が付くと、一瞬止まる。
「あれは」かきたてられ、走ろうとするが、
動けない。
戸惑い、怯え、
カーテンを揺らす。
戦いの終わりを、誰か告げてやらねば――
そこは居場所ではないのだと、
あの風に、ささやいてやらねば――
風は見回す。
不安な動きで。
12
君は腕を伸ばす。
風が集まり、駆け抜ける。
この地から、
全ての風が蒸発するのは、
まだ先だとして、
荒野の光と煌めきを、せめて君は、
宇宙に返してやらないのか。
振り向いて、微笑む―肯定―
「ゆっくりと、時間がいるのよ」
受け止めている。君は、全ての風を。
全ての光、全ての煌めきを。
優しく抱き抱え、熟れるのを待っている。
君のまなざしは、
永遠の成熟からきた。
全てのものが、そこへと向かう。
13
恐ろしいもの、
果実の中の、過去と未来。
「今」は奪われ、止まっている。
生者の声を、風は、聴こうとしている。
君は、私に話しかける。そして、
私はいくらかの風に話しかける。
恋人達の逢瀬のように、
しっとりと、風は待っている。
激情を抑えられず、舞うように疾駆して。
「何も――」君の呟き、そして―肯定―
夜を恐れる風、自らが、
光となれ。
14
ここに差別はない。
生者も、死者も、
命も、物も。
忘れもの、一冊のアルバム、それは、
私のために、置かれていたのだ。
湿った会話が、ぽつぽつと浮かぶ。
「行き過ぎる」生者はいない。しかし、
風はどこまでもついていくだろう。
私は通過する。ただの通過を。
風は望んで いる。四散し、息衝き、
宇宙を満たし、
大地に静かな雨を満たし、
一瞬を、いずれ、ずぶぬれにする。
15
君を見失う。しかし、
君は、私の側に、
いつも、いてくれる。
強大な力が、通り過ぎた跡、
ここは広すぎる。
充満させていく私、しかし、
あまりに希薄な私となる。
君はそんなにも大きい ―過不足なく―
風の隙間に、潮があり、
その隙間に、光の断片がある。
生者の声に満たされた風を、
君は焼き尽くす。
広大で、圧倒的な、湿度の中で。