散歩
1
地震、続く大津波、
町は、呑みこまれ、
波は、奪っていく。奪っていく。
静けさが降り立つ。しかし、
まだ奪い足らない。
交錯する光、叫喚、
打ち砕く、生命の渦、
気が付けば、闇が広がり、
光がぽつと、浮かんでいる。
あちこちに。
震えながら、
地に、足を、ついて。
2
近付いてくる。
潮のにおい、荒れる風、
私は向かう、出会うため。
あらゆる形の、命、命、
風、光、煌めき、生ののち、
漂う新たな形
坂道を歩く人々、
陰鬱な呼吸と、
私の、消え入る声の融合。
見よ!
渦の中心を。
なびいている、聞こえぬ声を。
3
海を!
立ち昇る、あれら光を!
どんどん昇る、空の彼方へ。
光は、町を見下ろしている。
瓦礫の中で働く人々を。
光は無表情だ。
瓦礫をのける者達も、無表情だ。
無表情と無表情、
その間に、
風がある、私がいる。
目を見開いた、私がいる。
4
君は言うのだ。
「いつか、こんな光景を、
見たことがある」と。
ここは停滞している。
平和もなければ、
戦争もない。
カラスのような、
だみ声の鳥は、
今でも命を、狙っている。
不自然に固定された、
人間の生命。
無言のもと、
瓦礫撤去の音が続く。
ツバメやスズメは、何も知らない。
美しい声の、無機質な感情。
5
美しい親子の散歩。
子供はうなだれて、
傾いた木の、根元の、
アリを見ている。
母親は笑っている。
無くした家や、流された思い出の品を、
遠く、眼下に置いて。
笑っている。もはや、そう、
笑うことが、母親の全てなのだ。
子供が、アリの巣にまなざしを向けると、
母親は静かに諭す。
「アリさんのおうちが、なくなってしまうでしょう」
6
恋人達が、座っている。
老夫婦が、座っている。
海を見ている。
風を聴いている。
「生きる者達」と君は言う。
「残酷なのは、自然ではない」と。
「私の指」と。
君は、それでも微笑んでいる。
何よりも深く、何よりも広く、
何よりも悲しく、何よりも優しく。
7
君は、私の袖を引っ張る。
私は気付かぬふりで、
だんごをたのむ。
「売り切れ」と言われて、
君はもう一度、袖を引っ張る。
「何も、ないのよ」
風が袖に巻きついて、
潮のにおいが、染みつく。
だんごは――
君は指差す。
はるか、海の下を。
8
水を浴びた桜達、
びしょ濡れの姿を、今も残して、
その花びらは、海へと送った。
風は触れたか。
いや、聞き逃すことは、ないだろう。
今もまだ、多くの者が風の中で
町を、さまよっている。
「たむけ」が町を埋め尽くしたのは、
全く、偶然ではない。
桜達が乾く時、初めて、
町の風も、軽やかに、なるだろう。