表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

散歩

   1


地震、続く大津波、

町は、呑みこまれ、

波は、奪っていく。奪っていく。


静けさが降り立つ。しかし、

まだ奪い足らない。


交錯する光、叫喚、

打ち砕く、生命の渦、


気が付けば、闇が広がり、

光がぽつと、浮かんでいる。


あちこちに。

震えながら、

地に、足を、ついて。


   2


近付いてくる。

潮のにおい、荒れる風、

私は向かう、出会うため。


あらゆる形の、命、命、

風、光、煌めき、生ののち、

漂う新たな形


坂道を歩く人々、

陰鬱な呼吸と、

私の、消え入る声の融合。


見よ!

渦の中心を。

なびいている、聞こえぬ声を。


   3


海を!

立ち昇る、あれら光を!


どんどん昇る、空の彼方へ。

光は、町を見下ろしている。

瓦礫の中で働く人々を。


光は無表情だ。

瓦礫をのける者達も、無表情だ。


無表情と無表情、

その間に、

風がある、私がいる。

目を見開いた、私がいる。


   4


君は言うのだ。

「いつか、こんな光景を、

 見たことがある」と。


ここは停滞している。

平和もなければ、

戦争もない。


カラスのような、

だみ声の鳥は、

今でも命を、狙っている。


不自然に固定された、

人間の生命。


無言のもと、

瓦礫撤去の音が続く。

ツバメやスズメは、何も知らない。

美しい声の、無機質な感情。


   5


美しい親子の散歩。

子供はうなだれて、

傾いた木の、根元の、

アリを見ている。


母親は笑っている。

無くした家や、流された思い出の品を、

遠く、眼下に置いて。


笑っている。もはや、そう、

笑うことが、母親の全てなのだ。


子供が、アリの巣にまなざしを向けると、

母親は静かに諭す。

「アリさんのおうちが、なくなってしまうでしょう」


   6


恋人達が、座っている。

老夫婦が、座っている。

海を見ている。

風を聴いている。


「生きる者達」と君は言う。

「残酷なのは、自然ではない」と。

「私の指」と。


君は、それでも微笑んでいる。

何よりも深く、何よりも広く、

何よりも悲しく、何よりも優しく。


   7


君は、私の袖を引っ張る。

私は気付かぬふりで、

だんごをたのむ。

「売り切れ」と言われて、

君はもう一度、袖を引っ張る。


「何も、ないのよ」


風が袖に巻きついて、

潮のにおいが、染みつく。


だんごは――

君は指差す。

はるか、海の下を。


   8


水を浴びた桜達、

びしょ濡れの姿を、今も残して、

その花びらは、海へと送った。


風は触れたか。

いや、聞き逃すことは、ないだろう。


今もまだ、多くの者が風の中で

町を、さまよっている。

「たむけ」が町を埋め尽くしたのは、

全く、偶然ではない。


桜達が乾く時、初めて、

町の風も、軽やかに、なるだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ