#4 貧乏、宿なし
少々熱中症になってしまいました。皆さまも、室内だからと油断せずお体に気をつけて。
10/22 後半大幅修正。#5も丸々変更予定。
門を潜った先に設けてあった仮設の検査場で入都審査は行われた。
ズラリと並ぶ長蛇の列に長引くかもと覚悟していたが、行われたのは手荷物検査と簡単な質疑応答だけで、街の中に入るのにさほど時間はかからなかった。
荷物を背負い、いざ街に入ろうとすると、南門の警備兵隊長だというアルフレッドさんから声をかけられた。
「お疲れ様。中央道は沢山の人が往来しているから、逸れないように気をつけてね。えー、と」
「あたしはカレン。カレン=ハートです」
「オレはジーク!ジーク=ホワイトだ!地図ありがとな、兄ちゃん!」
「どういたしまして。困った事があったら南門に来るといいよ。普段はここで駐在してるから、気軽に声を掛けてくれ。帝都の兵士として出来る限り力になるよ」
どこまでいい人なんだろう。
なんか逆に心配になってきた。
「はい、ありがとうございます。アルフレッドさん」
「あ、名前覚えてくれたんだ。嬉しいなぁ」
「隊長。顔、ニヤけてますよ」
「その顔の所為でチャラく見られてモテないんすよ~?」
「う、うるさいな…」
…そうかな?確かに色黒で右耳のピアスが目立つけど、真面目で良い人にしか見えないけど。
部下につっこまれてアルフレッドさんは少し機嫌を悪くしたようだ。
ここはフォローしとくかな。
「そうですか?あたしはアルフレッドさんの笑顔、好きですよ?」
「!!!?」
あれ、なんか固まっちゃった。
変な事言ったかな?
『(…天然、すか)』
?
何が?
まあいいや。
「それじゃ、お世話になりました。行くわよ、ジーク」
「おう!兄ちゃん達、またなー!」
「お、おう…気をつけてな」
「たいちょーう、おーい隊長ー!」
「……(ぷしゅ~)」
「…だめだこりゃ」
「初心にもほどがあるでしょうに…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えーと、取り敢えずは宿探しね。地図によると、一般の宿は南東の本道に密集してるみたい」
門を通って真っ直ぐ行くと、ゴルド城まで抜ける中央道がある。
円い外壁に並行するように円形の大通りがあり、帝都中央の城を中心に十字に割る形である東西南北四つの大きな道が中央道だ。
「さすが帝都、活気が違うわね」
中央道に入ってすぐに色んな店が立ち並び、道行く人に商売気たっぷりな声を掛けている。
「帝都土産はこれで決まり!バーシル名物帝都カステラだよ~!」
「そこのお兄さん!彼女に帝都ご自慢・銀のネックレスはいかが~!?」
「うまいよ、安いよ~!南国キェロから直輸入!BHピッグの串焼きだよ~!」
見た事のない物ばかりで目移りしてしまうが、今は宿探しが先決だ。
「うほ~!ウマそ~!カレン、アレ買おうアレ!」
ジークは屋台の串焼きをかぶり付かんばかりに見つめている。
大きく切り分けられた肉に甘辛いタレをかけ、炭火で香ばしく焼かれた串焼きは、お昼時で小腹の空いたあたしにも強烈に魅了してくる。
じゅるり…
…はっ!
危ない危ない、誘惑に負けるとこだった。
「駄目よ。今はお金に余裕はないの」
「ム~…。じゃあ冒険者になって金稼いだら、たらふく美味いもん食うぞ!」
「(こりゃ稼げるようになっても暫くは食費に苦労しそうだわ…)」
食べる為に働く。…真理ではあるか。
それはさておき、先程気になる言葉が聞こえた。
「…リリー、そういえばさっきの肉、BHピッグって魔獣よね?」
『そうっす。比較的大人しい魔獣っす』
「…魔獣って、食べれるの?」
魔獣の体内には、怒り・憎悪・嫉妬などを増長させる『穢れ』と言われる強い負のエネルギーが蓄積されている。
例外もいるが、基本的にはこれが多い魔獣ほど凶悪かつ強大な力を持っている。
いくら弱い魔獣とはいえ、肉を食べて穢れを体内に取り込むのは些か拙いと思うのだが…
『なんだお嬢、知らねぇのか?魔獣が死ねば、肉から穢れは消えるんだぜ?』
え、そうなんだ?
穢れって、もっとねちっこい油みたいなイメージだったんだけど。
『まぁ、存在が消えて無くなるわけじゃあないんだがな』
??
どういうこと?
『ま、その内教えてやらぁな。それより、民宿街はココを右だろ?』
「へ?あぁ、そうだった」
あたし達は地図に従い、民宿街へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マジか…
幾らなんでもあんまりだ…
ちくしょう、何で…!!
「何でこんなに高いのよ!!!」
『ま、都会ってのは総じて物価が高いもんさ』
あたしが甘かった。
完全に想定外だった。
まさか帝都の相場がこれほどに高いとは…!
「二人一部屋食事無しで一泊銀貨二枚!?全財産使ったって一週間も泊まれないじゃない!」
あたし達の現在の所持金は金貨一枚。
金貨一枚で銀貨十枚だから、五日分しかない。
これからさらに食費などを差し引くとなると、一泊二泊が限度になる。
『ということはだ。とっとと冒険者になって金を稼ぐほか俺達に道は無いってこった。諦めな、お嬢』
直ぐに報酬の出る仕事なんて冒険者以外に無い。
ちくせう、あわよくば此処で安定した仕事を見つけてひっそり生きていこうと思ってたのに…
ぐぬぬ…
師匠め、何がなんでも安らぎを与えんつもりか…!
『さすがにそこまでイっちゃんも鬼じゃ無いと思うっすが…』
『しかしいくら帝都とはいえ、昔はここまで高くなかったんだがな。物価が上がってるとなりゃあ、ギルド登録にもいくらかかるか分かったもんじゃねぇな。お嬢、三代目、宿は後回しにして先にギルドへ冒険者登録をしに行こうぜ』
『それが賢明っすね』
アインの言う通り、稼ぎ口を優先して確保しておかなくては、最悪の場合は詰みだ。
あたし達は中央道の冒険者ギルドへと向かうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
−南中央道・冒険者ギルド帝都本部
ゴルド帝国の各地に散在する冒険者ギルド。その本部がここである。
横長で無機質な二階建ての建物の中では毎日、ギルド職員が事務処理に追われて忙しなく働いている。
だが職務に奮闘する彼らを邪魔する、実に迷惑な輩が偶にいたりする。
「おい小僧、俺が誰だか分かってモノ言ってんのか?潰されたくなきゃあ、大人しく譲りな」
「ハッ!テメェみてぇなヒゲオヤジなんざ知るかよ。とっとと俺達の後ろに並びな」
受け付けカウンターの前で、緑のスカーフを身に付けた青年らと髭面の大男が睨み合いをしている。
一触即発の雰囲気に、ギルド内の冒険者たちは遠巻きに彼らを見つめるだけで誰も止めようとはしない。
「このっ…!俺はBランクチーム『鉄血団』のリーダー、鉄槌のバグロー様だ!!」
「俺はCランクチーム『新緑の風』のリーダー、ウィンデだ。生憎鉄槌なんて聞いたことねーよ、バーカ」
度重なるウィンデの挑発に顔を真っ赤にしたバグローは、野次馬に向かって招集をかけた。
すると、人ごみの奥から同じ赤い十字の印されたエンブレムを身に着けた屈強な男達がぞろぞろと集まり、青年達をぐるりと囲い込んだ。
「どうだ小僧、謝るんなら今の内だぜ?」
「……仲間がいたのか」
「ウィンデ、Bランク相手でこの人数はやばいって!割り込みされたぐらい、いいじゃないか!」
「るせぇ!こーいう子供の手本にならねぇ大人が俺は一番嫌いなんだよ!!」
ウィンデは仲間の制止も聞かず、バグローを睨みつける。
だがしかし強気なセリフと表情とは裏腹に、ウィンデは冷や汗が止まらなかった。
CランクとBランク、一つ違いでもその実力差は天と地ほどもある。
まともにやり合って勝てる相手じゃないのだ。
おまけにこの数、青年ら3人に対してざっと20人強。あまりに分が悪すぎる。
「(いまさら頭下げたってってタダじゃ済まねぇだろうな。てか下げたくねぇ!…だが闘るにしても仲間を巻き込むのは…くそっ!)」
幾ら考えても打開策は見出せない。頭に血が昇りやすい自身の迂闊さを呪う事しか出来ずに歯噛みし、ただ眼前の男を睨みつける。
「…どうやら詫びる気はサラサラ無いらしい。良い度胸だ……表へ出な!」