第18話 未来を選ぶ者
シェニムにも人々の、ノヴィネスたちの暮らしがある。どの集落も小さく、ほとんどの者は自給自足の慎ましやかな生活を送っていた。
豊かな自然に囲まれ、その自然の恵みを享受し、自らもその自然の一部となる。
そんな暮らしの中にもフォッシリアの力は必要不可欠だ。
サンティは小高い丘の上から、ある家の暮らしを眺めていた。畑仕事から帰ってきた夫と妻が、共に収穫してきた作物を水で洗っている。その水は軒先に備えられた長方形の貯水槽の水を使っているが、その貯水槽へ水を供給しているのもフォッシリアの力だ。
作物を洗う作業を妻に任せ、夫は大きな鍋一杯に新しい水を汲んだ。その水を沸かすのもフォッシリアの力を使っている。
ノヴィネスがバルバリの民より創られて一万年。彼らは創られたころと何ら変わらない。フォッシリアの力を使ってはいるが、それを用いて新たな道具を創りだすのは稀だ。それは、僅かに残るアンテの過ちの記憶がそうさせているのかもしれないと、サンティは考えていた。
しばらくすると、その家に二人の幼い子供が帰ってきた。森の中で遊んでいたのか、衣服は土や葉で汚れている。二人の子供はそれぞれに袋を持っていて、その袋の中から互いに成果を競い合うようにして木の実を出し、母親に見せ合っている。家から出てきた夫が笑いながらその二人の子供の頭から水を浴びせた。冷たい水を浴びる子供たちもはしゃいでいる。
その子供のひとりとサンティとの目が合ったとき、子供がフィクスムに祈りを捧げるのと同じ格好でサンティに対しても祈った。その動きを見たもうひとりの子供と両親もまた、サンティに祈り始めた。
「やめてくれ」
声に出しはしない。だが、サンティは胸の奥でそう呟いていた。
翼を持つ小さな生物たちが木々の上で眠りについているシェニムの森深く。はるか遠くの小さなフィクスムたちが無数に散らばる夜。サンティは静かに自身と向き合っていた。
ユーランからファンデルへの復讐が目的と聞いたときは、何とも身勝手なと正直そう思っていた。
ファンデルが二体の聖獣を犠牲に、スキアボスとノス・クオッドを創り出した現場を当時のサンクテクォは直接見ていない。
しかし、サンティには仮にその現場を直接見ていたとしても、ユーランのように復讐心に燃えるとは思えなかった。
そもそも聖獣とひと括りにされているが、全く違う種族である。
アンテによって与えられた「聖獣」という呼び名と地位に、聖獣たちは長く胡坐をかきすぎていたのかもしれないとサンティは振り返った。そしてそれは今でも続いている。
確かにアンテやスキアボス、ノス・クオッド、ノヴィネスやその他の生物たちに比べれば、圧倒的な強靭さや能力を持っているかもしれない。これ以上の進化は必要ないと、聖獣たちを構成する生命の根源がそう言っているようでもある。
だが、だからこそ、サンティにはユーランが逆襲と言いながらその実、進化の秘密に固執しているように感じられた。ファンデルへの逆襲と言いながら、バシリアスとファンデルとの関係の真実に酷く執着しているように見えた。
サンティは幼体での二年を、クウォンテと共に過ごした。ピートと共に過ごした。組合の皆と過ごした。あの二年は、サンティにとって何よりも尊い時間だった。アンテが滅び、ファンデルが眠った後の一万年よりも、この二年が。
この世界を汚したアンテ。そのアンテを暴力で止めたファンデル。そのファンデルによって創り出された新たな種。ファンデルが残した八つの不完全なコピー。それらと繋がり、ゆっくりと進化をし、前を見据えるスタークとミディエ、まだ見ぬオルビスと繋がるバルバリの民たち。
彼らと繋がるファンデルは、果たして断罪すべき存在なのだろうか。
そう疑問を持つサンティはもう、聖獣サンクテクォではないのだろうとサンティ自身感じていた。あの二年という月日に、そう裁断を下されたのだと。
ファンデルの復活とサンクテクォの変化。世界は確実に変わろうとしている。




