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破滅の罪人:細胞レベルの記憶は化石となってもなお  作者: 川内祐
第二章 ミディエとオルビス

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第9話 ジェイド湖の底

 ジェイド湖には多様な生物が生息しているが、特にチェア山脈側の岸には、より多くの水生生物が存在している。


 チェア山脈から地下水脈を通ってきた水は、多くの養分を含み、微生物たちのエネルギー源になっている。その微生物たちを食料とする小型の水生生物のほとんどが、ジェイド湖の固有種だ。


 有史以来、その生態系を根拠に、バルバリの民とノス・クオッドの民との争いは現実あったことだと説いた生物学者も数人いた。また、原始の生物が多く存在しているジェイド湖は、今でも生物学者たちの注目の的だ。


 一万年前に、ノス・クオッドの生き残りであるバルバリの民によって創られた自然。雨が降らなくなった地に、雨を降らせるために創られた自然だ。


「山脈の向こう側には行ったことはあるか?」


 成体になったサンティの右肩に座るスタークが、左肩に座るミディエに聞いた。フォッシリアとの繋がりが回復しないまま、歩いて「ジェイド湖の底」を目指していたスタークたちだったが、その歩みの遅さに痺れを切らしたサンティが、二人を肩に乗せて、広大な砂漠の上を風のように疾走している。


「うん、何度かね。こちら側とは全くの別世界。でも、今のスタークの話を聞くまで、チェア山脈があるせいで、アリーチェ・デザータは砂漠だらけなんだと思ってた。だって、山脈の向こうは広い森がどこまでも拡がっているんだもの。それこそ、大きな生き物みたいな森が。その森が大陸全体に拡がるのを、山脈が食い止めているように思えてたんだよね。でも、実際はその逆ってことなんでしょ? 一万年前は、山脈の向こう側もずっと砂漠が拡がっていた。それが、チェア山脈が創られて、アリーチェ・シルヴァには森が拡がって、アリーチェ・デザータにはジェイド湖ができた」


 ミディエがそう言うと、スタークはサンティの肩を二度呼びかけるように叩いた。


「聖獣たちはそれも見てきているだろうに、無関心なものだな。その叡知を示せば、喜ぶ学者どもも多かろう」


「スターク、分かっていて言っているのだろうが、言葉が話せぬ聖獣にそれは無理だ」


 聖獣たちは、それぞれ一体ずつしか存在しない。唯一世代交代の瞬間に二体が存在するが、記憶を含めたすべての情報は、新しい聖獣が発生した後、言葉以外の方法で個別に受け継がれている。


 その言葉を必要としない聖獣でありながらサンティが言葉を話せるのは、ミディエがフォッシリアの力を使って言葉を教えたからだ。既に一度言葉を覚えたサンティはもちろん、今後サンクテクォを継ぐ個体も、言葉を話せることになるはずだ。


「それに、我々は人との関わりを嫌う。理由は問うなよ。一万年前以上前のことを根に持つ、頑固者だと思われたくない」


「じゃあ、どうしてその人嫌いの聖獣サンクテクォがこうしてるの?」


 ミディエが、悪戯っぽくサンティの首筋をくすぐりながら言った。


「人そのものを嫌っているわけではない。だが、そうだな。重要なのは『なぜこうしているのか』という問いだろうが、その答えはひとつしかない。先代が殺され、そうせざるを得ない状況になったからだ」


 ミディエは期待していた。「ミディエが好きだから」と、答えてくれるのではないかと。だが、期待に反して悲しい答えを述べたサンティの駆ける速度が、僅かに上がった気がした。


「それと、ミディエは好きだ」


 肩越しに何かを感じたのか、サンティが小声でそう呟くと、ミディエは柔らかく靡くサンティの白い毛に顔を埋めた。


「ありがとう、サンティ。私もサンティが好きだよ。この姿も凄く綺麗だし」


 ミディエがそう言ってサンティを抱きしめると、そのサンティの身体が浮いた。


「ん、フォッシリアとの繋がりが戻ったか。ミディエ、そのオルビスとの力は認めぬでもないが、扱いを習得してもらわねば困るな」


 スタークがミディエの方を向いて、苦笑しつつ言った。


 チェア山脈には、いくつかの坑道がある。その多くは廃坑になっているが、今なお掘り進められている坑道が三か所。いずれも、山脈のアリーチェ・デザータが国土を有する斜面側にあり、樹木のない岩肌にその口を開けている。


 坑道が集中する中腹までは、その地を訪れる者に穏やかな山容を見せている。だが、雲が覆い始める高度からはその姿も一変する。翼を持つ生物たちでさえ、雲には近づかない。そこに向かえばどうなるのかを知っているからだ。


「この先は歩いていく。ミディエはサンクテクォの肩に乗っていろ。サンクテクォは私から離れないようについてこい」


 先頭を飛ぶスタークが、なだらかな斜面を選んでその地に足を降ろした。よく見ると、その一帯には多くの足跡が見られる。


「この上が、バルバリの国」


 ミディエが斜面の上に目を向け呟いた。目前に浮かぶ雲に隠れるその先が、一体どこまで続いているのか想像もできない。


「バルバリの国は雲を抜けた先にあるが、エスが眠る場所への入口は雲の中だ。雲の先までは行かん」


 休むことなく歩きながら、スタークは言葉を発している。その後も話を続けながら歩き続けた。三歩でも離れれば、白い世界に飲み込まれて姿が見えなくなる。白い体毛に覆われたサンティの肩に乗るミディエからは、サンティが踏みしめているはずの地面さえ見えず、白い世界の中を漂っているような恐怖を感じていた。スタークが話し続けているのは、その位置を知らせるためと、ミディエの恐怖心を抑えるためだ。


 そのスタークの足が、止まった。


「すぐに戻る。動かずに待っていろ」


 サンティにそう命じて、スタークがひとり歩みを進めた。やはり三歩も進めば、その姿は雲の中に消える。


 ミディエがゆっくりと呼吸を十回した頃には、スタークが戻ってきた。


「道は開いた。行くぞ」


 そのスタークの後を追い、五歩も進むと雲は背後に残るのみとなり、上下左右は山を削ったとは思えない滑らかな壁に囲まれていた。他の坑道とは全く違う様相だ。エスが眠る地に続く通路に入ったと知れた。


「ここは、本当に山脈の中?」


 ミディエがそう言うのも仕方がない。光の届かない洞窟であるはずなのに、通路は明るく照らされている。松明のようなものも見当たらない。


「エスが眠る場所には、常にフィクスムの光が届く。そこから無数の鏡が天井の裏に貼られていて、通路が照らされているのさ」


「常にって、夜は?」


「山頂の上、空よりさらに高い所にも鏡がある。この世界の空の上には巨大な三つの鏡が浮かんでいると聞いたことがある。エスに絶えずフィクスムの光を与えるためだけに」


 途方もない話を聞いて、ミディエは眩暈がした。額には汗が浮かび、歩を進めるごとに耳鳴りも激しくなっている。


「ごめんなさい。私、疲れてるみたい」


 ミディエは眉間に深い皴を刻み、肩で息をしている。歩みを止めたスタークが、身に着けていた闇のローブをミディエの肩に掛け、フード越しにやさしく頭へ手を添えた。


「長らくのこの国を離れていたミディエには光が濃すぎるかもしれんな。これを羽織っていろ。楽になるはずだ」


「あっ、ありがとう」


 スタークの言う通り、ローブに身を包むと、ミディエを襲っていた嘘のように耳鳴りと眩暈が治まった。


「どうした? まだどこか痛む所があるか?」


 厳しい表情でスタークのことを見つめ続けているミディエに、スタークは首を傾げた。


「ううん、別に。初めの印象とは随分違うから」


 スタークは眩しく輝く天井を見上げ、組合の前で最初にミディエに会ったときの自分を思い返した。しばらく天井を見上げて考えていたスタークは、やがて頭を掻いて再び歩き始めた。


「ふむ。どう考えても、変わったのはそちらの方だと思うがな」


 背中を向けて溢したスタークに向けて、ミディエは思い切り舌を出していた。




 下りながら山脈の中心に向かう通路を進み続けたその先に、それは遠くからでも確認できる輝きを持って姿を現した。


 フィクスムが密集して生まれたかのような塔。


 床から聳える塔の太さは、そこを訪れたサンティを含めた三人が連なり手を回しても、その半分ほどしか届かないだろう。


 塔の上部は丸く高い天井を貫き、その上へと伸びている。


 その塔は全体が輝いているが、不思議と眩しさは感じない。ただ守られている。そういう温かさを与えているだけだ。


「見えるか、ミディエ」


「ええ。この人が、エスなのね?」


 光を放つ塔の中心。膝を抱え眠るエスは、あたかも衣服のように伸びた黄金の毛髪によって、その細い身体全体が包まれている。


「ああ。この姿のまま、一万年の時を眠り続けている。ミディエ、気分はどうだ?」


「大丈夫。この光にも随分慣れてきた」


 ミディエの目はエスに釘付けだ。光の中心で黄金の髪が揺れている。エスの周囲には液体が満たされているようだ。


「どうして誰もエスのことを知らないんだろう? マカエッソだって多分知らなかったはず」


「バルバリの民であるミディエでもこの状態だ。元々フィクスムの光がなくても活動できるように創られたのがノヴィネスだ。穢れには強くとも、このフィクスムの光には近づけないさ」


 ミディエはスタークの話の途中で、ハッとしてエスの口元を見つめていた。声が聞こえた気がしたのだ。


「今、エスが何か話した気がしたけど」


「聞こえたか?」


 そう言ったスタークの方を見てミディエは頷いた。


「スタークも聞こえたの?」


「そういうわけではない。エスは我々の全てを知っている。だが、問わない限り答えを与えない。今ミディエは、何か疑問を思い浮かべたのだろう? エスがその疑問の答えを与えたのだ。もう一度問いかけてみろ。その答えを強く求めれば、もっと明瞭に聞こえるはずだ」


 集中してエスを見つめていたミディエの頬を、一筋の涙が流れた。


「そう。そういうことだったのね」


 エスを見つめたままで、ミディエが呟いた。


「なぜ私たちがバルバリの国を出なければならないのか、その本当の理由が分かった。それと、スターク。貴方が何をしようとしているのかも。貴方はバシリアスを止めるために、一度は捨てたバルバリの宿命を背負った」


 ミディエはスタークに向けてそう言ったが、スタークは首を横に振った。


「代々の王はバルバリの宿命を捨てていた訳ではない。むしろ宿命を果たすために力を求めていた。私とてヴァーブラ公国で過ごした八年はそのためだけのもの。もっとも、私の代でこのようなことが起こるとは思いもしなかったが」


 何をエスに問うたのか。そういう目をしたスタークにミディエが言葉を続ける。


「オルビスと繋がるということの意味。その後に待っている宿命。バルバリの国を出なければならないのは、この世を守るため。世界全体を見渡す必要があるから。それは間違いない。でも、サンティも言っていた通り、オルビスが一か所に集まる危険を避ける意味もあるって。バシリアスのようなヤツが全てのオルビスを手にすることがないように」


 ミディエは自らのオルビスに触れながら、不安が消えるよう祈りながら声にした。


「そのバシリアスの目的はエスにも分からないみたいだった。きっと、バシリアスがバルバリの民じゃないからでしょうね。でも、それに関連したスタークの目的、いいえ、宿命が見えたの」


 ミディエは再びバシリアスが何者なのかを尋ねようとしたが、それ以外にも湧き出る疑問を抑えきれなかった。


 バルバリの民の宿命とは何なのか。オルビスと繋がる自分の使命とは何なのか。本当の両親は今もバルバリの国に生きているのか。自分はこれからどうするべきなのか。スタークに聞かれた、自分の本当の名は何なのか。


 心に沸き上がった全ての疑問に、エスは瞬時に答えを返してきた。言葉ではなく、同時に複数のイメージが押し寄せ、ミディエは思わず固く目を閉じた。


「スターク、最初に聞かれた私の名前。私の本当の名前はね」


「ミデュール=タッカーテ・フィル・ムンドゥム。世界を導くフィル・ムンドゥムの名を継ぐ者。そうだろう?」


「同じ声が聞こえたの?」


「いや。お嬢さんのオルビスに初めて触れた時にその名が流れ込んできた。フィル・ムンドゥムの名を継ぐ者がオルビスに繋がりバルバリの国を去ったということは、これまでになかったがな。まあ、それはこの俺も同じことだが」


 自分の名にそれ程意味があると思えないミディエは、その話をどこか他人事のように聞いていた。


「そもそも、私がどうやってお前の家にたどり着いたと思っていた?」


「それは、フィクスムの力で探したんじゃないの?」


「惜しいが、違う。オルビスだ。そのオルビスがミディエを求めていた」


 スタークの視線に、思わずミディエは耳のオルビスに触れた。不思議なことに、そのオルビスに触れると自分がここに立って生きているという実感をいつも与えられる。


「あれほど強くオルビスと繋がっているのは、相当な資質がある証拠だ」


「そんな、私は別に」


 今までそのようなことを意識したこともないミディエは、戸惑いを隠しきれずにいた。


「私は王であり、統べる者だが、ミディエは私を含めて全ての者を正しい道へと導く者だ。その正しい道というのが誰にとっての正しい道なのかは知らんが、その宿命を持って生まれたことには違いない」


 ミディエは背負った宿命に押しつぶされそうになっていた。そのミディエの横に、サンティが寄り添う。


「ミディエ。宿命は宿命だが、ミディエはミディエだ。最後に歩む道を選ぶのは、自分自身の意志だ。ミディエが進みたい道を選べばいい」


 スタークも、そのサンティの言葉に同意した。


「その通りだ。だが、誰かがやらねばならん。誰かが動かねば、我々が生き続けることは叶わん。今はそういう時だ。それだけは覚えておけ」


 その誰かに果たして自分が成れるのか。ミディエは自問したが、まだ一人前の大人になり切れていない自分に何かができるとは思えなかった。


 俯くミディエの肩にスタークが手を添えた。


「己がバルバリの民だと今日知ったばかり。その存在すら信じていなかったのだろう? 突然の変化に混乱しているだろうが、バシリアスにとっては、そんなことは関係ない。対峙した時に我々に対する明らかな殺気を感じた。オルビスを奪うにはその所有者を殺すべきだと察知したのだろう。我々には戦う道しかない。そして、この戦いにミディエの力は不可欠だ」


 ミディエも今は戦う覚悟はできている。ミディエ自身、生きていてあれほどの強い怒りを感じる時が来るとは思わなかった。自分に対する恐怖を伴う怒り。


「バシリアスは全てのオルビスを手に入れるつもりなのよね?」


「それだけで済むかは分からん。奴はオルビスの持つ力を欲しているのは間違いない。だが、なぜ組合を潰す必要がある? まるで想像がつかん」


「だったら、バシリアス本人に聞くまでね」


 息を巻くミディエに対し、スタークの表情は厳しい。


「それができる相手だと思うのか? 今度会ったときは口など開かずに、オルビスを手に入れようとするぞ」


「手に入れたいのはオルビスでしょ? 私たちを殺すのが目的なわけじゃない。私たちがオルビスを差し出すと言っておびき寄せれば」


 強い眼光で言い切ったミディエに、スタークは苦笑した。


「オルビスの力が使えるのは、そのオルビスに繋がることのできる者だけだ。そして、それはひとりしか存在し得ない。つまり、オルビスを奪っても、他に繋がる者がいれば。それはただの石を手にしたのと同じことだ」


 その言葉の意味することを悟ったミディエの表情が途端に暗くなる。


「そっか。バシリアスもそれが分かったから、サンティが来たあの時は去っていったのね」


「理解できたのなら行くぞ」


 スタークはそう告げて通路を外に向かって進み始めた。


「他のオルビスを探すのだな?」


 サンティがスタークに確認しながらその後を追う。


「ああ。私にもオルビスの行方は知りようがないが、知っていそうな者なら心当たりがある。まずはそいつに会ってからだな」


 そう言ったスタークの視線は、サンティに向いていた。


「ねえ、ちょっと待って!」


 最後までエスを見つめていたミディエが、歩き始めたスタークとサンティを呼び止めた。


「バシリアスのことは分からないけど、ファンデルなら分かるって。ファンデルって、バシリアスが取り込んだかなんだかした始祖の聖躯、キノニアでしょ?」


 ミディエは眉間にしわを寄せ、まだエスを見つめている。スタークは怪訝な表情をしているが、そのままミディエの続く言葉を待った。


「バシリアスは死んでる?」


 ミディエは、エスから届く声を、そのまま繰り返し質問としてぶつけている。そのミディエの横にサンティが駆け寄った。


「エスは何と言っている。ファンデルが何だと?」


「ファンデルも完全じゃないって。だからオルビスを求めているんだろうって」


 サンティは鋭い視線をミディエに向けたまま、言葉を待っている。それはやはり引き返してきたスタークも同様だ。


「エスは何と言ったのだ?」


「あっ、うん。えとね、オリジナルのファンデルはほとんど壊れているから、力の復活のためにファンデルのコピーが必要なんだって」


 サンティの厳しい視線に戸惑いながら、ミディエはエスの言葉を伝えた。


「サンクテクォ、聞かせろ。ファンデルのコピーというのがオルビスのことか? あのバシリアスの中のファンデルがあれでも壊れていると?」


 サンティの目は虚空を見つめていた。


「オレがバシリアスに名を聞いた時、奴はまだファンデルを名乗らなかった。つまり、まだ完全ではないのは間違いない。しかし、オルビスについては人間の、バルバリのやったことだ。オレにも詳しくはわからないこともある。もしかしたら、ノス・クオッドの力の中で最初に封じられたのがオルビスだという話は間違いなのかもしれないな」


「サンクテクォ、実際にファンデルを見たことがあるのだろう。始祖の力などというが、正体はなんだ?」


 スタークがサンティのあごの下の毛を掴み、乱暴に自分の方へ顔を向けた。


「ファンデルとは、最初のノス・クオッドだ。自分で自分自身を作り出した」


 初めて聞く話に、スタークは床を蹴飛ばした。


「自分で自分自身をだと? そんな馬鹿げた話があるか! 自分自身を作ったという『自分』は誰が作る? それも『自分』だと言うんじゃないだろうな?」


「その通りだ。ファンデルは、『無』を自分の力で打ち破って生まれた存在。だが、自分の身体を消費して多くのノス・クオッドを作り、再び無に帰したと聞いていたが。スタークよ」


「なんだ?」


「これからシェニムへ向かうつもりだったのだろう?」


 スタークは頷いた。シェニムには世界を見渡す能力を持った、聖獣ユーランが居る。その能力と、ミディエのオルビスの力で、残りのオルビスの行方を突き止めようとスタークは考えていた。


「そのつもりだったが。しかし、オルビスがファンデルのコピーだという話が本当だとすれば、バシリアスは既に全てのオルビスの位置を把握しているかもしれん。そうなると、我々がどう急いだところで」


 考え込むスタークを、サンティは行動に移すよう急かした。


「今はまずシェニムに向かおう。さあ、二人とも私の肩に乗るのだ。フォッシリアを使えば、バシリアスに気付かれる可能性もある」


 サンティは二人が肩に乗ったのを確認すると、風を切ってシェニムへ向かって駆け出した。




 チェア山脈の中央部。連なる山々に囲まれた緑豊かな台地がある。台地の中心には無色透明の鉱石でできた塔が聳え、そこから放射状に五本の広い通りが伸び、円形の土地を等しく五等分している。それぞれの通りには、五体の聖獣の名が与えられていた。


 ジェイド湖の底と呼ばれるその地には、二万を超えるバルバリの民が暮らしている。


 そのバルバリの民のほぼ全てが、この地から出ることなく一生を終える。山脈の尾根を越えて下界に降りるのは、オルビスを持つ資格を得た者と、その者を下界に送り届ける役割を与えられた者だけだ。


 また、逆にバルバリの民以外でこの地を訪れる者もいない。特に、バルバリの民によって元素から創られたノヴィネスは、山頂に近づくこともできない。つまり、この地に住むバルバリの民は、ノヴィネスの姿を知らないのだ。


 赤いマントを身に着け、空からゆっくりと舞い降りた白い肌の男。


 その姿を目の当たりにしたバルバリの民の中には、フィクスムの化身が空から降りてきたかのようだと感じる者もいた。だが、その男の最初の行動で、災いを招く存在だと誰もが認識するに至った。


「余の問いに答えよ」


 何者かと遠巻きに様子を窺う大人たちの輪の中から、ひとりの少女が男に近づくと、男は少女の首を掴んで持ち上げた。


「この地の首長はどこにいる?」


 少女は答えない。質問の意味が分からなかったのではない。既に少女は首の骨が砕かれ、息絶えていた。男も少女に問うたのではなかった。その視線は人々の輪を抑えるように両手を横に広げた男に向けられていた。


「聞こえなかったわけではあるまい。余はエナ=ネオ・オ・バシリアス。ノス・クオッドの過ちを正す者。この世をあるべき姿に還す者だ」


 バシリアスは少女を掴んでいた手を放し、男の方へ一歩踏み出した。


 バシリアスを囲んでいた輪が広がったが、バシリアスが語り掛けた男は、手を広げていたその位置から一歩も動かなかった。


「お前が言う首長とは、この国の議長のことか?」


「議長か。ふむ。その者は、オルビスの行方を知っているのか?」


「オルビスの行方」という言葉を聞いて、男は眉間に皴を寄せた。


「それを知ってどうすると、いや、貴様のような奴に聞くほどでもないな。この場から立ち去れ」


 男はそう言って広げていた両手を前に突き出した。その手のひらに向かって、光が集まる。


「そのフォッシリアの力は人に向かって使うなと教わらなかったか?」


 バシリアスはそう言って男を嘲笑した。だが、男もそれに対して笑い返した。


「俺も人に使うつもりはない。貴様は人ではなかろう?」


 手のひらに集まっていた光が一気に収縮して明るさを増すと、気合を込めた男の声と共に、今度は反発するように細く光が伸び、その先端がバシリアスを貫いた。その確かな手応えに、男は安堵の息を吐いた。


 だが、その表情がみるみる恐怖に青ざめていった。


「なるほど、一理ある。確かに余は人ではない」


 バシリアスが自分を貫く光の槍に触れると、その槍は一瞬にして消えた。それと同時に、光を放った男の姿も、空に伸びる細い煙となって忽然と消えていた。


 多くの悲鳴と共に、バシリアスを囲んでいた人の輪が散らばっていく。


「情けない奴らだ。中途半端な力を遺し、この世にすがるとは。罪人は罪人らしく罪を償えばよかろうに。仕方がない、少々手伝ってやろう」


 バシリアスがマントを翻すと、マントの内側から飛び出した無数の棘が、周囲にいたバルバリの民たちに次々と突き刺さった。そのマントを翻す動作を四度繰り返したときには、その場にいた全ての民が地面に血を流し倒れていた。


「話さぬのであれば、議長とやらをのんびりと捜すまで。ま、どこにいるかは想像に難くないが」


 中央に聳える塔の下。五つの通りに巨大な門がある。その門は互いに接していて、真上から見ると正五角形を形作っていた。門の上にはそれぞれ屋根があり、屋根の頂上には聖獣の像が飾られている。


「あの門のどこかであろうな。他には普通の民家ばかりだ。あの門で適当に暴れておれば出てこよう」


 バシリアスは転がる死体を飛び越え、一直線に塔の下へと向かった。

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