潮風の街と、懐かしい声(2)
肩がビクッと跳ねた。
聞き覚えのある、けれど、二度と聞きたくなかった声。
恐る恐る振り返ると、そこにはあの頃と変わらない、どこか冷ややかな光を宿した瞳があった。
「やっぱり、栞ちゃんだ! 久しぶり〜!」
水瀬 凪。小学校の頃、いつも中心にいた同級生。
彼女は私の戸惑いなどお構いなしに、遠慮なく抱きついてきた。
「元気だった? あれから全然連絡くれないんだもん。みんなで『栞ちゃん、どうしてるかな』って噂してたんだよ?」
「あ……うん。元気……だよ」
大袈裟な身振り、全く心のこもっていない声。そして、それが相手に見透かされていることに微塵も気づかない傲慢さ。
……ああ、やっぱり苦手だ。
喉の奥が引き攣り、呼吸が浅くなっていくのがわかる。
「今日はどうしたの? 観光?」
凪は私の隣に無理やり腰を下ろすと、自分が卒業してから今日までに起きた出来事を、洪水のように話し始めた。
誰が結婚した、誰がどこに就職した――。
私には縁の切れた世界のニュースが、頭の中を素通りしていく。ひとしきり話して満足したのか、彼女は「で、栞ちゃんは何してたの?」と首を傾げた。
私は、母と町を出てからのことを、感情を殺して簡潔に話した。
大学を卒業し、今はコンビニでバイトをしていること。それだけを伝えた。遺書のことも、ここに来た本当の理由も、彼女に話すつもりはない。
「へぇー、コンビニかぁ。大変そうだね」
凪は興味なさそうに爪を眺め、ふと思いついたように顔を上げた。
「転校していった子といえば……誰だっけ。名前忘れちゃったな。……あ、漣だ! 瀬尾漣!」
心臓が、跳ねた。
「あいつ、どうしたんだろうね。確かお父さんが時計職人で、あちこち転々としてるって言ってたよね。……あはは、思い出した! あいつ、栞ちゃんのこと好きだったんじゃなかったっけ?」
凪はゲラゲラと下品に笑い、私の肩を叩いた。
「毎日同じシャツ着てさ、暗い顔して。……栞ちゃんも迷惑だったでしょ? 貧乏くさいやつにつきまとわれてさ」
その瞬間。
バラバラだった記憶の破片が、音を立てて組み合わさっていくのを感じた。
――埃っぽい教室の隅。
――汚れの目立つシャツを着て、俯いていた少年。
――そして、私の手から滑り落ち、アスファルトの上で無残に砕け散った、父の大切な腕時計。
あの日、泣きじゃくる私の前に跪き、その破片を一つひとつ拾い集めていたのは、あいつだったのか。




