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拝啓 深山栞様〜遺書から始まるラブストーリー〜  作者: autofocus


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再訪の刑事と、溶け出した記憶(2)

私は戸惑いながらも、隣で作業をしている太陽くんに「少し外していい?」と目配せをした。冴子さんも、背後で黙って頷いてくれている。

 店外のベンチ。陽炎が立ち上るアスファルトの熱気の中で、その人はレジで買ったばかりの缶コーヒーを私に差し出した。


「あ、自己紹介が遅れましたね。俺、松岡駿まつおか しゅんっていいます。昨日は、いきなり驚かせてごめんなさい」

 松岡さんは少し照れくさそうに笑い、自分も隣のベンチに腰を下ろした。今日はスーツではなくポロシャツにチノパンという軽装のせいか、昨日よりずっと年が近く見える。


「仕事柄、色んな現場を見てきましたけど……瀬尾さんの部屋、本当に何もなかったんです。家具も、娯楽品も、まるでない。……ただ」

 松岡さんは遠くを見るような目で、空のコーヒー缶を見つめた。

「窓際の作業机だけが、驚くほど整頓されていてね。そこには使い込まれた工具と、君のあの時計だけが置かれていた。……まるで、その時計を直すためだけに、彼は生きていたみたいに見えたんです」


 ドクン、と心臓が鳴る。


「それと、これは僕の独り言だと思って聞いてください。彼の部屋のゴミ箱に、書き損じの封筒が落ちていたんです。そこには『深山栞様』と、何度も、何度も、練習したような跡がありました」


 沈黙が流れる。時折、湿り気を帯びた生温かい風が、私の頬をなでていった。


「彼は……なんの仕事をしていたんでしょうか?」

 沈黙を破ったのは、自分でも驚くほど乾いた私の声だった。

「詳しい経歴はまだ調査中ですが、彼の父親は時計職人だったらしいんです。でも、彼が子供の頃に亡くなっている」

 松岡さんは指先で缶を弄りながら言葉を続けた。

「親戚縁者も見つからず、我々としても唯一の手がかりは遺書に名前のあった君だけだった。でも君も彼を知らないとなると、本当に彼は独りきりで……」


「彼のお父さんが住んでいた場所、教えてもらえませんか?」

 松岡さんは少し困ったように頭をかいた。

「ああ……。これ、山さんにバレたらまた大目玉だな」

 山さん――昨日のあの、初老の刑事さんのことだろう。

「瀬尾漣の父親は、転勤を繰り返していたみたいでね。最後に住み着いたのが……『岬町みさきまち』。海沿いの、小さな町です」


 どくん、と心臓が大きく跳ねた。


 岬町。

 私が生まれ、育ち、そして――すべてを捨てて逃げ出した、あの場所だ。

 忘れるはずがない。あのアスファルトの匂いも、錆びた防潮堤も、あの日砕け散ったガラスの音も。


 胸の中が、制御できないほど激しくざわつき始める。

 漣という男は、あの町にいたのだ。私と同じ空気を吸い、同じ海を見ていた。もしかしたら、どこかですれ違ってさえいたのかもしれない。


「……深山さん? 顔色が悪いけど、大丈夫?」

 松岡さんの心配そうな声が、遠くの方で聞こえた。

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