第三話:再訪の刑事と、溶け出した記憶
久しぶりに、幼い頃の夢を見た。
夢とは脳が過去の記憶をランダムに再構成して見せる「幻覚」に過ぎないというが、だとしたら私の中には、まだあの頃の断片がこびりついているということだ。……とうに、捨て去ったつもりだったのに。
夢の中の小さな女の子は、泣いていた。
誰からも助けてもらえない孤独。冷たいアスファルトの上。けれど、視界の端に、誰かが差し出した「手」が見えた。
それが誰のものかを確認する前に、意識が浮上する。
目尻から頬にかけて、冷たい涙の跡が残っていた。
流しで乱暴に顔を洗い、スマホを開く。冴子さんから『今日も休む?』と短いメッセージ。
『大丈夫です、すぐ行きます』
そう返して、私は逃げるように家を出た。
今日も、呪わしいほどに天気がいい。
駅までのわずかな距離で、脇にじっとりと嫌な汗をかく。
「……夏なんて、大嫌いだ」
自動ドアを抜けると、そこだけ切り取られたように涼しい。
「大丈夫?」と眉を寄せる冴子さんの視線を避け、事情を知らない後輩の日向太陽が「なんかあったんすか、深山さん」と能天気に声をかけてくる。
「……何でもない」
吐き捨てるように答えて、事務所へ駆け込んだ。
制服に着替えながら、カバンの中に潜んでいる「あの封筒」の存在を感じる。
いったい、何が私の心に棘を刺しているのだろう。
頬を両手で叩き、気合を入れ直してバックヤードから店内へ出た。
――その時、不意に視界に入った見覚えのある人に、私の足が止まった。
レジカウンターの隅に立っていたのは、昨日、初老の刑事と一緒にいた若い男だった。
今日はスーツではなく、ポロシャツにチノパンという軽装だ。彼は私と目が合うと、申し訳なさそうに
右手を軽く上げた。
「あ、深山さん。……昨日は、いきなり驚かせてごめんなさい」
「……刑事さん。どうして、ここに」
「いや、ちょっと非番で。この近くに旨い定食屋があるんで寄ったついで、っていうのは口実かな。どう
しても、君に伝えておかなきゃいけないことがあって」
彼はカウンター越しに身を乗り出し、声を潜めた。
「瀬尾漣さんのこと。……少しだけ、話せますか?」




