最終話:刻みはじめた時間、再会の汽笛
駅のホームに立ち、電車を待つ。
左手に馴染んだ銀色の腕時計で時間を確認する。秒針は迷いなく、一秒一秒を刻んでいた。
「……もう少しだ」
潮風が心地よく私の頬を撫でる。やがて到着を告げるベルが鳴り、二両編成の電車がゆっくりとホームに滑り込んできた。
乗り込んで、海の見える四人掛けの席に腰を下ろす。車内には老人が一人と、若い女性が一人。閑散とした車内に、ガタンと心地よい振動が伝わり、電車が動き出した。
遠ざかっていく岬町の海を見つめながら、心の中でつぶやく。
(……また来るよ)
電車に揺られ、この数日間の出来事を思い返していた。長いようで、一瞬だった。
目を閉じれば、凪や拓海、瑞穂の笑い声が聞こえる。結衣や冴子さん、太陽君の顔も浮かぶ。
世界を拒絶し、「私は孤独だ」と嘆いていたのは、他ならぬ自分自身だった。私は、自分で自分の時間を止めていただけだったのだ。
ふと、ある人の顔が浮かんだ。高校を卒業してから一度も連絡をしていない人。
大学時代、バイトを掛け持ちして必死に生活費を工面していた時も、「絶対に会いたくない」「絶対に世話になりたくない」と頑なに拒んできた、あの人の顔。
今なら、思える。
母もまた、たった一人で戦っていたのだ。夫に裏切られ、娘に拒絶され、逃げ場のない孤独の中で。
手の甲に、ぽつりと涙が落ちた。私は自分の痛みしか見ていなかった。誰も助けてくれないと世界を恨んでいたけれど、本当は母こそ、誰かに助けてほしかったのではないか。
私はカバンからスマホを取り出した。一度も送ったことのない、母へのメッセージ画面。
文章を打ち込み、送信ボタンの上で指が止まる。怖い――心臓が激しく脈打つ。
その時、左手の時計が視界に入った。
まるで、漣君が「栞、がんばれ」と背中を押してくれているような気がした。
カチリ、と小さな音がした気がして、私は送信ボタンを押した。
スマホをカバンにしまい、再び流れる海を見つめる。
(お母さん、今から会いに行きます)
私の腕で、新しい時間が、確かに動き出していた。




