第十八話:潮風の告白と、止まっていた秒針
凪に指定された居酒屋は地元でも流行っているようで、店内は満席だった。
活気ある喧騒の中、私は奥のテーブルで手を振る凪と目が合った。
ドキドキしながら席へ近づくと、そこには凪、そして拓海と瑞穂が座っていた。
「栞、久しぶり!」
二人が声を揃えて言う。
「久しぶり」
私が応えると、凪が自分の隣の椅子を引いてくれた。
「まあ座りなよ」
「小学校ぶりだもんなあ」と拓海がしみじみ言い、瑞穂が「だよね」と相槌を打つ。
「栞は何にする?」
「じゃあ……ビールで」
「えっ、イメージにないな、栞がビールなんて」
拓海が茶化すように笑う。
「私だって成長したのよ」
そう言い返しながら、思ったよりも自然に打ち解けている自分に驚いていた。あんなに拒絶していたはずなのに、この場所はひどく心地よかった。
ビールが届き、四人でジョッキを重ねる。
「岬小学校、同級生の再会に乾杯!」
私は冷えたビールを一気に流し込んだ。
「やるねえ!」
拓海が手を叩いて喜び、凪と瑞穂も笑っている。私は、自分が一体何をそれほど恐れていたのだろうと、ふと思った。そんな思いも、アルコールの苦味と一緒に飲み込んだ。
三人は高校までこの町で過ごし、一度は外へ出たものの、就職を機に岬町へ戻ってきたという。この町が好きだという彼らに対し、私は自分のことをポツポツと話し始めた。
小学校卒業と同時に親が離婚したこと。コンビニでアルバイトをしている日常。親友の結衣のこと。……けれど、漣君のことだけは、どうしても言えなかった。
港町らしい新鮮な魚料理に酒が進み、酔いが回ってきた頃だった。
「そういえば」
拓海がふと思い出したように口を開いた。
「瀬尾漣っていただろ?」
「いたよねえ。夏場はちょっと匂うやつ」
凪と瑞穂が笑う。その瞬間、私の心臓がドクンと跳ねた。
「あいつ、中学の時に父親が亡くなって転校しただろ。俺、大学に通ってる時に一度会ったことがあるんだ」
「えっ」
思わず声が漏れた。漣君のその後を知る人に、こんなところで出会うなんて。
「何してたの?」と興味なさそうに聞く凪をよそに、拓海は続けた。
「時計の修理の店で修行してるって言ってたな。あいつ、昔から細かい作業得意だったし」
「確かに、そんな感じだったかも」と瑞穂。
しかし、拓海の顔がふと曇った。
「でもさ……あいつ、病気でもう長くないって言うんだよ」
耳の奥がキーンとした。
「それなら時計なんか直してる暇ないだろって言ったんだけどさ……あいつ、『大切な人の壊れてしまった時間を、直すって約束したんだ』って言って。なんかよくわからないけど、体大事にしろよって言って別れたんだ」
私は息を呑んだ。凪も瑞穂も、言葉を失っている。
彼女たちにとって、まだ「死」は現実味のない遠い存在なのだろう。私だってそうだ。誰もが自分に死が訪れることは知っているけれど、それは「今」ではないと信じている。
「悪い悪い、暗い話しちゃったな」
拓海が慌てて話題を変え、場は再び明るい雰囲気へと戻っていった。
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「じゃあね、栞」
「今度は結衣も誘おうね」
「いつでも帰って来いよ!」
三人と別れ、私は防波堤の脇の道を民宿に向けて歩き出した。
ほろ酔いの頬に、夜風が冷たくて気持ちいい。
漣君は、約束を守るために。
私の、あの日バラバラに砕けてしまった時間を元に戻すために、自分の命を削って……。
目から涙があふれ出し、もう止めることはできなかった。
私は、独り、声を上げて泣いた。
夜の海だけが、私の嗚咽を優しく包み込んでくれていた。




