響き続ける約束と、動き出す秒針
母はそれ以降、一度も振り返ることなく歩いて行った。
私はただうつ向いたまま、母が刻む硬質なヒールの音と、そのかかとを見つめてついていくことしかできなかった。もう二度と、この町に戻ってくることはないだろう。そんな絶望が、冷たい風となって背中を突き抜けていた。
その時だった。後ろから、私を呼ぶ大きな声が聞こえたのは。
「栞!!」
振り返ると、そこには漣君が立っていた。あんなに必死に、私を呼び止める彼の声は、一度も聞いたことがなかった。
「栞……この時計は、必ず俺が直すよ。そして、栞に届けに行く。だから負けるな」
彼は泣いていた。私を守れなかった悔しさと、何もできない自分の無力さに打ちのめされながら、それでも彼は真っ直ぐに私を見ていた。
「何年かかっても、必ず届けるから……!」
ダメだ。目の前が涙でぼやけて、何も見えない。
それでも、彼の声だけが、商店街の湿った空気を切り裂いて私の耳に届いた。
「栞……大好きだ!」
その言葉が、私の心の中で、壊れた時計の破片を優しく包み込んでいった。
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「……漣君」
私は民宿の部屋で、手の中の銀色の時計をぎゅっと握りしめた。
そうだ。彼は、あの日からずっと、私のことを思い続けてくれていたのだ。
壊れてしまった家族の時間は、彼の手によって「約束」という形に作り変えられ、何年もの時を超えて、今、私の手元にある。
彼が直してくれたのは、ただの時計じゃない。私の止まってしまった時間を、もう一度、元通りに動かすための……希望だったんだ。




