アイスの甘みと、刑事の訪問(2)
「とりあえず……事務所へどうぞ」
冴子さんの促しで、私たちは狭い事務室へと移動した。
パイプ椅子に、私と冴子さん。向かい側に刑事の二人が座る。
店内に客の気配はない。ただ、冷蔵ショーケースの唸るような低い音だけが、耳障りに響いていた。
「それで、栞に何のご用で?」
動揺で声が出ない私の代わりに、冴子さんが切り出してくれた。
初老の刑事が、重々しく口を開く。
「本日、市内のアパートで男性の遺体が発見されました。……瀬尾漣さんという方、ご存知ですか?」
「……いえ。知りません」
即座に答えた。聞いたこともない名前だ。
「そうですか。ですが、彼の遺品の中に、これが入っていたんです」
刑事が取り出したのは、透明な証拠品袋に入れられた腕時計だった。
心臓が、嫌な音を立てた。
使い込まれているが、不自然なほどピカピカに磨き上げられた銀色の時計。
「……この時計に、見覚えは?」
「…………知りません」
嘘だ。自分でも声が上ずっているのが分かる。
知らないはずなのに、なぜか、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚。
「実はですね」
若い方の刑事が、沈黙を破るように言葉を添えた。
「その男性の部屋には遺書がありまして。深山栞さん、貴方のことが書いてあったんです。この時計を、彼女に渡してほしい、と」
渡された時計は、金属特有の冷たさを袋越しに伝えてくる。
「栞、本当に何も知らないのね?」
冴子さんの確認に、私はただ、機械的に首を振った。
「刑事さん、この子は何も知らないみたいです。事件じゃないなら、仕事中ですのでお引き取りいただけますか」
冴子さんの強い言葉に、刑事たちは「分かりました」と席を立った。
店の入り口まで見送ると、二人は軽く会釈をして歩き出す。
数歩行ってから、初老の刑事がふと足を止め、振り返った。
「彼はどうやら、天涯孤独の身だったようです。もし何か思い出すことがあれば、お知らせください。……受け取りを拒否されるなら、時計も遺書も、こちらで処分することになりますが」
二人の背中は、アスファルトから立ち上る陽炎の中に溶けるように消えていった。
現実感のない景色の中で、私はただ立ち尽くす。
冴子さんが、私の肩をそっと抱き寄せてくれた。その温もりだけが、今が現実だと教えてくれていた。




