第十話:欠席の卒業式と、駆け抜けた背中
何かに導かれるように、私は雨の中、かつて住んでいたアパートに向かって歩き始めた。
中学校へ上がるのと同時にこの町を去り、それから一度も訪れることのなかった場所。
父と母は、私が小学校を卒業するタイミングで離婚した。
私が何も知らなかっただけで、水面下では着々と話し合いが進められていたのだろう。
岬町には公立の中学校が一つしかない。卒業すれば当然そこへ進むものだと、誰もが疑っていなかった。
卒業式の後、凪が演技がかった涙声で「卒業しても、ずっと友達だよ!」と叫び、女子一人ひとりと手を取り合って別れを惜しんでいた。当然のように私にも駆け寄り、湿った手で私の手を握ってくる。
「……うん」
私も、周囲に合わせてニコリと笑ってみせた。けれど今思えば、その笑顔はひどく引き攣っていたはずだ。
卒業までの間、瀬尾漣と特別親しく話すようなことはなかった。けれど、避けることもなかった。凪たちの揶揄もいつの間にか止み、私たちはただの「クラスメイト」として静かに過ごしていたのだ。
結局、母は卒業式に来なかった。
友人たちの母親が教室の後ろに並び、微笑んだりハンカチを濡らしたりしながら、最後の授業を見守っている。その列の中に母の姿がないことに、私は式の最中から気づいていた。それでも、先生の話を聞きながら、私は何度も、何度も、教室の後ろに母の影を探してしまっていた。
お別れが済み、友達が親と手をつないで晴れやかに帰っていくのを横目で見ながら、私は足早に学校を去った。一人で帰る姿を、誰にも見られたくなかった。
逃げるように校門を飛び出した先、瀬尾漣が一人で歩いているのが見えた。
彼のお父さんも、式には来なかったのだろうか……。
一瞬、そんな思いが頭をよぎったけれど、声をかける勇気はなかった。私は、雲ひとつない春の空の下、彼の横を全速力で駆け抜けた。




