表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拝啓 深山栞様〜遺書から始まるラブストーリー〜  作者: autofocus


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/25

第九話:雨の日のショーウィンドウと、父の背中

あれは、母に買い物を頼まれた日のことだ。

 

 商店街の個人商店で買い物を済ませると、店のおばあさんが「栞ちゃんは偉いねぇ。お母さんのお手伝い?」と微笑み、惣菜のコロッケを二つ、おまけしてくれた。

 帰って母と一緒に食べよう。そう思って買い物袋の隙間に押し込み、私は帰路についた。

 

 朝から雨が降っていて、私はお気に入りのピンクの傘を差していた。

 母はどちらかと言えば過保護な方で、私を一人で買い物に行かせるような人ではなかった。けれど、その日は朝からひどく塞ぎ込んでいて、学校から帰った私に小さなメモと千円札を渡し、掠れた声でこう言ったのだ。

「ごめん……ちょっと、買い物をお願いできる?」

 思えば、あの頃から母の心は、少しずつ壊れ始めていたのかもしれない。


商店街を抜けようとした時、黄色の壁のお店の前で、見覚えのある人影を見つけた。

 そこは時計の販売と修理を営む店で、父が「家族の証」としてあの時計を買ってくれた場所だった。かつての私にとって、大好きだった黄色い壁のお店。

 

 隣まで近づいて、その影が瀬尾漣だと分かった。

 彼は店の窓から、食い入るように中を覗き込んでいた。

「瀬尾くん?」

 思わず声が出た。彼は私の方を振り返り、小さく呟いた。

「……深山さんか」

「何してるの?」

 彼の隣に立ち、私も一緒に窓から中を覗き込む。

 

 店内では、一人の男性が時計を修理していた。

 片目に小さなルーペを挟み込み、ピンセットで繊細な部品を丁寧にはめ込んでいく。その指先の動きは、魔法のようだった。

「かっこいいね」

 私が素直な感想を漏らすと、彼はほんの少しだけ口角を上げた。

「あれ……俺の親父なんだ」

 初めて見る、彼の誇らしげな笑顔だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あの日と同じ雨の中。

 私は、くすんだ黄色の壁についた大きな窓から、再び中を覗き込む。

 

 今の店内はひどく雑然としていて、主を失った棚や机が、埃を被ったまま放置されていた。魔法使いのようなあの父親も、隣で笑っていたはずの彼も、もうどこにもいない。

 

 心臓が、早鐘を打つ。

 あの日……あの後、私はどうやって帰ったのだろう。

 どうして、この温かな光景の後の記憶が、真っ白に抜け落ちているのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ