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拝啓 深山栞様〜遺書から始まるラブストーリー〜  作者: autofocus


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第八話:雨の足音と、黄色の壁

カラン、と乾いた音が響き、私は跳ねるように目を覚ました。

 飲みかけのビール缶が床に転がっている。椅子に座ったまま寝てしまったせいで、体がひどく痛んだ。

「……雨だ」

 窓の外を眺め、小さく呟く。昨日までの暴力的な日差しを遮るように、空は一面の灰色に塗り潰されていた。


「失礼しますよ」

 控えめなノックと共に、民宿のおばちゃんが顔を覗かせた。

「朝ごはん、お持ちしてもいいかね?」

「はい、お願いします」

 私は慌てて着替えを済ませ、部屋を整える。運ばれてきた朝食を口に運びながら、おばちゃんが世間話のついでに問いかけてきた。

「今日はどちらまで? せっかくの雨じゃあ、海も歩けないだろうしね」

「……そうですね。今日は、商店街の方へ行ってみようと思います」

 自分が「観光客」であることを思い出し、当たり障りのない返事をした。ふと思いついて、箸を止める。

「あの、この辺りに時計屋さんはありますか?」

「時計屋さん? そうさねぇ、昔はあったんだけどね。だいぶ前に潰れてしまったよ。商店街の一番端っこにある、黄色の壁のお店。今はもう、看板も出ていないかもしれないけど」


黄色の壁。

 その言葉を聞いた瞬間、脳裏に古い風景がフラッシュバックした。


食事を終え、おばちゃんにビニール傘を借りて外へ出た。

 雨は、昨日の熱気を地面から引き剥がすように降り続いている。

 

 トントン、トントン……。

 傘に当たる雨の音が、まるで私の心臓の音と同じリズムで響く。

 

 私は、重い足取りで商店街へと向かった。

 雨に煙る景色は、初めて見るはずなのに、どこか懐かしい。そんな不思議な感覚に包まれながら、一歩ずつ奥へと進んでいく。

 

 やがて、商店街の端に、その建物は見えてきた。

 雨に濡れてくすんだ、けれどはっきりとそれとわかる、黄色の壁。

 

 その光景が視界に入った瞬間、胸の奥で何かが音を立てた。

 まるで、ずっと止まっていた私の中の時計が、無理やり巻き戻され、再び動き出したような――。

 

 私は傘をさす手も忘れ、ただその黄色い建物を凝視していた。

 ここだ。

 私はこの場所を、知っている。

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