第七話:家族の刻印と、軋む日常
空になったビールの缶を置き、窓の外へと視線をやる。
夜の海は、気を抜けばそのまま飲み込まれてしまいそうなほど深く、暗い。私はたまらずに視線を逸らした。
あの日、彼がどういうつもりであんな言葉を口にしたのか、今となっては知る由もない。
当時の私は、周囲の冷やかしに耐えられず、ただ耳を塞いで教室を飛び出すことしかできなかったのだから。
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あの騒動が嘘のように、何事もない日が続いた。
時折、凪やその取り巻きが私を値踏みするような視線を送ってくることはあったけれど、それ以上、彼との関係を揶揄されることはなかった。
七月に入ると、暴力的なまでの日差しが照りつけ、じっとりとした暑さが教室にこもった。
隣の席から漂ってくる、ろくに洗っていないであろうシャツの、ツンとした独特の匂い。クラスメートたちは露骨に彼を避けるようになり、私自身も「早く席替えになればいいのに」と、心の隅で願っていた。
けれど……あの頃の私は、そんな些細なことがどうでもよくなるほど、家庭の不和に心を削られていた。
ちょうどその頃、父が体を壊して会社を辞めた。
将来への不安から、母と父は顔を合わせれば罵り合うようになっていた。私は二人の刺々しい声を聞くのが嫌で、自室にこもることが多くなった。
部屋の棚には、ひとつの腕時計が飾ってあった。
手に取って眺める。それは、私が生まれた時に父が買ってきたものだという。
「僕たち家族は、これから同じ時を刻むんだ。これは、その証さ」
そう言って、父は母と私に時計を贈ったらしい。もちろん、赤ん坊だった私にそんな記憶はないけれど、私は父から聞かされたこの話が大好きだった。
家族で、同じ時を刻む。
それがどんなに素晴らしいことか。
そんな空想に浸っていると、階下から「ガシャン!」と何かが割れる乾いた音が響く。
私は反射的にベッドに潜り込み、耳を塞いだ。毛布の中で、手の中の時計が刻むチッチッという規則正しい針の音だけを頼りに、震えながら眠りについた。




