第一話:アイスの甘みと、刑事の訪問
「拝啓 深山栞様。あなたがこの手紙を読んでいるころ、僕はこの世界にはいないでしょう」
……さっきから、誰かの声が耳の奥でリフレインしている。
うだるような暑さのせいか、それとも寝不足のせいか。
店内のゴミをまとめ、外の倉庫へ運び込みながら、栞は噴き出す汗をハンカチで拭った。
海から吹く風が頬をなでる。けれどそれは救いようのない生ぬるさで、余計に気分が悪くなった。
大学を卒業して、特にやりたいこともなく、就職活動も「それなり」にしかしてこなかった。そんな甘えた人間に、世間は居場所を用意してはくれない。
家の近くでたまたま見つけた、色褪せた募集ポスター。このコンビニで働き出したのは、単に無職でいるのが気まずかったからだ。
幸い、店長の九条冴子は姉御肌で面倒見がよく、何かと栞を気にかけてくれる。仕事そのものは楽しくも苦しくもないが、この居心地の良さに甘んじている自分が、時々たまらなく嫌になった。
「冴子さん、ゴミ捨て終わりました」
冷房の効いた店内に逃げ込むと、レジ横でホットスナックを補充していた冴子が顔を上げた。
「ご苦労様。暑かったでしょ。事務所にアイスがあるから、ちょっと休憩してきなさい」
「えっ、本当ですか! いただきまーす」
現金なもので、アイスの一言で暗い思考が吹き飛ぶ。
カウンターを出ようとした、その時だった。
自動ドアが開き、二人の男性が入り口に立った。
一人は、額からだらだらと汗を流した初老の男。もう一人は、この猛暑の中でも汗一つかかずに涼しい顔をした若い男。
「いらっしゃいませ」
冴子の声に、初老の男は買い物カゴを取る代わりに、胸ポケットから黒い手帳を差し出した。
「――警察です」
ドクン、と心臓が跳ねた。
私、何かしたっけ?
万引きの疑い? いや、レジの金額が合わなかったとか……?
思考がパニックに陥る私を見て、若い方の刑事が慌てて付け加える。
「あ、いえ、事件の容疑とかじゃないんで大丈夫ですよ。……ただ、少しお話を聞かせていただければと」
「なんの御用ですか? 防犯カメラの確認とか……?」
冴子が訝しげに問うが、刑事の視線はまっすぐに私を射抜いた。
「いえ。今日は、深山栞さんに用がありまして」
「……わたし、ですか?」
アイスの甘い喜びは、一瞬で消え去った。




