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第66話、記憶にない理由


 金髪の若い女性は、俺を見て『久しぶり』と言った。快活そうな彼女は、俺の戸惑っている様子を見て――


「あー、ごめんごめん。その反応から察するにキミはおぼえていないんだね」


 察したように言う彼女。俺は頭を下げた。


「ご存じのようなので恐縮ですが、ウィロビーです。どうぞよろしく……。お言葉の通り、色々忘れてしまっています」


 改めて記憶喪失なんだな、と自嘲したくなる。俺的には確かにおぼえていないことも多々あるけど、記憶喪失だっていう実感はあまりなかったりする。


「私はペルル。おぼえていないようだから、敢えて名乗っておきます」

「どうも、ペルルさん」


 話が早くて助かる。こちらは知られているのに、相手の名前がわからないまま話が進んでしまうのは、どうにも居心地が悪い。


「さて、せっかく訪ねてくれたのに記憶がないのではね……。つもる話をしにきたわけではないとしたら、キミがここにきた理由を教えてもらってもいいかな?」


 ペルルさんは執務机の上に肘をつき手を組んだ。俺がここにきた理由は、アクアの護衛という名の付き添いと


「――以前、俺がここを訪れたという話を小耳に挟みまして、自分の過去を知りたくてやってきたというところです」

「なるほど。一応、記憶がないという自覚はあるんだね」


 ペルルさんは穏やかな顔で、しかしじっと俺を観察する目を向けている。


「記憶がなくなると、そのなくなった部分を自覚するって普通は難しいと思うのだけれど」

「子供の頃だったり、家族のことだったり、故郷のことが思い出せないとなるとまあ、妙だなとは思うものですよ」

「それはそう」

「ここ数年前の自分が何をしていたか思い出せないというのも、です。まだ忘却するような歳でもないと思うのですが」


 俺が言うと、ペルルさんはうんうんと頷いた。


「でも、周りもキミのこと、おぼえてなかったでしょう?」

「俺のことを知っているという人間は……確かに」


 ウィロビーという名の冒険者という話はあれど、それが俺だとわかった人間はほぼいなかった。アクアに会ってもしかして、というのが唯一の例外だったのではないか。

 そうなると、マーメイドのこの町にかつて来ていて、そこで俺をおぼえているマーメイドが大勢いるのかもしれない。


「ただ、冒険者ギルドの記録とか、一応俺のことで残ってはいたんですが、それ以外となるとさっぱりで……」

「人から記憶は消せても、書類の記録までは消えずに残っていたということだね……」


 ふむふむ、とペルルさんは考えるように黙した。俺は彼女が次に何を言うか注目する。


「ウィロビー」

「はい」

「キミは、自分の失われた記憶――何故、自分のことと周りがキミをおぼえていないのか、その理由を知りたいという解釈でいいかな?」

「もちろん」


 俺は頷いた。ペルルさんは僅かに傾けていた頭を真っ直ぐに戻した。


「では、お話しましょう。もちろん、私の知っている範囲での話。残念ながらキミの家族や故郷の話はできないよ」


 そう前置きして、ペルルさんは語り出した。


「単刀直入に言うと、キミは勇者だった」


 は……? 勇者……とな? 俺が?


「キミが間抜けヅラになるのもわかるけどね。いきなり勇者だったなんて、何かの間違いだろうって思うのが普通かもしれない」


 ペルルさんは笑った。


「信じる信じないはキミの決めることだけど、とりあえず嘘をつく理由もないので、本当の話をする。それを聞きにキミはここにきたんだからね」

「……」

「キミは勇者だった。そしてこの世界に破壊をもたらそうとした魔王と戦い、それに打ち勝った」

「魔王……?」


 ここにきて、これまでまったく聞かなかったワードが出てきた。魔王とは……?


「地上じゃ、魔族勢力と人類で激しい戦いが繰り広げられた。かなり被害が出て、多くの犠牲も出た。キミは魔王を打ち倒したけど、この世界が被った傷も深かったと聞いている」


 海底にいたマーメイドたちは、地上の争いに巻き込まれることなく過ごしていたという。


「悲しみに満ちた世界。そこで勇者であるキミは、この世界を創造した神に願った。この世界から魔王がもたらした災厄を取り除き、また魔王にまつわる記憶を地上から消してほしいと」


 ペルルさんは両手を広げた。


「その結果、この世界の破壊は再生され、なかったことになった。魔王は存在しなかったことになり、それと同時にその魔王とその軍勢と戦ってきたキミ――勇者ウィロビーに関係する記憶もまた、人々から消えた」


 キミ自身からも――と、ペルルさんは俺を指さした。

 数年前のことを特におぼえていないのは、そこは魔王に関係する記憶が集中するから。勇者としてのウィロビーは、魔王との記憶と共に消えた。だからその時代のことを知っていたはずの人々も、ウィロビーの存在自体をおぼえていなかった。

 だが、かつての冒険者としてのウィロビーは名前が残っていた。勇者としてはおぼえていなくとも、冒険者としてそれなりに名前が残っていた。


「冒険者としてのキミが残っていたのは、それにまつわる品だったり記録があったせいだろうね」


 ペルルさんは言った。


「もし記憶だけだったら、たぶん冒険者と勇者双方が結びつけられて消えていただろうけど、目に見える思い出の品やら記録やらが冒険者としてのキミの名前は残ったわけだ」

「俺を見て、そのウィロビーだとはわからないけど、かつての活躍は記録として残っていたからおぼえている人がいた……」

「そういうことだね」


 勇者と関連づけられて顔はおぼえていないけど、ということだったんだろうな。しかし、俺が勇者、なんて。ちょっと信じられないな。

 あ、そういえば。


「ペルルさんは俺のことをおぼえていましたよね?」


 あとアクアもかつての俺を知っているようだった。


「魔王と勇者の記憶は地上からは消えたよ。でも私たち、海底にいたからね」


 悪戯っ子のような顔になるペルルさん。


「地上から記憶が消される以前のことなら、魔王などの文献は多少、ここには残っているよ。キミがサハギンからこのドームポリスを守った頃の記録もね。探せば、当時のマーメイドたちの個人的な日記などにも残っているかもよ?」


 調べてみたら?――とペルルさんは言った。

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