第6話、あの日見た冒険者
冒険者ギルドが臨時報酬を出した。例のダンジョンでの、巨大ワーム退治が正式に俺の戦果と認められたということだ。
後から入って調べた冒険者たちが、ダンジョンに吸収されかけのワームの死骸だったり、不自然におかれた戦利品だったりを確認したのだという。ただ、もう吸収されてしまって、正確な討伐カウントはできないから、その辺りはうやむや。……これは仕方ないね。
ひと段落したので、酒を飲んで飯を食らうとしよう。懐が潤った日は気が大きくなって、好きなだけ飲み食いしてしまうんだ。
「やあ、おかみさん。来たよ」
「あー、ウィロビー。来たね」
先日お世話になった酒場兼食事処に、俺はやってきて、カウンター席に。一人だから、テーブル席を使う度胸がなくてね。それでなくても、今日も賑わっている。
「ここで一番旨い酒と、昨日言っていたとっておきってのをいただこうかな」
「あいよ」
食事は人生の拠り所。一人旅をしていると、楽しみは限られるからな。
「聞いたよ、ウィロビー。あんた、ダンジョンで大活躍だってね?」
「もう話が出回ってる?」
「そりゃあ、ここはダンジョン村だからね。一にも二にも、ダンジョンの話題しかないよ。出ないほうがおかしいさね」
「それはそう」
あははは。――それとなく、店を見回したら、結構な人が俺を見ていた。今朝、俺を見た冒険者もいるだろうし、噂を聞きつけて、俺がどんな奴か興味津々というところか。……うん、因縁をつけられるのも面倒だから先に手を打っておくか。
「おかみさん、今日のここでの払いは、俺が全部持つよ」
金ならある。どんと報酬の入った革袋を出して、俺は席を立つと振り返った。
「みんなぁ、聞いてくれっ! 今夜は俺の奢りだ! 好きなだけ飲み食いしてくれっ!」
おおおっ!――と客たちから声が上がる。
「いいぞ、兄ちゃん!」
「あんがとよ、ウィロビー」
笑い声が店内を満たした。注文の勢いが飛ぶようにあがり、店員を忙しくさせる。おかみさんは言った。
「いいのかい、あんた。せっかく稼いだのに」
「大金持っていても使い道は限られるからなぁ。美味しい酒と食べ物で、贅沢しなきゃ。人間、飲む食うは一生の付き合いだからね」
「はははっ、違いない!」
豪快に笑うおかみさん。
「冒険者なんて、いつ死ぬかわからない。楽しめるうちに楽しむのが一番さね」
多くの冒険者と接してきたのだろう。中には命を落とした者もいる。そういう人間を多く見れば、刹那的な生き方も肯定する。
よく、冒険者を続けられなくなった時のために、貯めておけなんていう先輩諸氏もいるが、死んでしまってはいくら貯めてもしょうがない。まあこれは個人の考えだからどちらが正しいとか、そういうんじゃない。
「どうしたんだい、ウィロビー。あたしの顔をジロジロ見て」
あ、見てた? 無意識のうちにそっちを見ていたか。
そこで、ダンジョンの最深部で見た幻を思い出した。記憶の断片――いや、俺が勝手に言っているだけなんだけど、そこで見た少女が、おかみさんと重なった。
「ひょっとしてだけど、おかみさん、昔は冒険者だった?」
「あらやだ、誰かから聞いたかい? 昔の話さ」
ふむ、どうやらあの幻は、以前来た俺が見た過去の記憶だったのかも。
「でも――」
「でも、何だい?」
「おかみさんは、俺のこと、知らないんだよね?」
「ウィロビーだろ? そう名乗った」
おかみさんは、お代わりを注いだ。それ以上でも、それ以下でもない、と。
「腕のいい冒険者だってのは聞いたよ」
「そうだった……」
でもウィロビー――記憶の主のそれだと、彼女はそのウィロビーを知っているはずなんだけど、昨日話した感じだと直接会ったことはないって言っていた。
ここで矛盾が発生する。そもそも、俺とおかみさんじゃ、年の差があるけど、それをどう説明するのか? ダンジョンの最深で見たあの光景は、辻褄が合わないんだよなぁ。
うーん、あの幻は別の記憶なのだろうか。でもあの場所は、懐かしい感じがしたんだ。一度来たことがある、そういう感覚をふまえると……やっぱり俺なのかとも思う。
「わからんなぁ……」
「何を考えているか知らないけど、冷めないうちに食べなよ」
おかみさんは促した。
「腕によりをかけて作ったんだ。眉間にシワを寄せて食べたら、せっかくの料理もおいしくなくなる」
「それもそうだな!」
俺は、じっくり煮込まれたシチューにスプーンを入れた。肉が入ってるが、これは何の肉かなー、と。ん、んん、柔らかっ。シチューと相まってよく染み込んでいる。それでいてさっぱりしている。――うめ。
賑やかな場所。温かな料理。落ち着くというか、いい気分だ。昔も、こういう場面がたぶんあって、それが懐かしくなっているんだろう。おぼえてないけど。
いつか、俺のことを知っている、あるいはおぼえている人に会えるんだろうかねぇ。
・ ・ ・
翌日、世話になったおかみさんに、次の場所へ行くと告げたら、残念がってくれた。
「そうかい、まあ、冒険者は自由さ。あたしがどうこう言うものでもない。……ところで、ウィロビー」
「なんだい、おかみさん」
「昨晩、いや明け方かな。夢を見たんだ」
「ほう」
「昔の夢さ。あたしがピチピチの冒険者だった頃の」
ほう、それはそれは。昔の話を振ったせいで、忘れかけていた記憶を呼び覚ましてしまったかな?
「信じてないね?」
「いいや、信じるさ」
あのダンジョンの最深で見た景色に見たあの冒険者は、可愛かったよ。
「それで、どんな夢だった?」
「不思議な話さ。伝説の冒険者ウィロビーと一緒に、ダンジョンを探索した」
それは――
「本当に熊のように大きな男の背中だったよ。大剣でモンスターをバッタバッタと薙ぎ倒す。まさに伝説の通りさ!」
そこでおかみさんは、はにかんだ。
「ここからちょっとアレなんだけど……。そのウィロビーの顔が、何故かあんただったんだ。おかしいだろ? あたしが幼い、駆け出し冒険者だったのに、あんたは今のままだもの。……ああ、わかってる。所詮は夢さ」
「そうか。そうかもな」
それ、きっと夢じゃないかもね。俺がおぼえていない、昔に実際に会ったことかも。
結局、わからないんだけど、もしかして当時の俺が、本当にその場にいたかもしれないね。
「それじゃ、もう行くよ。元気でな」
「あんたもね。また、ここらに来たら、寄っておくれよ」
もちろん。じゃあ、お達者でー。
俺は、旅に出る。自分を探しに。伝説の冒険者らしいウィロビーの足跡を辿って。




