第59話、盗賊とグリフォン
盗賊のアジトの中は荒れ果てていた。
血痕が壁や床に飛び散り、戦闘の跡を垣間見ることができる。アクアが辺りを窺いながら言った。
「グリフォンが入れる広さではないですよね……?」
「盗賊を討伐にきた領主の軍との戦闘の跡だろうな」
俺は床に膝をついて、低い目線で見回す。散らかっているように見えて、死体はなく、武器なども落ちていない。これだけ血の跡がはっきり残っていて、遺体や装備がないのは、討伐後に領主の軍と冒険者が確認したからだろう。
ボディカウント、いわゆる死体の数を数えて、その後処理したり、戦利品を回収したり。もしグリフォンやモンスターがやったというなら、食い残しや武器などが散乱していただろう。それがないということは、人が整理した後ということだ。
「冒険者たちは外でやられていたから、もしかしたら中に逃げ込めた奴もいたかと思ったが……」
「いなさそうですね」
アクアは、中央フロアから別の部屋へ向かう通路を覗き込む。
「もっと奥かも……?」
「グリフォンに襲われたっぽいんだけど、そんな奥まで逃げ込む必要があるか?」
「一応、調べないといけないかと」
彼女の言うことは、実にもっともだ。俺たちは確認をしにきたんだ。半端な仕事をするわけにもいかない。
俺とアクアはさらに奥へと足を踏み入れる。やはり盗賊なり兵隊なりの死体はみあたらない。
「お宝も持ち出された後のようだな。壁に不自然な空きがある」
壁に何かをかけていたが、それがなくなったような。周囲と日焼け具合が違うのが、パッとみればわかる。
奥の広いフロアに出る。集会が開けそうな広さ。血の跡がここにも残っていて、戦闘があったことを物語っている。そして相変わらず死体は見当たらない。
「宴会場かな?」
「集会とかやっていそうですよね」
アクアが左、俺が部屋の右に寄りながら調べる。何も落ちていないというのは、見るものを減らしてくれるから楽――
「ウィロビーさん」
アクアがそれに気づいた。
「ここ地下に下りられるようです」
「地下室か……。ひょっとして、生き残りがいたとしたらここか?」
お互いに頷き、地下への階段を下りる。階段の先は通路だった。
「もしかしたら、秘密の抜け道か?」
「確かめてみましょう」
通路に沿って移動する。
「ここは戦闘をした様子がないですね」
「地下特有の臭いはするが、血の臭いはしないな」
おっと、通路が途絶えた。地下洞窟――明らかに天然の空洞に出た。
「どうやら、非常時用の抜け道だったようだな」
近くに人がいる様子はない。だが外でグリフォンに襲われ、退避した人間がいたなら、この抜け道を通って脱出したとしてもおかしくない。
「どこに通じているのか、調べよう」
「はい!」
ひんやりした空気。近くに水源でもあるのかもしれない。一応ここ山だからな。水が流れているのが近いか。生ぬるい空気は感じない。
道なりに洞窟を進む。普通だ、何の変哲もないただの洞窟だ。
「明るくなってきました」
「出口だ」
急に明るい場所に出る時は用心な。足を忍ばせて、そっと外の様子を確認する慎重さでいこう。盗賊の集団だったり、グリフォンが目の前にいました、ってのは勘弁だからな。
「……これは」
隠れるように洞窟から外を見れば、円形の石造りの壁があった。まるで闘技場のような雰囲気だが、観客席はなさそうだな。
「ウィロビーさん、これって……」
アクアが不安そうな声を出した。人がいる気配はないから無人だろうが……。
「近づいて確認しよう。警戒を」
道なりに円形の中央へと向かう。柔らかな砂地……。これ、砂を巻いているのか?
円形の中央は開けているが、その周りには鉄格子が等間隔に複数。そして俺は察した。
「魔獣の飼育場か」
鉄格子がやたらと大きい。人間用ではなく、大型の猛獣やモンスター用だ。そしてその中で、凄まじい力で破壊された鉄格子が二つほど。
「どうしました?」
「大きさから想像すると、例のグリフォンが何とか入りそう」
俺は手でグリフォンの大きさと、鉄格子とその中の部屋のサイズを図ってみる。アクアはキョロキョロと見回す。
「この鉄格子、中から破られてませんか?」
「みたいだな。人間技では無理だろう」
猛獣用の檻と考えて、それをひゃげるように押し曲げるとか、凄まじいパワーだ。
「本来はそれでも内側から曲げられちゃいけないはずなんだけどな」
閉じ込める意味がないってことだから。これの中に入れられていたモンスターは、それで外に出たんだろう。
檻の奥を見れば、地面をひっかいた後の他、大きな羽根が落ちていた。
「グリフォンだな……」
これが一頭だけならよかったんだが……。お隣の檻、その鉄格子も破壊されていて――
「こちらは外から壊されているみたいです」
アクアが、ひしゃげた鉄格子を指さしながら言った。なるほどね。
「そっちの奴が自力で出て、そいつがここの檻を破壊した」
で、ここに閉じ込められていたのは。
「グリフォンのようです」
アクアが奥に落ちている羽根を見て、うんざりしたような顔になった。
「もう一頭いたんだな、グリフォンは」
俺は天を仰いだ。
「ここの盗賊は、グリフォンを使役していた、あるいは使役しようとしていたんだな」
飼われているような装飾はなかったが、妙に人間との戦いに慣れていたのは、そう教育されたからだろう。で、やたら人間に対して攻撃的だったのは、飼育されていた時の恨みだろうか。
「ウィロビーさんが倒したのは、そのうちの一体、でしょうか」
「そう願いたいね」
あのヤバイのが一頭か二頭かでだいぶ変わるからな。




