第56話、廃墟とグリフォンと冒険者
「何と言うか、これ……」
俺は振り返り、アクアを見た。
「つい最近っぽいけど、君が以前この辺りを通った時、見てないかな?」
「……」
アクアは首を横に振った。
俺たちは、街道近くにある宿場村というべき小さな集落にいる。正確には、廃墟だが。
建物は破壊の跡も生々しい。特に屋根の部分が全部崩れており、人がいないか確認も込めて中を覗いたところ、屋根が床に落ちていて、さらに潰され裂かれていた。
素人でもわかる。これは――
「グリフォンとか、空を飛ぶ大型魔獣の仕業だな」
先に遭遇したようなやつ。あれが屋根に突っ込んだら、屋根が沈んで床に落ちるのも道理だ。それで家の中にいる人間を押しつぶしたり、外へ逃げさせたところを襲ったのだろう。
「戦った形跡があります」
「冒険者かな」
落ちている槍は、出来のいい鉄の槍。市販品の中でもグレードが高い。素人が自衛用に使うとは考えにくい代物だ。
それが無造作に落ちているということは、持ち主が手放したかやられたか。状況から推測するに、グリフォンに返り討ちにあった可能性のほうが高い。
「あまり考えたくはないですけど……」
アクアが沈痛な表情で言う。
「血の跡はあるのに、遺体がないようですが」
「屋根に潰されたのでなければ、グリフォンに喰われたんだろうな」
壁や地面に飛び散っている血痕の量を見ると、逃げられなかった人もいただろう。その遺体がないというのであれば、誰かが先に来て回収や埋葬をしたのでなければ、グリフォンの腹の中だ。
「やりきれないな……」
気が滅入る。本来なら雨風を凌げる宿でお泊まりできただろうに、今は見る影もない。血の匂いがして、近くで野営という気分ではないが、風除けに残っている建物の残骸を利用しようとすると、多少はね……。
「ん?」
「あ、ウィロビーさん」
アクアがそれに気づき、指さした。街道に沿って馬車がこの集落跡に向かってきている。進行方向が俺たちと違うので、追いついたわけではなく反対方向からこちらに来たものになる。
「さて、何者だ……?」
旅人か、あるいは商人か。御者台には武装した戦士がいた。護衛の冒険者か……?
・ ・ ・
「オレたちはアグレッシオ。シルバーランクパーティーだ」
冒険者だった。
「オレはリーダーのグローム。――クレール、コグル、ラージュ、ルネ」
「ウィロビーだ。こちらはアクア」
自己紹介をし合うと、グロームは苦笑した。
「ウィロビー? あのウィロビー?」
「どのウィロビーかは知らんが、そうかもしれんし、違うかもしれん」
俺は冒険者証を見せる。
「一応、ゴールドランク」
「これは失礼を」
グロームは詫びた。
「オレたちはグリフォン討伐の依頼を受けてここまできた。……ここは」
「見ての通り、グリフォンに襲われた跡だ。……俺たちが来た時にはすでに」
「住民は?」
俺は首を横に振ることで答える。
「そうか……。オレたちが追っているのは、集落を片っ端から襲っているヤツでな。ただでさえ面倒なグリフォンだがその中でも上積みだ。大体街道に沿って移動しているようだが、ここがやられた後、どこに行ったかだが――」
グロームは自分たちが来た街道とは逆方向を指さした。
「あんたたちは向こうから来たのか? グリフォンは見ては……いないよな」
「見たぞ」
俺は答えた。グロームの眉が動き、彼の仲間の一人――クレールという若い弓使いが口を挟んだ。
「あいつと遭遇して無事だっただって? そんなことがあり得るのか?」
「彼はゴールドランクだぞ」
仲間のコグルがたしなめ、グロームは肩をすくめた。
「それで、そのグリフォンは、どこへ?」
向かったか、だって?
「この街道を真っ直ぐ行けば、見つかるだろうよ。死体は丸々置いてきたからな」
「倒した!?」
「嘘だろ……」
冒険者たちが驚く。まあ、あれで相当強いグリフォンだったからな。驚かれても無理もないか。
「行って見てくればいい。血の匂いにつられてハゲタカとか肉食獣が寄ってきているかもだけど。討伐部位とか取ってないから、あんたらで取ってくれば証明になるだろう」
「ふざけるな。あいつをたった二人で倒せるもんか!」
アグレッシオのメンバーたちは、俺の言葉を信じられないようだった。どうでもいいさ。
「自分の目で確かめてくれればいいさ。俺たちが依頼を受けたわけじゃない。君らの好きにすればいい」
それとも倒した証拠として、部位をとってくればよかったかな?
「倒せば、依頼を直接受けてなくても高額な金を受け取れた」
グロームは腕を組んで、値踏みするような目を向けてきた。
「持ち運ぶ術がなかったにしろ、討伐部位くらいは取っていくものだろう?」
「まあ、それもできたといえばできたけど――」
俺はグロームに近づき、声を落とした。
「俺も別件の依頼の途中でね。優先順位というものがある」
「あー、それは……そうだな」
シルバーランクだけあって、グロームはその説明で納得した。冒険者には『クエストの複数受けは慎重に、特に初心者は一件に集中しろ』と戒めの言葉がある。
あれこれついでに受けた末に、どれも中途半端。あまつさえクエスト失敗をやらかしては、その冒険者の信用にかかわる。
複数成功させても、一件でもしくじればマイナス印象がつきやすい仕事である。故に熟練の域に達した冒険者でも、受けるクエストはつねに一件、複数受注はしないという者も少なくなかった。
「わかった。あんたの話を信じる。行って見ればわかるからな」
それじゃ――グロームたち一行は馬車に乗って離れていった。
※今回から毎週水曜日の更新となります。どうぞよろしくです。




