第51話、水の古代遺跡にひと段落
それは劇的なものだった……らしい。
というのも俺は、部屋の外にいてその場を見ていないからだ。
わかっているのは、猫にされていた娘アディーシャが元の人間に戻ったこと。凄まじい悲鳴が聞こえたが、あれは人の姿に戻った娘の裸を父親とはいえ、モデスト伯爵に見られたことでアディーシャが叫んだらしい。
……だから部屋の外で待っているべきだったんだ。猫が服をきていない時点で、戻ったらそりゃ素っ裸だろうよ。俺のような部外者が、貴族令嬢の裸なんぞみたら文字通りクビが飛ぶだろうから、俺はその場に居合わせないにしていたけどね。
ともあれ、娘が呪いを解かれたことで、その後は大騒ぎだった。服をきて落ち着いたらしいアディーシャは妹と抱き合って、父親とも抱き合って喜びを爆発させていた。
よかったね。
それで、後は伯爵の跡取りである息子の虚弱の呪いだが、これもまたアクアが水の聖女パワーで吹き飛ばした。
アディーシャの時のようにわかりやすいものではないから、半信半疑になるのもわからないでもないが、息子さんはすぐにベッドから起き上がり、自分の足で歩き出したという。座ったり横になっている時間が長いから、お世辞にも早くもないし、持久力はないが、彼曰く、これまでと全然違って体が軽いのだそうだ。
しばらく様子を見つつ、リハビリすれば普通の人と同じレベルになるだろうというのが、お付きのお医者さんの診断。
これで呪いの問題は解決! お疲れさまでした!
「ウィロビー殿、アクア殿、お二人には感謝してもしきれない!」
モデスト伯爵は声を弾ませつつ礼を言った。
「おかげで息子も娘も人並みの生活を送れる! 本当にありがとう――!」
「全部アクアのおかげです」
「い、いえ、ウィロビーさんが、ここまで付き添ってくださったからです!」
俺が聖女様の手柄であると言えば、アクア本人は俺のおかげとも言う。俺は呪いについては何も貢献していないが、アクアが聖女になり、呪いを解ける力を獲得する助けはしているので、まあほんのちょっと働いたかな。
「どういう経緯があったかはわからないが、結果として私が望んだ通りになった。二人のおかげだ」
モデスト伯爵はそう言った。
「ギルドに出した依頼内容とは少々異なるが、クエストは成功として、約束の報酬も支払わせてもらう。他にも何か希望があれば、私にできるなら追加で用意するが」
「いいえ、最初の報酬だけで充分です。あ、俺は、ですね。……アクアはもしかして何かあれば、伯爵閣下に言ってもいいぞ?」
「わ、わたしですか?」
「そうともアクア殿。このお礼は報酬だけでは足りないと私は思っている。何かあればぜひ言ってほしい」
伯爵閣下は興奮気味にそう言った。この人の子供たちを思う気持ちは、貴族とより純粋に家族のそれなのだろうな。少々珍しいタイプかもしれないが、いい人なのだろう。
何はともあれ、これにて一件落着ー!
なお、呪いの件で、原因などわかっているのか伯爵に確認したら、そっちの不届き者についてはすでに処理したから心配ないとの答え。……よかった。せっかくアクアが呪いを解除したのに、また呪いをかけられてはたまらないからね。
・ ・ ・
その日は伯爵に晩餐に招待された。お礼を兼ねて、というやつでモデスト家の子供たちも揃って、わいわいお話しながらのお食事となった。
俺たちの人魚の古代都市冒険譚は、モデスト伯爵や子供たちにも大変好奇心を刺激したようで大好評だった。
「ふむ、水の都マナンティアルではなく、人魚の都市だったのか――」
伯爵は複雑な顔をした。ただそれはロマンや伝説とは、少々違ったものという肩すかしを食らった的なもので、何か含みを感じさせるものではなかった。
……冒険者ギルドへ報告して、何人かから受けた遺跡の様子についての説明をする時も、きっとこんな顔をされるんだろうな。
それだけマナンティアルの名前が大きいんだ。
翌日、冒険者ギルドにクエスト達成の報告をしに行った時、現実のものとなった。
遺跡について俺に偵察や地図を頼んでいた者たちに出す報告書を書こうとしたら、まあいつ来てもいいように待ち構えていた依頼者や冒険者たちに囲まれ、即席の説明会が開かれることになった。
結論、遺跡はマーメイドの古代都市であり、マナンティアルではありませんでした!
この報告には、参加者の半分くらいからため息というか落胆が感じ取れた。残りはマナンティアルの可能性を捨てきれない――つまり俺の話をあくまで仮説の一つと処理した人間と、どこだろうと遺跡は遺跡なのだからかまわないという人間であった。
都市の下に謎の都市、回転する仕掛け、マーメイドの都市――新情報が多分に含まれていたから、参加者たちは概ね満足したようだった。
わからないこと、謎については、これから追加調査をすればよい、というスタンスである。
すでに前回の事故から立ち直った冒険者たちが遺跡への再チャレンジの準備をはじめていて、調査を依頼していた者たちも新たな調査依頼を発行しようとしていた。……俺個人としては、あのダンジョン遺跡はもういいかな、と思っている。……俺ではない伝説のウィロビーにまつわる話と、ほとんど関連がなさそうなんでね。
説明会が終わり、ようやくこの町での依頼は消化できたので、次の場所へ移動しよう。さて、どこへ行こうか。街道に沿って進む旅だと、まあ次とかその次くらいはわかるんだけど。
「ウィロビーさん」
「よう、アクア」
ギルドから出ようとしたところを声をかけられた。ひょっとして、誰かと待ち合わせかな?
「お疲れさまでした」
「ありがとう。……誰かを待っていたのかい?」
「はい、ウィロビーさん、あなたを待っていました」
アクアはニコニコしている。……まさかお食事の招待?
「ウィロビーさん、取り急ぎお忙しいですか?」
「いや。この町はいいから、次へ移ろうと思っていたところだ。まあ、どこに、っていうのは決まってない気ままな旅だがね」
「それでしたら、一つ、わたしの依頼を受けてくださいませんか?」
「聞きましょう」
俺は冒険者だからね。依頼とあれば、まずは聞きますよ。
「聖女の力を継承できたので、故郷に戻ろうと考えています。それで、道中の護衛をウィロビーさんにお願いしたいのですが……よろしいでしょうか?」




