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第50話、その嘘は誰のため


 帰りは冒険者パーティー『マップホルダー』の面々と帰った時と同様だった。神殿を出るまで結局サハギンと出くわすことはなかった。

 本当にマーメイドの神殿だったな。三又の槍でサハギンと誤認していたというのが証明されたと言っていいだろう。


「しかし、ここはマナンティアルじゃなかったんだな」

「かつてのマーメイドの古代都市、でしょうね」


 アクアは都市遺跡にそびえる無数の塔を見上げる、水が引いたおかげで、マーマンの姿は影も形もない。


「そういや、何だってマーマンがここに大量にいたんだろう?」

「それが、この古代都市からマーメイドがいなくなった理由ではないでしょうか」

「あー、そういう考え方もあるのか」


 ここがマーメイドの都市であり続けていたならば、あれほど大量のマーマンが発生することもなかったかもしれない。

 石の階段を登りながら都市遺跡を眺める。水位が高かった頃と違い、水がなくなると途端に物悲しく感じた。

 かつて栄えた町。つまりは滅んだ都市だが、かつてはここに多くのマーメイドがいて、泳いでいたのだろう。


「今さらだけど、ここ海からかなり遠い陸地だ。マーメイドの古代都市とか、マーマンが今も水が溢れると現れるって、おかしくないか?」

「かつては海だった、ということではないですか?」


 アクアは至極真顔で告げた。


「なにぶんわたしたちマーメイドでさえ、大昔としかわからないほどの頃の話ですし。海神の怒りが海をひっくり返した時に、ここは陸地になった、というのがもっともらしい話かもしれません。伝説では陸と海が逆になったとか、正直信じられないようなものもありますし」


 かつて海だった場所が陸地になり、陸だった場所が海になる。……海神って恐ろしいんだなぁ。

 だが神がもしこの世界に介入したのであれば、実にそれらしくもある。


「話は変わるけど、俺のクエストを果たした後、アクアはどうするんだ?」


 水の聖女様から力を継承するために今回やってきたわけで、聖女になったから、これからどうするのか気になるね。


「故郷に戻ります。同胞が、聖女の力の帰還を待ち望んでいるので。継承したわたしが帰らないと」

「そうか……。それがいいかもな」


 元々、水の聖女様はマーメイドで、本来は海の人だったわけだし。だがそうなると……ちょっと俺も考えないといけないな。



  ・  ・  ・



 俺たちはマーメイドの古代都市ダンジョンから、無事に生還した。帰り道は拍子抜けするほどなにもなく、ベリエの町に戻った。


「冒険者ギルドに行かないんですか?」


 アクアが聞いてきた。それなんだがね……。


「モデスト伯爵の屋敷を先に訪ねる」


 聖女を連れてくるというクエスト自体、アクアを連れて行くことで間違いはないのだが、彼女が今後海に帰るから、あまり聖女の話が広まるのはよろしくない。

 だから、聖女としてアクアを紹介するのではなく、呪い解きとして彼女を引き合わせる。


「いいんですか? それだとクエストの達成は……」

「そこはモデスト伯爵との話し合い次第だな」


 目的が果たされれば、クエスト通りでなかったとしても伯爵が違約金を払えとか言うわけではなく、ギルドにクレームを入れることもない。当事者感で文句一つなく納得するなら、ギルドも仲裁する必要もないしな。


「それで俺の戦歴にマイナスがつこうが、依頼主が損をしなけりゃそれでいい」

「それでいいんですか?」

「いいんだ」


 俺としては何故自分がゴールドランクの冒険者なのかわからないくらいで、無頓着ではないが、それに近いものがある。誰かが幸せであれば、まあいいじゃないか。


「聖女云々は君が宣言するつもりであるならともかく、そうでないなら黙っている方向でいくつもりだ」


 ただでさえマナンティアル・ダンジョンの件で、都合も構わず周りが群がってくる状況だ。水の聖女が現れたとなれば、まあ色々なところからアクアにアプローチをかける者が増えるだろう。

 その結果、彼女が故郷に帰るのはいつになるか、わかったものではない。


「わかりました。では、故郷に帰るまで水の聖女であることは黙っていることにします」


 アクアは自身の唇に指を立てて、しー、とジェスチャーをとった。……可愛い。



  ・  ・  ・



「やあ、ウィロビー君、よく戻ってきた」


 モデスト伯爵は、屋敷のフロアにまで俺たちを迎えに出てきた。執務室や応接室などで俺たちが来るのを待つのが普通の貴族だ。

 直接出迎えるということは、それだけ位の高い人間や重要な客であることを意味している。


 いやに機嫌がよさそうだな。訝る俺をよそに、伯爵はアクアを見た。


「それで、こちらの女性が――」


 あー、なるほど。俺が連れてきたから水の聖女だと思ったわけか。これから嘘をつくとはいえ、正解を引き当てているのは何という皮肉か。


「いえ、こちらは冒険者のアクア」


 一礼するアクア。モデスト伯爵の表情から笑みが引っ込んだ。


「はじめましてアクア嬢。……しかし、ということは――」

「ええ、水の聖女は残念ながら」


 亡くなっていたことについて嘘はついていない。


「ただ、伯爵の抱えている問題、すなわちご家族の呪いを解くことについて、解決策をお持ちしました。なので、水の聖女は必要ありません」


 これは嘘。アクアは水の聖女ですから。


「聖女は必要ない……? では、もしやエリクサーなどの秘薬を手に入れたのか!?」


 おっと、ここでエリクサーなんてものの名前が出てきますか。伯爵としては、それくらいでないと呪いは解けないと考えているのだろうな。


「秘薬ではありませんが、呪いについては心配無用です。これで解けないなら、水の聖女にだって無理というレベルですから」

「それほどまで……。では期待していいのだな?」


 前のめりになりかけるモデスト伯爵である。……うん、水の聖女を頼ったのは、呪い解除のためというのは間違いなさそうだな。連れてきたら実は別の意図がありました、というのを警戒していたんだけど、それは杞憂だったようだ。


「では、早速頼めるかな?」


 もちろんです――俺はアクアを見れば、彼女は頷いた。

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