第45話、門をくぐった先
地下廃墟都市に閉じ込められた――かどうかはさておいて、探索を再開する。もしかしたら別の出入り口が開いたかもしれないし、さらに奥にいく道があるかもしれない。
当初の目的だったこの廃墟都市の奥にある屋敷のような大きな建物を目指す。地震以降、何か変化があったか注意を払うが、今のところそれらしいものは見えない。
相変わらず、生き物の気配はない。
「でも――」
アクアが高台の屋敷への道中、歩きながらぐるりと一回りした。
「水の音がします」
「どこかで水が流れている」
このマナンティアル・ダンジョンにおける水というと水位変更ギミックが頭を過る。俺みたいな人間からすると、こういう密閉されたような場所と水の組み合わせは、ろくな予感がしなかった。
ただ、この遺跡ダンジョンと水は結びつきとしては強いのはわかる。
さて、例の屋敷のような建物の前に到着。塀に囲まれたその建物には、巨人サイズの鉄の門がそびえ立っていた。
「デカいな」
さすがに人力でこれを開けるのは無理だろう。近づいていくと、アクアが口を開いた。
「水の流れる音が、この門の向こうから聞こえます」
「開いたら中から大量の水が溢れでてくる……ということはなさそうだな」
「そうですね」
俺は膝をついて門の下、その隙間を覗き込む。中が水で一杯というなら、ここから水が流れ出てこないといけないから、門の向こうから音がするだけであるのがわかる。
「どこか、他に入り口がないかまわってみよう」
人間サイズの出入り口もどこかにあるはずだ。でないとこの廃墟都市の建物に住んでいただろう住民たちと規格が合わないからな。
「この壁の模様……」
塔がいっぱい建っていた遺跡ダンジョンの外壁内側に刻まれていたものによく似ている。そうやって端へと移動していると、壁の一角に扉の形をしたそれを見つけた。
「ここが入り口ですか?」
アクアが声を弾ませたが、俺は素直に喜べなかった。これ見覚えがあるんだよな。
「入り口というか、仕掛けを動かす装置みたいなもの、かな」
都市遺跡の外壁にあった仕掛けは、扉のように見えて奥へ押し込んだら作動した。
「その時は都市中央に穴が開いて、新しい道が開いたんだが……」
「じゃあこれも、ここから先へ行くための仕掛けですか?」
「……そうか。前向きに考えればそうなるか」
正面の巨大な鉄門が開いたらいいな。
「押して見る。警戒をよろしく」
俺は壁を押す。全身の力をーっ、込めて! ぐぐっ、と岩の扉が奥へ動いた。そうれ、そうれっ、と。
ガコン、と岩がはまって動かなくなる。肩がいてぇ……。
「あ……。門が――」
アクアがそちらを見やる。ががががっ、と音を立てて、正面の鉄門が開いた。
「どうやら道を開く仕掛けらしいな、これ」
正面に戻り、門の中を覗き込む。……え?
「どういうこと、これ?」
扉の向こうが、いやに明るかった。それも照明の類ではなく、まるでどこからか太陽が差し込んでいる屋外のような」
「ここ、地下だよな?」
「地下のはず、なんですけどね……」
アクアも困惑している。
「もしかしてこの門、どこか別の場所に通じているとか?」
「……転移魔法陣があるようなダンジョンだからな」
もしかしたら、これもどこか別の場所へ通じている転移の仕掛けなのかもしれない。
「普通だったら、ちょっと躊躇う状況ではあるが……。行くか?」
俺はアクアに確認する。元に引き返せる道がある状況なら話は変わってくるが、今は退路を断たれている状態だ。正直、今は前に進むという選択肢しかないと思う。
「……そう、ですね。行きましょう」
アクアは頷いた。ではいざ、門をくぐって奥へ。俺たちは一歩を踏み出した。
ふっと空気が変わる。洞窟内だったじめじめ感がなくなり、からっとした屋外の空気。どこからか水の音がしているが、昼間の大気に空まで見える。
本当にここは、どこだ……?
門を超えた先は、自然豊かな場所。遠くに無数の木が見えるが、赤く色づいており、秋の紅葉を思わせる。
「別の場所へ転移したのは間違いないな。ここまで環境が変わると」
「そうですね。風が少し冷たく感じます」
「季節は秋じゃないんだがなぁ」
俺たちはマナンティアル・ダンジョンにいたはずなんだが。
「だがダンジョンの転移ってことは、ここもダンジョンの一部と考えるべきなんだろうか」
「わからないことだらけですね」
先へ進む。左手方向から水が流れ、目の前の道の上を流れている。巨大な水溜まり、いや川のようになっているが、底が見えるほど透き通っている上に、深さはわずか5、6センチ程度しかなかった。
ピチャピチャとブーツの底を湿らせながら、俺たちは水溜まりのような川を渡る。水は流れているようだが、落ち葉が流れているのを見て初めて気づくくらい緩やかであった。
「とても、幻想的な景色ですね」
アクアは遠くに見える紅葉を見やり、薄く笑みを浮かべた。
「こんな光景、初めて見ます」
「そうだなぁ。俺もここまで色鮮やかな景色はおぼえがない」
ひょっとして音に聞く精霊界とか、仙人たちの住む世界に入り込んでしまったのではないか。
「……あそこ、ですかね?」
「たぶん」
俺たちが渡っている浅い川の先に断崖があって、その間に洞窟の入り口がぽっかりと口を開いていた。浅い水を踏み越え、俺たちは洞窟へと入る。
「うっ……」
猛烈な寒気が突き抜けた。この感触は、強い霊的なもの。何かおぞましい負の力が、奥から吹き込んでくる。
「アクア――」
気をつけろよ、という言葉を発するより早く、彼女は頷いた。
「負の感情を感じます」
アクアはどこからか三又の槍を出して身構えた。
洞窟の奥に、どこか厳かな空気を感じさせるそこは床一面が水に覆われていて、黒い靄が佇んでいた。
「……!?」
『カエ、セ……!』
地獄の底から響くような怨念の混じった声がした。この黒い靄、その中にいる何かから。
『返セ……我ノ、聖女ヲ……カ、エセ――』
聖女を返せ、と言ったのか? 聞き間違いか、と思った。
黒い靄が動く。その中から透けて見えるのは甲冑をまとった騎士らしきもの。ただしその高さは、身長2メートル超えの巨人だった。




