第36話、貴族のお誘い
俺がシャリーン草採集に町の近くにある森に入り……ジャイアントボアと遭遇した。
わかりやすく言えば巨大な蛇だ。水辺が近いのかねぇ。しかし森に入って比較的すぐに出くわすのは、あまりよい兆候とは言えなかった。
シャリーン草の群生地に行けば、ジャイアントボアが三体。採集前に一体。採集中に二体。
「……」
ランクが比較的高くなるわけだ。町の近くにシャリーン草があるのに依頼がギルドに来るのは、こういうモンスターがうようよしているからか。
何はともあれ、所定分は回収できた。町へ戻ろう。
帰りにもジャイアントボアが現れたが、適当に返り討ちにして森から脱出。ベリエの町につく頃には夕方になっていた。
住民から奇異の視線を向けられたのは、まああれだな。冒険者ギルドに戻って、クエスト達成報告を済ませる。
「お帰りなさい、ウィロビーさん。大丈夫ですか?」
「あぁこれ? 返り血。ジャイアントボアとやりあってね」
「それは……お疲れさまでした。治療の方は――」
「大丈夫。俺は無傷だよ」
自分ではわからないが、相当に大蛇の血がべっとりついているんだろうな。町の門番もだが、住民からじろじろ見られるわけだ。
「しかし、あんなに多く出くわすとは。五体狩ったけど、あそこがジャイアントボアの群生地とは知らなかったよ」
「五体……そんなに」
受付嬢が若干引いていた。聞けば、一度にそんなにジャイアントボアが出たという報告はこれまでなかったという。
「あの森に生息していたジャイアントボアを全て倒してしまったのでは……」
「そうかもしれない」
もしかして産卵期が近くて、活動が活発な時に行ってしまったのかもしれないな。……知らんけど。
「それはそうと、ウィロビーさん。ペット探し依頼の件で進展です」
「はい?」
受付嬢が新しい紙を俺に手渡した。
「依頼主から、あなたにぜひお礼がしたいので、後日、お屋敷まできていただきたいそうです」
「……」
つまり、これは招待状というやつですかね。俺宛てのお手紙は……ふむふむ。
「モデスト伯爵?」
俺が名をあげれば、受付嬢はコクコクと頷いた。
「娘が大変可愛がっている猫ちゃん……。ぜひ、お礼がしたい、と――?」
首振り人形のように、またも頷く受付嬢。貴族様の申し出だから断ってくれるな、と言っているみたいだった。
「まあ、断ったら後が怖そうだからな。着ていく服はないが、招待とあらば参上するしかないよな」
「そうですね。お返事、ギルドの方でお伝えしましょうか」
「よろしく」
こういう細かな手続きを代行してくれるのが冒険者ギルドである。
「ついでに衣装の件も確認しておいてもらえるかな? 俺は、これしかないんだけど」
「承りました」
本日三件のクエストを処理。まことに冒険者らしい一日だったかな。……それにしても夕方にも関わらず、ギルドが閑散としている。ここの冒険者たちの多くが、新発見ダンジョンに遠征中だもんな。
なんか今日は疲れたから、酒と食事もそこそこにして、さっさと寝よう。
・ ・ ・
翌朝、宿の外が少し騒がしく感じた。特にうるさいわけではないが、緊張を含んだ空気を感じた。
宿で朝食を頼むついでに、何かあったのか確認したが、どうにもわからない。
「何か忙しそうにしていたけど、たぶん冒険者だよあれは。何だろう?」
という宿の人の話。スクランブルエッグとパン、カリッと焼いたベーコンの朝食をいただきつつ、いい予感はしなかった。例のダンジョン絡みかなぁ、やっぱ。
ごちそうさまでした!
朝食後、身支度をして冒険者ギルドへ。今日は近づかないほうがいいのでは、とも思ったんだけど、モデスト伯爵からのご招待の件もあるので無視もできず。――ウィロビー、出頭いたしました!
「あ、ウィロビーさん!」
ギルドフロアは昨日より人がいた。だがざわついているのは、何かあったのを暗に物語っている。
「大きな声は言えませんが……」
男性ギルドスタッフが、他の冒険者たちに聞こえないよう声を落とした。
「ウィロビーさんの仰っていた通り、マナンティアル・ダンジョンで大事故があったようで――」
あぁ、やっぱり……。
「昨日、ご指摘いただいた後、念のため現地へ連絡員を向かわせたのですが、着いた時にはもう手遅れだったそうで」
俺があの後すぐに現地に向かっていたとしても、間に合わなかった、か。
「水没と、その後のマーマンの大群で……大勢やられたと」
「……」
何とも後味の悪いことだ。俺たちの先行情報で、水位が変わる仕掛けやマーマンなどモンスターの件は報告されていたはずだ。ろくに確認しなかった馬鹿か、ちょっと『試してみた』馬鹿が、大惨事を引き起こしたようだった。
巻き添えになった者たちは死んでも死にきれないだろう。……酷いことになったな。
「それで、ウィロビーさん。モデスト伯爵の招待の件、確認してきました」
もし用事がなければ、今日、午前中にでも会いたい、という返事。お礼というにはずいぶんと急ぐなぁ。普通は、こんなすんなり会えないものだから、逆に伯爵閣下的には、ここしか時間がないのかもしれないな。了解した――
「じゃあ、今から伯爵を訪ねるとしようか」
「裏手に馬車が待機してありますので、そちらに案内しますよ」
お迎えが待機しているとは豪勢なことだ。そんなに俺のような一冒険者に会いたいのかね。さすがお貴族様ってか。
服装のことはよかったかギルド職員に確認しつつ、俺はギルド裏手へ移動。そこで待っていた馬車の乗せられ、そのまま伯爵邸へと連れていかれるのである。
お礼がしたいって話だったけど、何だかそれだけではない気がしてきた。ここまでの流れが、スピーディー過ぎるんだよな。貴族が絡むにしては。




