第33話、触れないほうがいいものもある
女の人がいる、とアンは言った。ということで俺とルドーは、マップホルダーの仲間と合流した。
うわ、と声が出た。いた、裸の女性が。
「死体……ではないよな?」
何やら妙なガラスの棺のようなものに入っている。二十代くらいの若い女性だ。眠っているのか、はたまた死んでいるのかよくわからない。
「都市遺跡の時代の人間か?」
「わからない」
タリサもまた呆然としている。ヴィッターラントが渋い顔になった。
「これ、どうするんだ?」
「どうって?」
アンが聞くので彼は答えた。
「このまま放置するのか、それともこの人を連れ帰るのか……」
「これをどう判断するか、だよな」
ルドーが腕を組む。
「トレジャー扱いするのか、人として扱うのか?」
「人ですよね?」
ヒーラーのジャーニーが怪訝そうな顔をする。
「生きていればな。だが死体だったら、話は別だろう?」
死体を抱えて引き返すなんて嫌だぞ、とルドーは言った。運ぶとなった際、運ぶ係に指名されそうなコンロイも露骨に嫌な顔をしている。
タリサは俺を見た。
「ウィロビー、どう思う?」
「ここにこれまでもあった。俺たちが何もしなければ、これからもここにあるということだ」
触らぬ神に祟りなし、っていうし、これで生きていたとして、俺たちがすぐに食料や水を与えなければ死ぬという風でもない。
「現状、俺たちも出口を探して彷徨っている状態だ。荷物扱いするわけではないが、この人を連れて歩けるほど余裕があるかと言われると……」
「ない、か」
タリサは天を仰いだ。そこでジャーニーが、おずおずと手を挙げた。
「あのー、生きているのであれば、覚醒させるのはどうでしょうか? ここの人でしょうし、ここがどこで、出口がどこか知っていると思うんですけど」
「それ名案!」
アンが同意した。しかしルドーは首を横に振る。
「反対。これがオレたちの味方とも限らない。ここの侵入者に敵対する守護者だったりしたら、途端に攻撃されるんじゃないか? ……第一、言葉が通じるかね?」
ごもっとも、とヴィッターラントは首肯した。
「どっちも一理ある……」
タリサは本当に困った顔をしている。こういう時リーダーは決断しないといけないから大変だ。
「ウィロビー、あんたはどう判断する? ゴールドランクの視点から」
やけに俺に振るなぁ。まあ、ゴールドランク視点と言われたら、上級ランクの意見に耳を傾ける柔軟性があるってことでもあるから答えるけどさ。
「現状、この人のことは保留。どうしても出口に辿り着けない場合、最終手段として彼女を起こす、というのでどうだろうか?」
「……そうだね。そうしよう」
タリサは決断した。アンは――
「起こした方が絶対早いと思うけどな」
と言った。眠っている彼女が味方なら、そうなんだけどさ。ルドーが指摘した通り、敵だったら目も当てられない。
ということで、ダンジョンの出口を求めて俺たちは行動再開。ギルドへの報告用、そして自分たちの位置確認のためのマップ作成は当然やっている。
「人はいないがモンスターはいるんだな」
所々でジャイアントスパイダーの巣を見つけたり、通路の穴からスライムが発生したり。邪魔なのは焼き払う。
ジャーニーが何とも言えない顔になる。
「ここにこれだけモンスターがいると、あの人を置いてきたことが心配になりますね……」
これまでは運よく助かっていただけで、いつ襲われてもおかしくないのではないか。そう言ったらヴィッターラントが口を開いた。
「そうかな。むしろこれだけモンスターがいるのに、未だ無傷でいたことがかえって怪しく思えてきた」
そういう見方もある。ルドーが扉を少しだけ開けて、中を覗き込む。
「モンスターの気配なし。コンロイ――」
扉を開ける。その室内は……武器、三又の槍――トライデントが並べられている。
「武器庫か?」
「そのようだね」
タリサがトライデントを近くで見やる。
「ふうん、一瞬、マーマンどものモリかと思ったけど、よく見たら違ってちょっと安心した」
「はは、何を言っているんだ、タリサ」
ルドーは笑った。
「こんな水のない場所で、マーマンがいるもんか」
マーマン……半魚人。水がない……。俺、いま猛烈に嫌な予感がしてきたんだけど。
「どうしたんだ、ウィロビー?」
ヴィッターラントがトライデントの一つを手にしながら聞いてきた。
「これは俺のちょっとした勘みたいなもので、確証はなに一つないんだが……」
「うん」
「ここが都市遺跡の一部だとしたら、ここに水を見かけない、あるいは水にまつわる仕掛けがないのって、何か違和感がある」
「遺跡の水を全部抜いたから、ここも水がないとか?」
「そうかもしれない。そして次の勘、なんだけど――」
「まだあるのかい?」
「トライデントってのは、海の神にまつわる武器だ。これを愛用しているモンスターに心当たりがあるんだが……」
「まさか……」
タリサもそれに気づいた。
「サハギンかい」
半魚人。ただしこいつらは、泳ぎはもちろん、二本の足で地上を歩くことができるモンスターだ。性格は極めて攻撃的で情け容赦がない。
「ここにこれだけ武器があって、でもマーマンの使っているモリではない……そう考えるとどうにも嫌な予感がしてきたんだ」
「そうかもしれないけど、少し考え過ぎだと思うな」
コンロイが、この武器庫にある丸型盾を手にとる。
「あれだけジャイアントスパイダーが巣を作っていたんだから、ここがサハギンの巣窟だったとしても、今はもういないと思う。いればスパイダーの巣なんて、できるわけがない」
「……それもそうだな」
俺の考え過ぎかー。そうだな、コンロイの言うことはもっともだ。
武器庫を出て、探索を続ける。やがて通路の先が明るくなっている場所へ出た。
「もしかして外か!?」
行ってみれば、そこは円形の空間。この視界は俺、お覚えあるわ。
「都市遺跡の中央の大穴だ!」
探索しようとして、ルドーに仲間を呼びにいかせたあの場所だ。円の外周にそって階段通路がある。そのルドーも頷いた。
「へえ、そこはここに繋がっていたのか! 見ろ、穴の外に塔が見える!」
戻ってきた。それに安堵するマップホルダーの面々。俺もひと安心。知っているところに出るのはいいもんだ。




