第32話、出口を求めて
「助かったよ、ウィロビー」
タリサは感謝の言葉を口にした。
「探索していたら、転移罠が発動してしまったみたいでね。巣にひっかかっちまったせいで、あのザマさ」
「転移先がクモの巣ってのも運がなかったな」
俺は顔を上げる。うーん、俺の浮遊魔法でも届かない高さに転移リングがあるな。落ちるときは一瞬で、俺の時はちょうどジャイアントスパイダーがいたからよかったけど、それがなかったら糸の上だったかもしれない。……ルドーが繭にされている最中でなかったら危なかったかもな。
タリサは続けた。
「全員無事……あんたはあたしら全員の命の恩人だ。ありがとう」
「間に合ってよかったよ」
あの場で引き返していたら、ヤバかったな。増援が駆けつけた時、マップホルダーの面々はジャイアントスパイダーに溶かされて喰われていた……とか、考えただけでもゾッとする。
「それより、ここから脱出しないとな」
「そうだね。……転移リングは無理そうだから、他の道を探すしかないね」
タリサは視線を転じる。
部屋の奥――薄暗い先。クモの巣が続いていて、まだ他にもジャイアントスパイダーがいるかもしれない。
「コンロイ、ヴィッターラント、先導しな」
「了解」
重戦士のコンロイが盾を手に前に出る。盾役が進み、俺たちはそれに続きながら周囲を警戒する。天井が高く、相手がクモであるから上も注意しなくてはいけない。
「と……上にいるな」
暗いところにじっとしているジャイアントスパイダー。寝ているのかな……?
「糸に引っかかるんじゃないよ」
タリサが言う。
「その振動で、あいつら動き出すからね」
「タリサ、出口っぽい」
ヴィッターラントが指し示した。このクモの巣エリアから出る扉がある。……あるにはあるが。
「これ、糸が邪魔しているな」
コンロイが呻くように言った。
「扉の向こうに行くには、この巣の一部を切らないと通れない」
「その一部を切ったら……」
俺たちは顔を上げる。なんかでかいジャイアントスパイダーが、こっちを見ているような。
「あれ、先制してやっつけられないかな」
アンが魔法杖を向ける素振りを見せる。タリサは首を横に振った。
「あいつを撃ち落としたとして、その体が周囲の糸に触れて、他のクモどもが動き出すだろうね」
「しかし、切らないと先に進めない」
ルドーがナイフのような鋭い目を向けた。
「結局あいつが動くなら、やるしかない」
糸を切って、素早く扉を開けて駆け込む――これだ。
「……しかしその扉、ちゃんと開くんだろうね?」
「ウィロビー」
嫌なことを言ってくれるな、という顔をする一同。いやだって、開かなかったら大変だ。もたもたしている間に馬鹿デカクモが襲ってくるんだぜ?
「心構えはしておく必要があるってことさ」
それっぽいことを言いつつ、視線に耐えられなかったので、あらぬ方向へ顔を逸らす。……うん? すすー、と音もなく比較的小型のジャイアントスパイダーが糸を伸ばしながら降りてくるのが見えた。三、四匹か?
「どうやら急いだほうがいいみたいだ。巣に関係なく、クモが集まりだしてる!」
「ヴィッターラント、糸を切りな! コンロイ、扉を!」
タリサが即座に指示を飛ばした。ヴィッターラントが短剣でクモの巣の糸をすっ、と切り裂く。結果、巣が揺れて大型ジャイアントスパイダーが動き出す!
コンロイが素早く扉に歩み寄り、開けようとして――
「開かない!」
「引くんじゃないのかい!?」
押して駄目なら引いても、駄目。
「開かないっ!」
「だったら横に押せ! それか引け!」
俺はセブンスエポンを魔法弓形態にして、ジャイアントスパイダーに魔法弾を撃ち込む。アンもまた電撃弾を撃って、巨大クモを攻撃する。
俺の撃ったのはプチ・エクスプロージョン。命中したクモの胴体に小爆発を起こさせてあわよくば足の一、二本、ついでに糸も切って足場をグラつかせる!
「開いた!」
コンロイが叫んだ。タリサがスリングショットで小型スパイダーを狙撃しつつ叫ぶ。
「よし、そのまま出るよ! 移動だ!」
ジャイアントスパイダーの群生地帯から素早く撤収。全員出たところで扉を閉める。そんなコンロイにルドーは言った。
「慌てなくても、ジャイアントスパイダーはこの扉はくぐれないぜ」
「……あ、そう」
だいぶパニクっていたらしいコンロイは一息ついた。で、ひとまず乗りきったけど、今度はどこだ?
・ ・ ・
果たして、ここはどこなのか? 二重の意味で。
「都市遺跡のどこか、だろうけどな」
ルドーは天井を見上げる。
「暗くて見えないな」
「それなりに高い部屋なのはわかるが」
俺も見上げる。ちょっと暗視程度でも……よくわからないな。
この建築物から外へ出る。そのために探索をしているが、そもそもどういう形をしている建物なのかわからない。ここがどの辺りという想像もつきやしない。
「遺跡の塔……それらの壁とかと材質は同じようだが」
「少なくとも、転移で都市遺跡以外のどこかに飛ばされた、というわけではなさそうだな」
ルドーは眉をひそめる。
「だがオレたちの知らない未知の文明のものっぽいな。オレたちマップホルダーは色々探索してきたけど、こういうのは初めてだ」
「遺跡発見の歴史に名が残るかもな」
俺が言えば、ルドーも微笑した。
「そうかな。いや、そうだな。伝説のウィロビーのように、未踏破ダンジョンを初踏破してしまうような――」
「ねえ、みんなっ!」
アンが大きな声を出した。
「こっちに! 人! 人がいる!」
「人?」
アンは、ヴィッターラントと広い室内を捜索していたが、どうやらそこで遭遇したようだ。しかし、おかしな反応だ。
「こんなところに人とは……」
「オレらとは別に探索にきた冒険者か?」
首を捻るルドー。アンは慌てて頭を振る。
「そうじゃなくて! 女の人がいるの! 裸で!」
……何を言っているんだ?




