第31話、一歩を踏み出す勇気
俺は進むことを選んだ。
タリサたちが緊急事態だった場合、戻って応援を呼びに行くのでは間に合わない。
だが俺が駆けつけても駄目だった場合、つまり俺も何らかの事情で命を落とすとかした時は、どうなるのか?――答え、予定を過ぎても戻らないダンジョン探索パーティーについて、ギルドは調査隊を派遣する。
……そうなんだ。結局、俺が戻ろうが進もうが、結局は冒険者ギルドは、新たな調査パーティーを派遣するのだ。
この都市遺跡ダンジョンは、ギルドも把握しておらず、その調査のためにマップホルダーを派遣した。その初回探索パーティーが不明となれば、より危険度が高いダンジョンの可能性を考え、戦闘に強いパーティーを送る。
そして後からきたパーティーは、マップホルダーの残したマーキングを見て調査をする……。
つまり、俺の行動が短慮で愚かだったとしても増援はやってくる。緊急性が高かった場合、助けられるのは今、この瞬間に俺が行くしかない。
リスクは承知! それを踏み越えるのが冒険者の本懐! たとえ間違った選択であろうとも、後に骨を拾う者がいると確定しているなら迷うことはないはずだ。……ダンジョンで行き先のわからない転移魔法陣なんて、クソトラップじゃないか、まったくもう!
光をくぐった先は――ああもう、やっぱり罠部屋だった。ジャイアントスパイダーの真上に俺は落下し、そいつの背に乗る。素早くブロードソードをそいつの頭に突き立て貫く。
目の前には、クモの糸にからめとられてグルグル巻きにされているルドーの姿があった。すると、そこに転がっている繭みたいなのは、マップホルダーの面々か?
『ギィエエエェェェー!』
「うるせぇ!」
ジャイアントスパイダーが動かなくなるまでグリグリと突き立てた剣を動かす。ガクリと脚が折れ、床に体が沈む大クモ。
やれやれ……。俺は一息つくと、繭のように巻かれた被害者の数を数える。一、二、三、四、五……それでルドーで六か。
周りの天井や壁にはクモの糸だらけ。転移先がジャイアントスパイダーの巣とか、やってるねぇこれは。
他にクモのお仲間はいないか……? 見える範囲にはいない。奥が気になるが、ちょっと糸で見えないな。
「ルドー、大丈夫か!?」
呼びかけると、繭になりかけだったルドーの顔、その目が動いた。だがそれだけだ。声も出さなければ動かない。
いや動けないのだ。クモの麻痺毒を打ち込まれているのだろう。そうやって獲物を動けなくして、糸の繭に閉じ込めて保存。最後に溶かして吸うというのが、奴らの食事スタイルだ。
あいつらはあれで肉を食えず、消化液を繭の中に流し込んで獲物を液体にして捕食する。だから、繭の中に閉じ込められた人を助けに戻った冒険者なりが、開いた繭からドロドロに溶けた人だったものを見て、トラウマを抱えるということがしばしばある。……まあ、体の一部を齧りとられた死体だってトラウマものだが。
捕まってさほど時間が経っていないはずなので、見えているルドーをはじめ、マップホルダーの面々はまだ繭の中だが、まだ無事のはずだ。あのクモ野郎も、六人分の繭をこしらえる作業で、溶かしている余裕はなかっただろうし。
だが、六人は全員麻痺毒にやられているのは、ほぼ間違いないわけで……。さて問題。俺の応急ポーチには、クモの麻痺毒を中和する対毒ポーションがある。
ただし、一人分だ。他にも様々な毒がこの世に存在しているから、クモ毒ばかりの複数携帯している余裕はない。
小さな筒状瓶に様々な種類を用意してはいるんだけど、荷物は少ないほうがいいから、最低限しかないのだ。
で、問題というのは六人いる中、誰を麻痺毒の治療をするか、である。
これがよく知っている冒険者で能力を把握していれば、一人で全員救う方法もわかるんだけど……。
たとえば、ヒーラーのジャーニーが、解毒の魔法が使えるとか、な。ヒーラーなんだから、毒消しくらいできるでしょ――という思い込みは偏見だ。専門家といっても苦手はある。怪我治療は得意だけど、毒はダメです、というヒーラーも普通にいるんだよな。
他のメンバーが毒消しとか携帯していないかな? マップホルダーのような探索パーティーなら、複数に役割を分散、兼任させていて、ヒーラーが毒にやられた時に備えてパーティーメンバーの誰かが毒消しを持っていたり、とか。
……そういう誰が何を持っているのか、同じパーティーならわかるんだろうけど、飛び入り参加の俺には、誰が何を携帯しているかを把握している余裕はなかった。というか、臨時パーティーで手の内を明かすような情報って中々教えてくれないしな。
「ということで、ルドー。おい、ルドー、見えるな?」
俺は、麻痺毒で動けないが顔が出ている軽戦士と目線を合わせる。
「ジャイアントスパイダーの毒に効く毒消しを持っている。だが一つしかない。ジャーニーは、この手の毒を魔法で解除できるか? できるなら目を上に、できないなら下を見ろ。わかるか? 目は動くよな?」
ルドーの瞳が上を見た。よし。
「ジャーニーなら治せるんだな? わかった。毒消しは彼女に使う」
俺は、おそらく中にマップホルダーのメンバーが閉じ込められている繭、五つを見る。ルドーと違って全身糸に包まれているので、一見すると誰がどれかわからない。
「この一番でかいのがコンロイ。高さがあるのがヴィッターラント、これはタリサ……」
身長や体つきから、中身を想像する。
「どっちかがアンで、どっちかがジャーニー」
身長や体型が同じような二人だと、もう実際に開けてみるしかない。身長一、二センチくらいの差じゃあなぁ。
「ビンゴ! 当たり!」
ベトベトする繭を引き剥がし、毒消しを口に含ませる。糸が邪魔! 何とか飲ませ、体が戻るまでに彼女に巻きつき糸の繭をナイフで破っていく。
「感覚が戻ってきたら言ってくれ。いきなり動くと刃が当たるかも」
当てないように慎重にやっているが、他のメンバーの分もあるから手早くやらないとな。何せ六人分だもんな!
「ウィ、ウィロビーさん!」
「やあ、お帰りジャーニー。状況の説明はいらないな? 仲間たちを助けるから毒消しの魔法をかけてやってくれ」
「あ、はい! わかりました!」
ようし、頼むぜ。奥に通じているから、もしかしたらジャイアントスパイダーのお仲間がいるかもしれない。この巣の主が死んだとあれば、別の奴がやってくるかも!
俺は注意しつつ、仲間たちの繭を破っていく。そうしている間にジャーニーが解毒の魔法を使い、一人ずつ復帰させていく。タリサ、コンロイ――繭破りも、復帰した者たちの協力で早くなる。
さあ、急げ急げ!




