第27話、運にかける
マジックポーションを与えたのは正解だった。アンの攻撃魔法で塔の外にいたマーマンを蹴散らし、俺たちは塔に侵入。ルドーとコンロイと合流した。
「助かったぜ……」
ルドーは言ったが、コンロイと共に傷だらけだった。押し寄せるマーマンと戦って奮戦したが、もう少しこちらの到着が遅ければ命はなかったかもしれない。
ヒーラーのジャーニーが治癒魔法で応急手当てをする間、俺、ヴィッターラント、タリサは魚人を撃退。……していたら、ようやくマーマンたちは撤退した。
「一時撤退だろうね」
タリサが呼吸を整えながら言った。見た目、怪我はなさそうだが、連戦で疲労困憊の様子だった。
「あいつらがあたしらを見逃すとも思えないね。増援を待っているか、様子見か……。とにかく、こちらが動けない以上奴らはまた攻めてくる」
まず言葉が通じない。俺たち全員を殺そうとするだろうな。このまま座していればやられてしまうのは確定か。
ルドーとコンロイは応急手当てが済めば戦線復帰は可能だが、タリサだけでなく、ヴィッターラントもだいぶ疲労している。次に大挙攻められたら、もたないだろう。
「何か、脱出の手を考えないとな」
「周りが水だからね」
タリサは水筒の水を飲んだ。
「マーマンを振り切って、ってのはまず不可能だ。せめて水が無ければ――」
「タリサ」
ルドーがやってきた。手当ては済んだらしい。
「戦えるかい?」
「もちろん。水の話をしていたよな? この塔の地下に例の宝玉があった。潜れるなら、塔を出なくても水位を調整できるかもしれない」
「……」
タリサは腕を組んだまま、視線を逸らした。ルドーは斜めに顔を向ける。
「タリサ?」
「名案ではあるがね、ルドー。水の中にいるマーマンが、こっちが潜るのを黙って見過ごすと思うかい?」
この塔は各階に窓や外へ通じる出入り口がある。マーマンはそこを通って塔の中に自在に侵入できるのだ。今は様子見を決め込んでいるようだが、この塔の中の水面下には、すでに潜んで攻撃の機会を窺っているかもしれない。
「とはいえ、ここは動くべきじゃないか?」
俺は言った。
「リスクはあるが、ここで手をこまねいていても結局状況は好転しないんだ。敢えて、火中の栗を拾う必要はあると思う」
もちろん他に方法があるなら、そちらを採用するが。あまり時間もないだろう。魚人どもがいつ攻めてくるかもしれないんだから。
「だが、ウィロビー。マーマンのいる水の中に行くのは自殺行為だ。まず助からないよ」
「どうかな? 案外どうにかなるかもしれないよ」
やってみたら、あっさりいってしまうこともある。マーマンは水中を得意としているのは事実だが、必要以上に過大評価も問題だ。
「もちろん、言い出しっぺだからな。俺がいく」
「ウィロビー!」
行ってくる――俺は塔の中、その吹き抜けとなっている中心、その水溜まりに近づいた。
「ルドー、宝玉は、この真下でいいんだな?」
「それは間違いないが……。そのままで行くのか?」
「鎧をつけていたほうが、重さが加わって少しは早く沈むだろう」
「行くのか? 重さなら――」
コンロイが声をかけてきた。
「おれのラージシールドを持っていくか?」
マーマンが水中で襲ってきても金属製の大盾なら、壁となって身を守れる。重さもある――と言いたげだが。
「ありがとう、コンロイ。だけど大盾は形がよくない。抵抗になって思ったほど沈む速度が上がらない」
むしろ、普通に潜るより遅くなるかもしれない。
静かに水に入り、半身が沈んだところで、息を大きく吸い込む。じゃあ、と言おうとして、せっかく吸った息が無駄になると思い、手だけ振った。
そして中央へダイブ。本当は勢いつけて飛び込んで距離を稼ぎたかったが、大きな音を立ててマーマンに反応されたくないから控えた。
さあ、吉と出るか凶と出るか……。
潜行。ゆっくりと沈む。……なーんか、思ったより沈むのが遅いというか。これは体感の問題だろうか?
水中はマーマンのテリトリーというのはわかってはいるから、俺が地獄に向かって沈んでいるという感覚を与えるのだ。
急げと焦れば焦るほど、自分の沈む速度が遅く感じているだけなのかもしれない。………息、もつかな?
前方を何かがちらついた。
すぐに見えなくなったが、おそらくマーマンだろう。俺が水の中を沈んでいるのに連中が気づいていないと思うのは楽観が過ぎる。ゆっくり左に回転。盾を持っている方を前に、グルリと全周を確認。
塔の出入り口はそれこそ四方八方。一カ所だけ見ていると後ろを衝かれてやられる。水中の機動力じゃ負けているから、部のない勝負ではあるが。
まだ来ない……。
こちらに気づいているはずだろう? 水に落ちたら、問答無用で群がるほどの凶暴な種族だろうマーマンって!
チラチラとマーマンの姿が見える。塔の外をうろついている。そしてこちらの動きに合わせてあちらも沈んでいる。
何でかかってこないんだよ! もちろん、こっちとしては向かってこないほうがいいんだけど、気づいていて突っ込んでこないのは不気味だ。
こちとら水中じゃ息がもたないから、こっちがもがきだしたら襲ってくる魂胆か。マーマンの凶暴性はさておき、獲物が弱るまで待ってから動くというのは、被害少なく狩るテクニックとは言える。
俺が浮上する素振りを見せたら襲ってくるかもしれない。引き返そうとしたところを背中から刺す。そして水の底へ引き込む――嫌な奴らだよな。
と、想像力をたくましくしていたら底についた。そして例の宝玉が光っていた。一にも二にもタッチ!
水位よ下がれ! 宝玉の光が強くなる! 肺活量に自信はあるが、ちょっと、そろそろ息がやばいかもしれない。
と、ちらついていたマーマンたちが一斉に距離をとった。いや、逃げ出した? 水位が下がってきているのか! さあこいさあこい、早く早く!
俺は床を蹴って浮上。襲ってくるマーマンはいなかった。そして水面、到達っ!
「ぷはぁっ!」
息ができる! とっ、水が下がって俺は下へ逆戻り。そして水が引いた。




