第20話、マップホルダー
温かい飯というのは、ありがたいものだ。味は……まあまあではあるんだが、野外で摂る食事であることを考えると、シンプルなものでもそれなりに美味しく感じられるものだ。
ずいぶんと柔らかくなった干し肉を、口の中でもぐもぐと……味が染み出るなぁ。
食事する中で、滝の裏の人骨の話をした。あの屋敷の住人じゃないかなーと思うんだけどって言ったら――
「ふーん……」
と、淡泊な反応を返された。ここに来るまでの通り道として、キャラマークの屋敷を経由するんだけど、あまり関心はなかったらしい。
それはそれとして、タリサは言った。
「この先にダンジョンになっているんだが、あんたは行くのかい、ウィロビー?」
「ダンジョンかぁ」
それを聞いたら、見に行くしかないよな。冒険者だからね。
「行くかな」
「じゃあ、あたしらと一緒に行かないか?」
いいかい? いきなり見ず知らずの冒険者を加えると、パーティーの連携に影響するんじゃないか。
「うちらは探索パーティーなんだけどね。アタッカーが不足しているんだ」
タリサは、俺を誘った理由を説明した。
「ちょっと進んだら、思いのほか大型の魔獣がいてね」
「大型というと?」
「クリスタルタートルの亜種だね」
大型のカメ型の魔獣で、甲羅にびっしりと水晶を生やしている。
「動きは見た目より早くてね。しかもやたら縄張り意識が強いのか、距離をとってもこっちへ向かってきた」
その噛みつきは薄い金属板すら貫通するほど強い。そして見た目どおり硬い。
「うちの攻撃メンバーは、ライトアタッカーが二人。ユーティリティが一人。バックアタッカーがマジシャン――」
「あれ、そっちの彼は?」
重戦士を指させば。
「コンロイはブロッカーなんだ」
盾持ちで、味方を守る役割だ。牽制はするが、他メンバーが攻撃しやすいように立ち回るのが仕事で、攻撃役ではないらしい。
「で、ウィロビーは、見たところヘビーアタッカーか、そっち寄りのユーティリティだろう?」
俺がブロードソード持ちで、盾が小型盾なのを見て、タリサはそう判断したようだった。確かに、この盾で前衛の盾役には見えないよな。ブロードソードを使った攻撃重視型――そう思われるのもわかる。
なお、ユーティリティは、いわゆる万能型で、攻撃、防御、遊撃と状況に応じて、立ち回るのが仕事らしい。特化したものはないが、チームの不足を状況に応じて補う。
器用貧乏な俺にうってつけ――というのは自虐が過ぎるか。一人旅で何でもやらないといけない俺だと、自然とユーティリティタイプになるようだ。
「役割は理解した。足を引っ張らないように頑張るよ」
「期待しているよ。ゴールドランクの力を見せてくれ」
タリサの言葉に、彼女のパーティーメンバーは頷いた。どうやら、突然パーティーに加わる俺を、好意的に受け入れてくれているようだ。少なくとも無反応だったり、嫌そうな顔はしなかった。
……俺がゴールドランクだから、実力は見なくても心配するようなものではない、と思われたのかな?
ということで、俺は、タリサのパーティー――えっと、『マップホルダー』に臨時に加わった。
ちなみに、なんでこの面々が俺をあっさり受け入れたのかと言うと――
「あのままだったら、アタッカー不足で一度撤退するところだったから」
前衛のコンロイが教えてくれた。
「ギルドに戻って、メンバー募集する手間が省けたからな。よろしく、兄弟」
「おう、兄弟」
そういう理由なら納得だ。
皆、新しいダンジョンを探索したくてウズウズしているらしく、予定より早くギルドに戻るのが嫌だったようだ。そこで不足のアタッカーの加入……そりゃあ、歓迎されるわけだ。
・ ・ ・
空洞からの横穴。どうやらそこがダンジョンの入り口らしい。
「水の音がするな……」
俺が呟けば、タリサが答える。
「この下を水が流れているみたいなのさ」
「なるほどね。どうりで水の気配がないのに、音はするはずだ」
たぶん地面に耳を当てたら、流れている音が聞こえるんだろうな。
しばらく道なりに洞窟を進むと、先が明るくなってきた。
「外か?」
「いや、中にクリスタルが沢山あって、それが光っているのさ。まあ、百聞は一見にしかずさ」
広い空洞に出た。天井に無数のクリスタルが群生していて、なるほどそれが光っていて明るかったのか。
そして下を見れば、水が張っていて……。
「げっ……これは」
この光景には俺も絶句。クリスマスタートルがいると聞いたが、ざっと見回したところ十体ほどいて、水辺となっているそこに鎮座している。
タリサは言った。
「通り道は、この真ん中を突っ切った先。ほら、次の通路の入り口が人工物みたいだろう」
「あー、遺跡みたいだな」
なるほど、これをみて、ここをダンジョン判定したのか。それはそれとして。
「ここの水晶カメを何とかしないと通れないか?」
「そういうことだね」
タリサが腰に手を置いた。
「こいつらが大人しければ通れるんだけど、近くを通ろうとしただけで、襲ってくるのさ」
「しかもここ、迂回できない」
「そう、どこを通ろうとしても、クリスタルタートルのどれかが反応するんだ」
これは、確かにヘビーアタッカーがいないと厳しいだろうな。手数と素早さで勝負のライトアタッカーは、頑丈な敵相手には苦戦。バックアタッカーの魔術師も、魔力の消耗を考えると、この数は厄介。
そうなると、俺に期待ということだろう。ここを通るとなると、ほぼ全ての水晶カメを倒さないと無理と判断したのだろう。……理想を言えば、やり過ごせればいいんだけど。
「わかった。とりあえず、一体つついてみる」
反応を見て、どれくらいの強さか判断しよう。
俺はブロードソードを手に前進する。さっそく一番近くにいたクリスタルタートルが反応、一言吼えるとこちらへ真っ直ぐ向かってきた。
足場は水辺。だが固い。泥ではなく石材のようだ。それを思い切り蹴って、水晶カメが突進してくる。……確かに思ったより速いかもな!
俺は右へ回避。クリスタルタートルの顔が俺を追い、減速する。側面に回り込まれても噛みつきの強硬か、体当たりをしようという腹だろうが。
「遅い!」
懐に飛び込んで、噛みつきを振り切り、その無防備な首を断頭!
ドスっ、グッ!――と凄まじく引き締まった肉と首の骨を両断し、その頭を落とした。
首を失い、胴体は滑るようにつんのめり、そして転倒。派手な水飛沫をまき散らした。




