第18話、ゴブリンの巣穴
滝の裏から出て、まず見たのは、モンスターの類いがいないこと。次に、岩陰に置いた俺の装備品一式の確認。……ふう、よしよし無事だった。
まあ、近くにこないとわからないように置いてきたとはいえ、万が一ってこともあるからな。
水から上がり、荷物から乾いた布を出して体を拭く。旅先で雨宿りする時など、使い道はいくらでもあるから厚手の布の携帯は必須。替えの下着も忘れずに。
さて、服を着て、装備をつけ直したら、探索再開。
前回、少女を運ぶゴブリンを倒した辺りまで移動する。そこから先は、俺にとって未知の世界。
しかし、よくよく考えると、ゴブリンどもが向かおうとしていた場所って、ゴブリンの巣があるんじゃないだろうか?
冒険者ギルドには、ゴブリン討伐も優先してほしいとは頼んだが、あくまで口約束。どこまで実行力があるかわからない。……ちょっと様子を見に行くとしよう。
正直、どの辺りにゴブリンの巣があるかはわからないけど……。ああ、嗅ぎたくもない臭いがしてきた。
ゴブリンの臭いだ。水浴びをする習慣がないのか、臭いんだよなぁあいつら。わずかに血の臭いも混じっている。
空洞の中の洞窟。ゴブリンの死体が、三、四、五と転がっていた。
「冒険者たちだな」
他にこんなことをする者はいない。ちゃんとギルドは、討伐隊を出してくれたようだ。
「……」
胸騒ぎがするな。何だろう。俺の中で、進めという囁きが聞こえる……気がする。こういう時、ろくでもないことしかない気もするが、放置してよくなった試しもない。
冒険者たち、大丈夫なのかな。
やや閉所ゆえ、ブロードソードはしまって、セブンスエポンをショートソード形態にして保持。正面に小型盾を構えて前進。
道中に血の臭い。目新しい血の跡が見られるが、ゴブリンや冒険者の死体などはなし。……ここがダンジョンで、自然に死体を消してしまうのでなければ……よろしくない事になったな。
血の量から死体があってもおかしくないが、それがないということは『誰』かが移動させたということ。
誰が? ゴブリンだろう、この場合。
表の死体を片付けなかったのは、後からくる奴――後続の冒険者や俺のようなのを中に誘い出すため、か。
おっと、目の前に何か落ちている。小手、か……? このまま進めば拾えるのだが、その前に、俺は停止。
ただの落とし物、じゃないよな。俺は耳をすます。
こういうの罠でよく使われる手法だ。注意を引いて、拾おうとした時、潜伏していた奴が奇襲をかけてくるとか、あるいは拾った瞬間、何らかの仕掛けが発動して、罠にかけるやつ。
人間も使うが、小癪なゴブリンもこの手の搦め手を好んで使う。一対一じゃ勝てないから、罠でもなんでも使って倒そうとする。
俺は音に気を配る。この手のトラップの近くにはゴブリンが潜んでいる可能性が高い。一見一本道で隠れる場所などないように見えるが、岩壁をえぐってへこみを作り、そこに小柄なゴブリンが身を潜めていたりすると、パッと見発見できない。
この一本道だから敵は前しかいない、という思い込みで動くと不意打ちでやられてしまうわけだ。
あれが落とし物でなく、罠であるなら、ゴブリンが息を潜めている。奇襲のタイミングは、装備らしきものを拾おうと屈んで、即時対応が難しくなる時。
……いるな。
見えない位置に息をひそめ、そして俺が通りかかるのを待っている。わずかな息づかい、持っているものがすれる音。よーく耳をすまさないとわからないやつだ。
「ファイアボール」
小声で魔法を具現化。正直、これでゴブリンを丸焼きにできる威力はないが、行けよ!
火の玉が、落ちているものに当たり燃える。光源になって周りが照らされる中――
『ギャッ!? ギャッ!』
ゴブリンどもが飛び出してきた。やーぱり潜んでやがったか。落ちている小手らしきものが燃えないよう、火の玉をどかそうと四苦八苦している。
小狡いくせに、馬鹿なんだよなゴブリンってのは。
俺はすっと距離を詰めて、左のゴブリンをバックラーでぶっ叩く。
『ギィっ!?』
右のゴブリンは首を狙ってショートソードを振り下ろす。喉を裂かれ、流れ出る液体をゴブリンは押さえて止めようとするが、息を求めるよう喘ぎ――俺に盾でぶっ叩かれた。
追い打ちをかけないと思ったか?
最初に叩いたゴブリンが復帰する前に剣で突き殺す。悲鳴をあげられた。……さて、これを聞きつけて、ゴブリンの団体さんがやってくるか。
どれ、一対多数の戦い方ってやつを、連中に教育してやるとしようか。
・ ・ ・
ゾロゾロやってきたゴブリンどもを返り討ちにした。
地形を利用し、常に敵を正面に捉える。側面や背後に回り込ませては窮地に陥るから、それができない場所で戦うのが吉。
そうなれば少数でも多数を相手できる場所で戦うという、古来からの戦法の見せどころである。相手がゴブリンであれば、単騎無双もできなくはない。弓を使わせなければ、何とでもなるものだ。
たぶん、ここに入った冒険者たちは、側面、背後に回られて、四方八方から滅多打ちにされたんだろうな。
ゴブリンに取り囲まれ、足やら背中を攻撃して体勢を崩させると、もう後は囲んでひたすら叩くからな。
ゴブリンが出てこなくなるまでやっつけた後、俺は待ち伏せを承知で奥へ進んだ。あいつらが全滅するまで突っ込んでくる玉ではない。奥に引いて、こちらが来たところで囲んでタコ殴り。奴らの得意戦法がとれる場所でリベンジしてくる。
細長い通路のようなところの先には、大きな空洞。おそらく連中の居住区画、その中の大広間といったところだろう。
そこへ不用意に足を踏み入れると囲まれるので、通路から出ずに様子見。相変わらず暗いな。色々置いてあるようで、その陰に隠れているのだろう。
では、あぶり出しましょうかね。
「照明」
光源となる魔法弾を投擲! えいっ! とりゃ! 一個ずつ放り込めば――
『ギャギャっ!?』
『ギャアァー!』
闇夜に慣れた目には、さぞ眩しかろう。ゴブリンたちが悲鳴をあげて目を押さえている。この光源から復帰する前に、姿が見えているゴブリンを始末していきましょうかねぇ!
光でのたうつ声が、剣で貫かれた絶命の悲鳴に変わるが、俺にとっては関係ない。あの水汲みの少女も、助けられなかったらここに連れ込まれていたんだろうな。それを思うと、害獣は狩らないといけない。




